第8回 顧雍、郡丞として奮闘する(後)
余姚では、盗賊の問題が一番大きかった。
この手の掃討戦に時間をかける馬同ではない。
馬同は速戦速攻で、盗賊たちを一掃することに成功した。
そして、今回の最大の難所といえる諸曁に向かう。
とうとう、異民族の山越との対峙である。
顧雍は、ここに至るまでに山越と漢民族の歴史について学んできた。顧雍なりの理解としては、「対立と対話」の歴史であるという結論に至った。
そして顧雍は、今回は「対話」を選ぶ、と決めた。
馬同に言う。
「都尉殿。対山越に関してですが、私にお任せ願えないでしょうか。」
「郡丞殿。山越は異民族。それに武力は今までの敵の比ではありませぬぞ。一体、どうするというのだ。」
「軍事経験の無い私が戦えるはずはありません。戦うのではなく、今回は対話で解決したい、と思っています。」
「対話で解決・・・。」
「はい。漢民族と山越の関係は、決して対立だけではありません。対話で平和を保たれている時期もある。そして、民同士では物品の取引も盛んにおこなわれております。それ故、武力ではなく、この顧雍自らがこの対話を成立させたいと考えています。」
「郡丞殿自ら、山越の地に入ると申すか。」
「はい。ここまでは都尉殿たち、軍の方々に命を張って頂きここまで来ました。今度命を張るのは、私の番です。」
「しかし、あまりにも危険なのでは。」
「私は太守様より全権を委任されております。山越の中には、こちらの言葉がわかるものも多いと聞く。無下には扱われますまい。」
「なるほど・・・。しかし、警護の者はお付けください。」
すると、趙元が言う。
「馬同様。そのお役目、是非、私に。」
「わかった。精鋭数名を伴い、郡丞殿に万一がないようにするのだぞ。」
「畏まりました。この命に代えましても。」
―翌日―
顧雍は、護衛を買って出た趙元と五名の精鋭を連れて、山越の居住区へ向かった。
目的は山越の王に会い、互いに民間の交流を深め、争わない様にするための対話を行うことである。
顧雍としては、今回の対話がなるべく長く続くこと、そして「対立」の芽が出てきたとしたら、即座に対話に持ち込み、極力対立ということにならないようにするのが、今後の自分のつとめであるとも考えていた。
山中を進む道は、快適ではない。
蒸し暑く、今までに見たことのないような虫や生き物を垣間見る。しかし、この対話という仕事だけは、他人に任せることは出来なかった。
しばらく進むと、短衣、短袴に身を包み、その間からは入れ墨の様な文様が見える短髪の男が数名、顧雍たちの方に寄ってきた。先頭にいた男が、片言の漢語で言う。
「お前たち、何者だ。ここから先は、山越王の支配地だ。」
顧雍は自ら一歩前に出て、拝礼して言う。
「あなたは、我々の言葉がお分かりになるのか。」
「少し・・・だが。」
「それはありがたい。私は、会稽郡太守孫権の代理で来た顧雍と申す。是非、山越王にお会いしたく。」
「顧雍・・・。」
「はい。私の名前です。」
「我らが王に、何の用だ。」
「私たちは、あなた方と敵ではない。仲良くなりたい、と伝えに来た。」
「仲良く・・・。」
「はい。どうか、どうか、私を山越王に会わせてください。」
顧雍は再び拝礼し、趙元以下、五名もそれに倣った。
山越の者たちが、自分たちの言葉で相談し出した。
しばらくすると、先ほどの男が言う。
「わかった。付いてこい。ただし、武器は全部預かる。」
顧雍たちは、手持ちの武器を全て渡した。
複雑な道を歩き続ける。そして、視界が開ける場所にたどり着いた。どうやら、山越王の居所であるようだ。
先ほどの男が、少しばかり身なりのよい男に報告をしている。その男が、わかりやすい漢語で言う。
「顧雍と申す者。前に出よ。」
顧雍は言われる通り、一歩、前に出た。その男が言う。
「我らが王は忙しい。話は、手短にだ。」
「承知いたしました。」
顧雍は拝礼して答える。
そして、顧雍だけが奥に通された。
進んでいくと、玉座に腰を掛ける大柄な男が座っている。この男こそ、山越王である。山越王が言う。
「顧雍とやら。会稽郡太守の代理で来たと。」
「はい。孫権より、全権は私に委ねられております。」
「では、お前の言葉は孫権の言葉、と言うことだな。」
「はい。間違いございません。」
「要件を聞こう。」
「端的に申し上げます。山越と漢民族の民間の交流は常に行われております。しかし、少しの食い違いで争いに発展してしまう。今も、日々、地域によっては小競り合いが続いています。私は、それを止めたい。」
「どうするつもりだ。」
「私は、対話を大切にしたい。ほとんどの事は、話せばわかり、解決するものです。」
「それで。」
「これからは、この対話の機会をより多く持ち、お互いを尊重する関係でありたい、と考えております。どうか、今後もこの顧雍とお話をする機会を設けて頂きたい。」
「顧雍・・・。お前と話すと、争いが無くなるのか。」
「はい、自信はあります。必ず、話し合いで解決は可能であると。」
「その自信はどこから来るのだ。」
「そのために私は学び、ここまで来ました。話してわからないことなど、ありませぬ。」
「そこまで言い切るか・・・。お前たちと争わないと、こちらに見返りはあるのか。」
顧雍は一呼吸おいて言った。
「ございません。敢えて言うのなら、争わなければ、お互いの無駄な血が流れない。それに尽きます。」
山越王は、大笑いして言った。
「顧雍、気に入った。これからは、お前が言う通り対話を大事にしよう。こちらから話があるときも、聞いてくれるのであろうな。」
「もちろん、この顧雍が聞かせていただきます。」
「皆の者、今宵は宴だ。大いに飲もうではないか。」
周りの者たちは、拍手喝采であった。
顧雍たちは心よりのもてなしを夜通しで受けた。
―翌日―
山越王は、自ら顧雍たちの見送りに出てきた。そして言う。
「顧雍、お前とはいい関係が築けそうだ。」
「ありがとうございます。孫権も喜びましょう。」
「私は孫権ではなくお前を信じた。それを忘れるな。」
「はい。当面、こちらとのやり取りは私の方でさせて頂きますので、ご安心ください。」
こうして、顧雍は山越とのいさかいを言葉と真心で血を流すことなくおさめたのである。
無事に軍営に帰り着くと、事のあらましを馬同に報告した。
馬同は、顧雍の力量に感嘆して言う。
「郡丞殿。まさか、あの山越を言葉一つでおさめるとは、たいしたものだ。」
「ありがとうございます。これも、都尉殿の軍の強さのおかげです。山越は、こちらの動向を把握していたように見受けられました。」
「そうか。異民族とはいえ、侮ってはならぬな。」
「はい。お互い対話で解決する約束を取り付けましたが、お互い監視を緩めることは出来ません。その点、今後もよろしくお願いしたいと思います。」
「わかった。そして、対立になる前に、郡丞殿に報告するように致そう。」
「ありがとうございます。そして、都尉殿に一つお願いがございます。」
「ほう、なんでしょうか。」
「趙元殿を、我が側近として頂きたい。」
「なるほど。趙元、お前はどうだ。」
趙元は馬同に拝礼して答える。
「私も、郡丞殿と今後も働けたらと思います。」
「わかった。太守代理が決めたことだ。郡丞殿、了解した。」
こうして顧雍は郡丞としてのつとめを果たし、趙元を伴い呉県に戻ったのである。




