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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
16/75

Episode-16

 〈夢見る魚〉は河港から離れたイヴィマス河沿いに建つ宿場で、お世辞にも繁盛しているとは言い難い場所だ。部屋は狭く、壁には漆喰が塗れなかったのか土壁を羽目板で覆っている。そしてその羽目板さえ欠けていたり、虫に食われたような傷がある。それでもこの時間帯の酒場は混んでいた。少し肩を動かせば望みの速さで歩けるくらいだが、席はほとんど埋まっている。

 こげ茶の髪を後ろに撫でつけた店主のドントンが、仕切り台の向こう側から部屋に上がろうとするリークに笑みを向けた。金歯の前歯がちらりと酒場の中の明かりを反射して光った。

 リークは笑みを返すと、ポケットの中からアルゲンレーテ銅貨を三枚取り出し仕切り台に歩み寄った。止まり木で少しずつ酒を呷っている男達の間に身を乗り出し銅貨三枚をドントンに手渡すと、おまけでもう一枚ドントンの手の上に乗せた。ドントンは何も言わずに笑みを浮かべながら仕切り台の後ろの壁に造り付けられた箱の中に銅貨を入れた。

 リークが立ち去ろうとすると、ドントンはもったいぶった表情と笑みを浮かべながらリークを引き留めた。リークは笑みの調子を変えて、付き合ってやるかと言わんばかりの態度で止まり木に腰を下ろし、仕切り台の上に手を乗せて体重をあずけた。この仕切り台だけは磨かれて艶がある。きっとドントンの趣味なんだろう。大抵の店主は酒場の仕切り台には凝るものだ。

 仕方なく一杯酒を頼もうとポケットの中に手を入れ指に銅貨が触れたと同時にドントンがリークの前に一通の手紙を置いた。


「いつ届いたんだ?」


 酒場の喧騒に聞こえなかったのか、ドントンが顔を傾げたのでリークはもう一度尋ねた。するとドントンは、リークが仕事に向かおうと宿を出た直後にやってきた客が置いていったという。名前も教えなかったそうだ。

 リークは丸められて黒い封蝋をされた手紙に手をつけた。印はない。横の席に座っている男達を横目に見てこちらに注意が向いていないことを確認すると手紙を広げて中に目を通した。

 内容はどうということは無い。〝家畜の二頭目が食べごろだ〟〝霊土星が来る前には土の季の支度を終わらせるつもりだ〟などの村に住む親からの手紙のような内容だ。実際、これを見てそれ以外の、ましてや暗号化された文などとは思わないだろう。

 ドントンは手紙の内容が気になるのか、硝子の酒杯を亜麻の布で拭きながらちらちらと視線を送ってくる。リークは大した内容じゃないことを表すかのように台の上に手紙をほうった。ドントンの視線がその手紙に注がれる。右隣りに座っている男の視線も一瞬手紙に注がれたのがわかった。


「村での様子を逐一連絡してきただけみたいだ。まったく、次男の俺を追い出したってのによくわからんね」


 リークは手を宙でひらひらさせて薄ら笑った。手紙を鷲掴みにするとその場を後にした。

 部屋に戻ると仕着せを放り投げ、白木綿の上着を着てズボンを履き替えると、長靴を履いた。最後によく鞣された黒革の腰まである袖なしの外套を羽織った。これなら夜の街を歩き回るのに差し支えないだろう。高級娼館なら財布の中身を心配させるかもしれないが。

 部屋から出ると飯も酒も飲まずに酒場の出入り口を目指した。ドントンが呆れたような笑みを向けてきたので、リークは得意げな笑みを返した。きっとロメスコの連中のように飯も食わずに娼館に行くやつだと思っているんだな。

 リークは〈夢見る魚〉から出ると三つの店の前を通り過ぎ、通りを曲がると先程の手紙を広げて読み返した。なんてことは無い文の中に隠れている違う意味をもつ言葉を取り出していく。〝家畜の二頭目〟――家畜の文字が一つの重要な要素を表し、二頭目は数字の二だけが意味をなす。これらはやりとりする相手と情報を共有していなければ言葉を組み立てるのは難しいだろう。

 他の文にも隠れている文字がある。〝霊土星が来る前には土の季の支度を終わらせるつもりだ〟――これは一番簡単だ。土の季に行われる何かの準備を霊土星が来る前に終わらせるという意味だ。

 手紙の最後は〝お前の帰りを楽しみに待っている〟と締められており、その前の文の中から文字を弾き出し言葉を繋げると他の意味も出てきた。〝蛆が湧いて困った〟――という文の中の〝蛆〟には思い当たる言葉がある。〝畑に水が溜まり大変だ〟――という文の中の〝溜まり〟。これらの文字は前からやりとりしている手紙でも数回使われていたためにすぐに理解できる。言葉を繋げれば〝〈蛆の溜まり場〉で待っている〟ということだ。幸い、このニルニアの都市の中にそう呼ばれる場所がある。

 手紙を丸めると黒く艶がある革の外套の胸ボケットから細い棒――ヒッコと呼ばれる物を取り出した。小指の長さで太さは半分程しかない。その焦げ茶色の木の棒でできたヒッコを壁に擦り付けると、擦り付けた所に蠟燭と同じ大きさの火が灯った。その火で手紙を焼き、燃えた手紙を地面に棄てると、ヒッコを手首だけで軽く振り火を消して胸ポケットにしまった。〈蛆の溜まり場〉は自由都市ニルニア内の東の外れにある酒場〈踊る肉と女〉の地下にある。河港から徒歩だと一時間はかかってしまう。

 リークは通りの辻馬車を捕まえて乗り込んだ。貴重な馬を使った乗り物の運賃は値が張るが仕方ない。


「東地区の外れまで頼む」


 御者は一瞬顔を顰めたが手綱を握っていた片方の手のひらを上に向けリークに差し出した。運賃をよこせということだ。リークは銀貨一枚を御者の黒光りする革の手袋の上に置いた。


「なるべく早く頼む」


 黒いつばが外側に巻いている山高帽に黒い毛織の外套を纏った黒一色の御者は、山高帽を片手で上げて了解の意を示すと前を向いて馬に策を打った。

 人通りもまばらで、建物も二階建てのものしか目に止まらなくなってきた街の一角で、リークは辻馬車を停めた。御者はこんな所に馬車を走らせたことが不満だったのか、挨拶の笑顔の一つも見せないで去っていった。確かに、木造で壁に漆喰も塗っていない建物ばかりで道も堅い土だけの所に、仮漆が塗られ黒光りしている綺麗な馬車と貴重な馬を走らせたいとは思わないだろう。


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