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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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生体学本論

「まーまー、そんな話はないよって事でさ、最初の疑問は確か、そーそー、いつでも術式を発動できるよーにしたいってね。残念な事に水の中なら立体的に術式を描けるけど、身体となるとそうもいかない。治療魔術だって同じで、一回きりなら何度でも身体に刻めるだろうけど、常に残し続ける事は出来ないよ」


ジュナフは誤魔化す様にナウアの一つ前の疑問への回答を示す。それから手近の紙束を持って、ヒラヒラ振って見せつけながら続ける。


「それより、他に知りたい事はない? 今ならピューアリア様の台本があるから答えられるよ」

「ホホホ。相手の数が変わっただけの回り道ですな」


フギルノの指摘を受けて、ジュナフは避けるつもりだった事態に戻った事に気付いたらしい。目を見開いたものの、この程度なら許容範囲だと判断したのか、目を細めて諦念を浮かべた。


「例えば、英雄殺しに関連してなら、いちおー水人形も導入してたんだよ。役だったかわからないけど。それと、事件の後に開発された魔力紋採取機。ピューアリア様が開発したものだけど、しりょーがこの中にあるかも」

「いや、大丈夫です。聞きたい話は聞けたと思いますから」

「あー、そう? いや、まー引き止めはしないけどさ。まったく、ピューアリア様は何してるんだろーな」


これからの激務を思い憂鬱にしているジュナフを前に、ナウアは一つ思い当たる事があった。今日の閉廷後の事だ。デリラはピューアリアの事をアリアと呼んでいた。


二人は交際に至ったのではないか。あの時は邪推かとも思ったが、あながち間違いでは無かったのかもしれない。ナウアはそう考える。


もしかすると、二人きりの時間を作るために学会を開いたのでは? だとすれば、職権の濫用が過ぎる話ではあるけども、気まぐれなピューアリア様ならあり得そうだ。


とはいえ、少しばかり毒された様にも思われる発想は、ナウアにとって表に出すのも憚られた為、口を噤むしかやかった。


「それでは、お話を聞かせて頂きありがとうございました。食堂に行こうと思います」

「いーよいーよ。水人形にきょーみを持ってくれて嬉しーし。研究者じゃない人達もこんだけ来るんだから、まー幸せもんだよね」


ジュナフはやさぐれつつも明るい声でそう言いながら、手の甲をナウアに向けて追い払う様に振る。


「好きな研究が許されるこの環境は、望んでもなかなか得られるものではありませんからな」


ジュナフに共感したらしいフギルノが陽気に笑う。それから、行きましょうとナウアはフギルノに促されたので、二人揃って部屋から出る事にした。


「食堂の件ですが、知りたいのは英雄が魔力水を飲んだのかですね? それくらいなら私が行きましょう」


部屋を出るなり、フギルノは穏やかな口調でそう言った。


「良いのですか?」

「構いません。協力できる事も僅かですから。ナウアくんはそろそろ休んだ方が良い。裁判も治療も行なっているのですから、明日に響きますよ」


フギルノが窓の外を見やる。光が落ち掛けている。抗えない暗闇が迫ってきていた。


「ですが、動いていないと不安で」

「医圏管師が己の身を損なっては、説得力が廃れてしまいます。本番は明日なのです。ガトレくんとも会うのでしょう?」

「……そうですね」


裁判は明日の昼。ガトレと会うのは翌朝。その合間の時間をどう過ごすのかは、ガトレと会ってからでなければ確定しない。


だが、イパレアの事件について、少なからず調査が必要な事はナウアにも予想できた。


「わかりました。今日のところは休みます」

「それが良い。まあ、夕食を取る予定でしたら無用なお節介でしたが」

「いえ、昼に十分摂りましたから。早く休んで、朝の空いている時間に食事をします。そうすれば効率も良さそうですし」

「では、結果はデュアリアでお知らせしましょう。ひとまず外まで送りますよ」


ナウアは頷き、連れ立って廊下を歩き出す。丁度、灯籠が自動で灯り出した。どうやら、究謀門の灯籠は手動で魔術陣を発動させるものではないらしい。


遠隔で魔術陣を発動させる技術があるという事だろうか。そんなものがあると知っていたら、アラクモさんの事件では別の結論に至っていたかもしれないな。


そう思ってナウアはフギルノに訊ねる。


「この灯籠は、どのような仕組みで火が点いているのでしょうか」

「さて、申し訳ない事に専門外ですな。気になるのなら、話を聞いてみますか?」


フギルノは研究者達が集まっていた部屋に手の先を向ける。中からは今も一方的な話し声が聞こえ続けていた。


