最初の事件、最初の成り立ち
ナウアの足が向かう先は人圏管だった。
起きたばかりの事件について、ガトレ様はこれから把握するだろう。そして、ミルモウ法務官は、ガトレ様と面会できるのは、早くても翌朝だと言っていた。
それなら、情報を共有するのは明日で良い。私に今できる事は、英雄殺しの裁判にとって有用な情報を少しでも多く集める事だ。
そこで最初の候補になったのは、英雄殺しの法廷議事録に追加された資料だ。ガトレがコゲツに望み、受け入れられた申し出。
元々、食事が終われば二人で出向く予定だった場所へ、ナウアは早々に辿り着いた。
お昼を過ぎた時間というのもあり、今も人圏管はそこまで混雑はしていなかった。
そもそも、所属先の時間に囚われず自由に行動できている自分やガトレ様が特殊なんだ、とナウアは改めて思わされた。
それから受付の方を見る。特段、誰でも構わなかったのだが、見覚えのある相手を見つけた為、ナウアはその受付の前に立った。
「御用件をお伺いします」
「英雄殺しの法廷議事録と、当時の作戦概要について記された資料を見せてください」
「ああ、貴方はあの時の。わかりました。あの人はどうしたのです?」
「新しく起こった事件の容疑者として捕らえられました」
「それはそれは……」
兎人の受付は呆れ顔に薄らと笑みを浮かべる。ナウアも他人事であれば、そんな表情になっていただろうと思った。
「あの人は話題に事欠きませんね。それでは、このままお待ちください」
兎人は奥に引っ込んだ。
ガトレ様が引き起こしているわけではなく、どちらかと言えば巻き込まれているので、話題に事欠かないというのは、それこそ流れ弾みたいな濡れ衣なんだけどな。
誰にともなく苦笑するナウアだったが、ガトレは英雄殺しの犯人と疑われ、火柱の事件を目撃し、イパレアの事件では第一発見者となり、遂には新しい事件の容疑者にもなったのだ。
偶然にしても限度があると言いたい気持ちはあった。
実際、不自然な動きは存在している。巻き込まれたのは本当に偶然なのだろう。だけど、それぞれの事件において、解決されていない部分もある。
どこからコゲツ様が鉱人の排除を狙っているという噂が流れたのか。イパレアの持っていた魔道銃はどこから現れたのか。
事件はほぼ解決した。その上で、背景に不透明なところが残っている。それこそが、この偶然を繋げる何かなのかもしれない。……考えすぎだろうか。
あるいは自分がガトレ様と各事件に繋がりがないと思いたくて、勝手に理由付けをしているだけかもしれない。
そこに至ってナウアは、恥ずかしさに頬を赤らめた。しかし、それも一瞬の事だ。
誰も味方がいないなら、一人くらいは味方としての視点を持ったっていいはずだ。じゃないと、不公平だ。
客観的な視点など幾らでも存在する。それを言い訳にして、ナウアは個人的な視点を捨てないという選択をした。誰かの背中を追うように。
「お待たせしました」
ナウアが思考に耽っている間に、音もなく戻った兎人が法廷議事録と黒い封筒を机上に置いた。
「人013の資料です。持ち出しは厳禁ですので、この場で閲覧をお願いします」
「わかりました」
頷いてナウアは黒い封筒から資料を取り出した。
法廷議事録はさっと目を通し、ガトレから聞いた話と概ね相違が無いことを確かめる。
そして肝心なのは、追加された資料の方だ。
作戦が実行されたのは東部にあるトネリミルノ基地。ナウアの知識と照らし合わせると、有力な国が存在せず、妖魔の対処に苦慮していた東部を守る為に作られた基地だったはずだ。
そもそも現状、ヒト族とアビト族がどちらも暮らす様な大国は三つしかない。その他の多くは一部族が割合を占める様な小国や部落だ。
大国の一つ目、ナウアが暮らしていたアスタバ国は北部にある商業国家。ヒト族の王が統治者であるものの、実態は傀儡政権の様なものだ。
政策は商業組合の入札で決まり、金さえあれば自分の有利な政策も取り入れられる。ただし、過度な政策は敵を作り、国の崩壊を導く。その点を理解している商会があって成り立っている不安定な国だ。
