魔力論序論
「あれ、あんまり不思議そーじゃないね。魔力を取り入れたのに魔力欠ぼー?って疑問に思わない?」
「理論は分かりませんが、魔力を使えない状態になるという答えを求めていましたから」
これで、英雄が魔力を失った理由にも説明が行く。
「意味わかんない。まー良いけど、理解くらいはしてもらおーか」
ジュナフは直ぐにナウア達を帰すつもりは無いらしく、意思を確認せずに説明を続けた。
「魔力の基礎知識。一人一人持っている魔力の性質が違う。これは体内の魔力循環器で魔力が変換されているから。そして、体内での魔力変換にも魔力を使う。測てーは難しーけど、自然魔力から固ゆー魔力への変換率は平均八割と言われているね。二割は変換で消費される」
ジュナフが淡々と語った魔力の変換の話は、医圏管師であるナウアも知っていた。
体外から飲食物で取り入れられる自然魔力は、その全てがそのまま補給される訳ではない。食堂で提供される紅猪の肉の量は、そのままヒト一人分が十分な魔力補給を出来る程度とされている。
「治療魔術は術式の使用により、外部で固有魔力から自然魔力へと変換しますが、魔力紋が複雑でない程その変換効率が高いと聞いています」
「そーそー。僕達の間では、自然魔力から固有魔力への変換を圧縮、固有魔力から自然魔力への変換を展開なんて言う。基本的に展開の方がこー率は良いんだよ」
だからこそ、医圏管師は一人分の魔力で多くの人々の治療に回る事ができる。ナウア一人の魔力でガトレの身体欠損を治療した上で、なお魔力に余裕があるのは、ガトレの魔力保有量が少ないからというだけではなかった。
「で、肝心の他者の魔力。これは変換率があっとー的に悪い。自然魔力は取り入れた内の三割程度の消費で済むのに、他者の魔力は取り入れた量以上の魔力を求められる。これも、魔力紋が複雑な程その傾向が見られたよ」
つまり、他者の魔力を含んだ魔力水を誤飲してしまった場合、体内ではその魔力を自身の固有魔力へと変換する動きが発生する。
しかし、その変換には膨大な魔力を必要だ。その必要量に満たない魔力しか持っていなかった場合、身体は魔力欠乏を引き起こし、魔力を失った状態で意識を失う事になるという事。
語られた理論からナウアなりに魔力欠乏へ至る道筋を理解した上で、ならばと肝心の質問を切り出す。
「ジュナフさん。他者の魔力を含んだものを救国の英雄が取り入れた場合も、同じく魔力欠乏が発生すると思われますか?」
「救国のえーゆー? もー死んでんじゃん」
突飛な質問に感じたらしく、無理解を示すジュナフへ、ナウアは丁寧に補足する事にした。
「その通りですが、未だ英雄殺しの手法は明らかになっていません。その手法を気にしている者も多くいます」
「はー、あんたもその一人ってわけ?」
「ええ。魔力量で敵はいない救国の英雄が魔弾で殺されたのなら、正常に魔力を使えない状態であったと考えるのは自然な事だと思いませんか?」
「まーね。それで言うと……そーだね。か可のー性はある」
ジュナフは突然、周りにあった紙の裏に何やら書き始める。計算式の様だが、ナウアには難解な魔術式にしか見えず、救済の英雄が残した魔糸魔術の術式を思い出した。
「できた。理論値だけど、食どーの杯換算で8〜14杯分の魔力水を飲んだら魔力欠ぼーを起こす可のー性があるよ。範囲が広いのは魔力紋の複雑さ次第ってところ。あくまでも理論値ね。えーゆーの魔力量をヒト族百人分換算してみた」
「ありがとうございます。……かなり飲まないといけませんね」
「じょーじんなら、一杯で魔力欠ぼーもよゆーだけどね」
英雄の普段の食事量が多いとはいえ、そんなに飲まないといけないのか。
ナウアは内心で落胆をしていた。
魔力水自体は、魔力紋が残っていなければ通常の水と変わらないだろう。飲ませる事自体はそう難しくない。
ただ、それだけの魔力水を用意して飲ませるとなると、手段の説明が必要になってくる。
