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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
49/75

Episode-49

 盗賊の砦の壁の内側には、いつものように奴隷が襤褸を着て仕事をしていた。大半は壁の内側にある小さな畑の草取りや、家畜の世話に追われている。

 奴隷として連れてこられる男は年齢が高く、肉体的に弱い者ばかりだ。その奴隷の男たちは壁の壊れた箇所を修繕するための丸太を切ったり削ったりしている。その中の一番年嵩な一人の老人が、一つに結ばれた肩まである灰色の髪を揺らして、鉋で木を削っている男に近づき不機嫌そうに作業の指示を出した。きっと、腰が入っていないだとか、そこはこうだとか言っているのだろう。

 リークはその様子を砦の石の壁に身をあずけ、地面に立てた六尺棒の先に顎を乗せて眺めていた。リークの今日の仕事は奴隷達の監督役だ。監督と言っても、手を抜いたり、不服そうにしている者を見つけ次第、六尺棒で殴るという誇りもないものだ。本当ならこれはリークの仕事ではなかった。だが、本来この仕事をするはずだった盗賊の一人が数日前に崖から転落して死んだようで、リークが今ここに立っているのだった。

 だが、幸いこの壁の修繕に関しては、先ほどから作業に口を出している灰色の髪の老人が指示を出すことになっている。この老人は、一つ星前にリークがこの砦にやって来た時にはすでにいた。この老人は建築の経験があるようで、西の方の村から連れてこられたらしい。老人は生き抜くべく、建築の経験と知識を活かし、盗賊に取り入り奴隷の中でも良い待遇を受けている。故に、自分の失態にならないよう、建築の経験もない男の鉋さばきにけちをつけているのだろう。この老人の名前はなんだったっけ。


「丸太の爺さん。あんたの名は?」


 灰色の髪を一つに結わえた老人は素早く振り向き、媚びるように腰を折って笑顔を作った。


「わしは〝丸太のじじい〟でございます若旦那」老人は手を擦り合わせながら恭しく、それでいて顔色をうかがうようにいやらしい笑みを湛えて言った。


 リークはその姿を見て眉をひそめた。こういう輩は嫌いだ。


「いや、いい。仕事に戻れ」


 二回頭を下げて仕事に戻ろうと動き始めた老人は、何かを思い出したかのように身を反転させ、しつこい笑みを作ってリークを見た。


「若旦那は頭になるんですかぇ?」


「なんだって?」


 リークは明らかに不機嫌そうな顔で訊き返した。老人ははぐらかそうとしているのか、目線を斜め下に走らせ、声を落としリークの目と地面を交互に見やりながら腰を曲げて近づいて来た。


「わしは長いことここにいます。季節が一回りはしてるので、一星期はいるはずです。なので少しはここのことがわかるってわけです。若旦那はここに来てまだ一つ星とちょっとでしょう? なので差し出がましいですが、お耳に入れさせてくださいな」老人は歯を見せて笑うと、リークの顔を下から覗き込むように顔を向けた。擦り合わされた手は相変わらず顎の下にある。「ですから、もし頭になる気がおありでしたら……そうなるには力が必要です。腕っ節の話じゃありませんでな。若旦那は十分な腕をお持ちのようですし?」老人はリークの頭からつま先まで素早く目を走らせた。「力というのはどれだけ下の者を満足させられるかです。一番簡単なのは十分な金子を握らせることですが、そのためには金子になる宝が必要でしょう? 最近、豪華な宝が手に入ったと耳にしたもので……もし若旦那がその気になれば――」


「何が言いたい? 俺は頭なんかにるつもりはないぞ」リークは切口上で老人を遮った。


 老人は笑みを崩さなかったが、その目にはありありと困惑の色が見て取れた。


「その宝のことは知ってる。それはバードンのものだ」


 その宝――銀とダイアモンドで作られたような杖のような物――は、数日前にバードンが手に入れたと酒の席で豪語していた物だ。


「えぇ、えぇ、そのようですねぇ。ですけどねぇ若旦那。わしは見ちまったんです。調達する木材を見つけて森から帰る時に、ベイガロに牽かせた橇に乗る二人のお仲間と、バードンの旦那が話すところを」老人はさっと辺りに目を走らせて、唇を舐めると続けた。


「何を話してたかは与り知らぬところですが、その宝を一人のお仲間がバードンの旦那に見せたんですよ。もう一人のお仲間は不機嫌そうでしたね。見せているお仲間を睨みつけてましたから。それにバードンの旦那のことも嫌っている様子でしたねぇ。それでことが起こったんです。不機嫌なお仲間とバードンの旦那が短く何かを話したと思ったら、不機嫌なお仲間は橇を走らせようとしたんです。もう一人のお仲間は戸惑ってるようすでしたよ。そしたら、バードンの旦那が剣を抜いて不機嫌なお仲間の胸をぶっすり……。喧嘩にしてはやりすぎでしょう? その後バードンの旦那とお仲間で何かを話して、お仲間は西の崖の方へと橇を走らせて行ってしまったんです」


