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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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薬草園

「おう。起きたか、若いの」


ガトレより後に寝たはずの亀人は、ガトレよりも早く起きていたらしい。


「おはようございます」

「おう。ミルモウ法務官が来て、裁判やるって言ってたぞ。十時だっつうから、あと二時間くらいか」

「ありがとうございます。俺の身体、すっかり、眠りが深くなったみたいだ」


食べる事と眠る事、それから考える事くらいしか出来なかった牢での日々も引きずったらしく、ガトレの起床時間は就寝の遅さに見合うものとなっていた。


「おうおう。ワシももう少し寒くなりゃ、冬眠とうたた寝の境を彷徨うぜい。流石に火を焚くけどよい」

「どこかの兎人が聞いたら褒めてくれますよ」


冬眠せずに働くなんて偉いですね、と言う兎人の姿をガトレは空想したが、現実には当然の事ですと返すような気もした。


「おう、寒いと身体が固まって動きにくくなるからな。暖めないとワシはやってられんよ」


亀人も周囲の気温に影響を受ける変温動物だったか、とガトレは思い出す。だとすれば、安置所から冷気が漏れるような事があれば、すぐに察知できるだろう。動けなくもなるが。


「それと、ワシも今日の裁判に行くぜい。一応来てくれって話なんでな」

「ここの見張りはどうするんです?」

「おう、一時的にだが、若くて優秀な奴が来るだろうよ」

「普段から交代制にすれば良いのに」

「まあこれは、仕方ないからってやつさな」


食堂の料理人も療養棟の受付も、基本的に交代制で行われているのに、ここだけは違う。逆に、何か特殊な事情でもあるのだろうか。


いや、今は裁判が優先だな。まずは薬草園に行かないと。


「私は薬草園に行きます。布団は後ほど片付けますので」

「おう。頑張れよ若人。ワシみたいにならん様にな」


どこか寂しげで後悔を浮かべた表情を尻目に、ガトレは安置室を後にした。


* * *


顔ぶれが変わった一階の受付に挨拶と事情の説明を済ませ、ガトレは薬草園に繋がる出口を出た。


出てすぐに長い花壇があり、ガトレの知らない花や草が植えられていた。その光景が先々まで広がっている様だが、今は捜査士官も含めて誰の姿もない。


あまり人通りのない場所なのだろう。基本的に、治療は魔術で事足りる上に、今は療養室の患者もいるのかわからない状況だ。


振り返ると、療養棟の白い壁が空から降る光を浴びて輝いて見えた。そして、二階の窓付近とその直下に桶がある。


桶と桶は丈夫そうな紐に結ばれており、窓の下部に取り付けられた滑車によって、動きを制御されている様だ。


ガトレは地面に落ちている桶に近づき持ち上げてみると、地面が魔術陣の形に掘られていた。


ガトレは魔力を指に込めて魔術陣をなぞり、そこに魔術陣を描き込む。それから、魔力を込めて魔術を発動してみた。


すると、地面の桶が窓の辺りまで上昇し、窓付近の桶は地面に降りてきた。どうやら、二階まで行かずに、二階へモノを運ぶ為に使う仕掛けの様だ。


発動した魔術自体は、飛行魔術に近い。今発動した魔術は、地面から空気を巻き上げて、巻き上げた端から魔力が固めていく。つまり、空気で出来た棒状の立体が、地面から生えてくる感覚だ。


これを使えば桶に限らず、人だって二階へ移動できるだろう。


試しに、ガトレは地面に降りてきた桶を退かして、反対側でもう一度同じ魔術陣を描き込む。次は、魔術陣の上に乗って魔術を発動させた。


「うおっと」


急な上昇に動揺したが、魔術陣を描き込む為にかがみ込んでいたお陰で、ガトレの姿勢は安定していた。立っていたとしても、すぐ近くの壁側に体重を預けさえすれば、落ちる事はないだろう。


そしてガトレの目論見通り、二階の窓に到達する事も可能であった。これで窓からの侵入は可能だ。鍵さえ開いていればの話だが。


そして、視界の先には療養室の扉と、扉付近に設置された姿見があり、姿見には窓の外にいるガトレが映っていた。


そのまま空気の棒の上に立っていると、魔力は上から順に解除される様になっているらしく、足元が緩やかに下降していった。その場から動いていないのに、ガトレは何度も階段を降りている様に感じられた。


戦闘門で教わる飛行魔術と区別するなら、昇降魔術とでも呼ぶのが適切だろうか。ガトレの中で仮称が決まり、念の為デュアリアに周辺の光景を記録する。


その後も辺りを見回ってみるが、目新しい発見は他になかった。療養棟の壁に、位置関係的に受付へ繋がる扉と、どこに繋がるのかわからない扉があったくらいだ。


また、薬草園は先端が尖った高い鉄柵で囲まれている為、飛行魔術でも使わない限り、外部からの侵入や内部からの脱出は難しそうだとガトレは感じた。


もうやり残した事は無いだろうと思ったところで、ガトレは裁判が起きる事をフギルノ博士に伝えられていない事に気づき、デュアリアで文書の送信を行う。


魔力の回復もしたいところだが、裁判の時間が迫っている。フギルノが来る事も考慮し、ガトレは法廷へと向かう事にした。


* * *


「やあ、ガトレくん」


まだ時間には早いが、法廷へ続く扉に近づいたところで、ガトレは後ろから呼び止められた。


「サジ卿。お疲れ様です」


手を扉から離し、振り返る。ガトレは目線を落とし、サジに対して敬礼した。


「お主の裁判も解決してないのにすまんが、今日はナウアの事を頼むぞ」

「はい。私もナウアには世話になっておりますので、もちろん全力で挑ませて頂きます」

「うむうむ。その意気や良し。この裁判を越えたら、ワシも新たに提案したい事があってな。お主にも関わりのある事じゃよ」

「楽しみにしています」


サジの提案がどの様なものかはわからないが、サジの口振りは軽く、ガトレにとって暗い話にはならなそうだった。


「うむ。ワシもお主には期待しておるよ」


サジはガトレの肩をポンと叩いて、ガトレの横を通り過ぎて行った。一足先に法廷に入ったサジの後を、ガトレも追う。


犯人の姿が消えた密室。墓標の様に突き立てられた金属杖が、冷えた死体を一層寒々しく飾り立てる。


容疑者は俺が最も信頼する助手。ナウアの青ざめた表情は今でも記憶に残り、焼き付いている。


これから俺は、ナウアの無実を晴らすのだ。そして、未だ姿を捉えきれていない真犯人を、この法廷で明らかにする。そうしなければならない。


ガトレは敵と場を変え、新たな戦場に赴く。その手に握られているのは、魔道銃ではなく証拠と証言。掴み取るのは、妖魔の命ではなく、被告人の命。


未だ慣れない戦場を前に、一度武者震いをしてから、ガトレは法廷へと乗り込んだ。

いよいよ開廷。もう早く裁判がしたくて仕方なかったです。


今回は一章よりアドリブが少なくなるはずなので、事件に関する情報は既にあらかた出揃っています。二章もお楽しみ頂けましたら幸甚です。(皆大好き上面図は裁判中に出ます)

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