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ジケンノコト

惨殺された両親の現場へ急行した刑事・風間哲朗と新人の朝比奈。

遺体は顔を執拗に傷つけられ、次男・秀平が逮捕されていた。


唯一の証言は「見たいものが、見えた」

捜査が進む中、現場からは若者に流行する“片目だけ赤くするカラコン”が発見され──

連続する猟奇事件の闇が、不気味に広がり始める。


 -ボクのキモチ-②


 【どんな僕でも愛するって言ったのに

 嘘つきだね 

 歪んだ形はもう元に戻らないんだ

 だから壊れちゃう前に取っちゃったよ

 ビックリしたよね

 痛かったよね】


 

 20XX年 十月


 窓際に立ち、揺れる木々たちをボーッと眺める。

 風間哲朗は木の気持ちを想像してみた。

 

 「気づいているのだろうか」

 四季が巡るたびに、姿が変わることに。

 今は緑から茶へと変身中だ。

 「植物に感情などないだろうから、そんなことは思わないよな」

 五十過ぎのおじさんが独り言をつぶやいているのは、少し気味が悪いだろう。先ほどから署内の視線が集まっているのを背中で感じていた。

 

 「哲さん。黄昏ているところ申し訳ないのですが……」

 気配を感じ取った瞬間、新人刑事の朝比奈に声をかけられた。

 「俺は黄昏ているわけじゃない」

 恥ずかしさを隠すために、わざわざ否定した。

 「あ、はい。すみません」

 「事件でもあったのか」

 「ついに我が管轄内でも起きてしまいました」

 

 ────口裂き母親惨殺事件。

 ────両頬削り両親惨殺事件。

 

 死体に共通しているのは一つ。

 『顔ばかりが執拗に傷つけられている』

 

 こんな事件が、今年で十件も起きている。

 刑事になって二十年経つが、今まで経験したことがない数だ。

 ただの殺しではなく『惨殺』なのだ。

 歴史を振り返れば、親殺し子殺しは数えきれないほどの事件が起きている。しかし、この十件は異常だ。

 

 「殺人現場は初めてか?」

 「はい。哲さん、現場に向かいましょう」

 「おう。随分と頼もしいな」

 「捜査一課に配属されるのが僕の夢でしたから」

 「そうか。先に向かってくれ。現場で落ち合おう」

 「わかりました」

 背筋をピンと伸ばし、大袈裟に敬礼をしている。

 「異物で現場を汚すなよ」

 低くつぶやき、上着を羽織った。

 「……嫌な事件だ」

 心に小さく棘が残ったまま一歩踏み出した。


 黄色いテープをくぐり玄関先に立つ。

 「ご苦労様です。現場は二階です」

 制服を着た青年が敬礼をする。

 手を軽くあげ、現場周りに目を向けるとキラキラしたものが目に飛び込んできた。

 その光は駐車場に停められている『L』のマークが太陽に照らされているからだった。

 瞬きで光を遮り玄関前に視線を変えた。

 

 『新堂』と書かれた二文字が目に入る。

 そして、ベランダには服たちが風に揺れている。

 一枚の赤いワンピースが、周りの色たちに引き立てられているように見えた。

 「さて、行くか」

 ガチャっとドアを引く。

 汗ばんでいた体がスーっと冷えていくような感覚になる。

 「この空気には慣れんな」


 乱れた足音が聞こえ、朝比奈が顔を出した。

 口元を両手で覆っている。

 「外でやれよ」

 首を上下に動かし、そのまま飛び出して行った。

 「まぁ、そうなるよな」

 階段近くで綿棒を片手に持つ横田を見つけた。

 「横さん。ご苦労」

 「おー。哲さん。やっと到着かい。……もしかして、また自転車で来たのか?」

 「急ぐ理由がないからな。仏さんは逃げたりしないさ」

 「そういう問題じゃないだろ」

 

 『笑い皺が増えたな』と場違いなことを思った。

 

