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第5章ー1

5 アライ家没落 つるぺた姫十五歳のクロエモエ


 大陸東部の坂東武者をまとめる征東大将軍職をアライ家が務めていたのは過去の話である。

 王国参謀長及び征東大将軍職のアライ・ジ・サムライスウォードが亡き後アライ家は没落の一途を辿った。現在はカズサ公領イワツキ郡アライ庄の小さな石高を有するだけである。

 そのアライ家が最近かなり景気が良いという噂が出回っていた。なんでも若き現当主トモロウ・アライになってから金回りがよくなったと評判で、名門復活かと(ささや)かれていた。どこでどう儲けたかはわからないが、屋敷を増築改築したり、夜な夜な宴がもようされているという。

 英雄アライ・ジ・サムライスウォードの隠し財宝を手に入れたと何とか。と、そんな噂がまことしやかに囁かれていたものだから一行の足取りは軽かった。

 これは豪勢な食事にもありつけるし、なによりも大陸最強と言われる坂東武者の一団が味方につけば平和ボケした魔王軍なんて一蹴であろう。


 南から東のアライ庄にたどり着くまで馬車で二十五日ほどかかった。本来ならゆっくりと進んでも十五日ほどで着くのだが、例のごとく観光気分で途中の名所で散策をするものだから無駄に時間がかかってしまった。


 カズサ公領イワツキ郡の郡都大アライの人形市場にて、伝統人形をゆっくりと愛でた後に一行は町を出てアライ庄に向かった。

大きな森を囲む形で東方式の田んぼが広がっていた。その田園の奥に松が並ぶ一本道の先に小高い丘がある。丘に(そび)え立つのが英雄アライ・ジ・サムライスウォードの築城したイトイ城である。そして、その周辺二キロ四方の狭いエリアがアライ庄だった。

 田舎には不釣合いな巨大な城門。その周りには堀をめぐらせて、丘に向かってつづら折の道が伸びている。丘の上の石垣に三層白塗りのやや小ぶりな天守閣が悠然と立っていた。

 門をくぐりつづら折りの道を進み、城の前に立つも、そもそも門番はもとより人っ子一人いなかった。

 正面玄関の呼び鈴を鳴らすも誰も出てこない。そもそも城内には人の気配が感じられなかった。

「これはミステリーよ! ミステリーに違いないわ!」

 テレコが周りを見渡し急に叫んだ。

「うっさいブタ」

「え? 誰よ! アタシをブタって言ったの!?」

 テレコは顔を真っ赤にしてエクスマリアを睨んだ。睨まれたエクスマリアは「私じゃないって!」と、首を振った。

「じゃあ、誰なのよっ!?」

 テレコがひとりひとり「アンタ?」と、見ていくがみんな違うといった感じだった。

「やっぱりミステリーよ! ミステリーじゃないのよ!」

「うっせーナ。なんか用カ?」

 玄関の奥から誰かがこちらに向かって歩いてきた。

「ほへぇえ」

 目の良いジンジャーがその姿を確認した。身の丈は160センチあるかないかの細身の女の子。黒地に赤い模様の和服を着ていた。黒く長いストレートの髪の毛。そして、何よりも異様だったのが狐の面をしていたコトだ。

