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ノアシェランの不思議な窓  作者: ゆずりお
9/9

迷探偵ノアシェラン、真実はいつも闇の中!

花粉が酷くて鼻が痒いですね…。

果たしてコレが探偵と言えるのか?の、巻きです。


ブルーベリーを沢山集めたノアシェランは、普通の果物が食べたいと思い。


「ウーンと、人の身体に害が無くて、なるべく甘くて美味しい果物を見つけて下さい。」


と、願って赤くて小さな果物を見つけると、ホクホク顔で王宮に戻ろうとした。


「んー!ちょっと酸っぱいけど、ちゃんと食べれる♪

沢山取れたし、皆にもお土産に持って帰ろう!

あ、そうだ。

余ったらジャムにするのに砂糖が要るかも。

無いかも知れないし、ついでに砂糖も持って帰ろ。

人だ食べても健康に害の無い、砂糖を見つけて下さい。


あ、そっか。そりゃお店に来ちゃうよね。

それじゃあ、砂糖の原料を見つけて…、て。

其処から作らなくちゃダメ?!

コレってサトウキビじゃない?

まぁせっかくだし、懐かしいから持って帰ろ。

昔は縁日でカジってたなぁ。

最近は見ないけど。


あ、そうだ!

蜂蜜を持って帰ろう。

あー、うん。そっか。

コッチの蜂って、おっきいんだね。

まぁ、いっか。

蜂蜜だけ分けて貰おー。

後は…」


久しぶりに自由にアチコチ動けるのが楽しくて、色んな所を回ってから王宮に戻って行く。


(それでまた懲りずに1人でウロチョロしてたのか。)


(姫様。出歩かれる時は必ず誰かをお連れ下さいませ。

只でさえ危のう御座いましたのよ?

いくら魔力が戻って回復なされたと言っても…)


(はい!はいっ!大変申し訳有りませんでした。)


ベッドの上に土下座して布団に頭をこすりつけながら、デュオニュソスとエマルジョンのダブルパンチで、説教を受ける羽目におちいってしまった。


(それでは姫様。

また例の部屋で集められた物を検分致しましょうか。)


『ボクも行く!』


(殿下もついて来たいそうだが…。)


(警備を分ける訳には参りませんわよ?)


(姫様の黒円の中は安全ですので、中に居る分には問題無いでしょう。)


(だが先ほどの様に不徳の事態になりでもすれば…)


(私も拝見していたので分かるのですが、あの時に姫君は隷属の魔道具を無力化する為に、莫大な魔力を使われていました。

回復もせずに1日に二度も同じ事をすれば、あの方法なら魔力が枯渇しても何ら不思議では有りませんよ。

普通の正しい方法の解呪であれば10で済む所を、1000や2000の魔力で無理やり破壊しておりましたので。

つまり同じ事をしなければ、大丈夫と言う事です。

我々が側について注意を払って居れば問題は無いかと。)


(つまりウィンスはどうしても持って帰って来た物を改めたいのだな。)


(危険があってはいけませんからね。)


ホクホク顔の彼を見る限り。

知的好奇心が理由だろうとは思ったものの、彼の発言には1理も2理も有る。

やむ終えずデュオニュソスとエマルジョンは2人の近衛騎士とベルトラントを連れて、ウィンスと共にノアシェランの黒円に入って行った。


(ヒャッホーイ!)


(コラコラ、殿下。

危ないやも知れぬ。

余りハシャいで怪我をするなよ。)


(何だか急にヤンチャになってますね?)


(元はあの性格なのだろう。

レオナードの息子だからな。)


(陛下は昔それはもうヤンチャが酷くて。

活発なお子様でしたからね。)


黒い空間の中に入るや否や。

跳んだり跳ねたりしてクルクルと回転遊びを始めたベルトラントに、ノアシェランが驚いて目を瞬く。


(ひょっとしてあの頭を締め付ける輪っかは、彼が危なくない様に言う事を聞かせる為だったとか?

だってあの人達からしたら、此処は敵地のど真ん中だったんでしょう?)


(それは…)


納得は出来ない。

けれども否定が直ぐに出来ず。

思い当たる節が有るのは、3歳児とは思えぬ彼の身体能力を見た後だったからだろう。


(納得は行きません。

ですが確かに昔の陛下を思えば、駄目だと制止すれば喜んで後宮を抜け出していましたから…)


(まぁ殿下に関して言えば、大事に育てていたのだろうからな。

それでも隷属化の魔道具はやり過ぎだとは思うが、安全性を慮った面が無いとは言えなくも無いな。)


難しい顔をしてノアシェランが呟けば、エマルジョンもデュオニュソスも苦い表情でため息を零す。


(でも妃殿下の事を思えば、今日の事は完全に正解でしょう。)


(そうですね。

ウィンス様の仰られる通りに御座います。

あの様な状態では、その内お身体を病まれていたのは確実ですわ。)


(うむ。侍医の見立てでも、魔力の回復薬に寄る過剰摂取よりも、普段の体力が衰弱しておったからこそ。

もう処置が終わったと言うのに、未だに寝込んで居るようだからな。)


(それはお父様が長い間お母様を放置していたからでしょう。

そりゃあ大事に育てているあの子に危害を加えようとしたお母様を、お付きの人だって大事には出来ませんよ。

どうしてあんな事になってしまったのですか?

一応和平の為の結婚だったのですよね?)


(姫様、準備が整いましたので宜しくお願いします。)


ノアシェランの疑問を遮る様にして、ウィンスが珍しく。

と、言うよりも必然的に彼女の注意を逸らした事で、エマルジョンとデュオニュソスの2人が内心で安堵する。


また迂闊に話を聞かせて彼女に暴走されるのは困るからだ。

その点に限って言えば、ノアシェランの信頼は地に落ちていた。


理屈がどうであれ。

結果として事態が好転したとしても。

人の手に終えない力を使って、1人で暴走されるのは絶対に宜しく無い。


彼女の意思が例え100%善意の塊であったとしても、それに寄って起こる事件で彼女が安全なまま過ごせるとは限らないと。

今回の件でつくづく思い知らされたからだ。


大いなる力を使えばノアシェランが死ぬことも有ると、デュオニュソス達は今回の件で学ぶ事が出来た。

今回はリリスティアの機転で無事に生き残ったが。

それはまるで人がノアシェランを救わなけば、大いなる力ごと彼女を滅ぼすと、神が暗に示したかの様に感じられ。

それに対してデュオニュソスは強い警戒心を抱く。

神に監視をされている感覚に、ゾクリと肌が粟立っている。


恐らく神々はノアシェランの行動を注視しているのだろう。

そうでなければ、この様な大きい力を1人の人間に与える筈が無い。


(でおにそす様、蜂蜜を取って来たんです。

何の蜂か分からなかったので、一匹捕まえて来たんですけど…)


(きゃー!おっきな魔物だー!)


思考の渦に浸っていたデュオニュソスは、信じられないノアシェランの説明と、喜びにハシャいで興奮しまくっているベルトラントの思念を聞いてスゥ…と、顔を青ざめさせた。


(こんの…大馬鹿者がー!!!)


神とか以前の問題で、非力な幼女でしか無い彼女が最も近付いては行けない物が魔物。

それを意図的に捕獲して来るなど、正気の沙汰とは思えず。

デュオニュソスの雷がノアシェランに直撃する。


(身の程を弁えぬにも程が有るだろう!

万が一があったらどうするつもりだ!

何故植物だけに留めず、魔物まで連れて来る!

しかも今回は意図的にだろ!

この中を自ら危険にしてどうするつもりだ!

お前の壁を越える魔物が居ないとは言えないのだぞ!!!)


(うきゃー!ごめんなさいぃぃ!!)