 「刑事は自分の足で動くのが大事だからな」

 「意味が違わないか?若い奴らに笑われるぞ。それより、寝室が殺害現場だ。もう入っていいぞ」

 「おう。ありがとう。横さん、体に気をつけてな」


 踊り場のない真っすぐな階段を登っていると、鼻がツーンとしてくる。

 目の前の部屋に入った途端、鉄と生ごみが混ざったような匂いは喉元にも侵食する。

 あえて口から大きく息を吸い込み、全身に送る。

 拒絶するから吐き出そうとするのだ。

 なら逆をつけばいい。

 あとで朝比奈にも伝授しようと思う。

 

 「……ひどいな」

 

 ダブルベッドの上には天井を見たままの父親の遺体。

 ベッドからドアまで、あと一歩の床には母親の遺体。


 ……何かが足りない。

 遺体に近づこうとすると『べちゃ』という生々しい音もついてくる。

「足元には、軽く三リットル分はあるな。ペットボトル何本分なんだ」

 そんな考えが浮かんでしまう自分が嫌になる。

 

 なぜか視線が逸れてしまう。

 顔を直視できないのは、俺の弱さか。それとも……。

 自分を奮い立たせ、母親の顔を覗き込む。

 

 「……ない」

 

 胃酸が沸々と湧き上がりそうになる。


 ────目玉がないのだ。


 「なんで、こんなことができるんだ」


 小汚いエプロンをし、台所でトントンと具材を刻み温かい飯を作る母を思い出してしまった。

 その背中を見ているだけで心が暖かくなったのだ。


 こんな姿にした犯人を『ただの怪物』と思い切れない自分がいる。

 俺は刑事として失格だ。


 乱れのない足音が近づき『刑事』の顔に切り替える。

 「哲さん!すみませんでした」

 「スッキリしたか」

 「い、いえ。スッキリはしないです」

 「終わったら肉でも食いに行くか」

 「……」

 「冗談だ」

 胸を撫で下ろす朝比奈の姿をなぜか我が子のように感じた。

 息子の啓介には、十年以上会わせてもらえないのだが……。


「朝比奈、自分の親の顔をどう思う?」

 目玉のない父親の遺体を見ながら問いかけた。頸動脈あたりを深く切られている。

 「考えたことないですけど……。特に思うことはないです」

 「例えば、母親に似て鼻が低い。父親の目に似れば、もっと整った顔だったかもしれない。そんな風に思った事ないか?」

 鼻を指し不満そうな表情をしている。

 「低いですか?」

 トンチンカンな発言に殺伐としていた雰囲気が薄まり、気持ちが少し緩んだ。

 「例え話だ」

 「すみません」

 漫画の主人公かよ。と突っ込みを入れたくなるほどポリポリと頭を搔いている。

「思い返してみると、思春期のころは唇にコンプレックスを抱いてたこともありました」

「タラコみたいだからか?」

「哲さん、失礼ですね」

「わるい、わるい」

「いえ、大丈夫です。本当のことですから。でも今はチャームポイントだと思ってます!」

 このタイミングで敬礼をしている姿に、思わず目尻に皺がよってしまう。

「難しい年頃だ。自分でも怒りの原因が分からず、些細なことにイラつきを感じるからな」

 あの頃の気持ちを思い出してみると、心と体を無理やり引きちぎらたかのように『自分』を保つのが難しかった。


「……ところで、家族構成は分かったか」

顎をぐいっと上げ、部屋を出る合図を朝比奈に送る。

「はい。父、新堂拓海。大手不動産会社に勤務。母、美穂は専業主婦。長男の正信はアルバイトを転々とし、友人には『俺はミュージシャンだ』と名乗っているようです」


 シワのない手帳を開き、声が少し上ずっている。


「そして──被疑者の秀平。有名私立高校の二年。以上、四人家族です」


 哲朗は胸の前で腕を組み、思考を巡らせた。


「被疑者の秀平は秀才。それに比べて兄の正信は自称ミュージシャンか……」

「何か気になるんですか?」

「今ある材料から動機を考えてる」

「まさに刑事ですね!」

 トンチンカンな奴だ。ゲンコツの一つも食らわせたくなる。


 被疑者・秀平は、いまだ動機を語らない。

 ただ一言だけ口にした。


──「見たいものが、見えた」


 それ以外は、完全な沈黙。


 ぐさりと心に棘が刺さる。

 後にこの事件は──


 『両親目玉くりぬき事件』


 と呼ばれることになる。


 立て続けに起きている類似事件。

 そこには何がある?

