第五十五話 作戦決行
――王都べオルド 東地区 盗賊ギルド第七拠点――
俺たちは食事を摂ったあと、事件が集中的に起きている場所のうち一つを選び、その近隣にある盗賊ギルドの拠点にやってきた。
見た目は普通の家でしかないが、それは偽装だ。地下水路に降りる入口があり、盗賊ギルドの本部に繋がっているという。
「私も来て良かったんですか? ここ、盗賊ギルドの隠れ家的な場所なんですよね……?」
モニカが遠慮しているが、メイベル姉さんは問題ないというようにパタパタと手を振った。
「この街だと、二つのギルドは関係が悪くないからね。あまり気にしなくていいんじゃない?」
「そういうことなら良いんですけど、私の家を使ってもらっても良かったかなって。でもアパートの一室なので狭いですね、やっぱり」
「ああ、あんたは王都に住んでるんだったね。リスティたちがまた王都に来たときはお世話になるのもいいんじゃない?」
「そうね……こうやって王都に来ると、思っていたより遠くはなかったなって」
「うむ……もっと時間がかかると思っていたからな」
「私も王都には来てみたかったんですけど、やっぱりフォーチュンの雑多な感じは他にない良さがありますね。私たちの家もあることですし」
「えっ……家って、あっ……そ、そうだよね、パーティなんだから一緒に住んでてもおかしくないよね」
ナナセの一言で、モニカは俺もパーティの皆と一緒に住んでいると察したようだった。そんなふうに照れられても、俺は無害な存在だとしか言えないのだが。
「主様、ここを拠点にしてボクは力を集めることにするよ。一気に信仰を集めることはできないけど、拠点が決まれば領域を作れるからね」
「ああ、頼む……この拠点を安全な場所にできるってことだよな?」
「うん、結界を作っておくからね。捕まえた犯人を連れてきて、安全に拘束することもできるよ」
「安全に拘束……手加減して縛るようなものか。そのようなことが可能なのだな」
「できるよ。興味があるなら試してあげようか? プラチナの身体で」
「い、いや……遠慮しておく。何もないのに拘束されるというのは良くない、せめて訓練という体でなくては」
「何を言ってるの……もう、やっぱりプラチナはちゃんと見てないと危なっかしいんだから」
「まあそれは冗談だけど。ボクはここで待ってるから、みんな無事で帰ってくるんだよ」
邪気のない笑顔を見せるウルスラ――本当に冗談かどうか、彼女の性格を考えると何とも言えないのだが。
「さあ、ウルちゃんのためにも無事に帰ってこないと。プラチナ、あんたの変装用の服だけど、これで大丈夫そう?」
メイベル姉さんが持ってきた包みを開くと、中から服がいくつか出てきた。
「わぁ……いくつか違う服があるのね。メイベルさん、どうやって用意したの?」
「衣装のことならあたしに任せなよ。というか、変装全般が得意だからね」
姉さんがちょっと得意になっているが、彼女自身も変装の技術は相当なものだ。俺も彼女の手で変装させられたことが――と、それは今思い出すことじゃない。
「では、袖を通してみよう。この服の上から装甲をつけるということでよろしいか?」
「そんなわけないでしょ、狙いがバレバレになっちゃうじゃない」
「はぁ、私もドキドキしてきました……囮作戦って、見ているこっちが緊張しちゃいますよね」
プラチナは着替えるために別室に入っていき、ウルスラ以外の皆も一緒についていった。残された俺は、ウルスラに飲み物を勧められる――この拠点には食料なども十分に備蓄してあり、自由に使っていいことになっている。
「ボクは優しいからね、主様が寂しくないようにここにいてあげよう」
「ウルスラは隣の部屋くらいなら、直接行かなくても様子がわかりそうだな……地中深くから外の様子が見えてたわけだし」
「鋭いね、主様。今どうなってるか実況してあげようか? 服を着ようとしたプラチナの胸がつかえちゃって、調整を……」
「っ……それを聞いてたら有罪になるだろ」
もはや隣の部屋から漏れ聞こえてくる声を聞くわけにもいかず、俺はフードを深く被って意識を逸らす。
