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第4章ー2

「ほほう」

 魔王をも唸らせるジンジャーの舞は、この館の当主を引きずり出した。いつのまにか当主のエクスマリア・アスラムナインが魔王の隣に立っていた。

「ねえ、あの方は誰?」

 いかにも我が(わがまま)な感じがプンプンする言い方だった。魔王はエクスマリアをマジマジと見た。プラチナブロンドの髪の毛を巻いて上げ、派手なロングカーディガン。下品なスリットにタイトスカートを着ていた。目鼻立ちも体つきもハッキリと出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。なるほどいかにも男ウケが良さそうである。

「なによ? 聞こえないの? あれは誰なの?」

「中々の顔つきですね。しかも、体つきがまた良さげです。これなら小娘とはいえ納得です」

 わずか十八にして数々の男たちを手玉に取ってきたエクスマリアを見て、何度もうなずく魔王だった。

「はあ~? 超キモいんだけど!」

「しかし、今は男はおりませんよ。その無駄に濃い化粧はやめたほうがいいでしょう。素材がいいのですからもったいない」

「なにサラリとカッコつけちゃってんのよ? それで口説いてるつもり?」

「いえ、そんな意味で言ったのでは。まあ、そうですね。胸も大きいし(しり)もいい大きさです。さぞ殿方は喜んだことでしょう」

「はああ!? 何言ってんの!? ロウ! 曲者よ! 変質者よ! この者を速やかに捕縛しなさい!」

「しかし……」

 エクスマリアの背後に立っていたロウが躊躇する。

「なによ? 一体どうしたのよ?」

「その、何ていいますか、この方こそ勇者様で……」

「はああ~!? コレがぁ!?」

「いかにも私は勇者ですよエクスマリア・アスラムナイン。私についてきなさい」

「冗談じゃないわ!」

「ちょっとアンタたちうるさいわよ! ジンジャーちゃんが踊るのやめちゃったじゃないの!」

 テレコが注意をした。

「コノ人もナニよ!? オカマ? しかもブタじゃないのダラシナイ体して!」

 エクスマリアがテレコを指差し(ののし)った。化粧は濃いがその言動に、あどけなさを残した十八歳の女の子だった。

「ナニよアンタ! アタシに喧嘩売ってんの!? オカマをナメんじゃないわよ!」

 顔を真っ赤にして憤慨するテレコ。

「アンタみたいなブタオカマなんて眼中にないわよ!」

「ブタですってえ! アンタなんて巨乳ビッチのクセに!」

「はあああああ~! このブタ!」

「もう、許せないわ! きぃいいいいいいい!」

ハンカチを取り出し噛み付くという、実に滑稽なほど怒りまくるテレコに、見てられずジンジャーが「まぁまぁ」となだめに入った。

「オカマ!」

 更に追撃をするエクスマリア。

「いい加減にしなさい! 二人共みっともないですよ!」

 たまらずブリトラが二人の間に立ち仲裁に入った。

「はああ? 誰?」

 エクスマリアの目線が突き刺さった。

「申し遅れましたエクスマリアさん。私は語り部のブリトラです。盟約により――」

 ブリトラが一礼をしたその時だった。エクスマリアがブリトラに飛び掛ってきたのだ。

「ゲスなブリトラか! 貴様らのせいで我ら一族は!」

「ぁああぐぁあぁ」

 首を絞められるブリトラ。

「死ね! 死ねブリトラァアアア! 死ね死ね!」

「きゃぁあああああ! ブリトラちゃんがコロされるぅう!」

 テレコが大きな体を震わせ奇声を上げた。

「お嬢様おやめください!」

 ロウがブリトラからエクスマリアを引き離した。

「ごほっごほっ!」

 喉を押さえ苦しむブリトラ。それを介抱するジンジャー。その横であたふたするテレコ。魔王といえば無表情で静観するのみだった。

「話せロウ! アイツのXXX(ピー音)にXXX(ピー音)をぶち込んでやるっ! ピー音×3自主規制」

「なんと下品なのでしょう……」

 静観を決め込んでいた魔王が手を押さえつぶやいた。

「呪われるがいいエクスマリア! いえ、すでに呪われていましたねアスラムナイ家は! こんな当主ではもうこの代で御仕舞いです!」

 喉を押さえながらブリトラが叫んだ。

「はああ!? ブリトラァアアぶっ殺す!」

 髪の毛を振り乱してエクスマリアがブリトラに飛び掛ろうとするも、再びロウに押さえ込まれた。ブリトラは素早くジンジャーの後ろに隠れた。そして、ジンジャーの陰からベロを出した。

