↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/25

第25話 もう無理ってことっすか

「本題じゃ」

 平坂が言った。


「あの石は、蘇生魔法の発動に必要なのだな」

「必要でございます」

「なぜじゃ。あれは、ただの綺麗な石であろう」

「それは正確ではありません」


 僕は、思わず身じろぎした。

「ヴェイナそのものには、ある一点を除き、大した力はございません」

「ある一点とは」

 平坂の声に、初めてわずかな揺れが混じった。


 マンテは、答えた。

「ヴェイナは、魂を留めます。長い年月をかけて、そばに在るものを、少しずつ内に招き入れる」

 店の中が、静かになった。

「そして、あの鉱石に囲まれて眠っておられるのは、歴代の魔王様方でございます」

 彼は、噛んで含めるように言った。


「あの御廟の岩肌が光るのは、鉱石の性質ではございません。あそこにおられる方々が、そこにおいでだからです」

「……」

「私が持ち帰ったひと欠片には、御先祖様方の魂の、ほんの少しの断片が宿っておりました。蘇生魔法が必要とするのは、その断片でございます。石ではございません」


 彼は、深く頭を下げた。

「あれがなければ、蘇生の魔法は、成しえません」


*


 平坂は、動かなかった。

 僕は、彼女の横顔を見ていた。


「……確認するわ」

 その声は、いつもの声だった。

 いや、少し震えている。


「先祖の魂を内包するヴェイナ鉱石、それの代わりになるものは」

「ございません。ヴェイナも、ご先祖様方の魂も、どちらもこの世界で手に入れられるものではございません」

「蘇生魔法をこの世界で発動することは」

「できません」

「転生魔法をこの世界で再現することは」

「……できません」

「儂が元の世界に戻ることは」

「……」

 ついにマンテは答えることができなくなった。

「……そう」


*


 そこで、彼女は口を閉じた。

 僕はそのとき、本当に手詰まりなのだと思った。

 もし最悪の展開になっても、平坂ならば次の手を考え付くと思っていた。

 彼女はそんな、諦めない人間だ。

 なのに、質問をやめた。


「そうなのね」

 もう一度、彼女は言った。

 それだけだった。


 叫んだわけではない。泣いたわけでもない。表情も、ほとんど変わっていなかった。

 それなのに、店の空気が変わったのが分かった。

 宮森さんが、口元を押さえて彼女を見ていた。何か言おうとして、言葉が出ないという顔だった。


 僕にも、何も言えなかった。

 少しだけ残っていた希望の扉が、たった今、目の前で閉じられた。


*


「……ダリューゼ様?」

 マンテが、心配そうに顔を上げた。

「いかがなさいましたか」

「――」

 平坂が、口を開いた。

 開いて、何も出てこなかった。

「ダリューゼ様。私めに何か、お力になれることが」

「…………」


 清春がマンテとしての言葉を発するたびに、僕は焦りを感じていた。

 清春が、戻ってこない。

 あの雨の日。「やめんか」と言って、平坂が頭を叩く。それで終わりだった。

 だが今、彼女は言葉すら出せずにいる。


「平坂さん、清春を」

 僕が呼んでも、返事はなかった。


「宮森さん、平坂さんを頼む」

「わ、私、どうしたら」

「何でもいい。声をかけて、そばにいてくれ」


 僕は、立ち上がった。

 入口の傘立てに、それはまだ立っていた。

 八月のあの日、店長が「なんだこれ」という顔で見ていた竹刀だ。持ち主が置きっぱなしにしたまま、ひと月以上そこにあった。

 僕はそれを掴んだ。

 久しぶりの重さだった。


 みんなそれぞれ、何かのきっかけで記憶を取り戻した。

 ならば逆もまた然り。この男に、清春を思い出すきっかけを与える。

 清春の体に一番深く刻まれているものが何かは、僕が一番よく知っている。

 小学生の頃、毎週、何百回と刻まれた記憶。

 マンテが知らない、清春だけの記憶。


 清春を呼び戻すには、これしか思いつかなかった。


*


「マンテ」

 僕が呼ぶと、彼はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。

「……勇者」

 僕は、両手で竹刀を持ち、構えた。

