第4章ー1
医者から処方された風邪薬を飲んだら激しい眠気が襲う。
とりあえずUP
4 モトリー・アスラムナインの子孫の話 巨乳ビッチなエクスマリア
ジンジャーを加えた馬車は南へと向かった。
途中、一行はいくつかの村に立ち寄るが、そこでは必ずといっていいほど熱病が流行っていた。大陸中央から南部地方境にかけて熱病が猛威を振るっていたのだ。
熱病の主な治療法は『祈り』である。神父や祈祷師の『祈り』によって熱病は治ると信じられていた。もちろん『祈り』意外にも体を冷やしたり、血を抜くいわゆる瀉血を施したりといった治療も試みられていた。基本的に『死』は『神』の意思として受け入れるほか無かった。
「はあ、なんという……信仰は否定しませんがそれだけでは」
「じゃあ、どうしろっていうのよ! 祈りよ! 祈りこそが全てよ! 勇者ちゃんも祈りなさいよ!」
テレコが魔王の態度が気に入らないのか食ってかかってきた。
「そうですね……」と、魔王は大きなため息つくとブリトラを見た。「ここらへんで大量に生えているクロッカスのメシベを乾燥させ煎じて飲ませなさい。それと水にヒヨス草の絞り汁と蜂蜜を混ぜて飲ませるのです」
「……勇者様、お言葉を返すようで申し訳ありませんがそれはできません。私は反対です」
ブリトラの表情が曇った。
「そうですか。ええ、それならこの話は無かったことにしましょう」
盲目的な信仰のみが大陸を支配していた。
「ジンジャァはぁ反対しまぁせんよぉ」
唯一、魔王の話をうなずいて聞いていたのがジンジャーだった。
「はい?」
ブリトラとテレコが目を丸くした。
「人狼族ではぁお祈りよぉりぃもー薬草がねぇ治療の中心ですぅ」
「え?」
「昔はねぇお祈りだけだったのねぇ。だけどねぇ、モトリィーさまぁとブリトラァさまぁが薬草を与えてくださったのぉ。それからお祈りよりぃ薬草なのねぇ」
「ジンジャー様ソレはソレ。コレはコレです」
ブリトラがジンジャーを見上げて睨んだ。
「狼なんてどうせ動物よ! お祈りなんてわかりっこないわ!」
そう言うとテレコはジンジャーを馬鹿にする仕草をしてみせた。
「ひぃどぉいぃ」
「祈りも大切ですよ。ええ、わかります。わかっていますとも。人間とは何かに縋らないと生きていけない動物ですから。ただ、それだけに頼りすぎて他の手段をも見失うのもまた人間です。愚かです」
魔王は言い放った。
「なによその言い方! 貶してるの!?」
「薬草という選択肢を与えなさい」
「さすがぁ勇者さまぁですぅ」
「選択ですか……薬草ですか……どうもよくわかりません」
ブリトラはうつむいた。
「ブリトラが人々を、特に子供たちを助けたいのなら選択しなさい。それが嫌というのならば私はどうなろうと知りません。人間が生きようと死のうとどうでもいい事です」
「なにナニそれ! 言い方がちょっとヒドイわよ!」
「勇者様、私の本心は助けたいです……ジンジャー様、テレコさん助けてください」
「はぁーい」
ジンジャーはブリトラに指示された花や葉っぱ、木の枝を捜しに野原に飛び出していった。
「ちょっと! ええっ!? もうどうなってんのよ!」
テレコがジンジャーの後姿を見届けた。そして、ブリトラを睨む。
「子供たちが亡くなるのを私は放っておく事はもう出来ません」
「ちゃんと祈ってるじゃないのよ! それじゃ足りないの!?」
「テレコさんお願い」
「もう、わかったわよ!」
大きなため息をつきテレコはブリトラの肩を軽く叩いた。
「で、何を集めればいいの?」
一行たちは村々で熱病に犯される子供たちはもとより老若男女を救ったのだった。それは、また別の機会で御話しよう。
南を目指す一行。
森を抜けると、小高い丘の向こうにキラキラ輝く海が広がっていた。南部保養地ヴァーユだった。
