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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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完成前の料理

食堂に向かいながら、ナウアはイパレアへの違和感を考えていた。


看守に対して感じた引っ掛かりは、施設内の辺境で退屈している彼らと、病室に閉じこもっていたはずのイパレアが重なってからだったのだろうというところには辿り着いた。


その点でいくらかの清涼感を得られはしたが、事件は解決しておらず、英雄殺しの先行きにも暗雲しか見えていない。


最早、勝手に動いている様な気さえする自分の足が、焦りによるものなのか、不安を振り払う為のものなのか、ナウアには分からなくなっていた。


ただ、それが必ずしも良くない事かと言えばそうではない。ナウアは身体の動きを無意識に任せて、意識は思考に集中させる。身体だけでなく、思考だって加速していた。


食堂での話は、ある意味で重要となる。


もしも、英雄の食事に他者の魔力を混ぜ込む事が出来れば、作戦当日の英雄は魔力の使用に支障を来たしたはずである。


それを根拠にガトレ以外にも英雄の殺害が可能であった。あるいは、ガトレの魔弾で英雄を害す事ができる様に促した者こそが真犯人であると指摘する。


それが、ナウアにとっての唯一の逃げ道である。


加えて、英雄の食事に混ぜ込まれた魔力とは、ガトレの魔力でなければいけない。でなければ、英雄の死体からは別の魔力も検出されたはずだ。


ジュナフの話によれば、他者の魔力もより多くの魔力を消費するが分解し、取り入れる事はできる。しかし、都合良く他者の魔力を分解し、ガトレの魔力だけが分解されずに残ってしまった、というのは考えにくい。


ただ、真犯人にとって濡れ衣を着せる相手が誰でも良かったのであれば、偶然にもこの結果が導き出された可能性も捨て切れない。


残念ながら、その様な論を支援してくれる者はいないだろうと、ナウアは切り捨てているが。


その内にナウアは食堂へ着いた。


まだ昼前で混雑はしていない。休憩時間をずらしたのだろう医圏管師や、招待されている研究者が多く見えた。研究者は金銭を支払っているので分かりやすい。


今なら話を聞いてもそこまで邪魔にはならないだろうとナウアは判断する。たとえ邪魔になろうと話をしに行くだろうが、相手から話を聞き出すにあたって相手の事情は重要だ。


療養棟では黒い山羊人が唐突に現れたが、食堂ではその様な事も無かった。


短い研究者の列に混じって、自分の番が来るとナウアは注文代わりに訊ねる。


「あの、昨夜、梟の鳥人が英雄について聞きに来ませんでしたか?」


注文の受け手は何人かで回っており、接する機会が多い為、客側の視点では最も顔馴染みになりやすい。今日いたのは、左目が鋭利かつ大きな爪痕で塞がっている茶毛の狐人であった。


「梟の鳥人? それより注文は?」

「これが注文です」

「阿呆。そりゃ質問だろうが」


気安いを超えて不躾な職員ではあるが、いつもの事なのでナウアには不快感もなかった。一般的なヒト族より背が小さいお陰で、怖さもそこまで感じない。


「用事なら裏回って休憩部屋で話しな。調理場には入んじゃねえぞ」

「ありがとうございます。救国の英雄が最後の食事を取った際、食堂にいた人の話を聞きたいです」

「なんだ、白衣着てるけど捜査士官か?」

「いえ、代弁士です」

「なんじゃいそりゃ。まあ、俺の尻尾くらい気長に待ってな」

「切る羽目にならない様、願っています」

「代弁士ってのは物騒なヤツなんだな」


そう言いながら狐人は手を掲げ、指先でナウアを払って来る。ナウアもそれ以上は応じず、右手から調理場に繋がる扉の方へ向かった。


左目の塞がった狐人が恐ろしくない理由は、何もその背の低さや威圧感の無さのみに起因するわけではなかった。


彼自身が語った傷跡の逸話というのが、虎人の威を借りようとして失敗したという笑い話であったから、舐められているだけなのだ。


その失敗談を知らない相手には、虎人とも渡り合える実力者と騙り、虎の威を借る事に成功してもいるらしいが、ナウアは過去にサラエからその話を聞いていたので無効だった。


そもそも、戦闘門ではなく食堂で働いている時点で疑われはするのだが。


狐人は種として戦闘能力に優れているわけではない。特徴としてはヒト族から見ても優れた容姿である事が多いという点で、衣服に身を包んでいると、時には薄毛でヒト族と見分けがつかない様な者もいる。