加えて、武器が売れれば商会が儲かる。だから戦争はあった方が良いという考えの持ち主も多く、敵は外に作れというのが基盤になっている。ナウアは自分の生まれ方も、生まれ落ちた国の在り方も心底嫌っていた。
救いと言っていいのかはわからないが、妖魔が発生した事でようやく世界の味方とも言える存在になったのは、ナウアにとっては認め難くも受け入れざるを得ない事実であった。
「そういえば、受付さんはどこの国の出身なんですか? 人圏管にいる以上、アスタバ国ではないですよね」
「急に何の話ですか?」
「トネリミルノ基地が東部に出来たのは、東部に大国が無いからだったなあと思いまして。受付さんは大国出身なのかなと」
「……コトリコ出身ですよ」
「……意外ですね」
二つ目の大国、南部にあるコトリコ国は、自然と生きる国だ。統治者はヒト族が務める事もアビト族が務める事もある。
国内の領地を川で分け、中には森の中で過ごす様な者達もいる。ナウアは、性格が大らかだったり陽気な者が多い印象を抱いており、その筆頭がサラエであった。
故に、目の前にいる受付がコトリコ出身であるという事は、ナウアにとっては意外に感じられた。
「意外だとよく言われます。ただ、周りに馴染む事が出来るか、周りを嫌ってしまい反対の方向へ進むのかは人によるでしょう」
「まあ、そうですね」
ナウア自身、心当たりのある話であった為、兎人の反論に言い返す事はできなかった。そもそも、言い返すつもりもなかったが。
「それに、かつて起こったアスタバとコトリコの戦争でも、私はコトリコの方が悪かったと考えていますから」
兎人の言う戦争とは、コトリコとアスタバの商会が契約関連で揉め、最初は小さな諍いであったその事件が大きくなってしまい、国家間の戦争にまで繋がった事件の事だろうとナウアは察した。
「私はアスタバの方が悪いと思いますよ。アスタバの商会が、常に戦争のきっかけを探っていたのは間違いありません」
「……ここで言い争っても仕方のない事ですね」
「はい。その通りですね」
反論しようとして抑え込んだ様子の兎人にナウアも首肯する。
同様に、アスタバとコトリコの戦争もまた、とあるきっかけにより、なし崩し的に決着したのだった。
「私達には私達のやるべき事があります。私は業務をしなければならない。貴方もそうでしょう?」
「はい。私は、ガトレ様の助けにならないといけません」
最後に三つ目の大国、ガトレの出身でもあり、西部にあるマルア国は、アスタバやコトリコに比べると若い国だ。
というのも、建国された理由がアスタバとコトリコ、二国間による戦争に起因するためである。
「まともな兵士が減っていくのは困ります。あなたも役目はきちんと果たしてください」
「当然です。ガトレ様とも、約束しましたから」
ガトレという存在を前に、兎人と同じ方向を向いて揃った意思が、ナウアにはマルア国と似ている様に思えた。
アスタバとコトリコの戦争が激化していく中、その発端となった出来事をして、争いがくだらないと考える者は少なくなかった。それは同時に、国の性質と合わない国民の存在を露わにする事態にもなったのだ。
また、アスタバの統治者であったヒト族の王。その血族の中には、傀儡となっている現状を良しとしない者もいた。
結果、アスタバから逃げ延びた王族とアスタバ、コトリコ両国から抜け出した民達の内、西部で合流した者達と元からあった小国を中心として成立したのが、マルア国であった。
国として成立させる為、統治者にはヒト族の王族を据え、その下にアスタバ出身者五名とコトリコ出身者五名の長から成る政府を設置し、平和主義を謳う国が完成したのだ。
軍部における門頭の制度についても、マルア国の政府を参考にしたものだとナウアは聞いた事があった。
こうして、東部以外には三つの大国が存在している。しかし、東部の人たちにとっては、それが大きな被害をもたらす遠因になるとは想像できなかっただろう。
