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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判
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生き残り

「口の動きから言葉を読み取る? そんな事を出来るはずがない」


マイズが吐き捨てる様に否定する。アミヤも頷いて根拠を述べる。


「仮にその様な技能が備わっていたとして、マイズ氏は踊りながら話していたという事になる。しかし、激しく動きながら何事か話しても、読み取ることすら困難な事」

「アミヤ様の仰る通り、普通の人には難しい事です。しかし、スワローテさんは燕の鳥人で、動体視力に自信を持っていました。彼女の動体視力なら踊っている人間の口の動きを読み取るのも容易でしょう」


ナウアがそれに気付いたきっかけは、マイズが激しい踊りをしてスワローテが同時通訳した時の事だ。


マイズは感情が昂っていたのか、嘴を何度も噛み合わせていた。それが威嚇の音だと最初は考えたナウアだったが、もしかすると本当に口の動きなのではないかと思い直したのだ。


「先程、スワローテさんはマイズさんの踊りを同時通訳していましたね。しかし、踊りの表現を解釈し、言語化し、更には言葉として出力するという一連の行為を、同時と思える精度で行えるのは些か人間離れしています。それよりは、話している事をそのまま口にしたという方が、まだ信憑性があるものです」


ナウアが持論を展開するが、法廷の空気は変わらない。これまで自然と受け入れてきた現象がおかしなものであったと言われ、突拍子のない答えを示されたのだから当然の事だ。


「証明は簡単です。マイズさんに、口を閉じたまま踊ってもらうだけです。少しの間、口での呼吸を我慢して踊ってもらったら、スワローテさんはそれを翻訳出来るでしょうか」


仮説を検証し実現を元に証明する。イパレアの事件では行えなかったそれも、マイズの踊りについてはこの場で可能だ。


ナウアは身体を震わせるマイズと、マイズと足下に視線を行き来させるスワローテを眺める。


「さあ、準備が出来たら、踊ってみてください。マイズさんの為だけに用意された舞台ですよ。歌い手は不要でしたね」


舞台は用意した、とナウアは言った。その時点で本当に踊る舞台を用意するつもりは一切無かったが、期せずして舞台は整ってしまった。


証明を求められた証人を、黄晶石の電光が照明となって照らす。虜人を自称する者にとっても、踊り手を志す者にとっても、絶好の舞台だ。


しかし、マイズは首を振る。


「断る」


そして、その一言だけを述べる。


「断るという事は、踊らないという事ですか?」

「そうだ。マイズは疲れた。今日はもう踊れない。一晩休み、体力が回復した後でなら構わない」

「猶予がないのです! 今ここで踊ってください!」

「代弁士の事情に付き合う理由はない」


ナウアからすれば敗北を認めたに等しい発言だ。


「アミヤ様! 証人の非協力的な態度をどう思われますか!?」

「先程まで激しく動いていたのは事実である。故に当人が疲労ゆえに踊れないというのならば、改める他あるまい。ここで踊らねば死罪だなどと無理に動かせる事は公平ではない」

「そうですわ! それにワタシ達はこの後も訓練があります! ここで体力を使い切る訳には行かないのですわ!」


アミヤの回答が芳しくなかった為に、スワローテがここぞとばかりに追撃する。


「ですが、日を改めては対策される可能性があります! 事前に解釈について認識を合わせていたら無意味です!」

「それを言うなら、この場で踊る事にも意味はないんじゃないのかニー」

「どういう事ですか?」


ナウアはピューアリアの言っている事が本心から理解できていなかった。ピューアリアは気付いてか見下す様な表情で言葉を返す。


「口を閉じた踊りを見て、適当な解釈を言って、それが正しいって言われたら、正しく解釈出来たと見なすつもりなのかニー?」

「そんなの、マイズさんが認めるはずがありません」

「どうしてそう言い切れるのかニー。代弁士は証人の何を知っているというのかニー。何もかも知っているって言うなら、どういう経緯で口の動きを読み取るなんて能力を身に付けたのかも教えて欲しいもんだニー」


マイズはスワローテの事を唯一の理解者としていた。その心理から、唯一の理解者が理解者では無かったと気付いてしまえば、マイズの心は強く揺さぶられるに違いない。


そして、マイズは踊り手としての矜持から、踊りに対して嘘は吐けないはずだ。


ナウアの考えの根拠はその様なものだった。


しかし、実際にはマイズは理解者ではない事の証明を拒んだ。であれば、罪を逃れる為に、スワローテは正しい解釈を出来ていると嘘を吐く事だってするかもしれない。その時、マイズの心は甚く傷付いているだろうが。


