助手の伝手
ミルモウと別れたガトレは、究謀門へと向かっていた。助手のナウアが居なくなった事に、ガトレは知識面での不安を抱いていたからだ。
助手がいなければ新たに助手をつけるしかない。そう考えて、ガトレが頼る相手に選んだのは、フギルノ博士であった。
今回の被害者はアビト族だ。もしかしたら、今回の事件においては、ナウアよりも向いているかもしれない。
ガトレは受付を済ませ、昨日と同じ部屋に入る。部屋の中で作業をしている者は減っていたが、フギルノは変わらず起きていた。絵の続きを描いている様だ。
「こんばんは。フギルノ博士」
ガトレが声を掛けると、フギルノは枝葉を何枚か描き終えてから、ようやく手を止めた。
「おやおや、ガトレくんじゃありませんか。ナウアくんはいない様ですが」
「実は、頼みたい事がありまして。ナウアにも関係している事です」
ガトレはイパレアの死とナウアが容疑者として捕まった事を話した。フギルノは神妙に聞いていたが、話が終わると微笑みを浮かべて頷いた。
「わかりました。裁判には必ず協力しますよ」
「ありがとうございます! 私一人では気づけない事も多いと思っていたので」
「お安い御用ですよ。ナウアがいた商業組合には、良くしてもらいましたから」
「両方の組合から、という事ですか?」
ナウアは二つの商業組合の友好の証として生まれたという話だったが、とガトレは思い出しながら訊ねる。
「ああ、いえ。片方ですよ。それと、もう片方の組合は、サジ様と縁があったとか」
「なるほど。それで医圏管師に」
二つの組合から大切にされていたのなら、危険な軍に一人で送り込むというのも避けそうだが、安心できる要素は十分にあったという事か。
「まあ、あまり公にする事ではないでしょう。力ある者との縁故は、良く取られない事もありますからね」
そういえば、ストウはナウアに医圏管師を辞めさせたそうにしていた。その時も、やたらと能力が無いのに、等と言っていたな。
もし、それが動機になったとしたら。
「何やら、思い詰めた顔をしていますね」
「え? あ、すみません。考え事を」
「謝る必要はないですよ。考えなければ、足は進まず、空も飛べはしませんから」
「そうですね。まあ、ヒト族は自在に飛べませんが」
自由自在には飛べなくても、足場を作る事はできる。英雄もそうしていた。
今回の事件でも、窓から出入りする事は可能だ。隣の部屋にいたストウだって。合理的だとは思えないが。
そろそろ、療養室の捜査にも進展が出ている頃だろうか。
「ちょっと、事件現場を調べてきます。何か、見落としがあるかもしれませんから」
「ええ、お行きなさい。私も絵は早々に切り上げて、明日に備えますよ」
「よろしくお願いします」
フギルノに一礼すると、ガトレは療養室へ戻る事にした。
* * *
療養棟の受付から何か言われる事もなく、ガトレは療養室の前まで戻ってきた。廊下の灯籠はガトレの魔力が残っているのか、まだ光を灯している。
冷気がすっかり消え去っているのは、廊下にいてもわかる程だった。ガトレが療養室の扉を開くと、中にいた雀人のチュユン捜査士官が振り返る。
「ああ、なんだ。英雄殺チか」
英雄殺しという大層な汚名が、なんだ、などという扱いを受けるのもおかしな話だとガトレは思った。
「犯人だとでも思ったのか?」
「違う。ミルモウ法務官だチュン」
「まあ、そうか」
いくら捜査士官が一人だからと言って、犯人が現場に戻るという事は無いのかもしれない。それか、チュユン捜査士官がそこまで考えていないだけか。
いや、魔術が無くても強いのだ。余裕の態度というやつかも知れない。ガトレは、シズマを倒したチュユンの柔術を思い出した。
「ミルモウ法務官はアレでも、昔は暴れ牛人の異名を持っていたらチいチュン。妻が出来てからは穏やかになったらチいけど」
「へえ。全然そうは見えなかったな」
人は見かけにはよらないという事か。いや、実際、俺もドリトザの事を誤解していたしな。
「ところで、何かおかしな事は見つかったか?」
「どうせ、問診権限には逆らえないから、話チてやります」
「悪いな。何かあれば俺のせいにしてくれて良い」
ガトレは本心からそう言った。チュユンに対しては、恨みも何も抱いていない。
「言われなくてもそうチます。でも、特に見つかったものなんて。採取した魔力は検査中ですチ。隠チ通路なんてものもなかったでチュン」
ガトレもその点は期待していなかった。療養室にそんな仕掛けがあるのなら、医圏管師が把握していないわけがない。
「それと、二階の部屋は他の捜査士官も呼んで調べ尽くチまチたが、誰かが隠れているという事も無かったでチュン」
療養棟の二階にはいくつか部屋がある為、隠れて人がいなくなるのをやり過ごす事も可能ではあるが、その可能性も消えたようだ。