「ひゃぁあ! でたぁあ!」

 ブリトラがその姿に悲鳴をあげ、例のごとくジンジャーの背後に隠れた。その、悲鳴にテレコが驚き「やっぱり幽霊(ゴースト)はいるのよぉ!」と、その場で腰を抜かした。

 エクスマリアは「キャーコワイ」と、ワザとらしく魔王に抱きついた。

「どきなさいエクスマリア」

「こわいです~」

「ウソおっしゃい」

「えへへ、バレたかっ」

「オイ、ヒョロチビと巨乳ビッチのイチャイチャ見せられる身にもナレ」と、狐面の少女が呆れたといった身振りで二人を指差した。

「ビ、ビッチィィイイイ! ですってぇえ!」

 エクスマリアが魔王から離れ、狐面に向かっていった。

「巨乳ビッチだって、アハハ」と、ブリトラがそれを笑った。

「ちょっとダメよブリトラちゃん! ソコ笑っちゃダメダメ!」

 テレコが慌ててブリトラの口を押さえた。それを見たエクスマリアは首を振りため息をついた。「ブリトラなんてチビババアじゃん……」と、つぶやく。

「で、なんの用ダ?」

狐面が語尾を強めに言った。かなり警戒されているのは明白だった。

「狐面の娘さん。当主のトモロウ・アライに会いに来たのです」

 魔王が一歩前に出た。じっくりと狐面を見たが、どうやらまだ若い娘みたいだ。もっとも魔王にしてみれば百二十歳のジンジャーですら若い娘の範疇に入るのだが。

「兄キはイナイ。捕まった。会いたきゃイワツキ警察署にイケ」

 そう言うと狐面は身を(ひるがえ)し奥に引っ込んでしまった。


 当主のトモロウ・アライは無許可のメガネを大量生産して売りさばいていたのだ。それで金回りが良かったが、取締局の犬によって、メガネのラボが摘発されたのだ。

 アッサリとトモロウは逮捕された。大陸中の無許可メガネの八割を生産していたといわれ、無期懲役は免れないらしい。八割も作りながら死刑ではないというのが不思議ではあるが、メガネの取締法に死刑は無いのだ。

「随分と甘いのですね」と、魔王がポロリともらした。「死刑がないだなんて」

 現魔王となってから死刑は廃止された。終身刑が最も思い刑となったのだが、刑務所は溢れかえり、新たな刑務所を作らねばならない状況に陥っていた。それも、予算不足からなかなか難しいのである。なかなか空きが出なく、当主のトモロウ・アライも収監待ちで町の警察署に足止めを喰らっていた。

「やっぱりダメですね。接見禁止みたいです」

 警察署からブリトラが出てきた。

「エクスマリア」と、魔王はメガネのフレームの中央を押し上げた。

 エクスマリアはうなずくと「私に付いて来て」と、言い警察署に入っていった。

 相手が男であればエクスマリアの『魅了(チャーム)』で操れる。つまり、警官を操り当主トモロウの所までたどり着いたのだ。

 鉄格子の向こう側に色白なメガネをかけた男が椅子に座っていた。

「つまり……ぼくはこの時点で社会の主流からは大きく外れていて、君らの大いなる野望、それは愚か過ぎる蛮行には参加できないし、もし仮に参加できても絶対に参加しないことは決めている。今はただ静寂を求めているし、心穏やかにこの独房で、無意味に時間を浪費するだけで、それは果てしないストレスではあるけれども、元からここに存在していると思えば、いくらか気持ちが軽くなる」

「ちょっと! グダグダと長いわよ!」と、テレコが叫んだ。「それに意味不明だし!」

「要は魔王討伐には参加できないってコト?」と、ブリトラが尋ねる。

「イエス」と、トモロウは答えた。そして、何度もうなずいた。「イエスイエス」

「それは困りましたね。アライ家の頭脳が欲しいのですよ」

 魔王はメガネのブリッチを摘まんだ。

「そのメガネは(いろどり)といった意味では変形。でも、心から興味深いコトなんて滅多にあるものではないが、これは正にソレ。後の消費するだけの人生で、恐らくは最後の瞬間だろうメガネを見て感動するのは。だからぼくは運がいい。世界でも珍しい一品にお目にかかれたのだから」

「あなたにはこのメガネの素晴らしさがわかるのですね?」

「わかったとしても意味が無い。この状況ではなにもしようがない。そもそも、そんなテクスチャーたっぷりのメガネはキツイ。テクスチャーが好きならいいのかもだけど」

「アンタわけわからないわよ!」

 テレコが鉄格子に向かって叫んだ。

「冷静に物事を見てみると、とても面白い事実が浮かび上がるんだ。まず、あのタイガー・イェンの孫ジンジャーがいるだろ?」と、トモロウはジンジャーを見た。

「はぁぁい」と、ジンジャーが目を逸らす。

「突っ立っていれば抑止力になる。ただ、喋らせたらお終いだ」

「その通りです」と、魔王がうなずく。「何か役を与えれば大丈夫でしょう」

「恐らくはこの小さい女性がブリトラでしょう」と、トモロウはブリトラを見た。「語るだけで何も出来はしない。何故なら既に魔法も魔力も失われているから。つまりは無力」

「そうですね」と、魔王がうなずく。「潜在魔力は強大かもしれませんね。ブリトラの血を引いているのですから」

「そ、そんな事を言われても」と、ブリトラはとまどった。

「そして、この麗しき乙女はエクスマリア・アスラムナイン」と、トモロウはエクスマリアを見てメガネの中央を押し上げた。「男性を惑わせる恐ろしい女性。だけれどただソレだけ」