ピューアリアに指摘されてから、ナウアは自分自身の思い込みを破棄し、別の可能性に気づく事ができた。


「どうだニー。何か反論はあるのかニー? ニハハハ!」


ナウアは証人の事をよく知らない。ピューアリアに言われた通りだ。


「代弁士よ。そもそも今回の裁判は被害者を殺害した犯人を見つける為のもの。殺害手段の確たる証拠があれば、動機の調査は捜査士官が行える。動機の主張という名目で、犯人ではない可能性もある他者の秘密を暴くのは如何なものか」


アミヤも嗜める様にナウアを責める。


ナウアは自身がその場にいた直近の二つの裁判。思い返した。一つ目の裁判では被害者の魔道銃が物的証拠となり、二つ目の裁判では共犯者の証言がイパレアの狂言である可能性を決定付けた。


今回の事件では証拠を見つけようがない。また、事件の瞬間を目撃した証言はない。レシルは魔力水を盗んだと証明も行えず、協力者の見当も付かない。


放たれた弾の流れた先は、悪戯に人を傷付けるだけの無駄玉であったのだろうか。


そう思いそうになるが、いや、とナウアは考え直す。


さっきは思い込みに足元を掬われた。だけど、今はもう、マイズが犯人だと思い込んで議論を進めるしかない、


その結果、暴かれたくない過去を暴く事になろうとも。


間違っているなら否定すれば良い。正しかった時には、恐らく、あなたは否定をしないはず。


ナウアは自分の中に残った要素を掻き集めて、その中から見つけたひと匙の可能性を指摘する。


「代弁士には、スワローテさんが口の動きから言葉を読み取る技術を身につけた過去の提示が可能です」

「過去、だと?」

「はい。マイズさんが踊れないと言うのなら、私はスワローテさんがどの様にしてその技能を身につけたのか説明します」

「ニハハハハ! そんなの無理に決まってるのニー! それとも偶然にも幼馴染だったのかニー?」


ピューアリアは今にもお腹を抑えて笑い転げそうな雰囲気だった。実際、お腹に手は当てている。ナウアには、隣で微笑ましそうに見ているデリラが印象的だった。


「代弁士よ。スワローテ氏は、犯人として疑われてすらいない。彼女の過去に触れる必要性があるか説明する事」


ナウアは頷く。相手の舞台を用意する事ばかり考えて、自分の舞台は準備が疎かになっていた。


「今一度整理します。私はマイズ氏が犯人だと考え、その動機は踊り手としての能力不足を利用されたものと見込んでいます。マイズ氏の踊りを理解出来る者は一人もいなかった。それを証明する事で、第三者に動機として利用される可能性を主張します」


取り繕ってはいるものの、我ながら残酷な物言いだとナウアは思った。


「マイズ氏には一人だけ理解者がいる。しかし、マイズ氏は踊れない。故に、スワローテ氏は理解者ではないと証明したいという事」


犯人ですらない人物の過去を暴くというのだから、流れ弾もいいとこだ。しかし、ナウアは首肯する。


「仰る通りです。証人に協力頂けないのであれば、私から説明し納得してもらう他ありません」

「それで、この裁判を終わらせられると?」

「はい」


即答であった。即答できなければ先はないと思ってのものだった。


「……良かろう。一度だけ、代弁士の主張を受け入れる。スワローテ氏もそれで良いか」

「構いませんわ! ワタシが代弁士と会ったのは昨日が初めてですし、過去に何があったかなんて分かるはずもないですわ! 確かに動体視力には自信がありますわ。口の動きも見えますけど、何を言ってるのかなんて読み取れないですわ!」


虎人の威を借りようとした狐人ではないが、アミヤの威を借りてスワローテの気勢は増長したようだ。先程までの動揺は見る影もない。


「それでは、代弁士に説明を求める。何故、スワローテ氏は他者の言葉を読み取れる様になったのか」


どうせ間違っていれば先はない。ナウアはそう考えて、整えた舞台を引っくり返すくらいの気持ちで言葉を選ぶ。


「まず、スワローテさんは過去、ある移動集落の一員であったと思われます。その集落は、サドラ」


生存者がいないとされ、その集落の名前を冠して愚行とまで言われる戒めが刻まれた。


「スワローテさんは、サドラの生き残り。この世界にはもう、存在しないと思われていた存在です」


沈黙と、困惑と、侮蔑と、嘲笑と。それらを飲み込んだ法廷は、しかし否定だけは起こらない。


ナウアは、証拠もなければ証人の存在すらもあやふやな法廷を展開し始めた。


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