大陸南部は温暖な気候が一年中続き、その海岸沿いの都市は海運商業が盛んで大いに繁栄していた。大陸でも随一の巨大都市で南部の首都モトリーキャピタルは内陸部にあったが、やはり南部と言ったら海岸沿いだろう。大陸を代表するアルゴン、スカージ、ロズレーヴィユ、オーロラシティ、ローランブルといくつもの華やかな港湾大都市が連なる南部海岸群。かつて(・・・)は(・)それら全てをアスラムナイン家が統治していた。最盛期で実に大陸の四分の一の領土を治めていた。しかし、それも過去の話で現在のアスラムナイン家は保養地ヴァーユを持つのみに落ちぶれていた。
エクスマリア・アスラムナインは両親の不慮の事故によりわずか十四歳で大陸の超名門アスラムナイン家の二十五代目当主に就任した。歴代当主と同様に後見人として最後の英雄タイガー・イェンが名を連ねた。
アスラムナイン家の執事はタイガーが後見人となってからは人狼族から選ばれていた。人狼族の中でも武勇に優れ、しかも高い知性と教養を持った者が務めた。しかも、それだけでなくタイガーが認めなくてはなれない人狼族の、正にエリート中のエリートがアスラムナイン家の執事職だった。
現在は執事歴十年という三十三歳のロウ・ハークがその役に就いていた。
四年前にエクスマリアの両親に起こった不慮の事故は、実は暗殺ではないかとまことしやかな噂になっていた。それは、両親の死後にアスラムナイン家の象徴であっモトリーキャピタルの領主権を手放した件である。それも、両親の死後に発覚した莫大な借金未払いの証文が出たせいだ。港湾都市アルゴンの老練な領主ディオルス卿の訴えは、そんなモノがある事すらあやしい案件だったが、王立高等裁判所はそれを受理してしまった。十四歳の小娘と若い執事では相手が悪かった。王立高等裁判所は支払いができないアスラムナイン家からモトリーキャピタルを取り上げた。タイガーが動くも時既に遅し。モトリーキャピタルはディオルス卿の手の中であった。アスラムナイン家はその収入の八割を失った。
若い執事ロウ・ハークは暗殺を止められず、またモトリーキャピタルをも失うという失態を悔いていた。何も出来なかったのだ。そして、それに追い討ちをかけるように、当主のエクスマリアが唯一の所有都市であるオーロラシティを突如ディオルス卿に売ってしまったのだ。
かつてヘクター・アスラムナインが世界一美しい海辺に、世界一美しい街をと作ったオーロラシティ。しかし、残虐卿ヘクターの血筋である事をを忌み嫌う子孫であるこの娘は、彼の作った街を二束三文で売ってしまったのだ。つまり、これでアスラムナイン家の収入はほとんど途絶えてしまったと言っても過言ではない。
オーロラシティ――この街はヘクターの母親である勇者アルマスの一人娘オーロラに捧げる街だった。一番高い丘にはオーロラの墓があり、美しい町並みを一望できた。平和を祈り続けた母オーロラの思いをこの街につぎ込んだヘクター・アスラムナイン。その思いを理解していたタイガーは激怒して館に乗り込んだが、そこにエクスマリアの姿は無かった。それどころか給金も払えないアスラムナイン家にはロウ・ハークひとりしかいなかった。使用人は全て出て行ってもぬけの殻であった。大きな館は幽霊屋敷さながらの悲惨な状態だった。
エクスマリアといえば金持ちの男の所を梯子し、結婚を餌に借金を重ねるという愚行を繰り返していた。
そんな現状に後見人のタイガー・イェンは、執事ロウ・ハークに命じエクスマリアを保護し館に連れ戻させた。
館には貴族、商人がひっきりなしに借金の催促が来て、酷い時には暗殺者までがやって来た。
それらの全てを跳ね返すロウ・ハーク。すっかり執事というよりは、ただの用心棒のようになっていた。
一行が館の前に来た時だった。温和な表情の黒い燕尾服を着た執事然とした男が立っていた。
