志半ば書き遺されし書
「ガトレ様は知っていたのですか?」
ナウアは言葉が見つからなかった末に、ガトレへ話を振った。
「先に聞かされていたが、可能性の一つとして予想もしていた。英雄殺しの裁判は元々が秘密裁判で法務官もいなかったんだ。だから法務官の役割を門頭が担う可能性も考えてはいたが、その時はアミヤ卿が担うものと思っていた」
「そうか。本来なら秘密裏に行われるものですよね」
元の予定と繋げる為に、異例の対応として二つの裁判が連続する事になった。本来なら法務官が入る余地はなかったのだ。
しかし、だからといって何故ピューアリア様が、というナウアの疑問が解消される事はない。その点ではガトレと一致している予感もあった。
「どんな相手だろうと事実は変わらない。変わるのは真実だけだ」
「そうですね。それに、ピューアリア様と聞いて驚きましたが、本職の方でないなら勝機もありそうです」
「どうだろうな」
ガトレの様子には余裕が見られない。私が戦う意志を示すまでの態度は虚勢だったのかもしれない。ナウアはそう考えたものの、その意図までは考えなかった。
「ガトレ様が警戒せよと仰るならそうします。それで、今回の事件について、ガトレ様はどの様にお考えですか?」
「イパレアを殺した者は、間諜の仲間だと考えている。動機は口封じだと考えるのが自然だろう」
「その者に心当たりはありますか?」
「いや、ない。ひとまず、ナウアの話を聞かせてくれないか」
ガトレに促され、ナウアは昨日集めた情報を全て話した。ガトレは相槌を返すだけで、ほとんどナウアが一方的に話すのみだ。
「英雄殺しについては、新しい仮説が生まれそうだな」
「はい。万全ではありませんが、初めて英雄を殺害した方法について言及できる仮説となるでしょう。これで、ガトレ様以外にも犯行が可能だったと証明できます」
魔力水を摂取する事による悪影響。膨大な英雄の魔力を抑えた方法がそれだと説明する事で、英雄殺しの真相に近づけるとナウアは考えていた。
「一方で、今回の事件についての情報は少ないか。仕方のない事だが、裁判中に対処するしかなさそうだな」
「おや、今までと変わりませんね」
「ふっ」
ナウアが気安い口調でそう言うと、ガトレは初めて口元に笑みを浮かべた。
「私モーお二人には期待しています。誇りある仕事を簡単に奪われて、面目を潰された様なモーのですからな」
ピューアリアの介入について、良い気はしていないらしく、自嘲の表情をそのままにミルモウが口を挟む。
「先にこれらを提供しておきましょう。現場周辺の上面図です」
ミルモウは懐から取り出した二枚の紙をナウアに手渡した。簡易的な上面図であった。
「上面図の範囲では留置所までは一本道。道中には看守の待機部屋がありますから、誰にモー見られず留置所へ行く事は不可能ですな」
「法廷と同じで看守室と留置所を繋ぐ道は階段になっていますよね。檻の中の窓は高い位置に見えますが、実際はそんなに高くないのでしょうか」
「外からだと見かけ程に高くはありませんな。中にいる者の手が窓に届かない様にする為の造りですから。一般的なヒト族の膝丈くらいの高さ分、留置所は地下に埋まっています」
ナウアはガトレの魔力が検出された床以外の攻め口を考えて聞いたが、使うのは難しそうだ。
「ちなみに感応術式ですが、法廷のものとは異なります。法廷の傍聴席に用意されているのは魔術を反射する効果もありますが、留置所では電撃が流れるのみです。中から外への脱出を防ぐ為のものですから、当然ですな」
「それだと、電撃に耐えられれば問題無さそうですが」
「その電撃を起こす魔力源は、触れた者の魔力です。つまり魔力量で防ぐのは難しい。それに、罪人は術式で手元を拘束されますからな」
イパレアが檻の中で殺害されたというのは間違いないという事だ。以前、自身の死を装った時もそうだったが、今回も密室に近い状態での事件となっている。
「そもそも、この窓は嫌がらせ以外の用途がありません。雨や雪が降れば凌げずに凍え、快晴の際には暑さに悶える。苦しみを与えるだけのものですな」
もしも窓が無ければ石壁に覆われているのみ。加えて地下にあるという事は、それなりに安定した環境になっていたはずだ。
留置所は少しでも居心地の良さを排除するつもりで設計されたらしい。
「ナウア」
「……あっ、はい!」
考えた者の悪辣さを考えているナウアに、ガトレが声を掛けて意識を呼び戻す。
「死体は遠目に見ただけだろう。この後、牢の中に入れて貰うと良い。それより、頼みたい事があるんだ」
「何でも言ってください!」
事件の状況は手詰まりだ。それがいつもの事だと思える様になったのは成長なのか、それともただの慣れなのか、ナウアには後者としか思えなかった。
何にせよ、ガトレの頼みがどんなものであれ、それが事件の解決に繋がる事だとナウアは信じていた。そして、その期待に応えるつもりはないガトレの頼みが明かされる。
「イパレアの遺書を回収して欲しい」
「遺書……」
遺書。ナウアもその存在は知っていた。魔道銃や軍式魔術の発明、あるいは英雄の出現によって軍人の生存率が上がる以前に生まれた文化だ。
死と隣り合わせの環境に身を置きながら、家族と離れて過ごす軍人達が、己の死体のみならず意志を遺す為に手紙を書き認める様になった。
「大怪我をしたアビト族に治療や手術を行う際は、患者に遺書を遺しているか訊ねると聞きました。イパレア、も遺書を?」
