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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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聴取:零下の墓標

「あの、アタシも早く解決するなら嬉しいでっす。もし、何か見つかったら教えてください」


おずおずと、サラエが手を挙げる。ミルモウは頷いてから、改めて手帳を構えた。


「それでは、聴取モー継続しましょう。ガトレさんの話では、冷気が廊下にも漏れていたそうですが、他の三人は異変に気づかなかったのですか?」


ミルモウがデリラ、サラエ、ストウを見回す。ストウとサラエが顔を見合わせたのを見て、デリラが話し始めた。


「まず、俺は凶器になってしまった杖を、イパレアさんへ渡しに来ました。その時、被害者の見舞いに来てた人とサラエさんがいましたね。で、イパレアさんがナウアさんと話したいと言うので、見舞いに来てた人と俺たちは退散。俺とサラエさんは、斜向かいにある倉庫にいました」

「なるほどお。見舞いに来てたというのは?」

「イパレアさんの妻で、山羊人のロローラ=アムアムさんでっす。軍人ですけど、出産明けで休暇中で、居住区に住んでいると思いまっす」


デリラの代わりにサラエが答える。軍関係者や親族、裁判に現れる様な賓客の一部は、居住区と呼ばれる区画に住んでいる。


親族は望めば来られるが、自由に出歩きする事も出来ないため、基本的には妖魔の被害による孤児や、退役した兵士が暮らしているとガトレは聞いた事があった。


「では、その方にもお話を伺いますかあ。モー既に、被害者の事を伝えるのは憚られますが」


そうか。ロローラは、まだイパレアが死んだ事を知らないのか。恐らくは、辛い事なのだろうな。


生まれた時から親がいない様なガトレだったが、親友であるアラクモや、信頼できるナウアに置き換えてみれば、その心情を察する事は出来た。


ガトレが置き換えた相手であるナウアを見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべてから、サッと顔を背けられた。


「それで、倉庫の中では特に、異変を感じなかったのですかあ?」

「そうですね。折り畳み魔道杖の配備が可能か、事前に見ておきたくて倉庫を歩き回っていたものですから。そろそろ帰ろうかなと入口に戻ったところで、大きな音が聞こえましたが」

「私が扉の丸窓を割った時の音ですね。倉庫からはサラエが、隣の部屋からはストウ医圏管師が出てきました」


ストウは隣の部屋にいたのだから、異常には先に気づいていたはずだが、というガトレの疑問と同じところに、ミルモウも至ったらしい。


「隣に? でしたら、モーッと早くおかしいと思いませんかあ?」

「一度、私が騒がしいと注意しに来たら、空気が悪くなったと不評だったのですよ。だから、しばらく放っておいたんです。しかし、ガラスの割れる音で流石に我慢の限界が来ました」


そういえば、療養室に来たストウを、一度イパレアが追い出したのだった。どうやら、ストウはそれを気にしていたらしい。


「では、ガラスが割れる音以外でも、気になる音はあったという事ですかあ?」

「いや……正直、わかりませんね。何かあれば呼びに来るだろうと思い、寝てましたから。起きたのは、そのガトレという奴が騒ぎ出してからです」

「寝てたあ? 仕事中ですよね?」

「別に良いでしょう。適切に時間を管理出来てさえいればそれで」

「モー、困りますよお。起きていれば、犯人の声を聞いていたかモーしれないのに」


ぶつくさと言いながらミルモウは手帳に書き込んで行く。


寝てた? 本当にそうなのだろうか。あまりにも都合が良い気がする。それに、ストウは性格は好ましくないが、仕事はちゃんとやる人間じゃないだろうか。


ガトレはサラエによって治療された拳に目を落とす。


「しかし、聞いた限りですと、ナウアさん以外に犯人になりそうな人はいなさそうですなあ」


ミルモウがボヤいた声に反応して、ガトレは顔を上げた。


「まだわかりませんよ。本当にストウ医圏管師が寝ていたのなら、ナウアが意識を失った後、何が起きたのかはわかりません」

「とはいえ、窓モー扉モー鍵は掛かっていたというじゃないですか。それに、扉から逃げたとすれば、目撃者がいるでしょうし」


ガトレは一度、現在地の構造を思い返す事にした。


ここは療養棟の二階に当たる。ガトレは初め、療養棟の入口でナウアと合流した後、そのまま二階まで上がってきたが、一階には受付があった。


そして二階は、西と東に一階へと繋がる階段があり、西側に伸びた廊下を進んでいくと安置室があった。


安置室自体は二階程度の高さに位置するが、階段を降りる事で一階程度の高さに到達するのだろう。安置室からの扉以外に入口がない事から、外から見ると全面が壁の建物があるのだと考えられる。