 それを見て更に憤慨するエクスマリア。

「もう、どうなってんのよ!?」

 テレコが首を振りため息を出した。そして、魔王を見て「アンタなんとかしなさいよ! 勇者でしょ!」

「仕方ありませんね。わかりました。なんとかしましょう」

 首を横に振りながら勇者は、抑えられ暴れるエクスマリアの前に立つとじっと見つめた。

「なによ! 邪魔よ! あんたも殺すわよ!」と、言うと魔王の顔に唾を吐いた。

「私が本当に男ならばご褒美といったところでしょうが……御仕置きが必要なようですね」

 魔王はエクスマリアの頬にありったけの力を込めてビンタをした。

 パァーンという大きな音が中庭に木霊した。暴れていたエクスマリアはうつむき静かになった。ロウが手を離すと、力なくその場にしゃがみこんだ。

「私を叩いたわね?」

 エクスマリアの声は震えていた。

「ええ、叩きましたよ。思いっきり叩きました。でも、不思議ですねアナタは死なない。普通、男性に殴られたらただじゃすまないというのに。私の力はそれだけということですか。アナタを殺せなかった」

「ちょっ! ナニ殺そうとしてんのよ! そもそもその体で殺せるわけがないじゃない!」

 と、テレコが魔王の背中を叩いた。魔王はよろめきテレコを睨んだ。

「ゆるさないわ。男だという事を後悔させてあげるわ」

 エクスマリア立ち上がると、表情が急に艶っぽくなり二人を見つめ始めた。

「二人共! お譲様の目を絶対に見てはならない!」

 ロウが目を手で押さえ必死に叫んだ。

「もう、遅いわ! さあ、我が下僕よ! (ひざまず)け!」

「ナニよ! なんなのよ!」

「さあ、跪け! どうした跪くのよ!」

「どうしましたエクスマリア?」

「え? あれ? あなたたち私の瞳は見てますわよね?」

「ええ、それがなにか?」

「では、あらためて……我に跪け!」

「絶対に嫌よ! なんでアンタなんかに跪かなきゃいけないのよ!」

「なるほど、スキル『魅了(チャーム)』ですか。そもそも、そのスキルは女性が使えば男性、男性が使えば女性を『魅了』できるスキルですから。そして、『魅了』された相手を自由自在に操ることができるのです」

「ですよね~?」と、エクスマリアはうなずいた。「では、何故、あなたたちは『魅了』されないのよー!?」

「それは、アタシたちが女だからに決まってるじゃないの!」

「女? いやいや男でしょー? どう見てもオカマともやし男でしょ!」

「女よっ!」

「そうか、オカマには効かないんだわ!」

 ブリトラがテレコにガッツポーズした。

「私は女ですが男です」

 魔王が右中指でメガネの中央を押し上げた。

「はああ!? 言ってる意味がわからないんだけど!?」

「ですから、そのままの意味です」

「それがわからないって言ってんのぉ!」

「私を見なさいエクスマリア」

「はあ?」

 エクスマリアは魔王の、そのメガネの奥の瞳を見つめた。

 その目は華奢でひ弱な男とは思えないほど力強かった。そして、瞳を見つめるうちに体が熱くなるのを感じた。まるで丸裸にされたような感覚がエクスマリアを襲う。

 うねりわきだす感情に身悶えするエクスマリア。これはまさか『魅了(チャーム)』? いえ、違う。これはいったい!? と、エクスマリアはハッとした。

 これはこそ恋なのでは!? 初恋!

「まさか……勇者様……ああ、エクスマリアはアナタ様に……」

 エクスマリアは目の前のひ弱な小男にドキドキして頬を赤らめた。

「あの~ちょっといいかしら? 辺りは真っ暗なんですよ。もう、このくだらないやりとりも終わりにしてくれませんか?」

 ブリトラがもうウンザリといった感じで割って入ってきた。

「おのれブリトラァ邪魔をするな!」

 エクスマリアは悦に入っている最中に邪魔をされ、再びブリトラに飛び掛ろうと身構えた。それを見てブリトラは「ひいっ!」と、恐怖し後ずさる。

「いい加減にしなさいエクスマリア」

 ブリトラの前に進み出た魔王のメガネが執事ロウの持ってきたランプの明かりでが光った。

「勇者様ったら何よ何よ! 私ばっかり!」

 エクスマリアが下唇を噛んだ。

「私は勇者としてエクスマリアに話さなければならない事があるのです。あなたも英雄家の当主でしたら黙って真実を聞きなさい。それにタイガーにあなたの事は頼まれてますから、悪い様にはしません」