ヒト族と見分けがつかないわけではないが、年齢の読み取れないコクコ=リン会計門頭を思い浮かべながら、ナウアは扉を開ける。そして中を見渡した。


部屋の真ん中には石の丸机が設置され、右側の壁には木製の長椅子が布をかけられていた。真正面の壁は大小様々な張り紙と扉があり、左側は白い壁と調理場に続く扉がある。


奥の部屋は着替え等に使う部屋だろう。この部屋は小休憩の場となるに違いない。ナウアは卓上に駒を使う遊戯盤を見つけてそう判断した。


長椅子に掛けられた布は皺もあり使用感があった為、ナウアは布の上から長椅子へ腰掛けた。臀部に思ったよりも固い質感を受け、布が緩衝材としては力不足に感じる。


有言実行して狐人の尾を切り取る気は無かったが、相手を悠長に待てる程、今のナウアは気が長くない。長椅子の感触が良ければわからなかったが。


調理場にまで押しかけない程度の冷静さは残っている。早く話す相手が来てくれないかと考えていると、大して待たされずに食堂側の扉が開いた。


「どうも」

「あなたは……」


その顔にナウアは見覚えがあった。


「確か、レシピさん、でしたか」

「レシル=ピントナだよ。間違ってるけど、なんで知られてるんだ?」

「鉱人と虎人の裁判で、証人として出てましたよね」

「あの時にいたのか。なるほどね」


顔を見たのは一度きりだが、それがつい先日の事だったので、ナウアは記憶を拾い出す事ができた。


アラクモの裁判で証人として呼ばれたヒト族だ。茶色い髪を短く括っており、年老いては見えないが落ち着いた雰囲気から若くは見えない。


年老いて見えないのが身体損傷の修復によるものであれば、年齢など如何様にも見せることはできるが、ナウアはわざわざ年齢を聞く必要はないと思考を打ち止めする。


「貴方が、救国の英雄が食堂で最後の食事を摂っていた時にいた方なのですか?」

「そう。ていうか、英雄の食事時は大体俺が駆り出されんの。別に料理の味が良いからとかじゃないよ。仕事が早いんだよね、俺は」

「なるほど。救国の英雄は大食いでしたもんね」

「そうなんだよ。だから料理をたらふく作らないといけない。普段は早くこなして休ませてもらってんだけど、英雄の時はそうもいかない。まあ、死んじまったけどな」


飄々と答える様子からは、英雄の死が大して響いていない様に見えた。戦場に身を置く者との意識の違いだろうか、とナウアは考える。


「例えば、料理に細工をする隙はありましたか? 薬や薬品を入れ込む時間です」

「疑ってるんだ、料理人を。英雄が死んだのは戦場なのに?」

「死因は魔道銃に撃たれたからと思われています。ですが、英雄を打ち抜ける程の威力は無かった。であれば、英雄の体調が万全であったのかを疑うべきでしょう」


レシルはナウアの返答を鼻で笑った。


「医圏管師らしい見解だな。でも、俺たちヒト族は毒に注意する必要もない。そもそも、英雄に効果のある異物ってなんだよっていう話だな」

「魔力です。ヒト族に限らず、他者の魔力を体内に取り入れると、魔力に不調を来たします」

「そりゃ規則でも定められてるな。料理担当の条件は毛が薄いヒト族か毛がないアビト族にしか認められてない。他者の魔力が料理に混ざらない様にってな」


レシルは思い出す様に視線を彼方に向ける。


レシルの話した理由のせいか、アビト族の中では料理という文化が未成熟な種族もいる。ヒト族だって、魔力さえ補給出来ればいいのだと考える者は少なくない。


「規則は破ることができますよ」


目的の為に選ぶ手段はどうでもいいのだ。そういう者にとっては、規則だって関係ない。


「だが、過去にそうした事例は起こってねえ。あの日、食堂の料理を食ったのも英雄だけじゃねえ。英雄の料理だけに、誰かの魔力が混入していたっていうのか?」

「状況から、そう考えるしかありません。そしてそれは、事故ではなく故意だったという事です」


初めから標的は英雄だった。そうでなければ、他にも被害は出ていたはずだ。


もちろん、ナウアの考える料理に他者の魔力が混入していたという論自体は証明されておらず、可能性の段階でしかなかったが、不可能だと否定もされていない現状、ナウアにはそれで十分であった。