そして続くマシンガン説教に、ノアシェランはビクリと身体を震わせた。

ベルトラントも同じようにビクリと身体を竦ませたのだが、叱られている相手が自分でない事を知ると余裕を取り戻し。

暗闇に浮かんだままこじんまりと土下座をしているノアシェランと、鬼の顔になっているデュオニュソスをジッと観察し始める。


(ねぇねぇ、あの人の真似。)


(ぶふ!)


そしてヤレヤレと溜め息をこぼしているエマルジョンに寄ってチョイチョイと袖を引っ張ると、デュオニュソスの顔真似を披露して鉄仮面を噴き出させていた。


両頬を両手で押さえながら引っ張るのはエマルジョンバージョンと同じだが、手首を前に出して人差し指を立てているのが彼流のポイントだ。

その辺の細かい変化など知らないエマルジョンは、原形が無いほど崩れているベルトラントの変顔に単純にウケただけなのだが。


(まぁまぁ。それより蜂蜜ですか。

実に興味深いですね。

蜂の魔物も色々有りますから、見本を持って帰って頂いたのはとても有り難いです。)


妙にキリッとしたウィンスが、眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせてデュオニュソスの小言を中断させる。


(それにしても蜂蜜か。

何故あの様な物騒な物を持ち帰ろうと思ったのだ?)


それを受けてヤレヤレと疲れた表情を浮かべて、デュオニュソスが嘆息する姿にノアシェランは驚いて目を見開く。


(え?食べる為にですよ?)


(あんな物騒な物を食せる筈が無いだろう!)


(え?ええ!?だって蜂蜜ですよ?)


(どうやら姫君の世界に有る蜂蜜は安全な食材なのですね。

此方の方では蜂が毒花の蜜を集めている危険性が高いので、これも錬金素材としか扱われませんよ。)


(ウッソー!)


ウィンスからの説明に衝撃を受けたノアシェランは、それでも甘味が諦められなかった。


(そ、それじゃあ、悪い物質だけを除ければ食べられますよね?!)


(その様な事が出来るのですか?)


(とにかく試してみます!

えーと…蜂蜜の中に有る、人の健康の害になるものは分離して下さい。)


ふわんふわん…と。

デュオニュソスの身長をすっぽり覆っても余り有る量の蜂蜜が、奥から近くまで漂って来る。

それにノアシェランが分離を願うと、琥珀色の大玉から茶色と紫が混ざって濁った液体が離れて玉を作り上げた。


元の量の6分の1が毒性の有る物だったらしい。

それを見て思わずゾッとするノアシェランだった。


(おお!まさかこんな便利な事まで出来んですね?!

でしたら姫様。麻痺をさせる成分と他の物を分ける事は出来ますか?)


(良いですよ。)


続いて濁った方にお願いすると、茶色の成分と黒紫の水玉とに分かれて行く。

茶色に対して如何にも毒っぽい黒紫の方は、更に10分の1まで量が減った。


(おおおお!素晴らしいです!

でもどちらが麻痺の薬効が有る蜂蜜でしょうか。)


(すみません、其処までは分かりません。

色的には黒っぽい方が毒々しいのですが。)


(いえ、他の毒がそうなのかも知れませんね。

つまり大元の方も本当に人に安全なのか、確かめて見なければ分かりませんね?)


(確かにその方が安全ですよね。)


ノアシェラン達がウンウンと納得していると、ヒュン!と何かが素早く横切って琥珀色の玉に突っ込んで行った。


(わー!これ、スッゴく甘い。

でもネバネバしてるー!)


あっという間の出来事で、それに気付いたのは子供の喜ぶ思念を聞いたからだ。


(((殿下?!)))


(スッゴく美味しいや。

こんなに甘いの、ボク初めて食べたよー。)


(コラ!もう舐めるんじゃ無い!!)


エマルジョンがノアシェランの方に視線を戻した、ホンの一瞬の出来事だ。

慌てて駆け寄ったデュオニュソスが、両手を突っ込んで手をペロペロと舐めているベルトラントを引き離して浄化魔法を掛けた。


(解毒!)


そして顔面を蒼白にさせてウィンスに突き出す。


(申し訳有りません!

目を離すつもりでは…)


ガクガクとエマルジョンが震えている姿に、ノアシェランがなる程な、と。

素晴らしく早かった幼児の身体能力に、皇国の人達との話し合いの場を設ける必要性をヒシヒシと感じ。


(あの、すみません。)


(オマエはオマエで何をやってるー!)


意気消沈しているメリーズに語り掛けた所で、デュオニュソスから雷を落とされた上で、頭を鷲掴みにされてしまった。


(あだだだ)

(あー!メリーズだ♪)


(なっ…、殿下?!)


(スゴいんだよ、此処!

フワフワしてて面白いし。

ハチミツって言う美味しいものも食べたの。)


(蜂蜜?!)


両手を魔力を封じ込める手錠を嵌められたメリーズは、顔面を蒼白にさせて黒円を見上げる。


(貴様!殿下を亡き者にする気か?!)


(いえいえ、違うんですー。

危ない要素を分離したので、これから安全性を確かめる所だったのですが…)


(そんな危険な事を何故殿下の前でするのですか!信じられない!!)


(でもさっき食べたけど、何とも無いよー?)


(これから何かが起こるやも知れないでしょう!一体ペルセウスの奴等は何をやっているんです!

子守すらマトモに出来ないだなんて…)


見るからにメラメラと怒りを燃やしている彼女に、エマルジョン達は遠い目をして無言を貫く。


(まぁ、それはそれで良いとしてー。)


(全く良く有りません!

ちゃんとした大人に殿下を…。

いやいや!殿下を私に返して下さい!)


手錠が有ろうが、個室に監禁されていようが。

切羽詰まった感じで黒円を見上げている彼女に、ノアシェランは微笑みを浮かべ。


(それよりも、私は其方の事情を聞きに来たのですよ。

今の貴方に彼を返した所で、また取り戻されるのが落ちでしょう?

一体どうして和平の為の結婚で、こんなに拗れてしまったのですか?)


(…それは…)


メリーズも渋い表情を浮かべると、吐き捨てる様に話出す。


(前国王が暗殺されたからです。

それを我が国の仕業だと、ペルセウスの奴等が警戒を強めてしまったのです。)


デュオニュソスはこの会話を阻止するべきか、それともこのまま聞くべきか。

悩んだ末に結論が難しく。

結局そのまま成り行きを見守る事にする。


(何故でしょう?

そんな証拠があったのでしょうか?)


(いいえ!我々は潔白です!

座して待って居ればいずれは手に入る王国の国王を暗殺する理由が無いのです。)


(では何故ですか?

それはペルセウス王国の人達も分かっている事情ですよね?)


(私達には分かりません。

ですがある日を境にレオナード王の訪問が途絶えてしまったのです。

理由を聞きたいのは此方の方です!)


(そうですか。

では私が此方の方々にお話を聞いて来ましょう。)


(わ…、私の話を信用するのですか?)


ノアシェランが素直に納得した事が意外だったのか、メリーズは呆然としながら化粧の崩れた顔で黒円を見上げる。


(そうですねー。

信用したい気持ちも有るのですが。

私なら真犯人を探す事も出来ると思うのです。)


(まさかそんな事が?!)


これにはメリーズのみならず、デュオニュソス達も思わず息を呑む。

けれどもノアシェランの言葉が嘘では無い事を、全員が知っている為に身体を興奮に震わせながらも無言を貫いた。


(ですから濡れ衣が晴れるまで、もう少しだけ辛抱していて下さいね?

殿下も馴染みの有る皆さんが無事な方がきっと喜ぶでしょうから。)


(まさか…本当に…)


(お母様の事も有りますからね。

勿論今まで通りと言うのは無理でしょうが、少しでも良い結果になる様に、私が頑張って真犯人を突き止めてみせますよ。)


(どうして…?

私は貴方を罵倒して攻撃をした者です。

それだけでも処刑されて充分な罪を犯したのですよ?

