不意の再会
療養室から出たガトレとナウアは、廊下の反対側から見覚えのある人物が向かってくる事に気づいた。
目前まで来たところで、ガトレが会釈して挨拶する。
「デリラ=ノザ副門頭、でしたよね」
「たはは、どうも、覚えられてましたか。だったら、デリラさんで良いですよ」
究謀門の副門頭を務めるデリラ=ノザ。フギルノ博士の元へ向かった際、一度会ったその人は、両手に金属製の道具を抱えていた。
それなりの太さをした黒い金属の棒が折り畳まれた様な構造で、ガトレ達には見覚えがないものであった。
「ああこれ、気になります? 折り畳み魔道杖っていうんです。まだ試作品なんですけど、俺が作っちゃいました」
「一体、どのようなものなのですか?」
「魔力を込めると内部の魔術陣が発動して、身体を支える杖になるんです。持ち運びが手軽ってだけで、ただの杖ですけどね」
ヒト族にとって、杖が必要になる場面は少ない。
魔力による回復力が高いヒト族は、身体の欠損すら治療魔術で回復してしまうからだ。
しかし、肉の部分が多いアビト族の場合は、回復までの繋ぎとなり得る道具となるのだろう。
「これは、もしかしてイパレアさんの為に?」
「そんなところです。着想自体は、アリアから荷物を小さくまとめる為の魔道具を開発してくれって言われたのがキッカケなんですけどね。ウチの門頭は体力がないんで」
「信頼されているのですね」
ガトレはピューアリアに対する事前の印象から、デリラがいい様に扱われているのだと感じたが、ナウアの受け取り方は違った様だ。
「まあ、これでも副門頭ですから」
しかし、デリラは誇らしげな表情を見せた為、ガトレは自分の認識が誤りであったのかもしれないと思い直す。
「この魔道杖は調整が終わったら療養室に配備予定です。あとは衛生兵が携帯する事も考慮に入れてますけど、問題は重さかなってところです」
「魔力を込めたものが壊れてしまう兵士もいるので、その対処も必要でしょうね」
「たはは。それはちょっと、使用を控えて貰いたいですね」
ガトレの指摘にデリラは苦笑を浮かべる。
残念ながら、ドリトザがこの杖を使う機会はなさそうだ。あるいは、魔道銃の様に利用ができれば別だが。
「じゃあ、俺はこの辺で。お二人も急いでるでしょ」
「こちらこそ、貴重な時間を割かせてしまい申し訳ありません」
「たはは。俺の時間なんか、アリアと比べれば大したもんじゃないですよ」
乾いた笑いで謙遜しつつ、デリラは二人とすれ違っていく。そのまま、イパレア達がいる療養室へと入って行った。
「副門頭とはいえ、門頭を呼び捨てにするって凄い方ですね」
「そういえばそうだったな。まあ、ピューアリア様限定だろう」
アリア、と呼んでいたか。それを許す辺り、ピューアリア様の懐が深くはあるのだろう。アミヤ卿が知ったら、権威が落ちるからと止めに入りそうだ。
「もしかすると、あの御二方も……。いえ、考え過ぎでしょう。サラエの毒気に当てられたみたいですね」
「何の事だ?」
「お気になさらず」
そう言うとナウアが歩き始めたので、ガトレもついていき横に並ぶ。辺りに人はいない様で話し声も聞こえず、白い廊下に足音がよく響いた。
「そういえば、ストウ医圏管師がいたが、ナウアは大丈夫なのか?」
「それは、ストウ医圏管師が及ぼす精神衛生上の悪影響を考慮した事による心配ですか?」
ストウをまるで病原菌か何かの様に扱う医圏管師らしい物言いに、ガトレは笑みを浮かべる。
「はは、そうだ。イパレア小隊長も要求していたが、換気が必要かと思ってな」
「ふふ。問題ありません。いらっしゃる事は知っていましたし、私が標的になったわけではないですから」
ナウアは右手を口元に当てて微笑む。ガトレにはナウアが、本当に気にしていない様に見えた。
「ストウは、サラエの上官だと言っていたな」
「ええ。以前は私の上官でした。サラエが便利な相談相手を求めるのも、あの人のせいかもしれませんね」
「あり得る話だ」
戦っているのは兵士だけではない。受付も、医圏管師も、法務官も、各々が自身の矜持を掛けて、身や心を傷つけながら戦っているのだ。
今のガトレは、それを知っている。
「さっきはサラエに言い過ぎたかもしれないな」
「私は言い過ぎる前に止めたつもりですよ。サラエも、あれぐらいなら傷つきません。私だって以前、同じ様な事を言いましたから」
「だから返しが流暢だったんだな」
ならば、俺もちゃんとした自分なりの回答を考えた方が良いだろう。親と子の適切な関係について、サラエが納得できるくらいの答えを。
それがきっと、謝罪の代わりになるはずだ。
そう決意したガトレの目の前に、黒い扉が聳え立つ。白い廊下が続いてきたところに、両開きのその扉はかなりの異質さを放っていた。
「ここが安置室です。中に見張りと受付を兼ねた財圏管の方がいるので、手続きは私が済ませます」
ナウアが扉の取っ手を掴んで手前に引く。開かれていく扉の隙間から漏れ出た冷気と、鼻をつくわずかな異臭がガトレの五感を刺激した。
「さあ、では入りましょう」