しかし、そのオーラは明らかに執事とは異なる、むしろ戦士としての殺気めいたものを感じずにはいられなかった。表情は優しそうでも、その瞳の奥では「少しでもおかしな事をしたら殺してやる」という殺伐とした感情が見て取れた。
誰でもわかるようなわかりやすい雰囲気に魔王以外は震えおののいていた。
「ちょっと、なんでアンタまでブルってんのよっ」
テレコが小声で大きな体を縮こませているジンジャーに言った。
「てぇれこぉさんだってぇ」
「ア、アタシはいいのよ! か弱い乙女なんだからっ!」
ピンと張り詰めた空気の中で大きな体のテレコが顔を赤らめ叫んだ。
それを無表情で魔王は一瞥すると、執事の方を向き少し下がったメガネを中央を押し上げ位置を直すと声を掛けた「いきなりですが当主に会いたいのです」。
ロウ・ハークは魔王にニッコリと微笑んだ。
「お嬢様は居りません。そもそも借金取りでしたら御引取りを。お金ならありませんから」と、ロウは魔王とじっと目を合わせた。「では、ないようですね……」
「ええ、もちろんです。私達は盟約に従いアスラムナイン家の当主に会いに来ました」
「盟約? と、申しますとあなたさまは?」
「勇者です」
魔王はメガネの縁を押し上げた。
「勇者?」と、ロウは一瞬眉を上げた。が、魔王の全身を上から下までゆっくり見ると「なるほど嘘ではないのかもしれません」
「嘘っぽいですが本当なのですよ」
魔王も自分自身の姿がひ弱な小男で勇者っぽくないのを知っていた。
「わたくしめの殺気に全く動じる様子がない時点で、もう只者ではないのはわかりましたから。偉そうな言い方ではありますが、あなた様は見た目は弱そうですが、勇者である資格は充分にあると思います」
「本当に偉そうですね」
「これは失礼致しました勇者様」
ロウは魔王に対して深々とお辞儀をした。
「案外と素直に謝るのね」
テレコは先ほどまで震えていたブリトラに耳打ちした。
「え、ええ、あ、そう、そうですね……」
そんな事はどうでもいいとばかりに空返事をするブリトラ。
私には何が出来るのか。戦いにおいて何も出来ないのはわかっていた。魔王を倒す旅を共にする意味はあるのか。魔法を失ったブリトラにその資格は本当にあるのか。と、いう葛藤にブリトラは無意識に唇を噛んでしまっていた。
「当主はいるのでしょう? 当主エクスマリア・アスラムナインが」
「はい。おりますが、我が当主様に何の御用がありますのでしょうか?」
「勇者といえば魔王討伐でしょう。魔王を倒すのですよ」
「魔王を倒すのですか?」
「ええ、そうです」
「このメンバーで魔王をですか?」
「そうですよ。何か問題でも?」
「いえ、その、恐らくは無理でしょう」
「ハッキリ言ってくれますね」
「この際ですから申し上げますが、我が当主が参加したところで――」
「四の五の言わずに当主エクスマリア・アスラムナインに会わせなさい」
ロウの言葉を遮り魔王はメガネの奥で彼を睨みつけた。
「わかりました」と、ロウは魔王から目を逸らした。百戦錬磨のロウでさえ躊躇するほどの目力を魔王は持っていた。逆に今の魔王には『睨む』それだけしかできなかった。
「では、こちらへ」
ロウに連れられ四人は館中央の広い中庭に案内された。館は四角形で、真ん中は広大な空間が広がっていた。庭のド真ん中に立派な噴水があり、その横には一本の楡の木が立っていた。庭のあちこちに金木犀が並んでおりその香りで溢れていた。この地方の金木犀は、改良によって年がら年中香りを放つ珍しい品種だった。
「ここでお待ちください」
ロウにそういわれて四人は待った。が、いくら待ってもエクスマリアは現れなかった。
「ホント遅いわね! どうなってんのよ、もう!」
テレコがイライラを隠さず、広い庭を小走りに行ったり来たりしていた。
「少しは落ち着きなさいよ。こっちまでイライラしてきちゃう」
ブリトラがテレコを追いかける。