妖魔の出現は、あまりにも唐突だった。
しかし、連合軍として敵に立ち向かっている今は戦えている。
医圏管師として、衛生兵の立場で関わる事はあっても、本来なら見ることのない作戦書に、ナウアは改めて目を落とした。
資料は三枚。作戦の概要、作戦時の地上部隊と空中部隊の展開を図にしたもの。恐らく、元々はもっと長大な資料であったものを、かなり端的にまとめたのだろうと思えた。
まずは概要に目を通す。
妖魔が魔力に反応する点を逆手に取った火柱魔術陣の使用。そして救国の英雄による強襲。
法廷議事録によると、英雄は上空から地上目掛けて降下したとあったが、上空にいるところまでは作戦通りだった様だ。
作戦の成否はナウアの知るところではないが、ガトレが英雄殺しとしてのみ責められている空気感から、救国の英雄が消えた段階では、作戦はほとんど成功段階であったのだろうとナウアは察した。
地上部隊と空中部隊の展開図に目を移す。
実際、前方で展開された地上部隊が討ち漏らしたとしても、後方で補う事は出来るし、空中部隊は英雄といえど一人が抜けただけだ。
危なげなく完了できる様に過剰な戦力が投入されていたという可能性は高い。
一点、ナウアが気になるのは目撃者の少なさであった。
アラクモの裁判の時を思い返すと、一小隊あたり八人の兵士がいるはずで、ガトレ様は五つの小隊、計40名の中に含まれて前面に展開している。加えて、崖上にも6〜8名の兵士が、両側の崖に展開されていたはずだ。
大声を発しながら英雄が降下していれば目に留まるはず。しかし、地上に40名、崖上含む空中も20名以上いて、目撃者はたった3人だけ。
戦闘に集中していたというのも考えられなくはないものの、見た事を隠している者もいるのではないだろうか。……いや、実際には、ロローラさんやイパレアが抜けていた第二小隊の様に、地上部隊は思った程にはいなかったのかもしれない。
それでも少ない。ガトレ様から、話は聞いたはずだ。目撃者とは、何の目撃者だったか。……確か、そうだ。ガトレ様が英雄を撃ち抜いた瞬間を目撃した者だ。
それなら、まだわかる。声に反応して一瞬振り向いて、戦闘に再び集中する。多数の妖魔がいる戦場で、油断は一瞬でも命取りになるはずだ。私は衛生兵としてしか出兵していないけど。
……逆に、どうしてそんな状況で、撃ち抜く瞬間を見ていられたんだろうか。
恐らく、地上部隊にはそんな余裕はないはずだ。ガトレ様の話では、地上部隊は散り散りに展開しており、自分の身を守るのに精一杯だっただろう。
空中部隊も似た様な状況のはずだ。そもそも、空中を主戦場にしておきながら、地上を見る余裕があるのはおかしい。
だとしたら、目撃者になり得る可能性が高いのは、崖上にいた者達だ。役割は英雄と似ていて、地上と空中のどちらも支援できる立ち位置であったはず。周囲を見渡す立場だろう。
なら、次に話を聞くべきなのはこの事件の目撃者だ。目撃者の情報が記載されていないのは、ガトレ様の裁判が秘匿された裁判であった為に、目撃者を証言者として呼ぶ事もできなかったからだろう。
だけど、私は医圏管師だ。戦闘門には伝手がない。どうやって目撃者を探したら良いだろう。
そうして途方に暮れ掛けるナウアだったが、近づいてくる足音に気付き振り返る。
「む。こんな所で会うとは奇遇だな」
そこにいたのは、軍人としての誇りと友情に揺れながらも選択を誤った男であった。
「ドリトザさん!」
しかし、今のナウアには、彼を頼る事こそが正しい選択であるとしか思えない。そんな存在でもあった。
英雄殺し当日の作戦概要が出ました。それらしい資料ですが、三つもあったので小道具感を出しています。
また、前話ではリアクションが三つに増えていまして、ありがとうございました!一章毎に一つ増えているので、百章まで行けばリアクションも百ですね。今のところ行く予定はありませんが。