「あとは、何か煤みたいなのが落ちていまチた。布団も一部、黒くなってまチたね」
「煤? 部屋はむしろ冷え切っていたのにか?」
「僕にもわかりません。今回の事件が起こる前からあったのかも」
煤と言えば、死体が燃え尽きた先日の事件が思い出されるが、何かを焼いたという事だろうか。いや、まだ答えを出すには早い。
「死体についてはどうだ?」
「うーん、思ってたより、杖は深く刺さってなかったみたいでチた」
「そうなのか?」
「部屋を暖めたら、ポロッと落ちまチたよ。どっちかと言うと、カランッて床に当たる音で気づきまチたけど」
傷は浅かったという事か? だとしたら、話が変わってくる。死因は本当に刺殺だったのだろうか。
「死体を見たいんだが、今どこに?」
「安置室にありまチュン」
「わかった。行ってみる」
ガトレは療養室の捜査を早々に切り上げて、安置室へ向かう事にした。
* * *
そろそろ日付が変わる頃だろうか。灯籠に照らされた廊下を歩きながら、ガトレは窓の外を眺める。
果たして、裁判はすぐに行われるのか。解決はできるのか。今のところ、ナウア以外の犯人候補として、明確な存在は見つかっていない。
二階の療養室で犯行が起きた後、安置室の方からは俺が来ており、一階には受付の目があった。更に窓の外では階下にロローラがいて、隣の部屋にはストウがいた。
他の部屋に誰も隠れていない事は捜査士官が確認し、どこにも隙は無いように思える。
もし、この隙を突き崩そうとするならば、何か突飛な発想が必要なのだろうか。あるいは、発想の転換か。
例えば、本当の死因は視察では無かった。偶然、そう見える状況が出来上がっただけで、実際の死因は別にあったというのはどうだろう。
そう、例えば、毒とか。
一つの答えが思い浮かんだのと同時に、ガトレは安置室の前に辿り着く。扉を開けると、左側の受付に亀人の姿が見えた。
「おう。そんなに死体が好きなのかい?」
「まさか、そんなわけないですよ」
雑な振りを雑にいなして、ガトレは安置所へと降りていった。
安置所は一見、変わった様子が無いように思えたが、閉じた箱が一つ増えている。ガトレが蓋をずらすと、中にいたのは目を閉じたイパレアだった。
浮かべているのは苦悶の表情ではなく、ガトレにはただ眠っているだけのようにも見えた。
ガトレは手を伸ばし、イパレアの口を開いた。安置所において、床からは魔術陣が光を放っているが、天井からの光は乏しく見えにくい。
しかし、イパレアの口の中、歯がところどころ黒く染まっているのが見えた。ガトレは指でイパレアの歯を拭う。すると、黒い粉が付着した。
毒では無い。それはただの煤だった。
何故、口の中に煤が?
その疑問は当然の事として湧いてきた。
しかし、これ以上の情報を得ることは出来なさそうだと判断し、ガトレは蓋を戻すと安置所から安置室へと戻ることにした。
「おう。何かわかったかい?」
階段を上り扉を開けると、亀人は開口一番、ガトレにそう尋ねてきた。
「謎が増えただけです。ところで、あなた一人でここを守っているのですか?」
「おう。そうさ。ここに配属されてからはずっとだ。交代も無しだから、好きに眠ってるってもんだ」
衣服や装飾品を身に付けている訳でもない死体に、興味を持つ者はいないだろう。きっと、この亀人は暇で仕方がないのだ。
「なら、私も眠りに……」
帰りますと、そう続けようとして、ガトレはナウアが捕まっている事を思い出した。
昨夜はナウアの部屋で過ごしたが、ナウアがいないのにナウアの部屋へ行く事はできない。また、自分が所属していた部隊の宿舎も、この時間では部屋の鍵が施錠されているだろう。
「今夜だけ、私もここで過ごしても良いですか?」
結果、ガトレの選択はそれだった。
フギルノに頼めば部屋を借りられるかもしれないが、ガトレには動く時間が勿体なく感じられた。
加えてどの道、明るくなってから薬草園を見に行くつもりだった為、距離が近いこの場所はガトレにとって好都合に思えたのだ。
「おう。別に許可なんていらんだろう」
「ありがとうございます」
礼を言うとガトレは、壁に背を預けて床に腰を下ろし、足を伸ばして目を閉じた。
「おう。流石にそりゃ不便だろ。受付に言って療養室の布団を拝借すりゃあ良い」
「……そうですね。そうします」
一考した上で、ガトレは亀人の提案に従う事にした。許可は不要だとしても、ここに留まっている事自体、不審に思われるかもしれない。
それに、裁判に備えて、体調は整えておいて損はない。硬い床より、多少は寝心地が良くなるだろう。
ガトレは受付への申告と、洗って返す事を条件に倉庫から布団の拝借を済ませ、そのまま安置室で一夜を明かすのだった。