「魔力を入れるったって、どのくらいまで入ったら駄目なんだ?」

「食堂では飲料を杯で提供していますね。あれが8から14程度の量と伺っています。その時は魔力水という、魔力を含んだ水での換算でしたから、モノによって変わるとは思います」


鱗や羽根、体毛など、時間が経つと魔力を失ってしまう身体から離れた部位を混入させる方法もある。


「ただ、料理人の規則から、身体の部位を入れたとは考えにくいです。それなら、汁物に魔力水を入れたと考える方が自然です」

「大食いの英雄は流し込む様に食べるから、汁物だってあったろうが、その魔力水ってのを入れる隙はなかったはずだ」

「そんなはずはありません。きっと、魔力を含んだ水が使われたはずなんです!」


ガトレの魔力が込められた魔力水で英雄は魔力を制御できなくなった。ナウアのその推論を成立させる為、自然に魔力水を補給させる事が出来たのはこの瞬間しかない。ナウアは必死だった。


「例えば、料理中は全員の手元を見てられませんよね。幾らでも水を入れる事はできたはずですよ」

「調理に利用する水は地下から繋いだ管を使って汲み上げてるんだ。水を用意するにもたくさん必要なら容れ物がいるだろ。俺はあの日、変なものは見てないぜ」

「見落としただけだという可能性は」

「あの日、英雄に提供する全ての料理に関わってた俺が断言する。調理中に変な混ぜ物をした奴はいない。いれば止めてる。多少は調理工程を他人に任せてる部分もあったが、手順と違う余計な事をしてたら嫌でも気づくぜ」


レシルの口調は自信に満ちていた。ナウアとしては、その場に自分がいた訳でもなく、レシルの言葉を信じるには根拠が不十分である。


しかし、これだけ強く言われてしまえば、ナウアの推論を補強する証言を手に入れる事もできないだろう。


ナウアは方針を変えて、一度調理中という条件から離れる事にした。


「わかりました。料理人としての矜持はありますよね。それなら、料理が英雄の元に渡るまではどうでしょうか。大量の料理を、英雄が都度受け取りに来たわけではないですよね?」

「そりゃな。大抵、戦闘門の兵士が甲斐甲斐しく運んでやるんだ。あの日は犬人が多かったかもな。戦場で命を救われたのか、忠義に厚い種族だよな」


レシルはそう言って感心した様に何度か頷く。それから急に吹き出した。


「でもよ、食欲を自制してたみたいで笑えるぜ。腹が空いてたのかね。料理を渡した瞬間、料理と睨めっこしてから英雄の方を見て、また料理を見てって何度か繰り返しながら運んでたよ」

「食事時に自分の分を我慢して、となると、気持ちはわからないでもないですね」


ナウアにはそんな経験はなかったが、商会では職務で不手際を起こした者は食事が抜かれるという罰もあった。


激務の中で美食くらいしか楽しみがないという商人も多くいたので、中々堪えている節があった。


「短い鼻をひくひくさせて可哀想だったな。英雄が食事を終えた後には、ちゃんと食ったんかな」

「食べたと思いますよ。それよりも、話を戻しましょう」


レシルが話の筋から離れていこうとするので、ナウアはそれを止める。


「その犬人達が、魔力水を入れたという可能性はないですか?」

「そりゃわからんな。調理場から離れてなかったし。でも、害意を持っている様には見えなかったけどな。真っ直ぐに英雄のところに持って行ったと思うぜ」


レシルは調理中ほどの確信は無い様子だった。調理に集中していたのだから当然ではあるが。


「あと、俺もこの後は用事があるから、そろそろ終わりにしたいな。今も、その用事の為に抜け出してきてるんだよ」

「どんな用事ですか?」

「別に話す義理はないけど──」


そこでレシルは言葉を止めて、ナウアの顔を見てから溜息を吐いた。


「──話さんと納得しなさそうだ。外せない用事でさ、裁判に出るんだ」


ナウアには一つしか心当たりがなかった。


「もしかして、イパレア氏の裁判ですか?」

「知ってるのか? そうなんだよ。俺、最初に死体を見つけたからさ」


思わぬところで遭遇した第一発見者に、追加で聞かなければいけない話ができたと、ナウアは増えた情報量に追いつかず上手く回らない頭でそう思った。

やっぱり短く更新していかないといけませんね。タイトルに困るのですが。

今話も遅れてすみません。あとは概ね暑さのせいです。ここ最近の平均室温が34℃くらいの部屋からお届けします。

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