 思春期の延長線上にある歪みか。

 それとも──偶然では済まされない何かか。


「秀平と、兄の部屋も調べるぞ」

「はい!」

 両親の部屋を背に右へ進むと突き当たりになり、左に曲がると秀平の部屋がある。

 こんな短い距離を遅れて歩く朝比奈は、手帳に書き込みをしている。

「刑事の鏡だな。俺も見習わんと」

「記憶力が悪いんです。書いたことも忘れてしまうこともありまして……」

「俺よりじいさんだな」

 おかしなタイミングで敬礼をしている。今までの行動からして、返事に困ったときの仕草だと読んだ。


 ガチャと静かにドアを押すと、モデルハウスかと思うほどキッチリと整頓された空間が広がった。

「……無駄なものがないな」

「哲さん、この本棚見てくださいよ」

『元素記号全集』『元素の世界』などの文字が並んでいる。

「一生、俺たちには縁がなさそうだな」

「俺たち……ですか?」

「おう。もしかして、興味あるのか」

「ないです」

 ……興味ないのかよ。この、とんちかん野郎。

「クローゼットの中も整頓バッチリですよ。彼は相当のキレイ好きですね」

「それと同時に潔癖症でもありそうだがな」

「なるほど!僕はまだまだ勉強が必要ですね」

 ピシッ!

 服が鳴るほど敬礼をして見せた。

「びっくりしましたよ!」

「おい、そこは敬礼返しだろ」

 こんな緩いやり取りをしている場合じゃない。

 ゴホンと声を整えた。

「次は兄の部屋だ。行くぞ」

「はい!」

 ここには不自然なほど何もなかった。

 兄の部屋が荒れていることを願ってしまう。


 秀平の部屋を背に、兄の部屋は真正面にある。

 二階はカタカナの『コ』の字になっている為、兄の部屋へ行くには、もう一度、両親の遺体が横たわる部屋の前を通る必要がある。

 それが、やけに喉に詰まった。

 

 歩を進める度に鼻を刺す匂いが強くなる。

 朝比奈は予想通り、口元を覆っている。

 横目に素早く通りすぎ、兄の部屋の前に立つ。

 すると、先程より生ゴミのような匂いが強まった。

 

 ……ゴクリ。

 期待通りの展開を想像し、生唾を飲み込んだ。


 取っ手を握り、押す。

「おい、開かないぞ」

「手伝います!」

 大人二人がかりでドアを押し、ガサガサと音を立てやっと開いた。

「うっ……」

 腕を鼻に当て最小限の空気を吸う。

「ひ、ひどい……です……ね」

 顔半分を覆っている朝比奈の言葉はうまく聞き取れない。

 兄の部屋は、まさに腐った巣であった。

 山になった吸殻、袋の口が開いたままのスナック菓子……。

 想像以上だった。

 こんな光景を望んだ自分の愚かさに腹を立てる。

「マド、アケマス」

「おう」

 とりあえず返事をした。

 カーテンに手をかける朝比奈を横目に、床を占領している物体たちを足で片隅に集める。

「……ゲンカイデス」

 ゴミの山を飛び越え、俊敏な動きで部屋を飛び出して行った。

「ただのゴミじゃねぇか」

 諦めに似た息を吐き、窓の外に視線を送ると何人かの野次馬の姿が目に入った。

「さて、どこから手をつけるかな」

 自分の部屋も決してキレイとは言えないが、私物を置くことに抵抗を感じ上着を腰に巻き、腕をまくった。

「……遅いな」

 正確な時間経過は分からないが日が傾き始め、二時間ほど経ったように感じる。

「手がかりになりそうなものは、ない」

 改めて部屋を見渡す。

 

