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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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初めから全て嘘だったとしたら

医圏管師として業務に従事していれば、きっとここまで軍の中を駆け回る事は無かっただろうとナウアは思った。


その原因となった当人も不在なので、駆け回るというよりも振り回されるという方が適切なのかもしれないと思ったが、納得してやっている事に対してそう言いたくはなかった。


走るのに使用した魔力分、相応の魔力を呼吸で取り入れる。吸入によって空気中の魔力をどの程度まで得られているのかは分からない。補給された気分になるだけだ。


ナウアは究謀門の門兵に近寄る。門兵は変わらず、前に見た猿人と犬人の組み合わせであった。


「なんだか最近見た顔だな」

「なんだか最近嗅いだ匂いだ」


魔道銃を握ったまま、思い出そうとする二人にナウアは答え合わせをした。


「ナウアです。英雄殺しと一緒に来て、フギルノ博士に会いに来ていた」

「ああ!」


懐かしむほど過去の事でもない。猿人は得心がいったと拳で手のひらを叩いた。


「英雄殺しはどうしたのだ? 昨日も来ていたが、次は何の用だ」


昨日ここへ訪れたのは、フギルノ博士に助力を請うためだろう。そう思い至って、ナウアは今回もフギルノ博士に頼れるだろうかと考えた。


「あの方は、また捕まりまして。私は代わりに調査をしているところです」

「ふん。まるで犬人みたいに忠誠度が高い奴だな」

「ふん。まるで猿人みたいに落ち着きのない奴だ」


ナウアの事とガトレの事を言っているのだろうが、仲が良いのか悪いのか、よくわからない二人にナウアは困り顔を浮かべて乾いた笑い声を出す。


「今回は、具体的にどなたかはわかりませんが、水人形という魔道具を作り出した方と話がしたいんです。それと、フギルノ博士にも」

「俺らも誰だかわからんな。まあ、早い方が良いのは確かだ」


猿人はそう言って後ろを振り返る。究謀門は、いつもより俄かに騒がしく見えた。


「何かあったのですか?」

「今夜、学会があるんだよ。妖魔研究者が集まって情報交換するんだ」

「人の出入りが多く匂いを覚えるのも大変だ」


ナウアは匂いを覚える必要があるのだろうかとも思ったが、何か問題が起きた際、その犯人を追究する上では役に立つのだろうと考えた。


「大変そうですけど、入っても大丈夫ですか?」

「まあ、良いだろう。学会自体、招待状で管理する訳にもいかん。最低限の身分証明だけで通っている自称研究者も紛れてる」

「ああ、それは確かに臭いを覚えないといけませんね」

「顔もな」


猿人が人差し指を己の顔に差して補足する。


軍の機密が不当に盗まれない様に、間諜の存在にも警戒しているのだから、学会は本当に特殊な環境なのだろう。


「学問は全ての者に開かれる。聞こえは良いが、どうせ招待者の管理が面倒なだけだろう。全く、ピューアリア様は……」

「俺は気が楽で良いけどなあ」


考え方の異なる二人が配置されている辺りに、上層の何らかの意図が含まれているのではと、ナウアは邪推しそうになって辞めた。中に入る許可は貰えたのだ。


「では、失礼しますね」


こんな様子でも仕事は着実にこなすのだろう。そうでなければ、いずれ姿を見なくなるだけだ。


二人の間を通り抜けたナウアは、究謀門の区画に辿り着く。軍属の研究者がやつれながらも畏まった服装でいる中、外部から訪れた研究者は見分けがつきやすかった。


移動に疲れた様子はあったが、着崩した格好や平民的な服装に身を包んでおり、ほとんどの者が目を輝かせていた。


中には建物の壁や窓を見て声を上げている者もおり、そうした者は恐らく初めて学会に参加したのだろう。傾向として、花冠を被っていたり茎で髪を留めていたり、自然派な服装をしている。


ここから水人形に詳しい者を探すのは難しそうだと感じたナウアは、一度フギルノの元へ向かうことにした。


何度か足を運んだ事のある研究棟。いつもより人が多いが、設計図が無造作に広げられていた覚えもある机の上や、丸めた紙が散らかっていた床は片付いていた。


少しでも情報が漏れない様に対策はしている様だ。意味を理解できない会話を耳からすり抜けさせて、人混みを掻き分けたナウアはフギルノの元に辿り着く。


幸いな事にフギルノは一人で、今日も絵を描いていた。


「こんにちは。フギルノ博士」


声を掛けると、フギルノはすぐに筆を置いて振り返った。


「ホホー。来てくれて嬉しいですよ。ガトレくんは無事ですか?」

「無事、と言って良いかはわかりませんが。傷は治療しました。裁判に来て頂いてありがとうございました」

「回復したなら良かった。力になれて何よりですよ」


温和な笑みにナウアは安堵する。しかし、緊張感を緩められる状況ではないと眉間に皺を寄せた。


「回復はしたのですが、ガトレ様は英雄殺しとは別の事件に巻き込まれ、恐らく被告人となるのです。先ほどの裁判の様に、お力を貸して頂けませんか?」

「……ふむぅ」


フギルノは目を瞠った後に細めると、ゆっくり息を吐いた。周囲の喧騒が沈黙を誤魔化しすが、ナウアは即答されなかった事に少なからず落胆していた。


「……申し訳ないですが、お断りさせて頂きましょう」


そうして目を閉じたまま齎された回答に、ナウアの右足が一歩分だけ進み出る。


「そんな、どうしてですか!?」

「彼の味方になるという事は、途方もない労力を費やす事になります」

「それは、私の裁判の時だって同じでは」

「否、異なりますな。英雄が死んだ。誰かに殺された。疑わしい者が存在する。それだけで、疑われた者には多くの敵が生まれます。あなたの事件とは、比べ物にならない」

「確かにその通りです。言う通りだとは思います」


約二日間をガトレと共に行動してきたナウアには、フギルノの言う事もわかる。周りから向けられる視線、陰口、どこへ行くにもついてきていたそれは、気にしないでいようと思っても難しかった。