それなのにどうしてそんな風に…)


メリーズは涙をハラハラと零しながら、黒円を呆然として見上げる。

そんな彼女に見えない笑顔を浮かべたノアシェランは。


(全てはお兄様のためです。

貴方達がした事の全てを認める事は出来ませんが、お兄様に関して言えば愛情を注いで大切に育てて下さっていたのでしょう?

それは彼の曇りの無い笑顔を見れば分かりますから。

なるべくお兄様を幸福にする道を切り開きたいのですよ。)


(おおお…神よ。)


とうとう感極まったメリーズは、大粒の涙をこぼしながら両手を組んで額に押し付けると、祈りを捧げるポーズで号泣し始めた。


(メリーズ。だから大人しくしててよ?

また悪い言葉を使うと人から誤解されちゃうからね?)


(殿下…それは私が日頃殿下に…うううー…)


号泣しているメリーズから離れたノアシェランは、一度中断していた作業を続行する為に、元の仮研究室へと窓を戻す。


(と、言う訳なのですが。

向こうの言い分に何か思う事は有りますでしょうか?)


そしてクルリと皆を振り返ると、柔らかい笑顔を咲かせながらも、妙な圧力をビシバシと浴びせかけて来る。


(ウィンスさん。

作業の続きを始めて下さい。)


(は?は、はい!

えーと、それでは蜂蜜を収納する瓶を用意させます。)


呆然としていたウィンスは、ノアシェランの指示に弾かれたかの様に反応すると、外に居る部下達へ指示を飛ばす。


(ねぇ、メリーズ達を助けてくれるの?)


その時ベルトラントがノアシェランの服を摘まんで注意を引くと、真摯な色を浮かべた幼児らしく無い視線を少し下に有る彼女と合わせた。


(彼女が助かるのかどうかは、まだ私には分かりません。

私に出来る事はそんなに多くは無いでしょうから。)


(それって嘘をついたって事?!)


途端に険しい瞳になったベルトラントに、ノアシェランはフルフルと頭をゆっくり横に振る。


(いいえ。あれは私の願いを言っただけです。

嘘では有りません。

でも彼女を救うには、真犯人を見つけるだけでは足りないと思うんですよ。)


(…どういうこと?)


(例えばもし真犯人が彼等で無かったとしても、彼等と同じ国の人達が企んだことかも知れません。

それにこの国の人達だって、今更自分達の過ちを素直に認める事はとても難しいでしょう。

まぁ、難しい話はさて置いて。

とりあえず私だけの力では足りないと言う事です。

お兄様やお父様。

そして他にも大勢の人達の協力があって初めて叶う、私の願いなのですよ。)


ベルトラントだけで無く。

デュオニュソスも身体を震わせながら、固く拳を握り締めた。

彼女の言う通りだったからだ。


これまで間違えない様に慎重に慎重を重ねて行動して来た。

けれども今、正しいと思って歩んで来た道が根底から崩れようとしている感覚に、デュオニュソスの震えが止まらない。


まだ何も結果は分からない。

むしろ皇国の者が仕組んだ策だと、思う気持ちも根強く残っている。

何を持ってして座して待てば手に入る王座だと言えるのか。

当時はまだベルトラントすら産まれて居なかったのだ。


けれどもメリーズの根拠の無い言葉を、デュオニュソスの優秀な頭脳が肯定してしまう。

何故ならメリーズは正妻なのだから。


そんな些細な。

当たり前の事に気付いただけでも、今の有り様を思い。

デュオニュソスの震えが止まらなかった。


(まぁ過去は変わりませんし。

とりあえず今は私のお土産が使える物かの検分と、運び出しが先ですよね。

これが終わったらお父様に相談してみましょう。)


(うん。お父様はメリーズを助けてくれるかなぁ?)


(それはお兄様がお願いしてみたらどうですか?彼女達の身の安全を願っているのは、お兄様なのですから。)


(ノアシェランはお願いしてくれないの?)


(私はお兄様の笑顔を守りたいですけれど。

お母様の事も心配しているのですよ。

少なくともお母様にとって、彼等が心休まる存在で無い事は事実ですから。)


(…そっか。)


悔しそうに顔を歪めながらも、彼女達とメリーズ達の確執には気付いていたのだろう。

怯えていたリリスティアの姿を思い出したベルトラントが、小さな胸を痛めている姿に。


(それよりもお兄様。

ちゃんと無事に人が食べられる事を確認するまでは、勝手に食べないで下さいね?

そんな事をするならお兄様だけを元のお部屋に戻さなければいけなくなるんですよ?)


(え?!それは嫌だ!

ボクはまだ此処で遊びたいよ!)


(それならちゃんと食べて良いのか、触っても良いのか。

近付いても良いのか、ちゃんと確認してからにして下さいね?

そうでなければ私達はメリーズさんの信用を失ってしまいます。

これ以上関係が悪くなったら、例え彼女がお兄様の所に戻りたくても、戻せなくなってしまいますよ?)


(うん!分かったよ。

ちゃんと聞くまで食べないようにする!)


優しく微笑を浮かべて行動を諭す。

ベルトラントはそれに真摯な眼差しで力強く、肯定を示した。


今は謁見をしているレオナードに、この情報を伝える事は難しい。

けれどもデュオニュソスは今後の事を思って自分の侍従を呼び寄せると筆記用具を集め、宰相などの関係者各位に手紙で今回の情報を伝えるのだった。


ノアシェランの作業が終わりを迎えた頃。

厳しい表情をした頭脳集団達が、後宮近くに有る一室に続々と集まって来る。


(と、言う訳なのです。

メリーズさん達が嘘をついている様には思えませんでしたけれど、真相を明らかになさる覚悟が皆様に有りますでしょうか?

私はお兄様の今後を思うと、皇国関係者との関係改善をお勧めしたいのですが…。)


ズラリと並んでいる重鎮達に向かって、ノアシェランはノホホンとした口調で淡々と事実だけを語って行く。


(神々の視線は欺け無い…か。)


両手を組んで溜め息を零したレオナードに、周囲の者達の緊張がより一層高まりを見せる。


(父上!メリーズ達はとてもウルサいけど、悪いことをする人達じゃ無いよ!)


(だがあの者達はリリスティアに隷属の腕輪を施し、あまつさえ私の暗殺を企む計画を聞かせているのだ。

そう易々と信用するに値しない。)


(その件ですけどもー。

向こうの立場からすれば、突然お父様がお母様を冷遇為さった事で、彼女の言動が可笑しくなったと思っているのですよね?

それは自殺を阻止したり、お兄様に危害を加えない様に色々と策を取ったとは考えられませんか?

そしてお母様を可笑しくしたお父様に、恨み言の一つぐらい言いたくなるでしょう。

向こうは自分達に非は無いと思っているのですし。)


レオナードは息子の嘆願を一刀両断に切り捨てたのだが、ノアシェランのノホホンとした口調の中に込められた非難の色を察して、ハァ…と沈鬱な溜め息を吐き出す。


(だが手段は他にもあった筈だ。)


(それはどちらにも言える事でしょうけれど。

真相を明らかにして見れば、どちらの言い分が正しいのかだけでも判明しませんか?)


ノアシェランからの最終通告に、レオナードは頭を抱えて机の上に突っ伏した。


(それで万が一でも父上の暗殺を施した真犯人が、皇国の手の者で無かった場合はどうなる?)


(それはもう土下座でもして、向こうに平謝りですかね?

それで何処まで許して貰えるかまでは、分かりませんけれども。)


駄目押しで聞いては見たものの。

それが一番ペルセウス王国に取っては都合の悪い真相となる。

十中八九向こうの犯罪だと思っているが。

万が一は何処にでも転がっているからだ。


そして真犯人が皇国の関係者で無かった場合、レオナードは有りもしない策略に怯えて一方的にリリスティアを冷遇した事になる。

正にノアシェランが指摘した通りの展開に、関係者一同はレオナード程露骨で無くても心の中で頭を抱え込んでいた。


(……本当に姫様は真犯人が分かると仰られるのか?)


