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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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片割れ

サラエの反応は僅かなものであったが、緩慢に少しずつ変化を続け、いつの間にかナウアと視線が交差していた。


「遺書が、何」


サラエの声には力がない。絞り出しているかの様だった。


「読ませて欲しい。出来れば、借りたい。……もう知っている? イパレアは殺されたよ」

「え……」


サラエは表情だけでロローラに訊ねる。ロローラは頷いて、感情なく答える。


「昨日、裁判が終わった後の行動について聞かれて、その時に知ったわ」

「アタシ聞かれてない」

「聞かれたのに覚えてないか、周りの医圏管師への聴取で済んだのかもね」


サラエの様子はナウアの耳にも入っていた。周りの印象や記憶にも残る程度なら、すぐに犯人の候補から外れた事だろう。


「……遺書、持って来る」


サラエは殊更に気分が悪くなった様子で立ち上がると、不安定な足取りで歩いて行く。ナウアは支えようかと思って辞めた。


「良いの?」

「荷が重いと判断しました。今は背負う物が多いのです」

「そう。それで良いと思うわ。一人の人間が人生を捧げられる相手は、そう多くはないもの」

「イパレアは誰に捧げていたのでしょうね」

「さあ。それが分かったところで、私には何も関係がないから」


既に人生を捧げる相手を決め切ったのであろうロローラの回答に、ナウアは苦笑した。


「どうせ、遺書にも私の事は書いていないでしょう。貰えるなら愛のこもった手紙の方が良いわ」

「同感です。私は親から手紙が来るものの、そこに愛は感じられません」

「あら、あなたも?」

「え?」


蝋燭の炎が揺れて影が動く。蝋燭は半分近くまで短くなっていた。


「サドラの愚行って知ってる?」

「ええ、もちろんです」

「私の両親は、サドラに属していたの」

「……それは、ご愁傷様でした」

「国や人、枠組みに捉われない自由さを謳った集団がサドラ。元は民族だったのが、そういう思想を持つ首領に変わって、移動集落になったらしいわ」


ナウアの気休めにもならない言葉を聞いていないかの様に、ロローラは一人語り始めた。


「私の両親はその思想に惹かれてサドラと行動を共にしたけど、祖母は反対して幼い私を引き取ったの」


サラエは直ぐに戻ってこないだろうと考え、ナウアもその間、沈黙よりは話を聞いている方が気が楽だという結論に行き着いた。


「両親が無理に連れて行く事はなかったのですね」

「祖母は外に出た事のない人で山羊の角みたいに頑固だったから。行くな。それか、娘だけでも置いていけって、そう言ったみたい。それが私の幸せだからって。サドラの最期を思えば、祖母は正しかったのかもしれないわね」

「結果論でしかありませんよ」

「そうね。私は今、自分が幸せだとは胸を張って言えないもの。ふふ。子供の為に胸は勝手に張って来るのだけど。おかしいわね」

「そうですね」


ナウアは笑いどころなのか判断できず、真顔で賛同した。代わりに、話の流れは理解した。


「私と同じという事は、サドラの両親から手紙が届いていたのでしょうか」

「ええ、そうよ。最初こそ、祖母は怒りのあまり読まずに食べていたみたいだけど、私が大泣きした日に、事情を説明してくれて手紙も渡してくれたの」

「でも、その手紙に愛は感じられなかったのですね」


ナウアの半ば怒りを漂わせる声に、ロローラは微笑んだ。


「愛はこもっていたわ。でも、私にではなくて、サドラの鳥人の子供にね。鳥の中には偶に托卵と言って、自分の子供を他の鳥に育てさせる習性があるらしいけど、それって鳥人にもあるのかしらね」

「どうでしょう。私には何とも。知っているかもしれない人に心当たりはありますが」

「答えは聞かなくて良いわ。私の両親が愚かだった事実は変わらないから。利用されていたとしても、利用されていなかったとしても、最期は同じよ」


サドラの最期。明かりを使わず魔族に襲撃されたという話。せめて明かりがあれば、魔術で対処も出来たかもしれないのに。


「それもまた、結果論でしょうか」


もしもサドラが、ロローラの両親が生きていたとすれば、ロローラは鳥人にも托卵の習性があると知りたがっただろうか。


ロローラは虚を突かれた表情をしてから、息を吐き出して笑った。


「違うわね。理想論よ。それも、自分にとってだけ都合が良い」


両親は愚かだからサドラに感化された。愚かだから祖母に逆らって娘を置き去りにした。愚かだから愚行と言われる最期を迎えた。


万が一そうでなかったとしたら、二人にとって娘は邪魔だったのではないか。その可能性を排除する為の理想論。


「良いんじゃないでしょうか。愛があれば許してくれますよ」

「それもそうね」


ナウアの擁護にロローラは机を見つめたまま、和らいだ笑みを浮かべる。あるいは、その擁護は自分の為の言葉なのかもしれないとナウアは口にしてから思った。


「ナウアさんは、どう思うかしら。私はイパレアとの子供を、サラエさんに託した方が良いと思う?」

「血の繋がりが無いことはすぐにわかるでしょう。私も見た事ないのですが、産まれた子供は山羊人なのですか? それとも栗鼠人なのですか?」

「毛はイパレアと同じ白と黒の縞模様で、身体は山羊人に見えるわ。私の乳は飲むけれど、雑食か草食かの判断はまだね」

「それなら、浮気相手との子供だと言われても自然ではありますね」


関係が破綻しない限りは、ロローラは浮気相手の黒い山羊人と子供を育てる事になるだろう。栗鼠人としての特徴が表出しなければ、子供はその両親に違和感を覚えず、イパレアの存在を隠し通す事だって出来るかもしれない。


子供に罪はない。真の意味で真っさらな存在とするのなら、イパレアという片親の存在を無くしてしまうのが最も都合が良い。


仮にサラエが親だとしたら、事情と関係性を全て説明しなければ子は納得せず、サラエに我が身を託したロローラに対して、不満を覚えながら過ごす事になるかもしれない。


「自然なのは、子供にとって良いのは、このままロローラさんが育てる事だと、私は思います」

「そう。……私もそう思うの」


ロローラは悲しげな表情で、口元だけは困り笑いを浮かべた。


「一度、ゆっくり話してみるわ」

「それが良いと思います」


何が最善なのか。全ては結果論で片付く事であるとナウアは思う。

ただ、始まりは理想論こそが選び取る理由になるのだとも理解している。だからこそ、ロローラの子供はサラエが育てるべきではない。


ナウアは、自分の立ち位置を理解した。


「取ってきた」


そこへ、サラエが戻って来る。戻って来るのがちょうど良いとは感じたが、今までの話を聞いていたのかナウアには分からない。


ただ、心構えが出来ていたからか、無闇に怯える様な事はなかった。


「ナウア。読んで」


直進してきたサラエが右手に持ったものを差し出す。


封が切られていない縦長の封筒を受け取り、ナウアはその口を開く。糊で接着してある様で、封の表面が少し破れた。


そして、蝋燭の灯りを頼りに、ナウアはイパレアの遺書を読み始める。


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