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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判

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始まりはいつも、どうしようもなく唐突に

ナウアは一人、食堂で食事を摂っていた。食堂を包み込むのは、いつも変わらない香草の香り。


ナウアは香草の匂いが嫌いではなかった。

今でこそ食事は魔力補給以外の意味合いを失いつつあるが、かつては食事も娯楽の一つであったのだ。


香草を効かせた肉料理や、混ぜ込んで煮込んだ料理など、商会に所属する者とっては、さして珍しくもないものであった。


嗅覚の鋭い犬人を代表とするアビト族らは匂いを避けて通る為、ナウアのいた商会では、なかなか集客には繋がらなかった事も思い出す。


臭いを嗅ぎ分けて粗悪品を見抜くという点でも、犬人よりは蜥蜴人が雇われがちであったなとも思う。その能力の精度は先日、リザルド法務官の実演で目の当たりにもしたところだ。


ガトレ様はいつ戻ってくるだろうか。


黄色く塩味が効いた液体を匙で一掬いしてから、ナウアは液面に浮かんだ物憂げな顔と向かい合う。


法廷を出た後、ナウアはガトレと別れ食堂へ訪れた。助手として、ガトレと共にいたかったが、治療魔術も使えない状況が助手の立場に固執させた事もあり、最近は食事を疎かにしていたからだ。


いざ治療魔術が必要な場面で、魔力が足りないという事になれば、いよいよ医圏管師失格である。ガトレからの指示でもあった為、ナウアは食事を受け入れる事にしたのだった。


一方、ガトレはイパレアの元へ向かった。

法廷を出てすぐ、留置所は右側から向かう事ができる。受付と話すガトレが、別れ際の最後に見た姿だ。


ナウアとしては、英雄殺しにイパレアが関わっている可能性は五分五分だと感じていた。


イパレアが脚を欠損したのは英雄殺しが起こる前。恐らくは終人010、いや、今は脱021と改められたあの事件が発端なのだろう。


もしも私が治療できなかったあの蛙人が、イパレアと同様に間諜であったとしたら、約二ヶ月の間にイパレアは更なる情報を得たと考えられる。


しかし、イパレアは脚を欠損した後は療養室で過ごしていたはずであり、情報を集めるのも難しい環境だった。であれば、蛙人は間諜ではなく、純粋に脱走したのではないかと思う。


そうでなければ、わざわざイパレアが脱走を試みる理由がわからない。蛙人が逃げ切ったかもしれないのだから、それだけで十分なはずだ。


そして、療養室で過ごしていたイパレアには、英雄殺しを実行出来るはずもない。脱走の直前に英雄殺しが発生したのは偶然なのではないだろうか。


しかし、計画が脚を欠損する前から始動していたのなら、その限りではない。結局、必要なのはどちらかを信じるに足る証拠であって、五分五分としか言えないのだ。


表面が冷えて硬くなり始めた紅猪の肉を噛みちぎってから、ナウアは溜息を吐いた。


食堂で提供される紅猪の肉は量が多い。加えて、ヒト族である以上、魔力だけ吸収した後は食べた物を全て吐き出す事になるのだと思うと、余計に食欲は減退した。


流体固形食にしておけば良かっただろうかとも思うが、一体何本食べれば良いのやら。


それに比べればまだ紅猪の方が、とまた一つ肉片を口に運んだところ、下処理が不十分だったのか、噛むと獣くささが口内に広がる。黄色い汁で流し込んでから、ナウアは目尻に溢れた涙を拭った。


