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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判
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最後の証人

「サドラの生き残り、だと?」

「はい。実は身内がサドラに入ったという方がいます。サドラの犠牲者、あるいは関係者とでも言いましょうか。その方は、両親がサドラに同行し置いていかれましたが、その後も両親からの手紙を受け取っていました」

「出任せだニー」

「詳細は伏せますが、証拠として精査頂く為に、一部の方には後程お伝えします。今は、私が直近で関わりのあった、とある山羊人の方とだけ言っておきます」


本人の許可を得て話している訳ではないので、ロローラの情報は配慮して伏せたかった。しかし、一切の根拠を示さない訳にもいかず、察せられる者には察せられる程度の情報に留める。


「その山羊人の両親からの手紙は、サドラにいる鳥人の子供を溺愛している様に読み取れたそうです。アミヤ様は、一部の鳥が持つ托卵という習性をご存知ですか?」

「ああ、当然だ。鳥人の中にもそれを言い訳に似た様な事をする者がいる。憂慮すべき事」

「ご存知なら話は早いですね。言い訳に似たと仰る様に、野生の鳥とアビトでは話が違います。押し付けられる側も、姿形が一切違う子供を、勘違いしたまま受け入れる事はないでしょう」

「何が言いたいのだ?」

「つまりは、庇護したいと思われる様な人物でなければアビト間での托卵は成立しません。それを意図的に出来るのなら、子供でありながら、その行いは子供のものとは思えませんが」


ナウアの知る子供とは、自然に愛される様なものではない。


自分自身は商会同士の絆、ある種、人の形をした契約書の様な存在であるから大切にされた。ガトレ様は左親と一度も会う事なく、右親とは度々会う程度であった。イパレアの子供は親に利用され命を落とした。


無償の愛などというものは信じられず、少なくともヒト族に備わった機能ではない。婚姻魔術さえすれば作る事ができる子供の存在は、それを望んだ親友だって、好き勝手にして良いと考えていた。


「もしも、子供が親に愛される為に動こうとしたのなら、自分がどう思われているか気にしたはずです。自分のいない所で、自分がどう思われているのか、どう言われているのかを知りたいはずです。それも、他の親を頼るのであれば尚更です」


だからこそ、身に付いてしまった。身に付けなければいけなかった。そうしなければ、生きていけないから。


「そうして、自分の持つ能力に、動体視力の良さに気付いたとすれば、口の動きから何を言っているのかを読み取れないか、と考えてもおかしくありません。鳥人は耳の良さを警戒されませんから、目視できる範囲から離れる必要もありませんしね」


耳が良いとされる猫人や兎人は、商人という立場だけで警戒される事がある。壁越しの音を聞かれて価格交渉が露呈し、他の商会に価格競争を出し抜かれたという話もナウアは聞いた事があった。


商人でなくても、そうした目的から諜報員として雇われる事もあると聞いた。


一方で、口の動きは警戒されにくい。口の動きから内容が読み取られるとは中々思わないし、口を動かさずに話すというのも訓練が必要だ。


「ただ、スワローテさんは、悪い人ではないと思います」


子供でありながら子供らしくない。親に育ててもらう為に行動する。そこから想像される人物像は、狡賢く立ち回る様な人間だが、ナウアはスワローテにそういう印象を抱いていない。


「私の印象だとスワローテさんは仲間思いで、事実として、隊の方々からも悪くは思われていないようでした。自分勝手にしている様で、弁えてもいるのでしょう。しかし、だからこそ、行動と矛盾している点があります」

「その点とは?」

「あまりにも、目立ちたがり屋なのです。自分の能力を誇示したがっている、とでも言いますか、虜にする人と書いて虜人などという自己紹介も受けました。自己評価が高いというよりは、評価を高く見せようとしているのではと感じました」


接する相手として見た時は呆れしかなかったが、一人の人間として見た時、ナウアは別の視点からスワローテを見る事ができた。


他の親に育てられる為に、どの様な子供を演じるか。愛らしいというのは一つの選択肢。だが、独り立ちした大人になってまで演じる必要はない。自然とこういう人間になったというのなら反論のしようがないが、ナウアは思い込みによって進める。


「その理由こそ、サドラの生き残りであったから。サドラの愚行と呼ばれる事件ですが、被害者が出ていながら愚行と呼ばれるのは、生き残りがいない事と、その人らを愚かと思う人がいるからです」


ナウアはサドラの人達を愚かだとは思わない。犠牲があって初めて妖魔の特性の一つが情報として浸透したのだ。時に愚者と紙一重になりかねないが、勇者と言って良いと思っている。


同じ思いを、生き残った一人も抱えているのであれば。


「スワローテさんは、見返したかったのではないでしょうか。サドラを愚かに思う人達を。その為の方法の一つが、軍での地位を上げる事だった。だからこそ、庇護されるだけの、愛らしいだけの存在ではいられなくなった。能力を、名前を、知られる存在になろうとしたのです」