「え? タイガー様から?」

 エクスマリアにしてもタイガーだけは後見人であるだけでなく、色々と世話になっているのに逃走した後ろめたさからか急にしおらしくなった。

「お嬢様! 兎にも角にもここではなんですから館で話しましょう! さあ、みなさまこちらです」

 ここぞとばかりにロウが館の中へ案内する。天井の高い大きな客間には長方形の重厚なテーブルに、二十はあろう椅子が並べてあった。上座にエクスマリアが座ろうとした時だった。図々しくもテレコがその席に滑り込んだ。

「アタシなんかお腹がペコペコよっ! もう、痩せちゃうじゃない!」

「ぁらあらぁ大変ですぅねぇ」

 呑気なジンジャーが上品に微笑んでいた。

 ランプは経費削減だろうか半分の数しか()いてはおらず薄暗かったが、逆に部屋全体をセピア色にさせ(おもむき)のある雰囲気を(かも)し出していた。

魔王は中央あたりの椅子に腰掛けると、エクスマリアを対面に座らせ淡々と語り出した。

それは勇者が闇に落ちた話から、ヘクター・アスラムナインの真実やブリトラの決意。それらを無表情で語り続けた。エクスマリアは顔を真っ赤にして「そんなのウソよ!」と何度も立ち上がり、その度に魔王に冷たく睨まれた。最初は必死に否定していたエクスマリアだったが、最後にはその顔はうつむき、表情は脱力感に包まれていた。

「そんな、そんな……私がやってきた事は……なんという馬鹿な事を……私が勇者アルマスの血も……ああ、オーロラシティは……」

 すっかり肩を落としブツブツと念仏を繰り返すエクスマリアを、誰も直視することは出来なかった。もちろん魔王を除いてはである。

「これではご先祖様に申し訳が立たないではないか。この(けが)れた私はもはや……」

 エクスマリアは両拳を握り締め悔しさで泣き出してしまった。歯を食いしばり、拳は爪が肉に食い込み血が出るほどに力を込めた。

 誰も彼女にかける言葉が見つからなかった。彼女の代でこの保養地以外の全ての土地を、アスラムナイン家は失ったのだ。かつては大陸の四分の一ほどを所有し、王の上に立つ者と言われた超名門一族がここまで没落した。そして、最後の生き残りが彼女で、その行ないで家名は地に落ちたのだった。

「泣いて無駄に濃い化粧が落ちましたね」

「え?」

「そちらの方が断然イイですよ。あなたに化粧は不要です」

「慰めなんかいらないわ……」

「メソメソ泣いていないで、新たなアスラムナイン家をあなたが作ればいいだけでしょうに。なにもそんなに悲観するほどでは。どんな家柄にも一番最初があったでしょう」

 ほんの微かだがメガネの奥の瞳に優しさが見えた。魔王なりに励ました。もちろんそれは本心だった。いずれにせよここでアスラムナイン家を失うわけにはいかなかった。モトリーとアルマスの血をひいている子孫なのだ。手下にしなければ気がすまない。

「それを言うのは簡単だろうけど……」

 ブリトラが落ち込むエクスマリアを見た。

「私は(けが)れている。しかも、勇者アルマスの血を引くというのにだ! ロクでもない男達の所を渡り歩きました」

 エクスマリアは立ち上がりフラフラと歩き出した。

「穢れなんて借金を作ったり街を売ったり男に走った。それだけなのでしょ? 金や土地を失ったところでなんですか? どうってことないでしょう?」

 魔王は、私なんて魔界とこの大陸と体と二百年を失ったのです。それくらいでガタガタ言うものではありません。と、思って大きくため息をついた。

「それだけって、それだけあれば充分ではないですか」

 ブリトラが困った表情をする。

「色んな男達を渡り歩いたりもした……」

「だけれど、殿方に抱かれてはないのでしょうあなた?」

 魔王のメガネが光った。

「……」

 黙ってうつむくエクスマリア。

「『魅了』で操るならわざわざそんな行為はしなくてもいいのでしょうから」

「……勇者様……初めてはあなた様に」

 キャー言っちゃった! と、先ほどまでの落ち込みようはなんだったのか、急にエクスマリアがはしゃいだ。

「いりません。結構です」

 エクスマリアに真顔で断る魔王。照れて断っているのではなく本心から断っていた。

「ええ~私が穢れているせいだわ……」

 今度はガックリと肩を落とすエクスマリア。

「いえ、穢れてはおりませんよエクスマリア。処女なのでしょ? しかし、英雄たちの末裔はみんな処女ばかりですね。ええ、それもいいでしょう。純粋とは素晴らしい事ですから」