渋い表情を更に渋く曇らせた宰相のエクスタードに、ノアシェランは軽やかに応える。


(それですけれど。

例えば直接手を下した方が亡くなっておられたとしても、窓に実行犯、それを指示した者と問い掛けて行けば、いずれは真の黒幕まで辿れると思いますよ?

生きて居ればその方からお話も聞けますけど。

例え亡くなっておられたとしても、国王の暗殺を命令する様な人でしたら、お墓ぐらい有るでしょう。

私には分かりませんが、この国の人なら誰のお墓かぐらいは分かるのでは無いでしょうか。)


(左様ですな。

…いやはや死しても尚、罪は残り。

神々の目を欺けぬとは、何とも恐ろしい話ですな。)


(んー、楽で良いんじゃないか?

辿ればたどり着けるとなっちゃ、今後の事を思うと陰謀の抑止力にはなるだろう?)


途方に暮れた感じのする宰相に、アトスタニアがあっけらかんとして発言する。

警備責任者からすれば、歓迎する話でも有るのだ。

まぁ国が分かった所で開き直る相手には、通用しない事も承知はしている。


(姫様にご認知された時点で、このお話を闇に葬ることは得策とは言えますまい。)


(ダンバル公…)


(感情の共感を抑える効力は持たせましたが、範囲がどれだけ狭くとも人の知れる所となっておるのです。

余計な疑惑を新たに生むよりは、真相を明らかに成された方が得策でしょう。

なに、勘違いだったとした場合。

今後は関係を新たにすると陛下が先人を切って、努力為されば良いだけですしね。)


(((…………)))


ぐうの音も出ない正論に、関係者一同が大きな溜め息を吐き出す。


国の面子は決して軽くは無い。

とは言え真相が判明すると分かってそれをしなければ、只でさえ関係が緊張している皇国との関係が冷え込む事は日を見るよりも明らかだ。


犯行を施した者を捕らえられず。

結果として疑心暗鬼になった為に、現状の有り様となった事は事実なのだから。


だがそうと分かっていても腰が重くなるのは、それだけ皇国への感情が悪意に染まっているからに過ぎなかった。


今まで親の敵と恨んでいた相手が、実は違うと判明した所でそれを素直に呑み込めるかは、やはり複雑な心境と言った面も有る。

相対的に皇国のやり方を見ている限り、受け入れ難い気持ちになる、と言った事情もあるのだが。


(ハァ…確かにダンバル公の指摘通りだ。

それに確かにベルトラントの事を思えば、真相を明らかにして今後の関係を見つめ直す様に勤めるべきだろう。)


(して皇国の手の者だったと判明した場合は?)


(皇国の関係者をベルトラントの周囲から、一掃すれば済むだけの話だ。

良いな?ベルトラント。

例え父上を殺めた犯人が君の周りの者達で無かったとしても、彼等を今まで通りの形でこの国に留めては置けない。

それだけは理解して欲しい。)


(…うん。でもメリーズ達が犯人じゃ無かったら、せめて元の国には戻してあげてね?)


(そうだな。それだけは約束しよう。

幸いにして被害が大きかったのはリリスティアだ。ノアシェランさえ良ければ、その辺りの便宜は謀るよ。)


(陛下、それで本当に宜しいのですか?

王女への不敬罪はさることながら、暗殺未遂は決して軽くは有りませんが。)


レオナードの判断に対して苦言を述べたのはデュオニュソスだった。


(一切の感情を抜きにして公平な目での判断だよ。

ノアシェランが死にかけた事は、自身の望みで魔力を使いすぎた結果で起こった不幸だし。

もっと言えば敵対している者が突然守るべき王太子を攫ったのだ。

その際の言動を罪に問うとデュオニュソスだってダンバル公だって裁かなくてはならなくなるから、不問とするのさ。)


(う…)


(だが今後は駄目だ。

これが続く様ならやはりこの国に、あの者達を留めては置けなくなる。

いいね?ベルトラント。)


(うん!

メリーズにはもう悪いことをしない様にちゃんと言う!

それにボクが守るよ!

だってノアシェランはボクの妹なんだから。)


黒円の中からハキハキとした小気味良い思念が届いて、ようやくレオナードの顔に笑みが戻った。


(それではノアシェランには前国王を暗殺に追いやった者を突き止め、真相を暴いて貰う。

それで良いかな?)


最後に重鎮達を見回したレオナードに、この場に要る全員がコクリと頷く。


(私が自分の目で確認して来よう。)


(イヤイヤ、それでしたら私が。)


(私も同席致しましょう。)


(私も是非。)


そして続いたレオナードの一言に、全員がついて来る運びとなった。


(…皆さん実は面白がっておられます?)


((( イイエ! )))


全員が全員ともキリリとした良い表情だったのだが、額を押さえたエマルジョンとデュオニュソスが同時に溜め息を吐き出した。


今回ノアシェランの空間に同乗したのは。

レオナード、ベルトラント、エマルジョン、デュオニュソス、アトスタニアにウィンスに加えて、ダンバル、宰相のエスクタードとリブロであった。


これまでリブロは面識が浅く、ノアシェランに余り認知されて居なかったのだが。

今回改めて名乗りを上げ、同席を希望したのだ。

レオナードの父で有る先王の死は、彼には実父の死とも関係が深く。

決して無視出来る物では無かったので有る。


当時先代国王が毒殺されたのは、最も安全とされる後宮の寝室での出来事だった。

リブロの父は元はリブロ同様に執事であったが、年齢的に難しくなり。

家督と業務をリブロに譲った後に、後宮長官を勤めていた。

その為に当日の近衛騎士団長と共に責任を取って、処刑とされたので有る。


本来であればリブロも親族として職を失う危機であったが、先代の死が余りに早く。

彼を失えばレオナードが立ち行かなくなる為に、温情を持って残される事となった。

犯行に及んだのが皇国の手の者と、された為で有る。

犯人が捕まっても居ないのに何故それが皇国の手の者だとされたのか。

それは内部犯の可能性が低いことと、先入観に置ける杜撰な捜査。

そしてペルセウス王国からすれば、その方が都合が良かったからで有る。


先代が暗殺されて皇国への緊迫感が高まった事で、レオナードの結婚を危険視していた残り二国からの圧力が、少しだけ緩和された事がその理由だ。


ペルセウス王国が皇国についた場合。

残りの二国が今度は皇国から侵略される危険性が増す。

只でさえ戦力差で不利な所を、三国同盟で平和を維持していたのだから、二国の恐怖や警戒は当然の結果だった。


けれどもペルセウス王国の隣国が、皇国から侵略の憂き目に合い。

それを救う為にペルセウス王国は、デュオニュソスの祖母マーヴェラスで結んだ同盟を破棄して隣国の防戦に参戦した。

結果として敗戦し、隣国は徹底的に潰され。

残されたペルセウス王国も滅亡の危機に陥ったので有る。


そしてその危機を乗り越える為に先代の国王が選んだ道は、三国同盟に寄る徹底戦線では無く。

レオナードの結婚に寄る和平交渉だったのだ。


つまり本当の所を言えば、先代国王を暗殺する動機が最も薄かったのは皇国と言える。


そしてノアシェランが飛んだ先で、小高い丘にドーンと高くそびえ立つ飾り気の無い石碑と。秋も終わりに差し掛かっているのに、石碑の周りを花が埋め尽くしている光景に、ノアシェランの黒くて穏やかな空間が、ズーンとお通夜ムードみたく沈み込んだ。


何の文字も刻まれていない。

けれども人の手が入った証として長方形の形をしている石碑の向こう側に、見覚えの有る街並みを見つけてノアシェランは納得した。


(此処はペルセウス王国なんですね?

向こうに見えるのは王都ですか?)