「私は療養室に戻るまで、誰の姿も見ませんでした。安置室の方面には来ていないでしょうね」


謎の声は聞いたが、今回の事件とは関係ないだろう。むしろ、姿の見えない声の主が犯人だと決めつけるのは、視野を狭めてしまうだけだ。


「そうなると、モー一階の受付で聞き込みをするしかなさそうですな。モーしモー代弁士をやるなら、付いてきますか?」


ミルモウはガトレにペン先を突き付ける。


「ナウアが被告人になるならそのつもりですが、良いのですか?」

「聞き込みくらいなら、モー良いでしょう。多忙な方々に同じ話を繰り返させる訳にモーいきませんしね」

「私としては有難いです」


アラクモの時は、既に法務官が調査を終えた後だった。法廷で初めて得た情報もあったが、それらを事前に得られるのなら、ガトレには利しかない。


ガトレはそう考えたが、ミルモウもそこまで甘くはなかった。


「ただし、事件現場の捜査記録等はモー与えません。あくまでモー、共に得られる情報は聞き込み時のモーのに限ります」

「わかりました。構いません」


現場は既に、調べられる範囲を調べた。前回は問診権限を使い、チュユンから半ば無理矢理に情報を聞き出したが、今回は十分なはずだ。


それよりもガトレにとって困難なのは、英雄殺しの汚名による聴取であった為、条件がついても悪い話ではない。


「そして、モー一つ」

「何でしょう」

「モーちろん、ロローラ氏の元にモー付いてくる事」

「……わかりました」


予想はしていなかったが、覚悟はできていた。関係者に聞き込みをしていく以上、避けては通れない道だ。


「これでモー成立です。では、護送用の捜査士官を呼んだ後で行きましょう。ナウアさん以外の方々は、業務に戻られても構いませんが、早ければ明日には証人として呼ばれる事になるでしょう」


ミルモウは軍帽の鍔を上げて言った後、デュアリアの操作に移った。


「ストウ医圏管師、アタシはどうすれば……」


所在無さげなサラエに対して、ストウは腕を組んで顔を背けた。


「見守る患者がいないのでは、どうしようもないだろう。自室で休んだらどうだ」

「わかりました……」


サラエはガトレにもナウアにも声を掛けずに、フラフラとどこかへ歩いて行ってしまった。


ガトレには、サラエの様子が異様に感じられた。

医圏管師である以上、傷病者と接する機会は多いはずで、死体を見たからと言ってあそこまで憔悴するものだろうか。


気になる言動はあったが、事件との関係性はまだ見えないな。


サラエの背中を見ていたガトレは、左肘を掴まれる感触に気づく。


「ガトレ様」

「ナウアか」


ナウア以外に、そんな事をしてくる者はいないと分かっていながら、ガトレはそう返した。


「はい。ナウアです。……その、本当に、申し訳ありません。私は……私を信じてくれた事が、不覚にも、嬉しいと思ってしまいました」

「そこを謝るのか? 変わってるな」


ガトレは肩を竦めて小馬鹿にした様な笑みを浮かべた。ナウアはそんなガトレを見て、クスリと笑う。


「ふふ。そう、ですね。本当なら、巻き込んでしまった事に対して謝るべきです。というよりは、私が巻き込まれてしまった事に、ですね」

「ああ、普通はそっちじゃないのか? まあ、だとしても俺に怒る理由はないさ」


ナウアは俺がイパレアと話せる様に、協力しようとしただけだ。不注意でもなんでもない。ガトレの認識としては、そのようなものだ。


「そうかもしれません。……ただ、ガトレ様には自身の罪を暴く為に全力でいて欲しいと、そう思っていたはずなのに、嬉しく思ってしまった事が、ガトレ様を裏切ってしまった様で、申し訳なくなったんです」


ナウアは罪悪感と嬉しさで揺れ動く忙しない表情で、訥々と心情を吐露する。それを受けてガトレは、ナウアの額を軽く小突いた。


「そんな事を気にするな。今のナウアは俺の助手だ。俺が上官で、お前は部下だ。部下の不始末くらい、上官が責任を取らねばな」


もしもなるのであれば、俺はそういう上官でありたい。シズマの様な、部下に罪を押し付けようとする者ではなく、いつでも守ってくれるという安心感を与えてくれる、救国の英雄の様に。


それは、ナウアと出会った初めから変わっていない。


「ふふ。ガトレ様なら、隊長も向いてると思いますよ。……だから絶対、裁判を乗り越えましょう」

「そうだな。まずは今回の裁判を乗り越えて、英雄殺しの裁判にも決着を付けるぞ」

「はい!」


ようやく明るさを取り戻したナウアの声に、ガトレは自分も励まされた様な気がした。

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