 魔王は足組みをすると不敵な笑みを浮かべた。

「なによその言い草ったら! まるでアンタは経験があるような言い方じゃないのっ!」

 テレコが魔王に言う。それを魔王は鼻で笑った。まるで、ええそうですよ。だから? と、みんなはその仕草を受け取って驚いた。しかし、この男の体では全く何も無いのではあるが。

「そうですよ~まだアレですいませんね! 二十八のおばさんがまだ処女なんて笑っちゃいますよね!」

 ブリトラがにわかに怒り出した。それを見たブリトラが「ジンジャァはねぇ百二十さぁぃだけどぉね……そのぉ……ごめんなさぁぃ」と、その端正な顔を赤らめモジモジさせ始めた。

「ブリトラちゃん二十八歳くらいでゴチャゴチャ言わないの! ジンジャーちゃんが可愛そうじゃないのっ!」

「ええ、そうですよ。ブリトラまだ二十八ではありませんか。これから物好きな殿方に出会いますとも。ジンジャーなんかもう百二十なのに可愛そうです」

「はあ、それは、えー何だろどう捉えればいいのかしら?」

「ナニ言ってんのよ! ジンジャーちゃんだってまだまだこれからよっ! ねっ!」

「ジンジャァはそゆぅのわいいの」と、はにかんだ笑顔をジンジャーは見せた。

「ねえねえ、ジンジャーって、絶対にあの大女優のジンジャー・イェンよねえ?」

「そうよ! あのジンジャー・イェンよ!」

「やっぱりぃ! 五年前に王都ルドラストームの王立大劇場で、両親と演目ワルキューレの行進を観たわよ! あれは最高だったわ! ああいう演技を至高というのかしら」

「アハハ、ぁりがと。そんなぁジィンジャァもねえ。ヘクタァさまがいなかったらないのよ。あの人がぁ道をしめしてぇくれたのぉよ」

「残虐卿が? いえ、ヘクター様が……本当はヘクター・アスラムナインは偉大だったのですね」

「エクスマリアよ、何度もそうだって言ってるでしょう。そう、モトリーとヘクターが守ってきたアスラムナイン家を再建するのがあなたの使命なのですよ。だから、行きますよ魔王退治に」

「ハイ! えっ魔王退治? なにソレ? 勇者様どういうコト? 意味がわからない!」

「このメンバーを見れば頭の軽いあなただってわかるでしょ?」と、ブリトラがエクスマリアをイライラしながら睨んだ。「盟約に従い勇者と五人の仲間の子孫が集まっているのよ。つまり魔王討伐よ」

 エクスマリはドヤ顔のブリトラを無視してここにいる四人の顔を順番に見ていった。

「勇者様」

「タイガーの子孫ジンジャー」

「ブリトラの子孫ブリトラ」

「私はモトリーの子孫エクスマリア」

「そして、このデブのオカマは? 剣聖の子孫かしら?」

「違うわよ! アタシは勇者の従者よ! それにナニよデブのオカマって! ひどいじゃないの! アタシは純白のテレコよ! テ・レ・コ!」

「あーあーわかったわかった。テレコさんね。ハイハイ」

「ナニよその投げやりな言い方は!?」

「だって従者なんでしょー? 英雄家系じゃないのに気安く話しかけないでくださるかしら?」

 生意気な目つきでまさに高飛車な態度のエクスマリア。

「なによこの子ったら! ホント失礼しちゃうわよね!」

「まず、生い立ちの違いよ。アナタ、恐らくは小貴族の出でしょう。私の家系は英雄も宰相も大臣も出してる大陸の超名門大貴族よ」

「フン!! なによ! なによ! 没落貴族のクセにっ!」

「格の違いを思い知りなさい!」

「エクスマリア、あまりテレコをからかうもんじゃないですよ」

「ハァ~イ!」

 エクスマリアは一転してニコニコしながら勇者に近づいていく。「でも、どうなんですか~今どき魔王を倒すって? ファンタジー小説の読みすぎじゃないんですから」

「私が倒すと言ったら倒すのです」

 魔王はエクスマリアをキリッと睨んだ。

「ハイハイ。わかりました! 勇者さまぁ~一生ツイテイキマース!」

 魔王の腕に絡みつくエクスマリア。わざとらしく巨乳を押し当てるが、魔王の表情は一ミリも変わらなかった。それを見て更に密着するエクスマリア。

「勇者様……私とヤリ(・・)たい(・・)?」

 エクスマリアが魔王の耳元で(ささや)いた。これで落ちなかった男はいなかった。いや、此の世に存在しないといっても過言ではない。それが()で(・)あれば(・・・)の話だが。