『む、むう……食べた分だけ動いているから大丈夫だと思っていたが、甘くはないか』
『まだ成長してるんじゃない? 止まったっていうには早いと思うし』
『私もプラチナさんと同じものを食べているはずなので、もっと成長する可能性があると思って構いませんね?』
『あたしとしては、ナナセちゃんはちっちゃいほうが可愛いと思うけどねえ』
『ああっ……メイベルさんなら一回は許しますが、私はもう大人なので、相応の扱いをしてくれると嬉しいです。マイトさんも私を見くびっていますからね』
『マイト君はそんなことしないんじゃない? ちょっと話しただけだけど、誠実っていうか、そんな感じがするし』
『ふふっ……ああ、別に変な意味で笑ったわけじゃなくて。マイトがそれ聞いたら照れるだろうからねえ……プラチナ、力は入れちゃ駄目だよ』
『し、しかし、胸が……やはり布でも巻くべきだろうか』
心を無にしようとしてもできない、そんな会話。服が入らないほどなのか――と思ってしまった俺は、まだ未熟と言わざるを得ない。
◆◇◆
しばらく待つと、先にリスティとナナセが出てきた。
「プラチナ、準備はいい?」
「う、うむ……しかしこれはどうなのだろうか。似合っているというか、違和感がないのかどうか」
「あんたが選んだんじゃないか、こういうのなら着られそうって」
「他に用意したものがあまりにひらひらしていたのでな、肌を出しすぎるのは良くない。しかしこれならば……」
プラチナが意を決したように部屋から出てくる――俺はというと、すぐに感想が出てこない。
「……ど、どうだろうか。皆は大丈夫だと言ってくれたのだが……っ」
その服はどちらかというと、町娘というよりは学生のように見えた。
俺は学校に行ったことがないが、学院のある街で見かけたことはある。ひと目でどこの学生か分かるような、一律の形をした制服――プラチナが着ているのはそれだった。
「マイト、何か言ってあげなよ」
「その変装なら、目的を達することが……」
「そうじゃなくて、主様の感想を言わなきゃ」
ウルスラが逃げ道を塞いでくる。彼女の言う通りかもしれないが、俺個人の感想となると無性に照れるものがある。
「……ええと。似合ってるな」
「っ……そ、そうか。実は、私もそうなのではないかと思っていたのだ」
プラチナはいつもの調子を取り戻し、変装のためにかけた眼鏡に手を添え、自信たっぷりに微笑んでみせる。
「ふふ……考えてみれば大人になっても学院に通っている人はいるので、私がこの服を着ても初めから問題はなかったのだ。ナナセにも似合いそうだが、危険な任務はさせられないのでな」
「はい、我ながら私にも似合いそうだなと思ってました。こういうのは知的な人ほど似合うものですからね……あっ、リスティさんにも勿論似合うと思います」
「私はプラチナのしてる眼鏡はちょっといいかなって思ってる。本を読むときに眼鏡をしてると、何だか雰囲気が出るわよね」
こういう話題で若い娘が盛り上がるというのは、俺もよく知っている――前のパーティではシェスカさんしか服のことは気にしていなかったが、よくファリナとエンジュを着せ替えしたがっていた。
「さて……あたしとモニカは別働隊で、マイトたちと分かれてプラチナを見張る。それでいいんだね?」
「ああ、基本的には俺に任せてくれていい。モニカも気をつけてな、相手が相手だから無理はするな」
「それなんだけど……私の技を使えば、たぶんプラチナさんに犯人の気を引き付けるようなことができると思う。まだ話してなかったけど、そういう職業なのよ」
「そうなのかい? じゃあ、今夜一発目で犯人の顔を拝めそうだね」
「できれば、どういう技なのか事前に教えておいてくれないか?」
聞かれると思っていたのか、モニカは観念したような顔をする――どうやら、自分の職業を隠しておきたかったようだが。
「私の職業は……」
耳元で囁かれたその職業は、確かに冒険者としては珍しいものだった――しかし、モニカはなぜかそれが恥ずかしいようで、俺の反応を待ちながら顔を赤らめていた。