「悪いな。清春を返してもらう」


 打ったのは、右の小手だった。

 面ではなく。胴でもなく。

 僕が昔、あの子どもから一番よく取っていた場所だ。

 かぱん、と乾いた音がした。

 三年ぶりの音だった。防具もつけていない腕を打ったのだから、痛いはずだ。加減はしたが、それでも痛いはずだ。


 マンテは、打たれた腕を見た。

 不思議そうな顔をしていた。

 変化はなかった。

 僕はもう一度、構え直した。

「二本目、行くぞ」


*


 二本目は、振り下ろす前に止まった。

「――っ、いってえ!」

 彼が、腕を抱えて飛び上がったからだ。

「なんだよ! なんで殴られてんの俺!」

 宮森さんが、悲鳴みたいな声を上げた。


 清春は、腕をさすりながら、きょろきょろとあたりを見回した。

「え、なに。俺、なんかやった? え、なんで竹刀持ってんのお前」


 僕は、竹刀を下ろした。

 膝から力が抜けそうになるのを、こらえた。

「……おかえり」

「は?」


「清春さん!」

 宮森さんが、彼の腕にしがみついた。

「よかった、よかったです、ほんとに……!」

「え、ちょ、なに。泣いてんの?」

「泣いてます!」

「なんで!?」

 清春は本気で分かっていないようだった。彼の中では、たぶん数秒しか経っていないのだろう。


「腕を見せて」

 声がした。

 平坂だった。

 彼女は椅子から立ち上がって、彼のところまで歩いてきていた。


「え、あ、はい」

 彼女は清春の袖をまくって、打たれた場所を確かめた。赤くなっていた。

「骨は」

「大丈夫っす。全然」

「本当に?」

「痛いだけっす。ほんとに」


 平坂は、しばらくその腕を見ていた。

「……そう」

 そして、彼女は言った。

「よく戻ってきてくれたわね。ありがとう」


*


 僕は、竹刀を握ったまま、その場に立っていた。

 平坂。

 現世でずっと望んでいた願いが、これ以上ないほど残酷な形で潰えて、それでも彼女は立ち上がり、友人の腕を見て、心配をしている。

 強いのか、強がっているのか。そういう生き方しか知らないのか。


*


 しばらくして、僕たちは席に戻った。

 清春には、宮森さんが順を追って説明した。彼は途中で何度か「マジすか」と言い、最後には青くなって黙り込んだ。


「じゃあ、あれっすか。もう無理ってことっすか」

「そうね」

 平坂が答えた。


「あなたたちのせいじゃないのよ。例え魔法が使えたとしても、石と、その中身があってこその奇跡だった」

「……」

「残念ね」

 残念と言われてしまうと、もうお終いみたいじゃないか。


「――しばらく、会うのはやめましょう」

 沈黙のあとで、平坂が言った。

「え」

 宮森さんが顔を上げた。


「もともと、私が始めたことだったでしょう。私が帰りたいから、あなたたちを集めた。その目的がなくなったのだから、集まる理由もないわ」

「そんな」

「今までありがとう。本当に助かったわ」

 丁寧な、丁寧すぎる言い方だった。


「待ってください」

 宮森さんが立ち上がった。

「そんなの、おかしいです」

「宮森さん」

「もう友達じゃないですか」

 彼女は、はっきりと言った。


「前世とか、関係ないですよ。私、永遠ちゃんが魔王だから一緒にいたわけじゃないです。宿題やって、かき氷食べて、金魚すくって、そういうのが楽しかったから一緒にいたんです」

「……」

「目的がなくなったら終わりなんて、そんなの、寂しすぎます」


 平坂は、しばらく彼女を見ていた。

 そして、少しだけ笑った。


「分かってるわ」

「じゃあ」

「分かってる。分かってるのよ」


 彼女は、テーブルの上で指を組んだ。

「でも、少し、時間をくれる?」


*


 僕は、何も言わなかった。

 言うべき言葉はいくつも浮かんだ。宮森さんの言うとおりだと思ったし、それをそのまま伝えてもよかった。


 だが、平坂は今日、積み上げてきたいろんなものを一度に失ったのだ。

 彼女が言うように、時間が必要だと思った。


「分かった」

 僕はそう言った。

「待ってるよ」


 平坂が、こちらを見た。

 何か言おうとして、やめて、それから小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。