私は同行していただけなのに。初め、食堂でドリトザさんに反論した時だって、私の正しさを証明したくて、その機会が欲しくて、あんな行動に出てしまった。


「ですが、正しい事は正しい事であると証明されなければなりません。でなければ、理不尽です」


ナウアはその理不尽と付き合ってきた。そして、とうとう抗うことができたのだ。だからこそ、そのきっかけをくれたガトレを、見放すことなどできない。


「……仮に、です」

「……なんですか?」


言い淀むフギルノが、それでも表に出そうとしている言葉。ナウアは嫌な予感を覚えつつも、それを引き出そうとした。


「気分を害さずに聞いて欲しいのですが」


前置きをしておきながら、それでも言うか言わないか迷うフギルノを、ナウアは待ち続ける。そんなナウアの様子に、フギルノも話さなければ進まないと理解した様だ。落ち込んだ顔で続けた。


「これまでのガトレくんの行動が、あなたを味方にする為のものだったとしたら、否定できますか?」

「え?」


ナウアを襲ったのは、急に予想外の角度から妖魔が現れた様な感覚だった。いや、正確には、目を背けていた事に気付かされた様な。


「先の裁判で、イパレアという兵士はそうでした。彼は周りの全てを利用する為に行動し、恋心も執心も思いやりの心すらも計画に巻き込んでいました。恐ろしい事です」

「ガトレ様は違います」

「ナウア。あなたはガトレくんの何を知っているのですか? 出会ってたった二日です。私は偶然、あなたの属する商会に助けられ恩を感じました。しかし、ガトレくんはたったの二日であなたの恩人となったのですよ?」


出来すぎている。フギルノが言いたいのはそういう事なのだと、ナウアは理解した。


「英雄殺しの罪を被ったガトレくんには、多くの敵がいる事でしょう。一人では決して戦えない。だからこそ、絶対的な味方が必要なのです。まるで、今のあなたの様な」

「それは、無実であっても同様ですよね」


誤った真実に人々を導く為に行動している。フギルノの言葉は、確かにナウアにとって不快なものであった。何も知らないのに、そんな事を言われるのは心外だと。


ナウア自身、多くを知る訳ではないのに、そんな事を思った。そして、ガトレが語った二発目の魔弾の可能性。それが、ガトレの発言の中だけの存在である事が頭に過ぎる。


ナウアは英雄の死体を見ていない。そして、ガトレは英雄の死体と二人きりになる瞬間があった。


いや、でも、魔道銃は無かったから偽装はできない。魔術を使ったとしても、トレアリアで魔力を採取すれば偽装は発覚する。


……デリラさんが作った、魔力を帯びない道具でも使わなければ。


「全く心当たりがないという訳では無さそうですな」

「いえ、でも、そんな事は、絶対に」

「無いと言い切れますか? 奇しくも、ガトレくんは二度の裁判を乗り越えた事で、持っている能力を示しています。本当に、ガトレくんは英雄殺しでは無いのでしょうか」


ナウアには、その疑問を退ける力が無かった。まだ、足りていない。必要な力を集める為に、足を動かしているところだったのだから。


だから、ナウアに返せる言葉は、ただの一つしかなかった。


「私は、ガトレ様を信じています」

「根拠はあるのですか?」

「ありません。ただ、信じているだけです」

「その様な論拠で述べられた理論があれば、学会からは爪弾きにされるでしょうね」


感情を映さない瞳。光沢のある嘴。

ナウアは、初めてフギルノに、梟の鳥人に恐怖心を抱いた気がした。


ただ、見知った人物であるというだけで和らいでいた印象。もしも、自分が今、最も信じている人物でも同じ事が起きているのだとしたら。


いや、それはない。それだけはない。絶対に。

だから、否定する。否定したい。その材料を、集めないといけないのだ。もっと。もっと、もっと。


約束を果たす為に。約束を果たしてもらう為に。


「…………」


そのまま、奥底を覗き込む様なフギルノと、ナウアは見つめ合っていた。ナウアには、無言の間を埋める周りの声が小さくて、言葉として認識する事もできなかった。


「ホホーウ……」


やがて、フギルノは寂しそうに鳴いて、笑みを浮かべた。


「裁判には参加できませんが、協力はしましょう」

「博士! ありがとうございます!」

「私も、ガトレくんを信じたい気持ちはあります。ただ、信じ切れないだけなのです」


フギルノは自嘲めいた口ぶりで言った後、思いついた様に続けた。


「全てが終わって自由の身になったのなら、私の研究を手伝って貰いましょう」

「わかりました。私も、ガトレ様も、必ず研究を手伝うと約束します」


かくして、ガトレの知らないところで、また一つ約束が増える。


しかしナウアは、ガトレを縛るものは増えれば増えるだけ良いと考えて喜んだ。


遠く離れて行こうとする物に重石をつけようとする思考回路が、かつてナウア自身が商会から受けたのと同じものだとは、露ほどにも考えていないのだった。

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