中継地点
「ただ、先程のお礼の代わりにお話させて頂きます」
しかし、兎人はそう続ける。ナウアは半ば期待して現実味のある予測を返す。
「遺書の全文を覚えていて、その内容を教えてくれるという事でしたら歓迎します」
「遺書が閲覧できるのは指定された者のみです。同じ遺書を入手する方法は、所定の手続きを踏んで捜査士官へ開示請求を行う事でしょうね」
「その案内がお礼代わりという事でしたら残念です」
「ご期待に添えるかはわかりませんが、話の内容は別です」
兎人の声に棘が混じり始めた為、ナウアは自身の投げやりな投げやりかつ八つ当たりの様な態度を反省する。
「すみませんでした。お聞かせ願います」
「勝手に遮ったのは貴方ですから、私は願われずとも義理立てとして話すつもりでしたが」
不服そうな態度の兎人は、ナウアからすると愛らしい様子にも見え、無愛想というのもほぼほぼ口調の問題なのではないかと思った。
とはいえ流石にそれを口にはせず、ナウアは代わりに手を差し出して先を促す。
「最新の遺書を手に入れる事は出来ませんが、一つ前の遺書の所在を知る方はいるかもしれません」
「一つ前の遺書?」
ナウアは言葉の意味を理解した上で、その存在に不理解を示した。
「ストウ小隊長の遺書は差し替えが行われています。それが四日ほど前の事です」
「それは、普通の事なのですか?」
「そう珍しい事ではありません。中から情報を持ち出す事は難しいですが、外から情報を手に入れる事は可能です。家族が増えたとの私信があれば、家族へ向けた遺書を書き直す事もあるでしょう」
ナウア自身、家族と言って良いものか迷うが、商会からの手紙を受け取る事はあったし、何ならナウアが巻き込まれたハロル小隊兵の脱走事件は、それが真実であれば親の危篤が脱走の理由であった。
確かに、遺書を書き換える必要が発生する瞬間というのはあるのかもしれない。ナウアは兎人の言葉を受け入れた。
「確かに、それなら内容が異なる遺書は入手できるかもしれません」
そして遺書は、中から外へ情報を持ち出す手段にもなり得る。検閲は入るものの、暗号を使われでもしたらすり抜ける可能性だってある。
ナウアとしては、遺書の中に間諜の仲間の名前でもあれば、容疑者として取り立てられるのではないかという期待があった。
「ですが、遺書を書いた当人は亡くなっています。貴女の言う所在を知る方というのは?」
「遺書の差し替えが行われた際の履歴には、遺書を持ってきた方の情報が記されていました。それによると、遺書を持ってきたのは本人ではなく代理人。マエノミ=サラエという医圏管師の様です」
「あっ!」
ナウアは当然の事を思い出した。四日ほど前。既にイパレアは療養室にいたはずだ。その理由は、片足を失っていたから。
そんな容体で人圏管まで来れるはずがないとは言わないまでも、難しい事は想像できる。
「分かりました。サラエに話してみます。やっぱり、貴女に相談して正解でした」
「対応できる事はどの担当者でも変わりませんよ」
「対応できる事が同じでも、実際の対応が同じだったかはわかりませんから」
遺書や情報の請求について、どうして必要なのかと問われたら、ナウアには裁判の為としか答えられない。それが英雄殺しを守る為ともなれば、手を貸してくれる可能性は更に減ってしまう事だろう。
「それでは、また機会があれば、よろしくお願いします」
「もう来ない事を願っています。本当なら、医圏管師が何度も訪れる様な場所ではありません。逸脱していますよ」
兎人の言う通りでもある。真っ当に仕事をこなしている医圏管師であれば、衛生門の区画と食堂の往来が主であろう。
「そうですね。私も、そう願っています」
医圏管師としての蟠りが無くなったナウアにとって、それは本心からの言葉であった。
「さて、ご対応は以上でよろしいでしょうか?」
兎人は語り合う事ももう無いだろうと会話を打ち切る文言を述べる。
「ええ、結構です。ありがとうございました」
ナウアも頷き、その場から離れる。次に向かうのは療養棟だ。サラエが休暇に入った事は分かっているが、その後の行き先が分からない。
最悪の場合、既に軍の外へ出ている可能性もある。ただ、休暇で思い当たるのは、イパレアの妻であったロローラの事だ。彼女は療養棟に来れる場所で過ごしているはず。
居住区の情報をガトレから共有されていないナウアは、そこまでは思い至った。
療養棟へ向かう途中、ナウアはデュアリアを操作する。いつの間にか、フギルノ博士から文書を受信していた。
どうやら、英雄の最後の食事を覚えている者が、昨夜はいなかったらしい。代わりに、心当たりがありそうな職員が次に出勤する時間の共有があった。
始まりは裁判開始の一時間前。裁判に間に合わせられるか怪しいところだが、ナウアは了承の連絡だけ返す。
衛生門でサラエの情報を集め、サラエに会って遺書の話を聞く。それから食堂へ向かい、英雄の食事の様子を聞いてから裁判に向かう。
不安から進むほどに早くなっていく足と比例していく様に、ナウアは体内の魔力が漲っていく様にも感じられた。