 老人は緊張しているのか、顔をわずかに逸らしながら乾いた唇を湿らせて、リークの目を見た。


「宝は仲間内でも取り合う方法はあるようですなぁ若旦那?」


 リークは老人の目に冷静な眼差しを送った。この老人は宝のことを俺に教えてどんな徳があるというのだろうか? 盗賊の中でもうまく渡り歩いている人間が善意で情報を渡すことはまずないだろう。自分に徳を得るという確証からの行動だ。

 老人は無表情なリークの顔に媚びる笑みを向けていたが、やがて心配になったのか口で息をしながら、しきりに瞬きをし始め、唇を舐めた。額にはうっすらと汗を浮かばせ、息は震えていた。


「申し訳ございません若旦那……。わしは、その、こういったことが好ましくない相手に見られたらと思いまして」老人は額の汗を手のひらで拭い、精一杯の弱々しい笑みを作った。


 リークは老人の言葉を聞いて、老人が何をしたかったのかを理解した。


「そういうことか。確かに、俺がバードン派だったらまずいことになってたかもな丸太の爺さん。俺がジェミー派だと思ったんだな? まぁ、間違いじゃないから安心するんだな。仕事を続けたほうがいいぞ」


 老人は唾を飲み込みながら頭を下げると踵を返して歩き始めた。擦り合わされていた手は、緊張か恐怖か手が白くなるほど硬く胸の前で握られていた。

 リークは老人の小さな背中に揺れる一つに結わえられた灰色の髪を見ながら、随分と利口な爺さんだなと心の中で笑った。あの老人は、次期頭領の派閥に恩を売ろうとしたのだ。盗賊の頭領を決めるのは多数決だ。その評価基準は盗賊団を生かすためにどれだけの力があるかどうかだ。ここの盗賊団の場合、人数も多ければ根城の砦もそこそこの大きさだ。その人数に満足させるだけの資源を調達する能力や生み出す能力が重要になってくる。つまり、金子になる宝をどれだけ得られるか、働かせる奴隷を捕まえるための村を襲撃する腕っ節の強さがものを言う。特に、金子になる宝を得られる人間は支持される。バードンはその目に見えやすい影響力を持った宝を奪ったのだろう。そして、老人はそのことをジェミーの支持者だと思われる俺の耳に情報を流した。奴隷である老人はバードンをよく思っていないのかもしれない。または、バードンを支持しない人間をあぶり出すための罠の一つかもしれないが、バードン派だと思った時の老人の焦り様からそれはないだろう。もしそうならとんだ役者だ。今すぐにどこかの劇団に入るべきだ。だがこれで一つだけわかった。萎縮した奴隷たちも一緒に戦う可能性がある。

 六尺棒を握り、盗賊を倒す術を考えながらリークは目の前で働く奴隷たちを眺めた。

 翌朝、リークはジェミーとベイガロの牽く橇に乗って西の崖を目指した。森の中は未だに雪が残り、所々に小川ができている。針葉樹が生い茂るこの森の外れにある崖は高く、北に向かって長く延びていて何もないために人は寄り付かない場所だった。

 リークは昨日聞いた話をジェミーに話した。ジェミーは短く刈った顎髭を掻きながら、片手で握った手綱を引いた。熊のように体の大きいベイガロの体が何かを振るい落とすように揺れ、歯をむき出して威嚇するように手綱を引いたジェミーを睨みつけたかと思うとその場で停止した。ベイガロの銀色の牙が唸り声と共に主張する。ジェミーは臆することなく橇から降りるとベイガロに近づき、細いふさのある耳を鷲掴みにした。ベイガロは怯えた子犬のように身を萎縮させ地面に座り込んだ。


「それで、あんたはどう思う?」リークはベイガロを服従させ、崖の方へ歩くジェミーの背に尋ねた。


「影響力を得るために、仲間から宝を奪う。十分にあり得る話だ。死んだ奴はバードンを嫌っていた。その老人が仲違いをさせるために作った話かもしれない。それなら少しは成功したと言えるな。こうしてお前が私に話しているのだから」


 リークはここぞとばかりに口を開いた。


「そう、それだよ。奴隷になってる人の中にもバードンを嫌ってる人間がいるんだ。それなら協力することもできるんじゃないか? 例えば、いきなり戦闘は無理だろうから情報収集をしてもらうんだ。それで、誰と誰を仲違いさせればいいかわかる。あとは嗾けるだけで互いに殺しあうかもしれない」


 ジェミーは崖の下に向けていた目をリークに素早く走らせると、また崖の下を見やった。


「お前の熱意は認める。だが、バードンの勢力が上な以上、どちらが先に権利を得るかは見えている。バードンが頭領になれば手当たり次第に村を襲い始めるだろう。だが、仲間を見極めるために緊張した今の状態ならば、無闇に動くこともない。争わせればどちらが誰についているのがわかってしまう。それと、奴隷たちは下手に動くことはできない。見せしめに家族のいる村を襲われるかもしれないからだ」


 リークは唸った。


「なら、尚更ことを早めないと駄目だろう?」


 ジェミーの暴力的な細い目の下の口が笑った。


「それなら策がある」


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