思い返せば、英雄殺しの目撃者として周知されているのがスワローテ一人だったのも、自分の名前を広める為の方策だったのかもしれないとナウアは思う。


ドリトザの様に、その行為に嫌悪を抱く者もいるだろう。だが、名前さえ広まっていれば、優秀さを見せつける事で広まるのは悪評だけではない。自信がなければ出来ない事ではあるが。


「さて、ここまでの話は全て、私が作った物語といっても良いものです。虚構を真実だと証明できるのはスワローテさん、ただ一人。各門頭もいるこの場で一度否定してしまえば、再度の証明は困難となるでしょう。……スワローテさん、貴女は、私の仮説を否定しますか?」

「ワ、ワタシは……」


柔らかそうな毛で覆われた肌の色はわからない。美しい濃紺の毛並みの様に、その肌も青ざめているのだろうか。


ナウアに分かるのは、即答しない時点で、スワローテの中に何らかの迷いが生じているという事だけだ。


「何を言い淀んでいるんだニー! さっさと否定すれば良いのニー!」


分別のつかない幼い子供の様なピューアリアの声に、スワローテは身体を震わせた。周りの全ての雑音が今の彼女にとっては刺激となってしまう様だ。


スワローテは右手を胸の前で握り込み、やがて、何かを振り払う様に前を向いて答える。


「ワタシは……ワタシは、サドラの生き残り、です!」


スワローテの声は静寂を招き、それから轟音を呼び起こした。人々の口は一斉に封を切られ、好奇の視線を伴ってスワローテを貫く。


「静粛に!」


アミヤが木槌を叩いても、すぐには収まり切らない熱が法廷に満ちていた。


「で、ですが!」


しかし、その熱源となった者が二言目を発し、再び音が消える。アミヤも振り上げた木槌をそのまま停止させていた。


「ワタシが、サドラの生き残りだというのは認めますわ。悔しい事に、サドラの印象を塗り替えようとした事も、代弁士の言う通りです。で、ですが、それと口の動きを読めるというのは、全く別の話ですわ! 自分が優秀だと広めたいなら、その能力を隠す必要なんてありませんもの!」


スワローテはサドラの生き残りである事のみを肯定し、技能については否定する。論理として矛盾はしていない。


「ふむ。サドラに生き残りがいたという事は驚くべき事。しかし、その事実を持ってして、代弁士が語った事が真実とはならぬ事。代弁士よ。この結果が、今回の事件に何をもたらす」

「……私から、これ以上何も言うことはありません」


ナウアはもう、手を尽くしたと考えた。事件の証拠がほとんどない中、間諜を一人見つけ、証人の過去を暴き、犯人と疑わしき人物の心を折ろうとした。


ここから先は、期待するしかない。


「……代弁士よ。その発言は、降伏と取って良いものか」

「…………」

「沈黙は肯定と判断する。よって、この裁判は──」

「お待ちください」


アミヤは再び、振り上げた木槌をそのまま停止させる羽目になった。


「……どうしたのだ。マイズ=ノレハよ」


アミヤの宣告を止めたのはマイズであった。彼は目を閉じたまま挙手をしていた。


「話を聞いている間に、体力が回復しました。一度、踊らせて頂きます」

「マイズ! どうして!」


スワローテがマイズの肩を両手で掴んで目を合わせようとするが、マイズは開いた目を横に逸らした。


「マイズの夢は尽きた。君の夢はこれから満たされる。マイズにはもう、翼は不要だ」


スワローテの手を軽く払って、マイズが踊る。


非常に緩やかな動きであった。翼も畳まれたまま、大きな動きはない。ただ、足と手だけを用いて見えない円の中を舞うような踊りであった。


ナウアはその踊りから、悲しみと、それから愛おしさを感じた。大切に、丁寧に踊っている。そう感じた。


マイズは踊り切ると、右手を斜め上に上げ、左手を胸元に添え、一礼をする。観客は息を呑み、疎に拍手が起きていた。


「……見事な踊りであった。マイズ=ノハレよ。今の踊りでマイズ氏が何を語ったか、スワローテ氏は答える事」


スワローテは泣いていた。涙は羽毛を湿らせて、整えられた毛並みがペシャリと沈んでいた。


「マ、マイズは……ワタシに、う、裏切られたと言っていますわ」

「残念。違うな」


マイズは微笑み、スワローテの目元を指で拭う。


「君の未来に祝福を。マイズはそう願いながら踊った。残念ながら、君はやはり、口の動きを読んでいただけだったらしい」


残念とは言いながらも、マイズは穏やかな様子であった。首を振るスワローテから顔をずらして、マイズは訴える。


「今回の事件、マイズが犯人であったと認める。証拠となる台座は部屋の寝所に隠してある。捜査の期間と範囲が変わるならいずれ届いた事だ」


マイズは後半の言葉をナウアの方に向いてそう言った。ナウアからすれば、事件は今の内に解決しなければならなかったが、マイズからすると、結果は変わらなかったのだと言いたいらしい。


