行動開始
「すまなかったな。余計な口出しをしてしまった」
しばらく無言で歩いていた二人だったが、ドリトザは未だ毛繕いを続けていた。ナウアが振り返ると、肘を曲げて上向きにした左腕に隠れた半面が、弱々しい表情を浮かべていた。
「ふふっ。気にしないでください。聞かないといけない事は聞けましたし、何より重要な収穫がありました」
アビト族の中でも強靭な肉体を持つ虎人とは思えない、情けない表情に笑ったナウアは、ドリトザを励ますつもりで声の調子を軽くした。
「そ、そうか。だが、重要な収穫なんてあったか?」
ナウアの声を聞いて、ようやく毛繕いを辞めたドリトザが、涎で濡れた腕を何度か振ってから軍服の袖を戻す。
ナウアは頷いてから続けた。
「目撃者のスワローテさんは、英雄は直滑降をし、魔弾に当たった後に着地点が変わったと話していました」
「それが重要なのか?」
「その通りです。勢いのついた物体が身体に直撃し、受け止めたなら衝撃が発生し身体は吹き飛ばされます。ですが、衝突してきた物体が身体の耐久力を超えた時は、物体が身体に穴を開けて貫通していきます」
「……ふむ。まあ、そうだな。シズマの奴も、自身の魔道銃でノトスの魔弾を受け、魔弾を弾いたのだった」
「という事は、ガトレ様の魔弾が英雄の身体を吹き飛ばしたのなら、魔弾は貫通しておらず受け止められたという事になるんです!」
ガトレが英雄を殺したとされる理由は、ガトレの魔弾が英雄の身体を貫通し魔力中枢を傷つけたと考えられているからだ。しかし、そもそも魔弾が貫通していなかったのであれば、その考えは覆る。
それこそが、ナウアにとって最も重要な部分であった。ただ、疑問も残る。
「だが、もしそうだとして、ガトレの魔弾に英雄を突き飛ばす程の威力があったという事にならないか? シズマだって、ノトスが訓練で魔力が減ったところを狙ったのに、そんな事が可能かなのか?」
「そこが、なんとも言えない部分です。作戦上、英雄は大規模な魔術を発動していたので、魔力の消費はあったでしょうけど、それでも十分だからこその英雄です。一方で、ガトレ様は……」
ナウア自身、ガトレの魔力保有量を正確に把握しているわけではない。しかし、イパレアの魔弾によって身体を大きく欠損したところを治療したばかりだ。
魔弾に対する防御力の低さ、そして、それだけの怪我をナウア一人分の魔力だけで治療が出来てしまった事実から、ガトレの魔力量を察する事はできた。
「英雄の魔力が少なかったのか、ガトレの魔弾が異常だったのか。そして、魔弾はいつ貫通したのか。考える事は多そうだな」
「ですが、泣き言は言えません。もう一日も猶予はないんです」
そう言いつつもナウアは、手詰まりだと感じざるを得なかった。
次に何を調べるべきか。理想的なのは、作戦中に起きた全ての事を時系列順にまとめる事だ。しかし、それには作戦に参加した全ての者から聴取を行わなければならない。
残りの期間から達成が可能とは思えないが、二発目の魔弾について詳細を詰める事はできる。それを思うと魅力的だが、諦めるしかないだろう。
「なら次は、どうするんだ?」
考えていた事をドリトザに問われ、ナウアはどこかに向かいながらもどこへも向いていなかった足を止める。
イパレア殺害事件については、チュユン捜査士官が調べている。仕事振りは信頼している。情報の不足は推測で補えるはず。
そもそも、現時点ではナウアはその事件と無関係な立場だ。代弁士になるのにも、明日の朝にガトレ様と対面してからでなければいけない。ガトレ様にはガトレ様なりの、何か考えがあるかもしれないから。
だとしたら、私がやるべきなのは、やはり英雄殺しの調査でしかない。
「どうするか、考えてみます」
そう言ってから、ナウアは道の往来で足を止めていた事に気づく。そして、考え事に集中して受付にも迷惑を掛けてしまったことを思い出した。
「ただ、行きたい場所はまだ決まっていないので、訓練にお邪魔しても良いですか? ドリトザさんを借り続けるわけにも行きませんし」
「俺は全く構わない。アラクモも喜ぶだろう」
医圏管師として仕事を失って以降、居場所を失っていたナウアにとって、快諾してくれたドリトザの存在は救いであった。
「では、有り難く。案内はお願いしますね」
ナウアはドリトザの後ろに回り込んで、大きな背中を両手で押して進む。少しの間、ナウアは顔を見られたくなかった。
* * *
「おー、ナーアだー」
「こんにちは、アラクモさん」
姿を正確に捉えられないアラクモだが、ナウアの事は認識できるらしい。ナウアの推測では、アラクモの身近で軍服ではなく白衣を着ているのが、自分だけだからだろうというのがその理由だ。
「見学者だ。皆、気にしないでくれ」
部隊がそういう特色を持っているのか、軍人としては経歴の長い者もいると思われたが、ドリトザは敬語を使わなかった。