一杯程度ならすり替えたと説明して詳細な手段を省く事が可能だ。事件当日の食堂が、絶対に水一杯の入れ替えが不可能だとでも言われない限りは。
しかし、最低でも八杯分の水を入れ替えるとなれば、給水元をどうにかしなければ対処が難しい。その上で、被害が発生しているのは英雄のみという点を納得させる説明でなければいけない。
「可能性は見えました。食堂で話を聞いてみます。良い話を聞かせてくれてありがとうございました」
「良いよー。っていうか、もっと話をして時間稼ぎたいんだけどさ。他に聞きたい事はないー?」
善意ではなく苦行から逃れたいという意思表示を隠すつもりがないジュナフに向けて、幾つかの視線が刺さってくる。
ナウアはジュナフではなく他の研究者に申し訳なく思いつつ、疑問は解消させる事にした。
「いえ、あります。水人形ですが、あれはどういう仕組みなのですか? 魔弾で撃たれても復元していましたが」
「おー、それ気になっちゃう? 気になるよね。いや、魔力水って最初は魔力回復に使えないかって話だったけど無理だったからさ、今の形に辿り着くまでくろーしたよ」
「そこも気になっていました。自身の魔力が込められた魔力水なら、飲むだけで魔力の補給が出来るのでは?」
自然魔力や他者の魔力は変換を求められる。なら、自身の魔力であれば変換は不要なのではないか。
「それがさ、どーやら違ったんだよね。体内で固有魔力に変換された魔力は全身に巡りその人の魔力となる。だけど、外部から取り入れた魔力は一度、循環器の中で必ず変換されてから巡らされる。つまり、自身の魔力であっても自身の魔力に変換されちゃうんだよね」
「……どういう事ですか? 自身の魔力から自身の魔力に変換って、そもそも変換が成立しないと思うのですが」
「あー、ごめん。変換って処理、正確には自然魔力に変換してから固有魔力に変換するって事。他者の魔力でも、自身の魔力でもね」
「……なるほど」
どうやら、身体の作り方、機能としての問題なのだとナウアは理解した。
自身の固有魔力をそのまま使えば良いのに、と頭では思う。だが、身体の方は体外から取り入れた魔力を自然魔力かどうか判別し、自然魔力でなければ自然魔力に変換してから固有魔力に変換する。それは自動的に行われる為に、どうしようもないのだ。
魔力水で回復が出来ないだろうというのは知っていたが、原理や理由についてはナウアも初めて知った。
「ちりょー魔術はしばらく現役だね。身体のきのーを騙して変換の処理を飛ばすほーほーでもはつめーされないと」
「そうみたいですね」
治療魔術で事足りるのだから、研究の優先度も高くはないだろう。問題は治療魔術を使える者が遠くにいる場合だが、軍施設において発生する事はそうそうない。
それに、魔力欠乏による死亡事故も発生率は高くない。何故なら、欠乏を実感した時点で、その辺に生えている野生の植物や果実を食すだけでも魔力は補給できるからだ。
アビト族の中には、一部の植物や茸類を食して体調を崩したという例もある。ナウアは商会でその話を聞いたが、ヒト族においては一切ない。
「では、治療魔術が現役だとして、水人形の様に魔術が常に発動できる様にしておけば、治療魔術も便利に使える事にはなりませんか?」
「あー、そー考えて水人形の仕組みが気になってた訳か。そーだね。仕組み自体は単純、っていうか、まだ力押しの段階」
「力押し?」
「そー。初めに術式で水人形を形作る。その上で、水人形の中に復元用の術式を書いて発動させる。それを二重三重と重ねて繰り返す事で、ほぼ完全に再生できる水人形がかんせーした訳」
水人形が再生する正体。それは、内部に膨大な術式が描かれていたというだけ。いや、だけど、それは。
「ホホーウ。しかし、私は水人形の大きさを知りませんが、そんなに無数の術式を発動させる魔力はどうしているのですかな」