(((……………)))


肯定は返って来なかったが、周りの沈鬱な雰囲気にノアシェランの疑問が間違ってない事を確信する。


小説でもドラマでも、実行犯が使い捨てにされて殺されている話は良く有る。

だから人知れず殺されている展開を予想はしていたノアシェランだったが。

この場所は余りにも綺麗な為に、少し予想外な気持ちになった。


(可笑しいと思っていたのです。

父がろくに捜査もせずに、外部の犯行と見做して手打ちにした事を、私はずっと疑問に思っていました。)


リブロが過去の記憶を思い出す様にして、沈黙の漂う空間にポツリと呟く。


(陛下、もう止めませんか。

恐らくこれは掘り返してはならない秘密だったのです。

このまま続けてしまえば、陛下にとって益の有る人材を処分せねばならなくなるやも知れません。)


リブロに続いて苦し気に顔を歪ませた宰相が、レオナードを諫める様に促した。


(…だがリリスティアの名誉を回復する為には、痛みの伴わぬ謝罪など通用はしないだろう。)


レオナードは悔しそうな顔で石碑を睨みながらも、何かを諦めたかの様な口調でポツリと漏らす。


(この場所は一体どういう意味が有るのですか?)


レオナードから捜査続行の意思を感じて、ノアシェランは核心を突く疑問を投げかけた。


(ここは罪を犯した者達が眠る墓だ。

犯罪を犯した者も此処に収められるが、中には忠義に厚くとも、拭えぬ罪をその身で償う為に葬られる者も多く居る。)


(フフ…つまりノアシェラン。

君が最初に逃げ出していれば、この場所にアトスタニアやデュオニュソス達が入っていたかも知れない場所なんだよ。)


デュオニュソスの周りくどい説明に、皮肉気な笑みを浮かべたレオナードから目を逸らし。

ノアシェランは飾り気の無い石碑と花畑を、再び静かに見つめる。


(つまりこの場所の中に不特定多数の人が眠っていると言うことですね。)


(だけど父上に死を与えた実行犯と仮定した場合。この中に眠っている筈が無いんだよ。

それだけこの場所は重要な意味を持ってるんだ。)


(つまりこの中に居るのは、お祖父様にとってはとても信頼していた方々なんですね。)


(うん。誰1人として父上を害する者など、ありはしないんだ。)


でも実行犯を探して真っ先にたどり着いたのはこの場所。

つまりこの中に眠っている誰かが、レオナードの父親。つまり先王を毒殺したことを意味している。


全員の表情が暗くなる訳だなぁと、ノアシェランは小さく吐息を零した。


(私は誰かを罰する為に犯人探しをしているんじゃ有りませんよ?

お母様やお兄様の周りの人達の関係をハッキリさせたかったんです。)


(あぁ、分かってるよ。ノアシェラン。

次に行ってみようか。)


(ではこの中に眠っている実行犯に、命令した人の所に飛んで下さい。)


レオナードに促されて次にたどり着いたのは、窓に鉄格子が嵌められている部屋だった。

けれども牢屋と言うよりは家具が綺麗で、普通の部屋を監禁出来る様に改装した形式となっている。


(あ!あの人!)


そして部屋のソファーに座っている。

複数の見覚えの有る豪華な服装の女性達の中で、一時はメリーズを装ってデュオニュソスと対峙していた厚化粧の女性が、ハッと黒円に気付いて立ち上がった。

そして間髪を入れずに懐から小瓶を取り出し。


(ウィンス!)


(はい!)


『キャーーー!!!』


蓋を開けて中身を煽る寸前で、ウィンスから飛んだ拘束する為の光の輪が、彼女の全身をグルグルと覆い尽くす。

そして小瓶を落として倒れ込んだ所で、周りの女性達から悲鳴が上がった。


「何事だ?!あ?!」


そして閉じられていたドアからドヤドヤと、警備をしていた騎士たちがなだれ込んで来る。


(私はレオナードだ!

その者が自害せ様に拘束せよ!)


「ハ!」


すかさず飛んで来た聞き覚えの有る思念に、少しだけ戸惑っていた騎士達が慌てて女性達を掻き分けて進み。

倒れている厚化粧の女性に近寄って行く。


(しかし、これは一体どういう事だ…?)


(分かりません。

何故先代の国王付きの者と、この者に接点があったのでしょうか。

利害関係がさっぱりと読めませんな。)


てっきり自国の過激派な貴族家に着くと思って、覚悟を決めていた者達は、予想外の展開に激しく動揺する。

レオナードと宰相の会話を聞いていたノアシェランが。


(分からないのなら分かる人に聞いてみましょう。)


と、あっという間に場所を移す。


(メリーズさん、ちょっとお話を聞かせて下さい。)


(え?!)


そして泣きはらした顔をハンカチで拭っていたメリーズを、ノアシェランは空間の中に引き込んでまた元の場所に戻って行く。


(((ちょ?!)))


これにはメリーズだけで無く。

レオナード達も度胆を抜かれた。

彼女は最も警戒する人物だったからだ。


(メリーズさん、あの方をご存じですよね?

私達は彼女のお名前を知らないのですが。)


(あれはまさかジェラルミンですか?!

彼女が一体何を…)


光の輪でグルグル巻きにされてもがいている彼女に、メリーズが驚いて目を見開く。

あれほど敵意を剥き出しにしていた彼女が、今はノアシェランに敵対心を向けず。

ガラリと態度を変えている事に、警戒はしながらもレオナード達は成り行きを見守る。


(先王様。えーと、私のお祖父様を殺した実行犯に、その命令をした人を探したら彼女にたどり着いたんです。)


(ジェラルミンがですか?!

まさか!あり得ません!!)


切羽詰まったメリーズの様子に、ノアシェランは一つ小さく頷く。


(メリーズさんがそう思われるのは何故でしょう?)


(先代の国王は我々穏健派の者達からすれば、欠かせ無い存在だったからです。

姫様や私達にもとても親切に接して下さってました。

ですから彼女が先代の国王を暗殺する理由が無いのです!

何故自らの立場が悪くなると分かっているのにその様な愚かな…ま、まさか!)


必死に弁解を巻くし立てている途中で、ハッ!と何かに気付いたメリーズは窓の外に向かって叫ぶ。


(貴方達!今すぐジェラルミンの身体を改めなさい!!)


動揺して遠巻きに眺めていた侍女達が、メリーズからの命令にハッとすると。

ワラワラと騎士に近付いて行く。


「こら!お前達、勝手に動くな!」


(良い!そのまま離れず警戒だけは怠らずに、侍女達に任せてみろ。)


「ハ!」


封魔の腕輪で魔力を封じ込めているとは言え、ウィンスとレオナードはジッと窓の外を凝視しているメリーズの行動を警戒する。

デュオニュソスも今のウチにと言わんばかりに、ノアシェランを抱え上げて腕の中で拘束し。

エマルジョンも目を輝かせながら、窓の外を凝視しているベルトラントを捕獲しておく。


『メリーズ様、ありました!

隷属の腕輪です!!』


(やはりか…)


針で突かれたかの様に顔を歪めて呟くメリーズに、レオナードもなる程と視線を窓の外に向ける。

外から見ただけでは分からない様に、彼女の二の腕に腕輪が嵌められていたのだ。

光の輪で拘束されていた為に少し探すのに手こずったが、上から手で触って場所を確認した侍女が袖を破った事で腕輪が姿を現していた。


(これは陰謀です。

先王の暗殺は我々の本意では有りません!)


レオナードはメリーズの強い視線を真っ向から受け止めて、コクリと頷く。


(分かった。

つまり皇国は一枚岩では無いと言う事だな?)