「訊くならジュナフさんの方が。でも、調べるのに時間が掛かる様なら知らなくても良い事ですし」

「そんな事があり得るものか!」


フギルノの提案にナウアが断りを入れた瞬間、部屋の中から怒声が届いた。


「そうだ! できるはずがない!」

「よくも言えたものだ!」


声の出所で詰られているのは、軍属の研究者ではなく、外部の研究者の様だった。


ヒト族、裾は広く、ところどころほつれて見える長い布を身に纏っている。足元の布は床に接地していないものの、爪先の上まである。


腕を振り上げると、捲れた裾口から皺のない白い皮膚が現れる。そして、何より珍しい事に、銀縁の眼鏡を掛けていた。


「あそこまで紛糾しているとなると、くだらない話でしょうか」

「学会なのに、そんな話もあるんですか?」

「ホホーウ。前に私が聞いた話だと、罪深さは毛深さに比例するというのがありましたな」

「ふふっ。それは確かにくだらないですね」


吹き出したナウアだったが、脳裏に獅子人と栗鼠人の姿が浮かび真顔になる。しかし首を振って追い払う。


「こういうのが嫌がらせや差別に繋がるのでしょうね」

「その通り。くだらないのです」


ナウアは、くだらないという意図を違う意味で受け取っていた事に気づき反省した。その事に自分から気付けたのは幸いだったとも思う。


「雰囲気が悪い様ですし、長居は良くないかもしれませんね。渦中の研究者はヒト族に見えます」

「そうですね。わざわざ眼鏡なんか掛けて、ヒト族には不要なのに」

「確か、ヒト族は七割の魔力と三割のその他で作られているのでしたな」


両手に四本ずつの指を持つフギルノは、三本の指を立てて見せると、それらを全て折ってから一本の指を立てた。


「はい。ですが、アビト族と違って肉を補給できません。取り入れられるのは魔力のみ。だから、身体を大きく傷つけてしまえば、回復しても三割分の成分は復元できず、魔力で補う事になるのです」


それは単純に魔力の消費量が増える。つまりは魔力循環器に掛かる負担が増えるという事で、身体自体の脆さにも繋がる。


「三割の成分濃度が身体全体の一割を切ってしまえば、身体の維持が不可能になると言われていますね」


つまりは、死に至るという事だ。


肉体の回復に時間が掛かるが復元の限界はないアビト族と、肉体は容易に回復できるが復元の限界があるヒト族。どちらが良いかというのは、一概には言えない。


ただ、敢えて傷を負うヒト族もいる。そうして肉体の魔力分を増やしていく事で、容姿には影響があるからだ。


「反面、皮膚が皺だらけになったサジ様は、三割の成分濃度をほとんど損なわずに生きてきたという事にもなりますね。衛生門の長として相応しい方です」


身体を魔力で補う割合が増えれば、皮膚に皺は刻まれず、のっぺりとした白い肉体となる。あるいは若々しく見えるとも言えるものだが、その分、身体に掛かる負担は寿命を縮めていく。


サジの身体の皺は、そのまま長く生きた証となるのだ。


「あそこのヒト族はどうでしょうな。お飾りの眼鏡を付けている様ですが。ヒト族に視力の悪化は起こり得ませんから」


ヒト族であれば、たとえ目を欠損したとしても再生する。体調を崩す事だってない。


「さっき腕が見えたのですが、皺ひとつありませんでした。若い様子でもないので、大怪我をした経験がありそうですね」


恐らく、ガトレ様も今日の欠損で、魔力以外の成分濃度を大きく喪失したはずだ。その分、生きられる時間は短くなる。若き見目の代償に、並のヒト族よりも早く魔力循環器は動きを止める。


「今でさえ周りを敵に回す様な状況に陥っているのですから、理由の想像は難くありませんな。去りましょうか。(つい)のヒト族の様に」


終のヒト族。身体を組成する魔力濃度の割合が高まり、身体を維持できなくなったヒト族の事だ。


そのヒトらは、この世界から姿を失う。崩れ去っていく身体と、漏れ出る魔力。しかし、魔力は目に見えない。


世界へと馴染む様に溶けていくヒト族の最期。終わりを迎えた形の一つ。時に、誰にも知られないまま迎える死は、アビト族からも孤独の象徴や、消える様な姿を比喩として用いられている事がある。


ナウアは留置所で誰にも看取られずに消えていくガトレの姿を想像した。痛みの無い苦痛がナウアの身体を蝕む。それを現実のものにしようとして、ナウアは右手の甲を削ぐ様に喰む。


一見して、急に手で口を拭った様にしか見えない動きだった。しかし、前歯が皮膚の上を走る音と、ジクジクと残響の様に残る熱さがナウアの脳を焼く。


こんなものではない。この程度では済まされない。もっと、もっとだ。その時が来てしまったなら、私は、私は。だからこそ。


「私が、あなたを終わらせません」


そう一人呟いたナウアの声は大衆の声に掻き消され、近くのフギルノにさえ届く事はなかった。

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