 『部屋の乱れは心の乱れ』


 母の言葉を思い出した。

「兄の正信が犯行に及んだのであれば、納得できる言葉だな」

 見切りをつけ、階段に向かう。

 両親の部屋のドアは閉められ、黄色いテープが張られていた。

 真っ直ぐな階段を途中まで降りたころで朝比奈の姿が見えた。

「おい、何してたんだ」

 語尾に力が入ってしまい、慌てて咳払いで誤魔化す。

「哲さん!見てくださいよ!」

「な、なんだよ。吐き気は治まったのか?」

「それは、もういいんです。そんなことより、手がかりを見つけたんですよ!」

 ……人任せにしただろ。この、とんちかん野郎。

 口から出そうな言葉をぐっと飲み込み、話を聞くことにした。

「タバコの箱か?」

「違います。カラコンの空き箱ですよ!」

「から、こん?」

「カラーコンタクトのことですよ。知らないんですか?」

 スマホを取り出し、人差し指を素早く動かしている。

「これです」

 顔の近くに画面を近づけられ、少し頭を後ろに引いた。

「あ、老眼です?」

「うるさい」

「『ヒビキ』のカラコンですよ。今、若い子の間で流行っているんです」

「事件となんの関係がある」

 記事を読み進めてみると、ある言葉に目が止まりゾクッと背中が冷たくなる。


 ────『あなたの、本当に見たいものが見えます』


 もしや、秀平が語った唯一の動機と繋がるではないか。


「どこにあった」

「洗濯機の下です。隠すように置いてありました」

「よく見つけたな」

「はい。うずくまっていたので……」

「なるほど」

 口端を上げ意地悪な顔をしてやった。

 ……しかし、カラコンの繋がりが分からない。

「秀平くんが装着していた証拠があります」

 手帳をペラペラとめくり、朝比奈は得意そうに続けた。

「駆けつけた警察官によると逮捕時、被疑者の少年は片目が赤色だったと。通報したのは兄の正信で、彼の目は正常だったと証言しています」

「朝比奈、お手柄だな」

「ありがとうごさいます!」

「吐き気に襲われてよかったな」

「哲さんって、意地悪ですよね」

 目を細め、ギロっと睨みをきかせてやった。

「それで、通報したのは兄の正信だったな」

「そうです」

「本人に事情を聞きたい。今、どこにいる」

 朝比奈の肩が下がった。

「……病院です」

「襲われたのか」

「違います。両親の変わり果てた姿を目の前にし、精神を病んでしまったようです」

「話くらい出来るだろ」

「難しいと思います。遺体発見時、秀平くんは取り出したものを宝物のように両手で包んでいたそうで、その光景も目の当たりにしています。次第に無表情になり『めだま、めだま』と繰り返し呟いてるそうです」

「……地獄絵図だな」

「とても耐えられません」

 しばらくの間、沈黙の時間が流れた。


「署に戻るぞ」

 これ以上の収穫はないと判断し、新堂家を後にすると決めた。

 「はい。僕が運転します」

 「本当か?それは嬉しい。ありがとう。俺の大切な自転車を傷つけるなよ!」

 「……哲さん、また自転車ですか?」

 呆れた顔に次こそゲンコツをお見舞いしてやろうかと思う。

 「自転車を馬鹿にしてるな。自慢のママチャリだぞ!」

 「い、いえ、馬鹿にしているだなんて、とんでもないです!」

 朝比奈の慌てっぷりが、気を張っていた心をほぐしてくれた。

 とんちんかんだが、本当に素直で面白いやつだ。

 「俺の大事な『足』だ。誰にも貸さない」

 そう言いながら玄関を開け、外に出た。

 

────随分と長い時間立っているな。

 

 新堂家を見つめる人影が気になる。

 近所の住人なのだろうか。

 

 「俺は少し遅くなりそうだ。また後で!」

 「自転車だから遅いのはわかってますよ」

 確かにそうなのだが、そういう意味ではない。

 あの少年に気づいていないようだ。

 

 『朝比奈が一人前の刑事になるには、長い道のりが待っていそうだな』

 心の中でひとりごちた。


 上着を羽織り、影の方へ足を進めた。



 

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