第14回 顧雍、丞相となり母を迎える
西暦二二五年、孫権は「武昌」に遷都していた。
そしてこの年、顧雍は「太常」に改任されたばかりであるが、丞相をつとめていた「孫邵」が死亡し、顧雍が丞相に任命されることになったのである。
丞相はまさに位人臣を究める、といった地位であると言ってよい。まさに、名実ともに孫権を支える立場に昇りつめたのである。
そこで、顧雍は長きにわたって出来ていなかった親孝行をするため、故郷の呉県から母の陸氏を武昌に呼ぶことにした。
陸氏は高齢であることから、顧雍は家人たちには決して無理はさせない様に、言い渡した。船で長江を遡る旅であり、天候が順調でも半月ほどはかかる。とにかく焦らず、ゆっくり来るようにと重ねて言い渡した。
この話を孫権は聞きつけ、あることを計画した。
―一ケ月後―
焦らずゆっくりとした老女の船旅は終わりを迎えた。
顧雍は自ら迎えの馬車を港に出し、母を迎えて拝礼して言った。
「母上、長旅ご苦労様でございました。お体、お変わりはありませぬか。」
陸氏が笑って答える。
「元歎よ。私はあなたが思っているほど、老いてはいませんよ。家人と共に、船旅を楽しみながら、到着することが出来ました。」
「それは何よりでございます。さあ、こちらの馬車にお乗りください。我が邸宅までご案内します。」
馬車がゆっくりと走り出す。港から武昌はそれほど遠くない。城門が見えてきた。すると、かなり多くの人数が待ち構えている。何事かと思い、顧雍は馬車を降りて、その集団を見にいくことにした。すると、なんと、その先頭には孫権がおり、その後ろには群臣がずらりと並んでいるではないか。
顧雍は聞く。
「王よ。これは何事でございますか。王自ら、城門の外に出るなど。」
「元歎よ。お前の母上を迎えに来たのだ。」
「何の冗談でございますか。王が家臣の母親を迎えるなど、その様な話、どの様な文献でも見聞きした覚えはございません。」
「ははは。私もだ。しかし元歎よ。私は、そなたを生んでくれた母上に感謝の気持ちを述べたく、こうして、参ったのだ。もちろん、会わせてもらうぞ。」
こうなっては、引いてくれる孫権でないことは長く仕えてきてわかっている。顧雍は素直に、母に孫権の言葉を伝えた。
母は恐縮しつつも、非常に喜んだ。孫権の挨拶を受けるという。顧雍は母の手を取り、孫権の待つ場所まで誘った。
孫権が拝礼して言う。
「はじめまして。孫権仲謀と申します。今は、呉王などを名乗っていますが、あなたの息子さんあってこそです。本日、こちらに参られると聞いてお迎えに参りました。」
陸氏は拝礼して言う。
「呉王様。この様な老女一人に、ここまでの礼を尽くして頂き、まことにありがとうございます。我が息子は、本当に良き人に巡り合えたのですね。」
「それはこちらも同じです。元歎の言葉に無駄は無く、彼の言葉はわが胸を打ちます。ご母堂は元歎の為にも、元気でいてくだされ。」
「温かいお言葉、本当にありがとうございます。」
「またお会いできる機会があればと思います。では、この武昌にてごゆるりとお暮らし下さいませ。」
孫権は拝礼し、陸氏も拝礼を返した。
顧雍は孫権に駆け寄り言った。
「王よ。この様なご待遇頂いたこと、生涯忘れませぬ。この元歎、命を懸けて王に尽くす所存です。」
「ははは。元歎、相変わらず大げさだな。しかし、お前あっての私であることは本当だ。これからも、よろしく頼む。」
こうして、孫権と顧雍の絆は、より深いものとなったのである。