「ああ。遺しているはずだ。本人からそう聞いた」
「それが、今回の事件を解決する手立てになるのですね?」
「確信はないが重要だ」
「わかりました。その言葉で十分です」
ナウアはそれ以上の説明を求めなかった。ナウアにとっては、ガトレが重要なのだと言うのなら重要なのだ。
「ただ……」
ガトレがそう続けて、ミルモウの方に目配せする。ナウアもミルモウの方を向くと、思うところがあったのか、げんなりした表情から立ち直るところだった。
ナウアにはミルモウの浮かべていた表情の理由がわからず、わからないというその結果だけを受け止めた。
「ああ、回収されている可能性はあるでしょうな。ピューアリア様が貴方と同じ考えに至っている可能性はありますからな」
「同じ可能性というと……例えば、仲間に向けた言葉を遺しているか可能性ですか?」
ミルモウの提示した可能性を受けてから少し考えて、ナウアはようやくガトレが遺書に求めている情報を理解した。
「小隊長になっていたとはいえ、一人で情報を集めるのは困難だ。仲間がいたと考えるのが自然だろう。ならば、何かあった時の備えとして、仲間に当てた文面を遺書として遺していてもおかしくない」
「そして、今回の事件が仲間による口封じである可能性を指摘すれば、その人を犯人に出来るわけですね」
「仕立て上げるまでもなく、犯人の可能性が高いからな」
わざわざ留置所の中にいるところを殺害されたのだから、犯人は相当の恨みか相応の理由を持っているはずだ。恨みを持つ人物にも心当たりはあるものの、状況的には口封じの可能性が高い。
「わかりました。それでは、イパレアの遺書を手に入れます。とはいえ、簡単に手に入るのでしょうか」
「人圏管が保管しているはずだ。……受付は兎人の女性に声を掛けるのを勧めておく」
「あの方ですね。人圏管と聞いて、私もそのつもりでした」
ナウアも昨日、世話になったばかりの受付であり、今回も協力してくれるに違いないというのは同感だった。
「俺からの頼みはそれだけだ。他に聞きたい事がなければ、ナウアの話を聞かせてもらおう」
「ガトレ様が話は十分だとお考えなら、私から追加で聞きたいことはありません。昨日、ガトレ様と別れてから集めた情報をお話します」
ナウアは事前にまとめた資料を展開し、英雄殺しの作戦概要や三人の鳥人、水人形や学会の話などを満遍なく説明する。時間は多少掛かったが、ナウアは織り込み済みでガトレの元へ早めに来ていた。
「そういえば、学会で揉め事も起こっていた様です。眼鏡を掛けたヒト族の研究者が詰られていましたよ。ピューアリア様さえいれば、治められたのでしょうが」
一通り話し終えたナウアは、ピューアリアが学会にいなかった本当の理由が判明した事で愚痴を溢す。本来、ナウアの予想していた恋人との逢瀬こそ相応しくない不在理由ではあったが、今のナウアには本当の理由が不満だった。
「眼鏡を掛けたヒト族だと?」
ナウアの心中を気にする様子もなく、ガトレが気にしたのはヒト族の研究者の方だった。
「心当たりがあるのですか?」
「……いや、気にしないで良い。今回の事件や英雄殺しの犯人ではないだろう」
「そうですね。外部から来たばかりでしょうし、部外者が留置所の周囲にいれば気づくはずですし」
だから、犯人ではない。しかし、だとしたらガトレが気にしたのはどの部分だったのか。それが気になりつつも、ナウアはその問いを口にはしなかった。ガトレから話さないのであれば、不要な情報であると考えたからだ。
「ともかく、話を聞かせてくれて助かった。今回の事件はなんとかなる気がしてきた」
「もう検討がついたのですか?」
「どうだろうな。しかし、所詮はイパレアほど計画的な犯行ではないだろう?」
「そう、だと思いますが」
シズマの時は突発的な犯行を計画的に偽装し、イパレアは最後まで計画的に行動を起こしていた。今回の事件は、そのイパレアが被害者となっている。
憂慮すべきは事件現場。辿り着くには見張りが必要な留置所で殺害したというのは、それなりに計画的だったのではないか。ナウアはそう感じていた。
「不安がらなくて良いぞ。ナウアは俺の命を既に一度救っている。裁判に負けても恨みはしないさ」
表情が強張っていくナウアに対して、ガトレは表情を緩めた。反対にナウアの手には力が入る。
「そんな事を言わないでください! 負けたら終わりなんですよ!」
「負けるつもりで言ったわけじゃない」
「だったら、どうして負けても恨みはしない、なんて言ったんですか?」
「負けた時のことを考えるのは俺の役目だからだ」
そう言って、ガトレは緩めた表情を引き締めてから続ける。
「通じなかったなら言い換えようか。余計な事は考えなくて良い」
ガトレの言う通りにすれば良い。そう思っていたナウアにとっては、当然の事であった。しかし、ガトレの言葉は突き放された様にも感じられた。
「もう十分だろう。話は終わりだ」
その感覚を正す隙も与えられずに、ガトレが話を打ち切り出す。
「頼んだぞ。俺の助手にして代弁士のシラノ=ナウア」
ナウアは名を呼ばれた事で意識の向き先が定まった。自身の胸元を叩き、ガトレに応える。
「任せてください。貴方の助手にして未来の伴侶となるシラノ=ナウアに」
「全く、本当に、モーですな」
ナウアは横から聞こえるのんびりと呆れた声の主に、首を傾げて不思議そうな表情を向けるのだった。