「凄いな。残り半分以下じゃないか?」


声と共に、向かいの席に人が座った。


「ガトレ様」


それは、主人や上官ともまた違う、何か特別な関係でありたいとナウアが願った相手、シマバキ=ガトレであった。


「イパレアから話は聞けたのですか?」

「……ああ、多少はな。ただ、英雄殺しについては芳しくない。やはり、まずは作戦についての資料を見るところからだな」

「そうですか。なら、私も早く食べ切りますね」

「すまないが、そうしてくれると──」


そこで、ガトレはデュアリアに目を落とす。ナウアは覗き込む様な事はしないものの、何か文書が届いたのだというのは察した。


「どうされました?」

「ミルモウ法務官から、今どこにいるのかといった質問だ。食堂と答えるから、まだ食事は急がなくともいい」

「承知しました」


ナウアは口の中に詰められるだけ詰め込んで、入らない分は残そうかとも考えていたが、考えを改めて切り分けた肉片を一つ一つ咀嚼し飲み込む事にした。


やがて、肉が残り数切れ程になり、食事の終わりも見えてきた頃に、ミルモウは現れた。後ろには見慣れたチュユン捜査士官を引き連れている。


「先ほどの裁判振りですね。どうかしましたか?」

「まずは、無事で安心しましたよ。魔弾で撃たれた時はモー駄目かと思いましたからな」

「幸い、ヒト族であった事と、ナウアの治療魔術がありましたから」

「ええ。見事なモーのでした」


ミルモウは一瞬、ナウアを見遣った後に、表情を申し訳なさそうにしながら続ける。


「さて、本題ですがな」

「はい」

「……シマバキ=ガトレ。貴方をスソノ=イパレア殺害の容疑で拘束します」

「え?」


直後、チュユン捜査士官がガトレの脚を払って床に倒し、両腕を抑えて身柄を拘束した。その間に、ミルモウが軍式拘束魔術の準備を進める。


「ど、どういう事ですか!?」

「先程、イパレア氏とガトレ氏は面談をしておりましたが、その後にイパレア氏は死体となっていたのです」

「な、一体どうして……」

「状況からして、直前に面会をした者が犯人としか考えられませんな。抵抗は勧めません。罪が増えるだけですからな」


ミルモウの忠告はガトレにではなく、匙を片手に立ち上がったナウアに対してであった。


「ナウア。言う通りにした方がいい。お前まで捕まれば、先が無くなる」

「ですが……」


チュユンが拍子抜けする程に抗う様子のないガトレに、ナウアは身悶えしたい気持ちが湧いてきたが、指示通りにその場で待機するに留めた。


「これから調査と取り調べを行いますので、面会できるのは早くても翌朝でしょう。独り言ですがね」


誰にでもなくミルモウはそう言うと、軍式拘束魔術を発動してガトレの両手を束縛した。


「ナウア」


両手が不自由になったガトレは、チュユンに立たされながらナウアへ声を掛ける。


「もし、俺が犯人ではないと思うなら、やれる事をやってくれ」

「そんなの、頼まれるまでもありません」


即答するナウアに、ガトレは微笑んだ。それから、もう何も話す事は無いとでも言う様に表情を無くすと、連れて行く様チュユンに促す。


しっくり来ない表情を浮かべてチュユンは先導し、ガトレを連れて行く。二人の進路の先では、何かを恐れる様に、人混みの中に道が次々と開けていった。


「ミルモウ法務官は、ガトレ様が犯人だと思うのですか?」


まだその場に残ったままのミルモウに、ナウアは尖った声で訊ねる。ミルモウは軍帽を目深にしてから答えた。


「私が法務官であるという事実は、どうしようモーないですからな」


それだけ言って、ミルモウもその場を後にする。


最後に一人、取り残されたナウアは、今すぐにでも全てを吐き出したい衝動を堪えて、皿の上に残った肉片を全て飲み込んだ。


医療事故と疑われた時もそうだし、イパレアの事件に巻き込まれた時もそうだった。


始まりはいつも、どうしようもなく唐突に来るものなのだ。


例え明日の昼に、自身を被告人とした裁判があるのだとしても、事件は起こるのだ。しかも、再び容疑者となる様な事件が。


そんな馬鹿なことがあってたまるか!


ナウアは両手の拳を食卓に叩きつけた勢いで立ち上がると、いつもはする挨拶もせずに皿を返却し、勢いよく食堂を飛び出すのだった。


その先にあるはずの真実を求めて。

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