取り返しのつかない一手
「被告人が、妖魔との間に生まれた者だと?」
「左様です。私が妖魔と共に作り出した子です」
法廷の声は騒音となって鳴り響く。スワローテがサドラの生き残りだと指摘された時とは趣も異なっていた。
「異議あり! 妖魔との間に出来た子だという証拠がありません!」
「異議あり。証拠は必要ないのニー。妖魔との子供の作り方はアリアが階一次閲覧権限が必要と定めたから、本法廷での開示は不可能だニー。それとこの後、門頭と一部の者を対象に証拠と照明を踏まえて説明が行われるから安心して欲しいのニー」
情報の開示が行われず、証明を必要としない。それはつまり、提示された事実をこの法廷において否定する事は出来ないという事だ。
「そんな、横暴過ぎます!」
「横暴なのはどっちかニー? 被告人は妖魔との間に出来た子供だった。この事実で一つ説明が付くこともあるニー」
「説明が付く事とはなんだ?」
「被告人の魔力総量の少なさだニー。英雄殺しの裁判に再審の必要が出たのは、被告人の魔力総量では英雄に危害を加える事は出来ないからだったニー。だけど、被告人が持つのが、二種類の魔力であったならどうかニー?」
ピューアリアが何を言いたいのか、ナウアにはすぐに察しがついた。それから自身の顔を覆う。
ありえない事だ。普通なら。
しかし、提示された普通でない証言から、そのあり得ない事に可能性が生じる。
「要するに、被告人は自らの固有魔力と、妖魔としての魔力も持っていたんだニー! だけど計測されるのは固有魔力だけだから、魔力総量は少ないと誤測定されたんだニー!」
二種類の魔力を持つ。通常のヒト族やアビト族であれば考えられない性質だ。
魔力とはそれぞれが固有のものを持つ。それ故に、ピューアリアの作成した採取機も犯人特定について、ある程度の保証がされてきた。
しかし、そもそも魔力を二種類有していたのなら。更には、そのうちの一つが、妖魔全体で共通している魔力であったなら。
話は大きく変わってくる。
「それじゃあ、まさか!」
「本来、魔道銃は使用者の魔力で撃つ事になるのニー。だから威力は低いとされていたけど、妖魔としての魔力も込められたなら、話は全くの別物だニー!」
「……つまり、被告人は英雄に害を為せなかったという前提が崩れ去るという事」
ピューアリアがナウアの背後を指差し、アミヤが結論を掬い取る。抽出物はナウアにとって毒性を示していた。
「今回の裁判では証人を操作して、証拠もないのに自分が犯人だと証言させたのニー。これも妖魔の魔力を使って何かした可能性があるニー」
「証拠がありません!」
「妖魔との間に生まれた存在に前例がないのに、証明を求める必要性があるのかニー? ぜーんぶ、妖魔の魔力を使って何らかの方法で、で片付くのニー」
「くっ!」
ナウアの異議が悉く潰される。それも、反論の舞台にすら立たせてもらえない形でだ。
証拠が無いなりに裁判を乗り越えてきたナウアも、証拠や証明さえ不要とされてしまえば打つ手がない。
代弁士側に反論の余地すら与えられないのでは、最早、裁判の体裁を保てていないとも感じた。
「今回の事件も正しくはこうだニー。被告人は留置所から出た後、留置所の屋根上に乗って土爪魔術で被害者の胸を貫いた。その後、偽装工作の為に土爪魔術で出来た穴から魔力水を流し込んだか、水系統の魔術を使ったんだニー」
「それは不可能です! 被告人が留置所を出た後には、鳥人の三人が外にいるはずです!」
「三人がくる前に終わらせたなら問題無いのニー。被告人が留置所を出た時点で、既に鳥人達が休憩に来ていた事は証明されてないのニー」
「…………」
調べればわかる事だ。休憩に入った時間は隊としての時間設定がある以上、明確になっているはず。あとは、ガトレ様の留置所への入退室の記録が残っていれば、その照会はできる。
ただし、そう説明したところで、ピューアリアの回答は変わらないだろうとナウアには予想できた。
妖魔の力を使って何とかした。その不明瞭な一点だけで、法廷の空気を味方につける事が可能だ。
「ニハハハ! 返す言葉も無いみたいだニー!」
ピューアリアが両手を腰に当てて笑う。恐らくはナウアが黙り込んだ理由も察しての態度だからこそ、ナウアは余計に感情を消す事に努めるしか無かった。
悔しいし、腹立たしい。
ここまで来て、こんな盤外戦術を使われて、そう思わない事に無理がある。しかし、その感情を見せれば利用されるだけ。代弁士は感情で被告人の罪を否定したいだけだと。
わかっている。わかっているのに、ナウアにはもう、どうする事もできなかった。
「ピューアリア様。あなたという人は……」
ナウアの肩が盛り上がる。両手を振り上げ、そのまま振り下ろしてしまいそうになったところで、肩に何かが添えられる。
ナウアが振り返ると、そこにいるのは当然ガトレであった。肩に乗っているのは、魔術で拘束された両手だ。
「ナウア。俺は覚悟を決めた」
「ガトレ様……」
覚悟。それが何を示すのか、ナウアには分からない。
「代弁士よ。なし崩し的にだが、議題は英雄殺しにも踏み入っている。突然の証言にこちらとしても困惑はあるが、否定の材料はない。何か反論はあるか」
いつの間にか、アミヤがナウアとガトレの二人を見ていた。
「代弁士に代わり、被告人の私から、英雄殺しについて仮説を述べさせて頂きます」
法廷が急速に静まり返る。議題の中心となった人物の言葉に、注意が惹かれたようだった。
しかしながら、ガトレが今立っている場所は、ナウアが用意したかった舞台とは、全く異なる。
「良かろう。これより、英雄殺しの法廷を再開する。一度目の法廷で、被告人は自身の魔力総量を根拠に英雄殺しを否定した。だが、今回明らかになった事実により、魔力は十分であった可能性が生じている。被告人は何を語る」
ナウアにも予想がつかない。皆がガトレの次の一言を待っていた。ただの一兵卒の言葉を、立場も身分も越えて。
その光景だけ見れば、ナウアの望んだものなのに。
「私は己に事件を起こせた可能性がある事を否定しません。ですが、代わりに英雄殺しの真犯人を提示いたします」
ナウアから見て、ガトレに緊張した様子は見られなかった。高揚した様にも、嘆いている様にも見えない。むしろ、感情を失った様な冷静さ、冷酷にすら見えた。
それが気の所為である事を願ってナウアは手を組み合わせる。そして、ガトレの続く言葉を聞いて、直後に解けた。
「私は……ここにいる医圏管師、シラノ=ナウアを英雄殺しの犯人として告発いたします」
真実を武器に戦う戦場では、形のない祈りや願いなんてものはどこにも届かないのだと、ナウアは改めて理解した。