新魔道具の初披露
「そんな反応をされたのは初めてだ。俺に会えた事がそんなに嬉しいか?」
取り違えれば自意識過剰にも捉えられそうな発言だが、ドリトザは手を後頭部にやり、理解できないといった表情をしていた。
「実は、ガトレ様が殺人の容疑で捕まりまして、代わりに私は英雄殺しの調査をしているんです。そこで、事件の目撃者と話したかったのです」
「……訳がわからん」
呆けた後に左腕の毛繕いをし始めたドリトザに、ナウアは苦笑を返しながら説明する。
「新しく起こった事件は、明日にならないと私には何もできません。ですが、英雄殺しは違います。目撃者は戦場に出ていたはずなので、ドリトザさんなら情報を持っていませんか?」
「訳がわからんというのは、こう短期間で続々と事件に巻き込まれるあのヒト族の事を言ったんだが、話は理解した。わかった。協力しよう」
毛繕いを辞めて腕を組んだドリトザが頷く。
「話が早くて助かります。ところで、ドリトザさんはどうしてここへ?」
「用事を済ませる為だ。受付よ。構わないか?」
背の高いドリトザがナウアの頭越しに兎人の受付を見下ろす。見上げた兎人は表情を変えずに返した。
「資料が持ち出されない様に見張ってくれるのなら構いません」
「わかった。ならば、依知089の預かり物を頼む」
「デュアリアを」
兎人が促すのに応えてドリトザが左腕を差し出す。兎人は己の細腕より一回りは大きい手首に、自身の手首を近づける。
大きさが異なるデュアリア同士の画面を合わせた後、白い光を確認して兎人がデュアリアを見る。
「持って参ります。そのままお待ちください」
兎人はそう言って奥へ引っ込んで行った。ナウアが受付前に移動したドリトザの背に声を掛ける。
「依知と言うと、究謀門からの頼み事ですか?」
「ああ。開発中の魔道具の実験に協力している。小隊長と主力一名が消えて、現状、俺たちの部隊は戦闘力に不安があるからな。新兵が入るまでの繋ぎだ」
「なるほど。それは中々、刺激的な印象を受けますね」
「安心して良い。貸与品が爆発した事はない」
ナウアの脳内で展開された映像を察したらしく、ドリトザは口の端を引き上げる。
「そもそも、爆発する様なものでもないしな。使っているのは水人形というものだ」
「水人形? それはそのまま、水の人形という事ですか?」
「ああ。妖魔が魔力を感知するというのは知っているな」
「ええ。もちろんです」
どのアビト族とも異なる捻れた角、光のない目、一糸纏わぬ紫がかった肌、二足から八足の異形、それが妖魔。
彼らはどの様に敵対者を選んでいるのか、それは早々に研究される事になった。
「夜には光がない。俺の様に夜目が効くアビト族というのは、光を多く受け取れるから夜目が効くのだ。故に、光すらない夜には何も見えん。だが、妖魔共は違った」
「何も見えなければ同士討ちを恐れて攻撃も出来ないはずだ。そう考えて松明や灯籠を破棄した集落が、翌朝には壊滅していたという話は有名ですね」
「『サドラの愚行』だな」
数十名の大所帯で旅をしていたサドラと呼ばれる移動集落の話だ。妖魔の出没が増えているからと、町の兵士はしばらく留まることを勧めたが、サドラの人々は断った。
その翌朝、旅証人が荷物と死体だけが遺された現場を発見。ヒト族とアビト族の混合集落であったが、生き残った者はいないとされている。ナウアはそう聞いた。
人々に対する戒めの為とは言え、『愚行』という表現を使う事が許されているのは、生きている関係者がいないからだろう。
「状況から暗闇の中で妖魔に襲われたものとされ、妖魔には夜が関係ないという事実が判明した。魔力を感知しているのだとな。最近、それを逆手に取った魔道具が開発されたんだ」
「お待たせ、しましたっ」
折良く、受付の兎人が戻ってくる。小柄な身には重そうに見える袋包みは、口が閉じられていて、中から液体が波打つ音が聞こえた。
重量感は兎人が机に置く事で更に感じられた。気にする余裕もなかったのか、袋に資料が潰されて「あ」とナウアは声を挙げる。
「ご所望の品です。はあ……」
「すまんな」
息を吐き出した兎人に詫びを入れ、ドリトザは軽々と袋を持ち上げる。そして爪で袋を破ってしまわない様に慎重に抱えてから肩に担いだ。
「これは?」
「魔道人形。正確には、その基になる水だから、水人形か」
姿勢を取り直す為にドリトザが袋を担ぎ直すと、水の揺れる小気味良い音がまた鳴った。
「先ほど、妖魔の視力を逆手に取って、と言いましたよね。……だとしたら、それは囮に使うものという事でしょうか」
「お察しの通りだ。この水には魔力が篭っている。あとは術式で人型に立たせれば、魔力を感知する妖魔には人間と見分けがつかないってわけだ」
「もしかして、魔力紋を調べる為に使われた水を使ってます?」
「ああ、そのはずだ」
「なるほど。そっちに舵を切ったんですね」
以前、ナウアは魔力を回復できる薬を作る為に収集していると聞いていたが、それよりも実現性が高い方向に進んだのだろうと納得した。
「俺も知らなかったが、以前から実験的に使われていたところを漸く実用化できる段階になって来たらしい。それで、人数が減った俺たちの部隊に回って来たって話だ」
「丁度良かったですね、とは言い難い案件ですね」
「お前とアイツ以外に言われたら威嚇してるな」
ドリトザが口を歪めて獰猛な牙を覗かせる。体躯に見合った魔力と鋭い牙は、冗談でも脅威になり得た様で、ナウアの視界は一瞬身震いする兎人を捉えた。
「さて、俺の用事はこれで終わりだ。水人形を部隊のところへ持って行く必要はあるが、何を協力すればいい?」
真剣な顔を浮かべたドリトザを前にして、ナウアは机に広げた資料を手に取る。
「英雄殺しの目撃者と話がしたいんです。記録によれば三名。心当たりはありますか?」
「一人いる。というのも、喧伝して回ってる軍人らしからぬ者がいるのだ。しかも、俺たちの同期だというのだから嘆かわしい」
「ドリトザさんがここで嘆くと寿命が縮まる方もいるので遠慮してくださいね。ドリトザさんの同期なら、ガトレ様の同期でもあるんですね」
だからと言って昔話に興じれるという事もないだろう。ドリトザの口ぶりから、目撃者である事に価値も認めている様だとナウアは感じた。
「まあ、そうなるが、気の良い奴ではないぞ。存在自体が空圏隊を貶めるだけだ。諌めない上官も底が知れる」
「本気で悪印象みたいですね。ですが、私にとっては貴重な情報源になるかもしれません。その方が今どこにいるのか分かりますか?」
「訓練中だろう。案内してやるから、その資料でも熟読しながら待ってろ。隊の仲間も許してくれるだろう」
「その厚意、ありがたく受け取ります」
遠慮は美徳であるし、商会のギラギラした空気が嫌になったナウアにとっては尚更である。
それでも、遠慮していられる余裕がない事もまた、ナウアにとって絶対の事実でもあった。
頷くドリトザを見送り、ナウアは資料に目を通して思考に耽る。その間、ナウアがいる受付は埋まってしまったが、兎人がナウアを咎める事はなく、他の受付から冷たい視線を浴びつつも黙々と事務作業を行うのだった。