「なによっうるさいわね! 放っておいてちょうだい!」
その二人の様子を楡の木の下で腕を組み静観する魔王。ジンジャーといえば噴水横のベンチに座り、目を瞑り揺れながら鼻歌を歌っていた。
ジンジャーは金木犀の香りに包まれ百十年前の記憶を思い出していた。
まだ十歳だったジンジャーはタイガーと父スレビオに連れられこの館を訪れていた。
タイガーと父が会議の間にジンジャーはひとりで中庭で待っていた。
春の陽気に誘われジンジャーは踊りだした。
夢中になってくると自然に唇が開き、そこから美しい歌が流れた。
るるるる
ルンルン
右手に林檎 左は魔法
ギザギザアーチを通り抜けて
おっきなお城にたどり着く
王冠かぶったヘクター卿
突然現れびっくり仰天
林檎も魔法も持ってゆく
逃げろ 逃げろよ
子供たち 子供たち
夕暮れ時は気をつけろ
早くおうちに帰りませう
ジンジャーはつま先立ちをし、両手を広げ大きく深呼吸をした。歌ったり踊ったりしている時だけちゃんとした声が出るのだ。別の自分になれる気がして胸躍らせるジンジャーだった。
突然、拍手が聞こえた。
ジンジャーは辺りをキョロキョロと見回して、そこには背の高い白髪でメガネをかけた老人が立っていた。まず思ったのが「優しそう」ということ。実際に物腰は柔らかく、その声も安心感のある心地よさだった。
「素敵なお歌だねえジンジャーちゃん」
「ぉじちゃぁんジィンジャァのことぉ知ってるぅのぉ?」
「知ってるもなにも君は有名人だからね。最後の英雄タイガーの孫にして、人狼族の王スレビオの娘だからね」と、老人は言うとジンジャーの頭を撫でた。「でもね、それだけじゃない」
「え?」
「そんなの関係なくなるよ。小さな天才女優ジンジャー・イェンとして有名になるんだ。今に王様でさえ君のファンになるさ」
「ジィンジャァにはムリよぉ」
「そんな事は無いさ。ジンジャーちゃんには才能があるよ。その才能を自分から潰しちゃダメだからね」
「でもぉジィンジャァ……」
「大丈夫だよ。一生懸命、そして楽しむんだよ。さっきみたくね」
その老人の目を見つめたジンジャーは、自分にも出来るかもしれないという勇気が湧いてきた。
「あぃがとぉ」
「いい笑顔だ。その笑顔は大切にしなさい」
「はぁい」
大きくジンジャーはうなずくと。突然、大きな声がした。それはジンジャーの父スレビオの声だった。
「ヘクター卿! ここでしたか! みなさんがお待ちですぞ!」
「ああ、ジンジャーちゃんとお話をしていたんだ」
「ああ!? ウチのバカ娘とですか!? コイツとは話しなんて出来ませんぞ。モジモジ内に入るばかりで何も話そうとせん。話の内容も理解できんウツケ娘。ああ、全くの恥さらしで申し訳ない!」
「そんな事を言うもんじゃないよスレビオ君。君の娘は言葉もわかるし話せるんだ。彼女こそダイアモンドの、正に原石だよ。絶対に歌や踊りや劇をやらせなさい」
「はぁ……まあ、何をやらせても無駄だと思うが」と、頭を掻くスレビオ。ジンジャーを見てため息をついた。「好きにするがいい」
大きくうなずくジンジャーを「よかったねジンジャーちゃん」と、優しく微笑む老人の顔を一日も忘れたことはないジンジャーだった。
あれから人狼族の王だった父は最高の教師をジンジャーにつけた。踊り、演技、歌に当時最高といわれる先生達から学び、その技術をどんどんと吸収していき、十数年後にジンジャーは大陸で最も有名な女優になっていた。
噴水が夕日に照らされ幻想的なシルエットを形成していた。その前でジンジャーは長い手足をダイナミックかつ繊細に使い舞っていた。激しく、そして静かに悲しくも美しい舞にテレコもブリトラも時を忘れ見入っていた。
目を瞑りながらジンジャーは思っていた。ああ、この場所に再び戻ってまいりました。どうですヘクター様ジンジャーはうまく舞えてますか?
Zzz