(はい。

皇帝の座は一つしか有りません。

皇帝の候補に登るには武勲が必要とされています。

その為に戦争を好む者が集まって、過激派と呼ばれる派閥を形成しています。

けれども私達の主が所属している穏健派と呼ばれる派閥は、長い戦争で疲弊している経済を立て直したいと思っているのです。

今回のこれは恐らく過激派による陰謀の一貫に間違い有りません。)


メリーズからの説明を受けた一同が、なるほどとそれぞれの思案にふける。


(それで和平の為に結婚までした国に、刺客をバンバン送って来るのか。)


(ずっと不思議に思っていましたが、そう言う事だったんですね。)


(今回の結婚は皇帝の許可を得て実現した和平です。ですから過激派が幾ら戦争を望んだ所で、この陰謀は反逆行為にあたります。

証拠さえ掴めれば、過激派に一矢報いることが可能かと。)


(まぁ、その辺の事情はひとまず置いといて。

隷属の腕輪と言うものは、そんなにホイホイと自分の意思とは違う行動を取れるものですか?)


(苦痛で支配する方法も勿論有ります。

ですがそれは効率が良いとは言えません。

ですから暗示を使って本人の意思に添った命令を行えば、本人はそうと気付かずに行動する可能性が高いです。)


(例えば簡単に言うとどんな感じですか?)


(そうですね。隷属の腕輪の存在を知っているジェラルミンにそれをつけさせるとするなら。

主からの褒美と称して、貴金属を贈与されたのかも知れません。

この場合はリリスティア様では難しいでしょうから、本国から送られて来た可能性が高いでしょう。

そして一度身に付けてしまえば、腕輪の存在が明るみに出ない様に注意して行動します。

我々が気付け無かったのはその為だと思います。)


(そして誰が渡したのか言えなくなって仕舞うんですね?)


(はい。そうです。

今回の自害未遂もひょっとしたら発見され次第服毒する様に暗示を掛けられていたかと思われます。

毒を飲めば死にます。

ですから毒と教えずに、精神を安定させる薬とでも暗示を掛けてしまえば、自害するつもりもなく服毒が可能となるのです。)


(と、言う事は尊敬している主を殺害しようと思って毒を飲ませるのでは無く。

良く眠れる薬だと暗示をかけておけば、結果として遣えている先代国王も暗殺が可能だった。

と、言うことで間違いは無いですか?)


(そうですね。

殆どの場合がその形になる事が多いかと思います。

そして自分がした事に気づいた時。

自責の念に駆られて激しく後悔するでしょう。

その時に自殺する様に暗示を掛けておけば、犯行の主犯を探すのは容易では無くなります。)


(ま、まさか…)


メリーズの説明を聞いていた宰相が、突然顔を蒼白にさせてガクガクと震え始めた。


(なるほど、それで外部の犯行としてロクに捜査もせず処理したのか。

内部の犯行なら懲戒で職を失っても近衛騎士団長が死ぬまでは無かったんだがなぁ…)


アトスタニアが苦笑を浮かべてポツリと呟くと、エクスタードとリブロが揃って肩を落とし。目をギュッと瞑ってうなだれる。


(父上を亡くした私に、彼等は宰相とリブロを命懸けで残してくれたのか。)


(そうでなければ私達は何の知識も無いまま、嵐に突然放り出されていたでしょうからね。)


何か心当たりがあったのだろう。

レオナードに続いてウィンスが、切なそうな目をして相槌を打つ。


が、ノアシェランにはサッパリ訳が分からない。


(なんのお話ですか?)


(先王が暗殺された時、1人だけ同じ部屋で亡くなっていた者が居たんだ。

それで外部の犯人と鉢合わせした結果、殺害されたと公表されていたんだが…)


(その人がお祖父様に毒を飲ませて、自殺した実行犯だったのですね?)


(うん。恐らく間違い無いだろうね。

彼女はね?当時は嫁いで家に入ったエマルジョンの代わりに、侍女長をしていたエクスタードの妻だったんだよ。)


(え?!)


俯いて涙を堪えている様に見える宰相に、ノアシェランは驚いて視線を向けた。


(恐らくリブロの父や近衛騎士団長は、彼女の犯行だと直ぐに分かったんだろう。

そして隷属の腕輪に気付いたのもその時だろうね。

だが実行犯となれば如何に操られていたとしても、一族全ての者に罰が及んでしまう。

彼女を侍女長として任命していたリブロの父も、その責任は免れ無いと思ったんだ。

真実を明らかにしてしまえば、リブロもエクスタードも失脚していたんだよ。

そうなればまだ政治のイロハも知らない私が、たった1人で国政の采配を行わなければならくなってただろうね。

それを先代の近衛騎士団長は愁いてくれたんだろう。

リブロの父もまた。

私にリブロを残す為に奔走してくれたんだと思うよ。)


レオナードからの説明にやっと合点が行ったノアシェランは、ウンウンと頷いてふと悩んだ。


(その操られた宰相さんの奥さんに暗示を掛けた人間がジェラルミンさんだとして。

ではジェラルミンさんに暗示を掛けた人は誰なんでしょう。)


ハ!としたデュオニュソスが咄嗟に思念を張り上げる。


(マズい、ノアシェラン!

先にリリスティア様の所に戻れ!)


(え?)


(まだ他に黒幕が居た場合、彼女が危険だ!)


慌ててノアシェランが窓を飛ばすと、ベットの上で首を抑えながらもがいているリリスティアと、それに慌てている侍女達の姿が見えて全員が愕然とした。


(リリスティア!)

(母上!)

(お母様!)

(妃殿下!)


(姫様!蜂蜜です!

あの時の様に妃殿下と毒を分離させて下さい!)


(ハイ!やってみます!)


すかさず飛んで来たウィンスの指示に、ノアシェランは侍女ごと空間にリリスティアを取り込んで飲んだだろう毒と分離を願った。


するとリリスティアの身体から紫色の煙りが登り、フヨフヨと空間を漂う。


(あ、あれ?)

(リリスティア!)


(レ、レオナード様?!)


突然楽になって驚く彼女に、レオナードがたまらず彼女に飛び付くと、ワタワタと慌てた彼女の顔色が真っ赤に染まる。


(一体何があったのです?!)


(申し訳有りません!

お目覚めでしたので食事をとられていたのです。最後にお薬をと回復薬をお飲みになられた所で、急に妃殿下が苦しみ始めて…)


(エマルジョン!)


(ちょっと失礼しますわね?)


(え?!)


エマルジョンが同年代に近い侍女の腕を服の上から触って確認すると、慌てた侍女がその手から逃れようと身を捩った。


(何をなさるのです?!

お止め下さい侍女長様!)


(ちょっと失礼するよ。)


(ありがとうございます。アトスタニア様。

そのまま彼女を押さえていて下さいませ。)


(((!!!!))))


エマルジョンは彼女が右腕に触れられた時に特に嫌がっていた為に、其方の袖を急いで捲り上げるとジェラルミン同様に腕輪が二の腕に填められていることを確認する。


(…貴方、これは一体どうしたんです?)


(それは…ううっ。)


(もう良い、エマルジョン。

今の彼女には話せない。)


(ノアシェラン!勝手に解呪をしてはならんぞ!)


(え?!)


(先ほど死にかけたばかりなのをもう忘れたのか!)


デュオニュソスが先手を取ってノアシェランに釘を刺すと、今まさにそれをしようとしていた彼女が大いに慌てた。


(そうですね、姫様。

恐らく完全に回復して一度なら安全なのでしょうが、先程のことも有ります。

行うにしても、回復薬を準備して注意を払うべきです。)


(そ、そうですね。すみません。)


ヘニョンと凹んで魔力の高まりを収めた彼女に、デュオニュソスがホッとしたのも束の間。

厳しい予感に眉間に皺が寄る。


(だがこれは思った以上に、後宮に蔓延しているな。)


(後宮長官に指示して全ての者を改めよう。)


(まぁお蔭で色々と腑に落ちたがな。

こっちの方でもやっておこう。)


デュオニュソスの呟きに、レオナードとアトスタニアも険しい顔をして相談していると。

エマルジョンから離れたベルトラントが、リリスティアに飛び付いてしがみつく。

その姿を見たメリーズは、胸の痛みに顔をしかめた。


(貴方はとても良く頑張っていたと思いますよ。でもお兄様がお母様を慕う気持ちに、嫉妬をしてはいけません。

貴方のことをお兄様はとても良くお話してくれます。

貴方は貴方でお兄様には必要で、大事な人なんですから。)


(…妖精様…)


うう!と、両手で顔を覆って泣き出すメリーズに、ノアシェランはとても複雑そうに顔を歪める。


(私は妖精なんかじゃ…、まぁ今は良いです。

それより身体検査も必要ですけど。

大元を先に突き止めてしまいませんか?お父様。)


(なるほど!

