異種族恋愛
「妻、というのは一体?」
ガトレの疑問に、イパレアは目を丸くしてから微笑んだ。
「ああ、ヒト族では左親と右親と言うんだったね。一部のアビト族では、雄を旦那や夫、雌を妻や嫁と呼ぶんだよ」
「初めて知りました。……あの、つまりは、婚姻魔術を使う相手という事ですか?」
「まあ、そうなるかな。というか、婚姻魔術は使ってないけど、子供はもう、出来ているというか」
イパレアは困った様な表情を浮かべ、尻尾を左右に振った。
「メェ。実は私、戦闘門所属の軍人です。今は休暇を取ってますが」
「え? という事は、もしかしてここで会ったんでっすか!?」
イパレアの後を引き継いだアムアムの言葉を聞いて、サラエは両手を頬に当てながら飛び跳ねた。
「メェ。イパレア小隊長の部隊に所属でした。子供が出来たから休暇中です」
「ちょちょっ、ちょっとその辺り詳しく聞きたいでっす!」
興奮するサラエを前に、ガトレとナウアは顔を見合わせる。二人には、サラエが高揚する理由がわからなかった。
「サラエ。すまないが、俺たちはイパレア殿と大事な話をしたい。後にしてくれないか?」
救国の英雄を恨んでいる人間は多くいると聞いたが、聞きたい話は多くある。英雄がどういう人間だったのかも、ガトレは知りたかった。
「いやいや! こっちだって大事でっす! 子供を産んだ後の人が、大変だろうにわざわざこんなところまで来てくれたんでっすよ!」
「大変……なのか? そんなに離れたところにアムアム殿は住んでいるということか」
「違いまっすよ! これだから愛のないヒト族は!」
ガトレにはサラエの言い分が全く持って理解できなかったが、それはナウアも同じ様だった。
「あのね、サラエ。サラエって今、業務中じゃないの? そんなことしてる場合?」
「業務中でっす。でも、今のアタシの仕事は療養室の患者対処でっすから。ここにいても何の問題もないでっす!」
「そ、そう……」
筋は通ってはいないが、それが逆に気力を削いだらしく、ナウアはゲンナリとした表情で肩を落とした。
「おい、騒がしいぞ。ここは患者のいる場所だ」
どの様にしてサラエを出し抜くか考えていたガトレは、入口からした声の方に振り向く。立っていたのは、青い短髪の医圏管師だ。
「貴方は確か、ストウ=ザナトリクス四等医圏管師」
「名乗った覚えは無いぞ、英雄殺し。まあ、そこの無能に陰口でも告げられたのかもしれないがね」
「……ガトレ様。私も、ストウ医圏管師の名を教えた覚えはありませんが」
ガトレがストウの名前を知っているのは、法廷議事録で目にしたからだ。しかし、それを知られる訳にはいかない。
「たまたま耳にしたんだ。それより、どうして貴方がここに?」
「サラエの上官だからだよ。安定しているとはいえ、療養患者に五等だけを付けるなんて事はしないさ。まあ、私は花を咲かせることなく、勉学に勤しんでいるがね」
ストウの発言は、明らかにサラエに向けた嫌味であったが、サラエからの返答は無かった。
代わりに、目だけが笑っていない笑顔でイパレアが言葉を返す。
「青髪の医圏管師くん。騒がしくしてすまなかったが、君がいると私は気分が悪くなる様だ。もしかすると、悪い空気が呼び込まれているのかもしれないな」
ストウは自身の髪をくしゃくしゃとしてから、体の向きを入り口側に変えた。
「……そうかい。私は窓を開けて換気すべきだと進言するよ。せいぜい、途中で転ばない様に気をつけるんだね」
悪態をついてストウは部屋を出て行く。ガトレには、ナウアが嘆息する声が聞こえた。
「それと、英雄殺しにも、悪いが席を外して貰えるかな。サラエが言った様に、折角ここまで足を運んで貰ったのだから、話をしたいんだ」
「いろいろ聞かせてもらいまっす!」
「わかりました。また後ほど来ます」
当人の意向という事であれば、ガトレも逆らって心象を悪くする訳にはいかないと考えた。
「ガトレ様。でしたら、安置室に行きませんか?」
「安置室? というと、死体が置かれる場所か」
連合軍において発生した死者は一度、安置室へと運ばれる。その後は遺族の意向によって、交報門の手で返されたり、衛生門の手で処理されたりすると、ガトレは聞いた事があった。
その様な場所に向かう意味。ガトレにも薄々察しがついていた理由を、ナウアは口にする。
「はい。英雄の死体を、見に行きましょう」




