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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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半端者の好奇心

ナウアは一人きりの朝を迎えた。起こした上体に気怠さはない。寝込みと相応に早く起きたからか、夜を引き摺った様な冷気が身を包むが、脳が冴え渡る気さえした。


しかし、万全の体調に反して、部屋の中の空白に心細さを覚えるのだった。


いなくなったのはガトレだけではない。むしろ、ガトレの存在はまだ、日常という程に浸透してはいなかった。では心細さの正体は何なのかと言えば、気心の知れた同僚の不在。サラエが休暇に入った事だ。


昨夜、宿舎に戻る途中に聞いたそれを、ナウアは仕方のない事だと思った。


サラエは手酷い裏切りを受けた。必ずしも被害者という訳ではなく、浮気相手という立場に置かれたサラエ。それでも、利用されたという情状酌量で周囲から疎まれる程ではなかった様だ。


ただ、肝心のサラエ自身は、不安定な様子であったらしい。ナウアも人伝に聞いた限りだが、ふらふらとした足取りに、焦点の定まらない視線。棚の整理を任せたところ、手に持った瓶と見つめ合って時が止まった様だったと。


そして、昨日その日の内に休暇に入った。ナウアに挨拶は無かった。その事実で気分が落ち込む資格があるのか、事件に関わったナウアは少し迷ったが、結局は一人の友人の喪失を悲しむ事にした。


これまで自分から距離を取る事はあっても、距離を置かれる事はそうそうなかったのだと、そんな事にも気づくのだった。


ただ、気分が落ち込むばかりではない。話に聞いたサラエと比べれば、自分の精神はかなり安定しているとナウアは判断していた。


寂しさも怒りも期待も、何もかもを今は糧にできる。さながら、自然魔力を自身の魔力に変換する様に。ナウアはそんな心持ちでいた。


よし、とお腹に力を込めて両手を床につき、ナウアは勢いよく立ち上がり、机の上に置かれた灰色の紐を手に取る。


それから気持ちを束ねる様に髪を後ろで一括りし、昨日聞いた内容を書き込んだ資料をまとめると、それらを両手に抱えてナウアは部屋を出た。


* * *


慣れたくもないのに慣れてしまった留置所。石造りの床と壁に、各部屋は檻と感応魔術に四方を阻まれている。明かりは各部屋の壁側に空いた格子を嵌められた穴から漏れるのみ。


ナウアは今、最奥にある檻の前にいた。中に座すのは、これまで隣にいたはずの人物、シマバキ=ガトレ。ガトレは両足を組んで胡座の姿勢だ。


代わりにナウアの隣に立って共にガトレを見下ろしているのは、牛人のミルモウ法務官であった。


「留置所の中で死人が出たという事実を踏まえれば、モー二度と二人きりの面会は叶わないでしょうな」


これまでは被告人との面会に法務官を同席させる規則は無かったが、新たに規則が加えられたらしい。ミルモウの説明に了承の上でガトレの前まで来たナウアであったが、その途中でストウに詰られ、イパレアの死体も目にしていた。


「おはようございます。ガトレ様」


未だ遠くから聞こえる怨嗟の声を無視して、ナウアは明るく挨拶をする。窓から漏れる光のお陰で、ナウアの雰囲気は場違いと言い切れない程度のものになった。


「ナウア。引き返すなら、今が最後になるかもしれないぞ」


ガトレは座ったまま、脅すでも諭すでもなく、太々しく見える態度でそう言った。とてもではないが、二つの事件に罪を負わされている被告人には見えない。


「それは、もっと早く言ってくれませんと。そんな事を言うのなら、私を助けるべきではなかったんです」


二つの事件に罪を負わされ、そこから救われたナウアの答えは決まっている。迷いは無い。


「……そうか」


ナウアにとっては、何を今更という質問であった。だが、ガトレはその答えに、何かを決意したらしく、胡座を解いて立ち上がる。


「なら、最後まで付き合ってもらおうか。俺は求める結果に辿り着くためなら、どんな手だって使うつもりだ」

「私だって、そのつもりです」


どんな手だって使う。ナウアはそれを、諦めない意志の表明だと受け取った。


ならば、自分も付き合うだけだ。きっと、同じ結果を求めているはずだから。そう信じて疑わず。


「礼はまだ言わないぞ。まずは、イパレアの事件の概要から話す」

「お願いします」


ガトレは頷くと、ミルモウの補足を挟みつつ、事件の説明を始めた。


事件の発生は昨日の裁判後、第一発見者は糧圏管のレシル=ピントナであった。


「聞き覚えがある名前の様な」

「アラクモの裁判の時に証人として呼ばれた食堂の職員だ」

「ああ、あの人が」


死罪となれば食糧の供給を断ち、魔力を喪失させ自然死させる事になるらしいが、イパレアとストウは未だ罪状が確定していなかった。


その為、脱走者とされるハロルが発見され事情聴取されるまでは、食事も提供されるという意向となったらしい。


「ミルモウ法務官がイパレアに聴取を行った後、俺はここでイパレアと話をした。そして終わった後は、食堂へ向かいナウアと合流した。その頃に、食事を届けに来たレシルが、イパレアの死体を発見したという」