君が居るからそれが可能なのか!)


(すっげー便利だな!)


対応策を考えようとしていた矢先の事だったので、レオナードやアトスタニアの目が正直に輝く。


隷属の腕輪をはめている侍女を窓から出して他の侍女に任せると、ノアシェランは次々と遡って行く。

まずはジェラルンミンに暗示を掛けていた、皇国の護衛兵。

彼は既に王宮内で拘束されていたので、次はその護衛兵に指示を出していた魔導師の元へと訪れる。


(……寝てる。)


(何だか苦しそうだな。)


皆で窓から彼を覗き込んで見ると、魔導師と思われる初老の男が顔を青ざめさせながらヘッドの中でウンウンと唸っていた。


(もしやこの者が腕輪を作った張本人なのでは有りませんか?)


(なるほど!

ダンバル公の仰られる通りでしたら寝込んでいるのも当然ですよ。

何せ姫様が2つも破壊していますからね。

呪いと同じ系統の魔術が込められていたのなら、破壊されて跳ね返った魔力と呪いでダメージを受けているんです。

死んでないだけ優秀ですね。)


(なるほど!でかしたぞノアシェラン。)


(それならこの人の回復を見計らって、良くなった頃に1つづつ毎日解呪してあげないといけませんね。)


(いっその事、一思いに死なせてあげて欲しい所ですが、まぁこれだけの事をしてくれたんです。

そう言った罰も有りですねー。)


(姫様は本当にお優しいですの。

この者の魔導師人生はほぼ終わるでしょうが、きっと懲りて心を入れ替える事でしょう。)


(…それは果たして優しいと言えるのか?)


此方に生暖かい視線を向けてホノボノとしているウィンスとダンバル公に、デュオニュソスはノアシェランを抱き締めながら思いっ切り胡乱な目つきを返す。


無自覚で無力化していた魔導師はそのまま置いておいて、今度はそれに命令を出していた者へと向かう。


(貴族っぽいですね。)


(知ってる顔か?)


(いえ、顔か家紋を見れば分かると思うのですが…)


ノアシェランがポツリと部屋と男から感じる印象を零すと、レオナードがメリーズに視線を向けた。

けれどもメリーズは顔を曇らせながら、言いにくそうに言葉を濁す。


『ぬ?!何者だ?!』


重厚感の有る机に向かって書き物をしていた白髭の男が、思念を聞いてキョロキョロと周りを見渡しているのだが。

彼の頭の真上に黒円は出現していた。

それは頭頂部だけを見下ろしても、誰だかメリーズにも分からないだろう。


(ふむ、娘よ。あれを此処へ。)


(これですか?お父様。)


レオナードが指差した物を辿って書き終えた書類を窓に吸い込むと、会話が難しいことを察したノアシェランは、窓をそのまま真上に登らせて行く。


屋敷かと思いきや、どうやら城の一室だったらしく。色んな物をすり抜けながら天高く登った所でフゥ、と全員が緊張を解いた。


(これは奴の名だと思うのだが。)


(そうですね。この名なら分かります。

やはり過激派と呼ばれている有名な侯爵です。恐らく裏には王子の誰かがついているかと思われますが…、王子の数が多いので誰を支援しているかまでは、私は存じ上げません。)


(ふむ。

それではノアシェラン。

関連していると思われる王子を見つけてくれ。

ただし思念での会話は向こうにも伝わる。

向こうに飛んだ時に、周囲に家紋や名など素性が分かる物が無ければ、一度此処まで戻るように。)


(はい、お父様。

では先程の侯爵様が支援している王子で、お父様の暗殺に関わった王子様の所に向かって下さい。)


そうして飛んだ先は薄暗い部屋で、どうやら寝室だったらしく。


((((?!))))


愕然としたレオナードが、慌ててリリスティアに抱きついているベルトラントの目を塞ぎ。

デュオニュソスも同じくノアシェランの目を塞いで、眼下に繰り広げられている痴態に嫌悪感を露わに舌を打ち鳴らす。


目を塞がれる前にバッチリと絡み合っている男女を目撃していたノアシェランは、ヤレヤレとため息を心の中で零しながらも、空の上に場所を戻した。


(何なんだアイツは!)


(いやー、真っ昼間からお盛んなことです。)


(良いご身分だよなー。

人の気も知らねぇで子作りか。)


デュオニュソスが真っ先に吠えると、ウィンスやアトスタニアの呆れた軽口が続く。

宰相はノーコメントだったが、やはり呆れが隠し切れないのだろう。

ダンバル公と共に苦虫を噛み潰したかの様に、不機嫌な顔になっている。


(役職の有る王子も、真面目な方も居られるのでしょうが。

ほとんどの方々は仕事がないので似た様なものですよ。)


(すると暇つぶしとして、我が国にチョッカイを掛けて来ているのだな?

戦争になれば儲けものと言った所か。)


冷ややかさを増したレオナードが、ベルトラントをリリスティアに渡しながら、嫌悪に満ちた予想を吐き捨てた。


(まぁまぁ、ひょっとしたらあの方も。

たまの休日に奥様と過ごして居られたのかも知れませんよ?)


(我は父上が亡くなったその日から、4年は休暇らしき物を取れていないのだが?)


(す、すみませんでした。)


(あの様な輩まで庇わずとも良い。

妻に首輪をつけて喜ぶ趣味など、この世になど無い。)


(そうですね。

妖精様は目を塞がれておりましたので、見ておられ無かったでしょうが。

複数の女性がおりましたので、奴隷と戯れていたのでしょう。)


(それはフォローの仕様が有りませんねー。)


メリーズの説明を聞いた男性陣から、ブワリと殺伐とした空気が増したので、場を和ませようとノアシェランは明るく勤めた。


(それでどうしますか?お父様。

近くに家紋や名前が分かるものは有りましたか?)


(嫌。恐らくあの部屋には無いだろうな。

あった所であの部屋の中を、ノアシェランに探させる訳にはいかぬ。

あの部屋の周囲を探って見つけ次第、あの者を街の広場にでも捨ててやれ。

さぞかし良い運動が出来るだろう。

体力が有り余っている様だからな。)


(身元を明かす物を探すのは良いですけれど、この場所に入れて運ぶのはちょっと…)


良い笑顔で悪事を仄めかすレオナードに、ノアシェランは視線を外して正直な問題を告げたのだが。


(戦争を起こす訳にはいかぬ。

それは奴らの思うツボだ。

だがこのままでは我だけで無く、皆の溜飲が下がらぬ。

下らないことでは有るが、父や友や妻を亡くした我らの囁かな望みを叶えてはくれぬか?)


