第54話 逃避の先で
真野奏は表面的には真面目な生徒だ。
授業態度も先生への対応も模範的のソレ。
まさに手のかからない良い生徒、それが真野奏という人間のパーソナルだ。
だからそんな彼女が無断で学校から帰宅した事実は担任教師を大いに驚かせたし心配にもさせた。
何かしら大きな悩みを抱えているのか、はたまた体に不調があったのか…のっぴきならない理由があったのかと心配されていた。
しかしそんな教師の心配とは裏腹に彼女は男に会う事で頭がいっぱい…いや、それしか頭の中には無かった。
無論…男とは光沢大治の事だ。
彼女はその足で学校を飛び出して光沢の自宅に向けて走っていた。
もう私を理解してくれるのも救ってくれるのも光沢君だけ!
そうよ!私を救ってくれるのは彼だけ!
もう私には彼しかいない。
そんな妄執に囚われて彼女は走っていた。
走って最寄りの駅に飛び込み電車を乗り継いでようやく彼女は彼の自宅へとやって来た。
場所は知識として知っていたけどこうして実際に来るのは初めてだ。
スマホのマップ機能でなんとかたどり着く事が出来た。
現代技術にただただ感謝だ。
インターホンを押す時僅かに戸惑ったご勇気を出して押した。
いまは躊躇している暇なんてないのだから。
しかし待てども暮らせども目的の人物は出て来ない。
今直ぐにでもあの優しく頼り甲斐のある顔で頬笑まれたい。
今直ぐに脳がとろけるような甘美な声で甘やかして欲しい。
そんな彼女の一方的な思いは叶えられることは……
ガチャ…
「光沢君!!」
あった………と言っても良いものだろうかどうか…?
光沢は家から出て来た。
しかしその表情に光は無い。
暗く深い闇の底に沈んだジャンク…。
そんな言葉が真野の脳裏に過った程だ。
それでも彼女がする事は1つだ。
自分の病んだ心を彼の光で照らして癒してもらいたい。
そらだけだ。
「光沢君?どうしたのよ?何度も連絡したのに」
「……」
「私っ貴方にとっても会いたかったのよ?」
「…………君は…僕に会いたかったのかい?」
「…え…?そ、そうよ!」
光沢はスッと家の中に戻っていった。
ドアを閉める訳でもなく…。
入って来いって事だろうか?
真野は黙って光沢家に足を踏み入れる。
家の中は電気がついておらず昼間だと言うのに薄暗く回りを確認し辛い。
知らない他人の家の中というのは何故か居心地が悪い。
そう…、慣れない環境だから居心地が悪く感じるんだ。
決して光沢君に奇妙なモノを感じて不気味だと感じてるからでは無い…筈だ。
家の中にはご両親はいないみたいだ、共働きなのだろうか?
彼の後を無言のままついて行く。
とある部屋に通された。
多分光沢君の自室なのだろうか?
ガチャ…
「え…?」
彼は部屋はドアの前で仁王立ち…先程のガチャという音は…部屋に鍵をかけた音?
施錠した?
「あ…あの?」
「君は…僕に会いに来てくれたんだね?」
「そ…そうよ…私は光沢君に…」
「はは…は…あははは!そうか!そうだよね?君は…君だけは僕の味方だよね?ふへ…ふへはは…」
「光沢く…ん?……きゃ!?」
光沢は真野を強引に自分のベッドに押し倒した。
彼の目は座っている。
黒くどんよりと濁っていてあんな瞳でモノをまとも見れるのか?とこんな時なのに悠長に考えてしまった。
流石は男の腕力だ。
凄い力で押し付けられる。
払いのけれない。
彼は真野に馬乗りになり下品な笑い声を出しながら何かしら言っていたけどそれ等全て真野にとって耳障りな雑音に思えて聞き取りたくなんてなかった。
理解もしたく無かった。
それでも人間の器官というのは働き者で主の意思にそぐわない成果をあげてくる。
つまりは真野の醜悪な嘆きを嫌でも聞かされてしまったのだ。
「皆!皆!鳴海に盗みられた!!カヨちゃんもカナちゃんもヒナちゃんもミオちゃんもぉ!!全部全部!!鳴海に取られたぁあ!!でも!でもぉ!!君は…君は違った!!俺の!俺の所に来てくれたんだね!!?来てくれたんだよねぇ!?ふひひ…ふひひひひひひ!!」
「いや!?離して!」
無理矢理衣服を剥ぎ取ろうとする光沢の手を祓い除けその場から逃げようともがく真野だがそれは光沢にとって信じ難い裏切りだった。
「僕を…俺を…否定するなぁ!!」
「いや!?いやぁ!!?止めて!!」
必死にもがくも男の力に敵う訳も無く真野は彼のベッドに押さえつけられる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!!?」
必死に光沢を拒絶する真野。
しかし頭の何処かで理解していた。
私はここで彼に犯されて強引に彼の欲望の糧にされる…。
いつもこうだ、いつも他人と上手く行かない…。
いつも失敗してしまう。
私は…いつも人付き合いを失敗してしまう。
だから他人が嫌なんだ…。
こんな事ならずっと本だけ読んでたら良かった…なのに欲を出したばっかりに…。
後悔が頭の中で駆け巡る。
しかしいつまでたっても暴力的な苦痛はやって来なかった。
「へ…?」
何故なら光沢は先程まで元気に叫んでいたのに急に電池の切れたオモチャみたいに静かになりそのまま気絶する様に倒れ込んだからだ。
「ハアハアハアハア…」
訳がわからない。
わからないけど逃げるなら今しかない。
真野はそのまま逃げる様に彼の家を後にした。
結局彼女は何の成果もあげる事も出来ず無駄に時間を浪費し良いなと思っていた男に犯されそうになるというトラウマを心に抱えるだけの結果を得たのだった。