意外そうに見上げるナウアに気づいて、ドリトザは軍帽の鍔を掴むと目深にしてから視線に応える。
「俺がこの部隊で次の小隊長候補なんだ。元がシズマであった事や魔力の保有量、まあ、色々な兼ね合いの結果でな」
「良かったじゃないですか。きっと、良い小隊長になれますよ」
ナウアが勇気づけるつもりでそう言うと、ドリトザは帽子の鍔を持ち上げる。吊り上げられる様に、顔も空を向いていた。
「きっとでは許されん。必ずでなければな」
許されるのは誰からか、というのをナウアはわざわざ聞かなかった。贖罪のつもりでいる事が明らかだったからだ。
「間違いありませんね」
代わりに発破を掛けたつもりのナウアだったが、ドリトザは喉を鳴らして唸るだけであった。
ナウアとしてもドリトザの決意を茶化すつもりは無かったので、曲げた人差し指を口元に当てるに留め、訓練の風景を眺める。
「ところで、水人形って凄いですね。どういう仕組みなのでしょう」
どうやら、射撃訓練を行なっているというのはわかる。ただ、岩壁は一枚しかなく、その手前に人型をした水の塊が立っていた。
アラクモを含む隊員は、その水の塊に向かって魔弾を放つ。頭部や胴体、腕や脚が撃ち抜かれ水が地面に散る。しかし、散ったままにはならず、地に吸われることもなく、水は浮いて元の人型が再構築されていく。
「水の中に魔力が残っている限りは復元するらしい。今回はその耐久性を試す試験だな」
「水が人の形を取るのと、元の形に戻っているのは術式によるものですよね。液面に術式を描く事が可能なのですか?」
「よく知らないが、不可能ではないんじゃないか。コゲツ門頭はその身に術式を刻み、シズマも手に術式を描いてから空に手を向けて魔術を放った。毛や皮膚の皺が術式を妨げる事はないということだろう」
それだけ聞くと、ナウアからすれば革新的な技術に思えた。
魔術陣や術式を描く時に求められるのは正確性。欠けてしまえば魔術として認識されず、魔力を込めても魔術として成立しないからだ。
「でも、それなら軍式魔術なんて編み出さなくても、簡単に魔術を発動できる事になりませんか?」
「む。……専門は究謀門だからな。そっちに聞いてくれ」
「まあ、そうですよね」
例えば、治療魔術の術式を調整して事前に左手に描いておけば、いつでも治療魔術を使える様になるのなら、衛生門の効率が上がるはずだ。従来の治療魔術では、常時魔術を発動してしまって、変換した自然魔力を垂れ流すだけ。それを解決できるなら、導入の価値がある。
ただ、戦闘中に衛生兵が付きっきりになる訳にもいかないから、魔力を即時回復する薬でもあれば、となったのだけど。
そう考えつつも、転用された成果である水人形を見ていて、ナウアはもう一つの疑問が生まれた。
「あの水人形には、誰かの魔力が込められているんですよね?」
「ああ。究謀門の誰かのものがな。以前は魔力紋を確認する際のものも使っていたそうだが、今回は魔力量に対する耐久性を見たいという話だ」
「では、危険性もあるのではないですか? 私たちは、自然魔力以外を取り入れる事ができません。万が一、あの水を経口接種してしまったら、何らかの症状が発生するのでは」
治療魔術において、変換された自然魔力は外部から送る事になる。わざわざ口の中に手を入れて発動する事はしない。そして、自分の魔力のままでは送れないからこそ、自然魔力を変換をするのだ。
つまり、他者の魔力を自身の中に取り入れた場合の症例はない。そもそも、想定されていないからだ。
「注意は受けている。が、そうそうないだろう。水人形には一方向からしか射撃もしないしな」
「何が起こるのかは聞いていませんか?」
「危険だとしか聞いていないな」
ドリトザには惚けた様子も見られなかった。ナウアは落胆もしたが、何が起こるのかわからない方が、注意深くなるだろうと判断したのかもしれないと思い直した。
一方で、その危険性に対する興味が、ナウアの頭から抜けていかない。
もし仮に、他者の魔力を経口接種する様な事があれば、何らかの異常は発生するはずだ。だとしたら、どんな異常が考えられる?
魔力に関する事ではあるはずだ。だとしたら、一時的に魔力を使えなくなる、そういう事もあり得るのではないだろうか。
ドリトザの話によれば、水人形は、ようやく実用段階に至ったという話だ。それなら、究謀門は多くの情報も抱えているに違いない。
「ドリトザさん。私、究謀門に行ってみます!」
「そうか。先行きが見えたのか?」
「さあ。でも、行き先は見えました。ドリトザさんのお陰です」
「力になれたなら良かった。……また、四人で食事ができる日を待っているぞ」
「はい!」
ナウアは力強く頷き、逸る気持ちに任せて駆け出した。
「ナーア! がーばれー!」
ナウアが顔だけ振り向くと、両手を大振りするアラクモの姿が見えた。ナウアは顔の横で小さく手を振り返してから、口を固く結んだ。




