㊽回し過ぎにはご注意を
「次の方、どうぞー」
スタッフの大きな声に、拓夢と桜は列の先頭に躍り出る。
「桜さん、行きましょう」
拓夢の声に、桜は元気よく反応する。
「うんッッッ! 拓夢くん!!」
と、はしゃぎながら拓夢の後をついていくと、
「さあ、どうぞ。桜さん」
拓夢はスライド式のドアを横に開き、桜をエスコートする。
「ありがと~~」
桜は礼を述べながら、座席に座った。
その隣に、拓夢も腰掛ける。
そう――拓夢と桜が選んだ最初のアトラクション、それは、コーヒーカップ。
回転する巨大なカップをモチーフにしたアトラクションだ。雲やケーキやキャラターの絵が描かれたメルヘンなターンテーブルの上に置かれたカップの外側は、フルーツやホイップクリームなどがペイントされており、座席のクッションはふわふわのクリームといった、メルヘン仕様だ。
全員が乗ると回り始め、中央にあるハンドルを操作してさらに強い回転を加えることも可能だ。
――ご利用いただきありがとうございます。立ち上がったり、ハンドルを回し過ぎないようにお願いいたします。
なんていう、キャストさんの合図と共に。
軽快なBGMが流れ始め、周囲の乗客たちの顔に期待の色が浮かび上がる。
「おっ」
――それでは、スタートいたします。
キャストのアナウンスが流れると、ガタン、と動いてカップは回転を始める。なので、拓夢はハンドルを持った。そして、ゆっくりと優しく回す。
「おぉぉおぉぉおおお~~~~ッッ」
「どうですか? 桜さん。気持ち悪くありませんか?」
「ううん。もっと速くてもいいくらいだよっ」
「分かりました。酔ったらすぐ言ってくださいね? スピードを緩めますから」
「うん。ありがと~~」
やんわりと微笑む桜を見て、このアトラクションを選択して良かったと安堵する拓夢だった。
ハンドルを回し過ぎなければ危険もないし、比較的並ばなくて済むという理由から最初に選んだのだ。
そして何を隠そう、拓夢は三半規管が弱く、酔いやすい。なので、ゆったりと遊べるこのコーヒーカップを提案したわけなのだが。
「うーん……悪くはないんだけど、ちょっとスピード感が足りないよねぇ」
くるくる回りながら、桜が口をすぼめて不満を述べる。
「あー、まあ、小学生でも乗れる乗り物ですからねえ」
苦笑しながら拓夢が答えると、
「拓夢くん。ちょっとわたしにも、ハンドルを貸してもらえる?」
「ああ、いいです、けど……」
拓夢はそこで言葉を切った。
桜の表情に、何か嫌な予感がしたからだ。
ウキウキとハンドルをしっかり握りしめる桜が。
「まさか……」
拓夢の呟きは轟音によってかき消された。
続けて感じたのは、頬にぶち当たる突風。
「いやぁぁぁああああああああっっふうううううぅぅぅうううううううううううううッッ!!!!」
ハンドルを持った瞬間、F1レーサーの如く全力全開でグルグル回し始めた桜。それまでのゆったりとした回転から一転し、尋常じゃない速度のスピンが加わる。
「う、うおおお……」
拓夢は早くも目をグルグル回し始めた。
「拓夢くん、気持ちいいね! やっぱりコーヒーカップは、こうじゃないとッッ!!」
「あ、あの……桜、さ……」
その言葉は、最後まで言えなかった。
拓夢の口には既に、胃液がこみ上げてきている。
その上さらに、すっかり目も回っていて。
メルヘンだった景色は見えない――見えてはいるのだけど、ぐにゃぐにゃとした景色が閃光のように流れ、まるで渦潮の中心にいるかのように、全てが真っ白だった。
そう、見えるのは白、白、白……。
たまに桜の能天気な笑顔が、サブリミナルのようにチラつくだけだった。
「さ、桜さん! 僕、もう限界です! ハンドルを、止めて!」
なんとかそう叫び、ハンドルを回す桜の手を掴む拓夢だったが、
「きゃあっ!?」
桜の叫び声。
「へ?」
「拓夢くんっ!!」
名前を呼ぶと桜は、勢いよく拓夢へと抱き着くのだった。
必然、拓夢の体に押し付けられる手、胸、足……。
「うひぃ!? うごっ!!」
女性アレルギーが発症するが、そんなこと考えてる余裕もなかった。
力いっぱいハンドルを回す桜の手を思い切り引っ張ったものだから、支えを失い、バランスを崩した桜が拓夢に抱き着いてきたのだ。そしてそのまま、ミキサーにかけられる食材のように、二人して抱き合いながらクルクルと目を回す。
「ふええ~~んッッ!!」
「さ、桜さんっ!」
涙声になる桜を、拓夢は懸命に抱きしめた。ハンドルから手を離したとはいえ、制御不能となったカップは、いまだ高速回転を続けている。何かに掴まっていなければ、勢いよく外に投げ出され、大ケガをしてしまうかもしれない。
だから、必死で抱きしめる――のだが。
(な、なんだ!? この柔らかいの、何だか甘い匂いもするし、目が回るし――!)
拓夢が混乱しながらも、カップが止まるのを待っていた時だった。
ピピーッという電子音が流れると共に、回転が緩やかになり、グチャグチャだった周りの景色が元に戻ってくる。時間になり、運転が停止したらしい。
「さ、桜さん! 止まりました。止まりましたよ!」
「ふえ? ほ、ほんと?」
「ほ、本当です」
「ふえ~、よかったぁ~~っ」
「ですから、離れ、て……」
安堵しながら顔を上げる桜を、慌てて引き離そうとした拓夢は驚愕した。
強烈な遠心力の中、必死に拓夢に抱き着いていたせいだろう。
ブラウスのボタンが外れ豊穣な胸元があらわになり、スカートはめくれ、パンティーはおろか、股下までも覗かせる始末。
「あんぎゅうわぁっ!?」
桜の体を抱き起しながら拓夢は、奇声を発する。
無理もない。
頬を紅潮させ、衣服をはだけさせながら、煽情的に自分を見つめてくる美少女。
女性アレルギーがなくとも、普通ならドキドキしてしまう所。
「拓夢くん? 拓夢くんッッ!!」
懸命な桜の呼びかけもむなしく、
「うーん……」
拓夢が気を失なってしまうのも、無理からぬことであった……。