ナウアが先ほど見たばかりの水人形を思い返していると、フギルノが初めて自ら疑問を呈した。
「それと、私が見た水人形には術式が見当たりませんでした」
ナウアも疑問に思った点を訊ねる。第八小隊が水人形に向けて射撃訓練をしている時、ナウアの記憶では先が透けて見えていた。術式があれば、光る文字が見えているはずなのだ。
「魔力については、実は感応術式を使ってるんで。法廷の防護にも採よーされてるね。水人形に接触した魔力を再せーの術式に転よーしてる。どの位の威力まで術式が耐えられるのか試験ちゅーだけど」
感応術式はナウアも存在を知っていた。法廷や留置所において、触れると魔力を感知し電撃で反撃されるという術式だ。
その術式を活かして妖魔の魔術を全て跳ね返す様な術式でもあれば良いが、自分が思うくらいだから研究もされているだろうとナウアは心に留めた。
「で、術式が見えないのは、濁ってるからだね」
「濁るって、なんですか?」
「ふつー、術式って一回きりしか使わないよね。でも、水人形は再利用可のーな術式にした。術式を正確に復元できるから。そのせーで一つの術式が色々な固有魔力で発動される。そーなると、術式が光らなくなって、見えなくなる。これを術式が濁ったって言う」
「そんな方法で、不可視の術式を作る事が出来るんですね」
ナウアは今まで、不可視の術式に遭遇する事は無かった。それも当然の事で、ジュナフが言った様に同じ術式を使い続ける事など滅多に無いからだ。
ナウアの身の回りで該当しそうなものといえば、療養棟の桶を輸送する魔術陣くらいだが、そもそも療養棟の患者が多くはない。魔術陣が無くなったなどという話も聞いた事がなかった。
「究謀門ならではの情報ですね」
「まーね。でもぼーはつのかのーせーもあるし、本とーに術式が壊れてる時もある。水人形なら、再せーしなくなった時がその時だね」
術式の不可視化。条件が厳しい事から、英雄殺しの際に使われた可能性は低い。ただ、ガトレ様の魔弾の後、二発目の魔弾が魔弾ではない別の魔術によるものなら、話は変わってくるか。
そう簡単にまとめた後に、ナウアは一つ質問をする事にした。ジュナフから聞いた話を通して、どうしても最後に聞いておきたい事があった。
「ジュナフさん、もう一つ聞いても良いですか?」
「全然いーよ。機密以外ならね」
「なら、これは答えられないかもしれませんね」
その時は、答えられないという事実が答えを示している。ナウアは、ジュナフの心構えが整う前に畳み掛けた。
「究謀門で保管していた魔力水。盗まれたり紛失したりした心当たりはありませんか?」
「んぇ、えっ!? あー、あー、ない、よ」
「そうですか。ありがとうございます」
慌てた様子のジュナフに、ナウアは満面の笑みを返す。ジュナフは左右に首を振った。怪しい挙動であったが、ジュナフからもそれ以上触れる事もなかった。余計な事は言わない方が良いとは考えているらしい。
しかし、その態度が答えだと実感したナウアの中では、一つの可能性が浮かび上がっていた。
ジュナフから聞いた話より、他者の魔力を取り入れると魔力欠乏を引き起こす可能性がある。そして、英雄の魔力循環器からは、ガトレ様の魔力が検出されている。そして、それが魔弾によるものだとも考えられている。
しかし、その魔力の由来が魔弾では無かったとしたら。実際には、作戦の前に何らかの方法で摂取した魔力水であったとしたら。その魔力水に込められた魔力が、ガトレ様のものであったとしたら。
そう、ナウアは期待していた。
全ての前提を引っくり返せる可能性を。英雄の死を決定的にした手段の論点が、そもそも魔弾ではなかったという可能性を示すに足る情報を。
そう、ナウアは手に入れたのだ。
今になって初めて、自分の意志で撃つための銃弾を。その先にあるのが人の手に隠された真実なのか、あるいは己の目を覆って見えた虚構なのかも分からないままに。