(…分かりました。

それでは先に放り出す場所を見つけさせて下さい。)


本当に下らない内容の悪質なイタズラだが、戦争で復讐心を晴らす場も持てないとなれば。

多少は鬱屈しているが、それも仕方が無いのかなと。

鬼の形相となっている面々を思って、ノアシェランは溜め息をこぼしながら小さな復讐に妥協する。


先にとても賑わっていて人通りの多い広場を見つけると、お誂え向きに舞台の様な高台の有る場所を候補地と決めて王子の身元探しに乗り出す。


王子と言ってもノアシェランが思っていたよりも中年男だったのだが、他の部屋にあった複数の手紙の封筒を見て、メリーズが頷いて合図をしてくれた。

共通している宛名を見て、王子の名前が分かったらしい。


(それではいきます。)


憤怒のオーラを背後に受けたノアシェランが、合図の代わりに覚悟を決めた一言だけ思念を漏らす。


そして中年男の太っ腹が皆の目に入る前のあっという間の早業で、目的の広場の高台に彼を放り出した。


何なら移動に本人が全く気付かなかったぐらいで、機嫌良く腰が空を切って数回ヘコヘコと動き。

そして四つん這いの姿勢で、様変わりした雰囲気に床をジッと見つめていた。


((((っっっ………)))


そしてザワザワと近くを歩いている者達が、驚きに固まっている王子の姿に気がつくと。


『へ、変態が居るぞーーー!!!』

『きゃーーーー!!!!』


誰かの声をキッカケにして、蜂の巣をツツいたかの様な騒ぎとなり。

怒声と悲鳴があちこちで上がり始めた。


『い、いや…ちが…』


弁明することも、身分を明かして威嚇する事も出来ない王子が、真っ青になって激しく狼狽していると。


『変態はどこだ?!』

『あ、あそこ!あそこに居る!』

『早くなんとかしてよ!』


『ぬ!なんたる姿だ!

恥を知れ変態め!

粗末な物を見せびらかすな気色の悪い!!!』


『ち、ちが…』


市民から通報を受けて駆け付けて来た街の警邏隊に、罵倒され殴られながら哀れな姿で捕獲されて行った。


(((アーーーッッハ!ハッハッハ!!!)))


それまで思念を漏らすまいと。

渾身の気力を振り絞って耐えていた面々が。

ノアシェランが人気の無い空に場所を移した所で、全員が身を捩りながら一斉に笑い始めた。


(ちょ…やべえよアイツ。

都の伝説になりやがった!)

(何も無い所に実に見事な腰さばきでした!)

(あれは恥ずかしい!

奴は末代まで表を出歩けぬぞ!)

(変態…変態って言われて粗末…アハハハ!)


皆それぞれ笑うツボが色々あった様なのだが、殺伐としていた空気が明るくなった事に、ノアシェランはしみじみと皆の様子を見守っている。


流石にあれは王子が可哀想な気もしたけれど。

ペルセウス王国が現在進行形で受けている被害を思えば、笑っている皆を責めることが出来なかったのだ。


空間がサービスしているのか。

無い筈の地面や壁を叩いて、レオナード達は暴れ狂いながら全身で笑っている。

リリスティアやベルトラントだけで無く。

メリーズまで実に晴れやかな良い笑顔だ。

宰相も笑いに乗じて涙を流しているし。

リブロも落ち着いた紳士が壊れたかの様に、腹を抱えて泣きながら大笑いしている。


その姿をノアシェランと共に、ダンバルも感慨深く見守っていたが。

皆が少しづつ興奮を収めた所で、ノアシェランは最初に来た文字の刻まれてない慰霊碑に場所を移した。


(これで溜飲を下げてくれとは言えぬ。

皆の敵をとってやれず、本当に済まないな。

だが我はこれからも残してくれたリブロやエクスタードの力を借りて、この国を繁栄させることを此処に誓おう。

この場所から我らを見守っていてくれ。)


レオナードが静かに宣言するとベルトラントやメリーズまでが習って、全員が静かに黙祷を捧げる。


(ノアシェラン、次は父上の墓に行きたい。

命こそ奪えなかったが、奴の人生が終わったことを父上にも報告しときたいんだ。

私の新しい家族の顔も見せたいしね。)


そして実に良い笑顔になったレオナードに催促されて、最後に王家の墓参りを全員で済ませると、大わらわになっている後宮に戻る事となった。


真相究明には至ったけれど。

だからと言って戦争を起こす事は出来ない。

レオナードはこれから暗殺の危険をかいくぐりながら、ペルセウス王国の生き残る道を探さなくてはならなかった。


そしてリブロとエスクードを命を落としてまで残してくれた忠臣達の遺志を受け入れ、リリスティアの中に含まれていた刺客達も罪に問わない事とした。


これらを公にして裁くには、先王暗殺の経緯を公表しなければならないからだ。

そうすればリブロとエスクードを残す判断を下した忠臣達の偽造を、公にしなければならなくなる。

死して尚、彼等の英断を罪とする事をレオナードは決して望まなかった。


そして調査の結果。

5年の歳月で幸か不幸か水面下で広がっていた隷属の腕輪は、警備を担当していた働き者な実行犯の手に寄って、下は厨房の下働きから上はレオナードの侍女や近衛護衛兵に至るまで、およそ後宮に在籍している6割の職員の手に及んでいた。

問題を公にすれば彼等の人生も終わるが、後宮の業務事態が成り立たなくなってしまう。


ノアシェランが唯一解呪する手段を持っているが、ダンバル公を始めとする頭脳陣もこれには手を焼かされてしまう。

解呪しようにも、情報を解析するだけで仕込まれている魔法陣が反応する悪辣さに、手が出せないのだ。

ノアシェランに腕輪の設計図を探させたが、どうやら術者の頭脳の中にのみ存在する代物だったらしく、残念ながら上手く行かなかった。


その為ノアシェランの安全の為にも、1日に1人の解呪しか出来ず。

不足する人材を補う為に、腕輪がつけられていないリリスティア付きの侍女や警備兵までもが、レオナード付きのスタッフと職場を共にする事となった。


けれどもそれに危険を感じて警戒する周囲の者達の反対に合い、ノアシェランの能力を使って乗り切る案をレオナードが打ち出した。


つまり真実は結果として闇に付される事となったが、新たに顔触れを変えて新しい手段で生活が始まったのである。





登場人物

レオナード・フォン・ペルセウス

ペルセウス王国の国王


ディオニュソス・ダルフォント 国王の侍従 ダルフォント男爵 ダルフォント公爵家直系の嫡男。


アトスタニア・レガフォート

近衛騎士団長 レガフォート子爵


ウィンス・ベッケンヘルン

宮廷魔導師長官 ベッケンヘルン伯爵


ノアシェラン・ペルセウス

主人公


リリスティア・ベルモット・ペルセウス

ペルセウス王国の正妃 ルクテンブルフ皇国第43女


ベルトラント・レスターナ・ペルセウス

ペルセウス王国の皇太子 ペルセウス第一王子


リブロ・スゥェード 国王付き執事長 

スゥェード準男爵


エマルジョン・バーゲンヘイム ハーゲンヘイム伯爵夫人。

レオナードの元乳母。 国王付き侍女長


エクスタード・ボルカノン

ペルセウス王国の宰相


マーヴェラス・ダルフォント

ダルフォント公爵夫人 デュオニュソスの祖母


カタリナ・ダルフォント

ダルフォント伯爵夫人 デュオニュソスの母親


メルトスダル・ダルフォント デュオニュソスの弟


コリンナ・ダルフォント デュオニュソスの妹


ダンバル・デュッセルドルフ

デュッセルドルフ男爵

教育の父の称号を持つ魔導師兼錬金術師


ニコラス・シャトルブルグ

シャトルブルグ侯爵家次男

ペルセウス学園の学園長


サルバドス・ダルフォント

ダルフォント伯爵 デュオニュソスの実父


グランレスタート・ダルフォント

ダルフォント公爵 サルバドスの父 デュオニュソスの祖父

元ペルセウス王子 


ルルベウス・ナーゲルン 

ナーゲルン男爵

ノアシェランの養父


マイヤーズ・アプリコット

アプリコット伯爵

ノアシェランの養父の1人


ランバルダ・ガクトバイエルン

ガクトバイエルン侯爵

ノアシェランの養父の1人


メリーズ・アダンテ

リリスティの侍女長

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