「しかし、今回の事件にクロウとスワローテは無関係だ。マイズに犯行は不可能だと証言してもらう為に利用した」

「……本人が犯行を認めている以上、本法廷はこれ以上の審議を必要とはしない。代弁士、法務官、双方に異論はないか」


ナウアはほっと胸を撫で下ろす。やっと終わった。マイズに罪を認めてもらう事。それだけが唯一の勝ち筋だった。そして、その為にマイズとスワローテの秘密まで暴いた。


気分は良くなかったが、感情はかつてなく穏やかであった。


「代弁士側、異論はありません」


ナウアはそう言って、ピューアリアの方を伺う。俯いておりナウアから表情は見えなかったが、拳を机に押し付けている。


それから──


「ニーーーヤーーー!!」


──ピューアリアは、顔を上に向けて叫んだ。


「こんなの認められないのニー! おかしいのニー! 絶対に他の犯人になるはずなんて無かったのニー!」

「たはは……。ピューアリア様、残念ながら我々の負けですね」

「いいや、デリラ! こうなったら最後の証人を呼ぶのニー! もう台無しにしてやるのニー!」

「それは、申し訳ありませんが拒否させて欲しいところですね」

「じゃあアリアが呼ぶのニー」


ピューアリアとデリラの会話が意味するところを、ナウアには全く理解できなかった。それはアミヤも同様だったらしい。


「ピューアリアよ。異論があると言う事か。また、最後の証人について説明する事」

「異議なんてあるに決まってるのニー! 異議しかないのニー! 証拠も証言もないのに解決だなんておかしな話だニー! 証人は操作されている可能性があるニー!」

「アミヤ様。法務官の言っている事は支離滅裂です。法廷はこのまま閉廷すべきかと」


ピューアリアの様子に嫌な予感を覚えてナウアは提言する。しかし、それが受け入れられる事はない。


「言っている事は理解し難いが、議論すべき事が残っているのであれば閉廷する訳にはいかぬ。ピューアリアよ。異議があるなら、証拠か証人、あるいは納得がいく仮説の提示を行う事」

「言われるまでもないのニー」


アミヤの執りなしで多少は冷静さを取り戻したのか、ピューアリアは無邪気な笑みを浮かべる。邪気はないはずなのに、ナウアの嫌な予感は底無しに増して行く。


「証人を召喚するのニー! これが最後の証人だニー!」


ピューアリアはデュアリアを操作する。法廷の扉が開き、一人のヒト族が入ってくる。


ナウアはその姿に見覚えがあった。銀縁の眼鏡を掛けたヒト族。昨日、揉め事の渦中にいた研究者だ。


「あいつは!」


ナウアは背後の声に驚いて振り向く。いつの間にか、瞑目を解除していたガトレが、表情を複雑に歪めていた。


「ガトレ様。あの方をご存知なのですか?」

「…………」


ガトレからの回答はない。証人は確かな足取りで一歩ずつ証言台へと向かう。そして、証言台に辿り着く直前に、ようやくガトレは答えた。


「あいつは、俺の右親だ」

「ガトレ様の、右親……?」


今この場で呼び出された未知の存在。ナウアは次第に恐怖を覚え始めた。


「この証人は軍服ではない様だが」


証言台からマイズらが退く。代わりにその場に立った証人を見て、アミヤが疑問を呈する。


「当然だニー。最近招聘された外部の研究者だからニー」

「この様な場に呼ばれて光栄です。私の名前は、バクモダ=ガトレ。被告人の右親です」


身分の提示を求められる前に証人が名乗る。法廷が僅かにざわめくが、ほとんどの者が同一の疑問を抱いていた。


「ピューアリアよ。被告人の右親が、一体この事件の何を証言できると言うのだ?」


その質問を待っていたとでも言うように、ピューアリアは笑みを深くした。


「それはニー。被告人の正体だニー」

「被告人の正体?」

「俺の正体、だと?」


ナウアは後ろを振り返ってから、再度証言台を向く。


ガトレ様の正体? それは一体。いや、そもそもその証言に何の意味が?


ナウアにはその答えに予想がつかなかった。それが何より恐ろしかった。


「……先程、代弁士は商人の秘密を暴く事で真実に至ろうとした。であれば、その証言を拒否するのは公平ではない。証人よ。被告人の正体について証言する事」

「御意」


礼儀正しく証人は膝を折り傅いた。ナウアが意外に思っている間に証人は姿勢を戻すと、ナウアの嫌な予感を顕現させる。


「私は被告人の右親です。これは、それ故に可能な証言となります」


証人であり、ガトレの右親でもあるバクモダは、ガトレの方を一瞥した。ナウアは、その一瞬の動作から、一切の感傷を感じられなかった。


そして、証言が投下される。


「……シマバキ=ガトレは、妖魔との間に作られたヒト族なのです」

「……は?」


ナウアは、その声が自分から漏れたものなのか、後ろから聞こえたものなのか、どちらかわからなかった。

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