「いいえ、ちっとも」

 魔王は顔色一つ変えずに即答した。それにはエクスマリアも目を丸くして声を失った。色仕掛けで落ちない男が存在するとは。

「少し近いです。近すぎますよエクスマリア。あなたの無駄に大きな乳房が当たってます。ふっくらやわらかいものが波を立てて、そうそれはまるで……テレコの腹のようですよ?」

 魔王の意地悪にエクスマリアはダイレクトに反応して、顔を真っ赤にして魔王から離れた。

「なんてコトっ!」

 その時だ、執事のロウが台車でディナーを運んできた。

「さあさあ、みなさん食事にしましょう! 特製マッシュポテトと羊のミルクでござーい!」

 執事のロウが持ってきたのは大量のマッシュポテトと羊のミルクだった。

「さあさあ、どうぞお召し上がりください。お嬢様も当主らしく」

「そ、そうですわね」と、エクスマリアは大きな深呼吸をした。

「そうです落ち着いてください」

 ロウがうなずいた。そして、マッシュポテトを配り始めた。

「ロウのポテトは絶品なの。もう、難しいことは無しで遠慮しないで食べて」

 エクスマリアは得意げに言った。目の前にはマッシュポテトとミルクしかないにもかかわらず。

「ちょっと待ってよ! これがあの超名門アスラムナイン家のディナーなの!? 芋と乳だけじゃないのよっ! 落ちぶれるにも程があるわ!」

 もっと豪華な食べ物が出てくるものだと期待していたテレコは頭をかかえた。

「はああ!? 何か文句ある?」と、エクスマリアはテレコを睨みつけた。

「これぇおいひぃですぅ~」

 ジンジャーが速攻マッシュポテトに舌鼓をうっていた。それを見たブリトラが悲鳴を上げた。

「お祈りもまだですよジンジャー様! 食べる前にはお祈りを! 神と、この全ての精霊と食べ物に感謝を!」

 ブリトラは勢いよく立ち上がり「祈らないなんて神への冒涜です!」と、叫んだ。

「まあ、よいではありませんかブリトラ。もう、食べましょう」

 右手をかざしブリトラを怒る面倒くさそうに制した。ブリトラは渋々と椅子に座り一人祈り始めた。

「ワインが欲しいところですが、羊の乳もいけますね」と、魔王は目の前のミルクを飲み干した。

「さすがは勇者様です~うちの羊はただの羊ではないのです~」と、喜ぶエクスマリア。

「と、いうと?」

「なんと! なんだと思いますか?」

「なんですか?」

「やっぱ教えな~い」

 満面の笑みを浮かべるエクスマリア。彼女自身これほど素直になれたのは久しぶりだった。

「教えなくてけっこうです」

 魔王は頭を横に振った。

 大笑いするエクスマリアを捕まえテレコが「エクスマリアちゃん、コレ祈る価値もないと思ったけど意外と美味しいわね!」と、マッシュポテトを頬張りながらミルクを口に流し込んだ。

「これも濃くて美味しいわぁ~」

「当然よ!」

 エクスマリアの笑顔を見てロウはホッとしていた。四年前の両親の死亡事故以来こんなに笑ったことはなかった。

「お嬢様」と、ロウは真剣な眼差しでエクスマリアを見た。「勇者様と魔王を退治なさりませ。館はロウめがきちんと留守を務めます」

「ええ、もちろんそのつもりよ」

「必ず魔王を仕留めてくださいませ」

「ヘクターとモトリーの名にかけて必ず倒すわ。で、次は誰のところに行くかは決まっているの?」

「アタシはどこにでも行くわよ! ねっ! ジンジャーちゃん!」

「ぃきますぅですぅ~」

「ブリトラどうなのです? もう、行く所は決めているのでしょう?」と、魔王はブリトラを見た。ブリトラは「ハイ」と、大きくうなずく。

「次は東のアライ家がいいかと。なんと現当主は二十七歳のイケメンらしいです」

「あーブリトラの婿探しってワケね?」と、エクスマリア。

「それはアナタじゃないの巨乳ビッチさん?」

 ブリトラがすかさず言葉を返す。

「ああ? ビッチじゃねーっての! そっちこそXXXXX!」

「なんと下品な! 信じられない!」

「いい加減にしなさい。二人共殺しますよ?」

 魔王が立ち上がり二人を睨みつけた。その表情に一瞬でも恐怖を覚えた二人は青ざめた。

 一方で魔王は――とは言えブリトラの様な小娘とやりあっても勝てる気がしませんが。と、貧弱な体を見た。が、弱いなりにこの場を凍らせた結果にはほくそ笑んだ。




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