「そうかもしれません」と、魔王がうなずく。

「違いますよ!」と、エクスマリアが否定した。「私だって……」

「ふむ、このブタはただのオカマだ。言うに及ばず」と、トモロウはテレコを指差した。

「ナニよ! ナンなのよ!」と、テレコは両手を挙げ顔を真っ赤にした。「失礼しちゃうわね!」

「そして、問題はアナタです」と、トモロウはテレコを無視して魔王を見つめた。

「問題? なにがですか?」

「ぼくはあなたがわからない」と、お手上げのジェスチャーをするトモロウ。「正義なのか悪なのか、はたまた正義でもあり悪でもあるような得体の知れない……」

「私は勇者ですよ」

「そう、この方は勇者ですから!」と、エクスマリア。「私の勇者ですから!」

「私たちの事は別にいいのですよ。問題はあなたです」

魔王はメガネの縁を撫でた。

「それなら簡単なコトだ。ぼくは参加できない。代わりといっては何だけどぼくの妹のクロエモエを参加させるよ」

「妹ですか?」と、魔王はトモロウを睨んだ。「今だったらこの鉄格子から出してあげる事も出来るのですよ?」

「そんなコトをしたらぼくは脱獄犯になってしまう。無期懲役確定だけど、それに脱獄が加わるとぼくは死刑囚になってしまう。だったらこのままでいいんじゃないかな。だからぼくの妹のクロエモエを参加させようというんだ

「クロエモエ?」

「ほら、城にツルペタ姫いなかったかな?」

「ツルペタ姫?」

 一斉(いっせい)に狐面の娘を思い出した。確かにツルペタだった。一同、うなずいた。

「たぶん城にはツルペタ姫しかいないハズだけど」

「狐の面を被った娘がクロエモエですか?」

「イエス。狐の面を被ったツルペタ姫ことクロエモエ・アライ十五歳。何卒(なにとぞ)、妹をよろしくお願いしますよ」

「彼女が何事もなくうなずけばの話ですが……」と、ブリトラが首をかしげた。

「それは大丈夫だと思う」

 トモロウが微笑んだ。

そう、その微笑みの通りクロエモエ・アライはあっさりと了承した。

 狐の面の表情はわからないが返事ひとつで魔王退治の参加をOKした。ただ、みんなの視線がツルペタ姫といわれる所以(ゆえん)の妙に平べったい胸に集中していたので「兄キにツルペタ言われたん?」と、尋ねてきた。

「いや、それは……」と、口を濁すブリトラに遠慮なく言い放ったのはテレコだった。

「本当にツルペタなのね。驚いちゃったわ」

「私が言いたかったコトを!」と、エクスマリア。

「ツルペタ姫言うナ!」と、クロエモエが叫んだ。

「まあ、ツルペタかどうかは置いといて」と、魔王が割り込んできた。「クロエモリよ」

「クロエモエです」

「クロエモエよ。客観的に魔王討伐だがどう思う?」

 魔王のメガネが光った。

「魔王討伐? そんなの造作もないコトダ」

 狐面が即座に言い放った。

「おお~っ!」

 一同、クロエモエの堂々たる物言いに胸躍らせた。アライ家といえば東国武家の名門である。そして、そのアライ式兵学は王国の兵法の基本となっていた。その本流たるアライの姫の言葉には重みがあった。

「魔王、倒しに行くヨ。余裕だヨ」

 クロエモエが両手を腰に当て堂々とした態度を見せた。

「そうよ! 魔王を倒すのよ! やるわよ!」

 テレコが意気揚々と拳を振り上げた。

「ちょっと待って! 剣聖の子孫はどうするの!?」と、ブリトラが言った後に大きなため息をついた。「とは言え、どこにいるか不明なのです。いるかどうかもわかりませんが」

「剣聖? ノーノーいなくてもヘーキダヨ」

 クロエモエが言い放った。その言葉には自信が溢れていた。

「では、こうしてはいられませんね。倒しに行きましょう」

 魔王のメガネが光った。


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