「それなら、そのレシルさんが犯人なのでは?」


ナウアの立場として、ガトレは犯人の候補から除外される。つまり、ガトレと会った後、最初に遭遇した人物が犯人と考えるのが自然だ。


「ところが、レシル氏は食事を届けに入った後、すぐに出てきてイパレア氏の死を報告しています。加えて、恨みがあるので信憑性は薄いモーのの、ストウ氏モー証言していますからな」


レシルにイパレアを殺害するだけの時間的な猶予はなかったと判断された。そして、ストウもガトレが犯人であると証言している。


「ちなみに、証言の内容はどの様なものなのですか?」

「今日の裁判で聞くと良い。さっきモー言った通り、信憑性が薄いのですから、切り崩したところで大した価値はありませんな」


法務官だから詳細を話さないのか、本当に価値がないから話さないのか、判断はつかなかったがナウアは納得しておいた。


「イパレアの死体の状況は、見ての通りだ。魔力循環器を突かれて穴が空いている。血も出ているな」


ナウアは道中で見たイパレアがいた牢の状況を思い返す。


内装はガトレもいる他の牢と変わらない。左右は石壁。手前は格子で遮られている。背後の石壁は、左上の辺りに外と繋がる長方形の穴があるが、こちらも格子に阻まれ人が通れる程の隙間はない。


通ろうとしても魔力に反応して発動する感応術式により、電撃を受けて阻まれる事だろう。


そして、イパレアは頭は手前側に向けたままうつ伏せに倒れ、周りにはまだ乾ききっていない血が広がっていた。


血の出所は魔力循環器のある左胸だ。傷跡は見えなかったが、軍服に広がった血の様子から、細い何かに貫かれた様に見えた。


「凶器は分かっているんですか?」

「不明だ。が、土爪(どそう)魔術を疑われている。軍式魔術の一つで、岩や土を尖らせる魔術だ」

「痕跡は見つかっていないという話ですが、可能性を論じるには十分。四方に感応術式が敷かれている以上、狙うなら上下と考えるのも自然ですな」


つまりは、天井あるいは床から土爪魔術を発動し、イパレアの左胸を貫いたという見解の様だ。


「そして決め手となったのは、地面に広がっている血液から、ガトレ氏の魔力が検出されたという点です」

「ガトレ様の魔力が出てきたんですか?」

「もちろん、俺は牢の中で魔術を使った覚えはない。英雄殺しの容疑者として捕えられている間もな」


ガトレを疑うに足る状況は揃っているという事だ。殺害方法の説には穴があるし、証人の信憑性も高くは無い。最低限の証拠と証人が揃っているという状況だ。


「昨日、チュユン捜査士官が鳥人の方々に話を聞いていましたけど、他に怪しい人はいないんですか?」

「証人として呼ばれはするでしょうが、どうでしょうな」


ガトレ様が疑われているのは、他に疑わしい人物がいない為の消去法といったところだろうか。


そう考えると同時に、ナウアはミルモウの口振りに違和感を覚え出していた。


「あの、もしかして今回の法務官はミルモウさんではないのですか?」


ガトレを連れて行ったのがミルモウだった事と、この場に同席している事から、ナウアはそう思い込んでいた。


しかし、ミルモウの話は所々で、当事者らしく無い口振りであった。疑わしい人物についての回答が、「どうでしょう」などというのは最たるものだ。


「残念ながら、その通りですな」

「では、リザルド法務官ですか? それとも、私たちの知らない法務官でしょうか?」


否定しないミルモウに、ナウアは追加で尋ねる。リザルド法務官なら、一度勝っている事もあり勝てそうな気がした。それでも油断はならないが。


「聞いたら驚くでしょうな」


ミルモウはそう言って、どことなく自嘲めいた表情を浮かべる。少なくとも、愉快な様子は見受けられなかった。


しかし、その言い方に知っている人物が相手なのだろうと予想したナウアが追及するよりも前に、ミルモウが先に答えを続けた。


「今回の裁判、法務官はピューアリア様が務めるそうですぞ」

「……え?」


予想を上回るでも下回るでもなく、閾値を超えた正に予想外の回答に対して、ナウアは他に返す言葉が見つからなかった。

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