◆◇◆
――王都べオルド 深夜の東側市民街――
事件は西、中央、東のそれぞれの市民街で発生している。役場からのお触れで夜間外出は激減している――そして、守備隊が西と中央を重点的に警邏している。
犯人も東地区だけ警戒が薄ければ『誘われている』と感じるだろう。そのため、守備隊を東に全く配備しないのではなく、人員を減らしてもらい、警戒が薄い場所が作られている。
「守備隊が冒険者ギルドからの要請で動いてくれるなんて、そんなことがあるのね」
「日頃から連携してるからこそだな。フォーチュンは守備隊の手伝いを冒険者がやるってのは珍しいが……」
「私たちが実質それをやったみたいなものですね、魔族を撃退したんですから」
リスティ、ナナセ、そして俺は、囮として行動しているプラチナの後を少し離れて追っていた。尾行は初めてではないので、俺がリスティとナナセに位置取りなどを指導している。
「プラチナさんの変装、ものすごく似合ってますね……私が通っていた学院があるんですけど、そこの生徒さんの制服があんな感じでした。先輩って呼びたくなっちゃいます」
「ナナセ、王立学院に通ってたの?」
「私が通っていたのは田舎にある分校です。なので、制服はあれほど可愛くは無かったですね……地元の職人の方が作っていて、人気はあったんですが」
「そうなのね……私もプラチナも学校には通ったことがないの、家庭教師がいたから。だから、どんなふうなのかちょっと興味があって」
ふたりとも小声ではあるが、そろそろ音を出さないよう気をつけた方が良さそうだ。
プラチナは背筋を伸ばしつつも、少し不安げな様子で歩いている――家路を急いでいる学生という雰囲気を出せていると思うが、『向こう』はどう思うか。
『主様、首尾はどう?』
ウルスラの声が聞こえてくる――頭の中に直接響く感覚にも慣れてきた。
『敵が仕掛けやすい場所はあらかじめ目星をつけてある。そのうち二箇所はもう通ったが空振りだ……だが、チャンスはまだある』
『さすがだね、主様。それも賢者としての知見かな? それとも……』
『こうやって話せるなら俺の考えてることは伝わるんじゃないか?』
『ある程度は分かるけど、主様が能動的に考えたことしか伝わらないよ』
『そうなのか……それならまた後で改めて言うよ。今の俺は間違いなく賢者だが、それだけだっていうのも違うからな』
『……何だか緊張してきたよ。これはますます無事に帰ってきてもらわないとね』
ウルスラの声が遠のく――俺たちは住宅街の物陰に隠れながら、プラチナの後を追い続ける。
『――あ、もう一つ言っておかないと。メイベルとモニカの方は特に何も起きてないね』
『気配を追えてるのか? メイベル姉さんも流石だが、モニカの職業もあの精度で気配を消せるとはな……』
『そんなモニカの所在を把握できている主様は、さらに上手ってことじゃないか』
ウルスラがそう言った瞬間だった。
あえて住宅脇の路地に入ったプラチナが、不安そうに早足で歩き出す。夜道で家に急いでいる女性が、近道を通ろうとする――そんなふうに見える見事な演技だ。
青紫の空に浮かぶ月光を、何者かの影が遮る。
住宅の上。影から染み出すように現れたその人影は、躊躇いもせず飛び降り――プラチナの背後を狙う。
――『プラチナ』が『ロイヤルガード』を発動――
「くぅっ……な、何っ……!?」
「私の変装を見て油断したな……だがそれこそが命取りだ!」
プラチナの『ロイヤルガード』を前に見た時は、敵の攻撃を弾いて反撃していた――防御を強化しているだけでなく反応速度も上がるため、ギリギリで防御することができたのだろう。
外套を身に着け、フードを被って正体を隠していた吸血鬼と思しき人物は、裏通りに差し込む月光の中でその顔を現した。
「――エルクッ!」
姿を見れば分かる――魔族に捕まったエルクは、やはり吸血鬼の仲間にされていた。
しかし俺の声に反応しても、エルクの目には敵意しか宿っていない。赤く光る瞳は、俺が知っているエルクとは全く違っている。




