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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
3章:最後の裁判
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終着点

乾いた硬質な音が法廷に響いた後、マイズが踊り出す。威嚇のようにかち合う嘴からカツカツと自前の音楽が鳴る。それと同時にスワローテも話し出す。


「マイズは踊っていて、その姿を見られている。踊りながら殺害するのは不可能だ。と言っていますわ!」


とうとう同時通訳の域に達したスワローテに驚きつつも、その感情を制御してナウアは反論する。


「いいえ。クロウさんの証言通りなら、何度か視界から外れる瞬間がありました。その時に殺人を行う事は可能です」


マイズは片足ずつ床を踏み鳴らし、嘴のみならず足元からも攻撃的な音を出す。その姿はもう、舞とは言い難い。


「留置所と外の間には高低差があった。被害者を魔力水で持ち上げても、踊っているマイズには胸を貫く事が出来なかった。と言っていますわ!」

「クロウさんは、マイズさんがうつ伏せになって休んでいる光景を目撃しています。マイズさんは、その時に被害者を嘴で貫いたと考えられます! また、台座は身体の下に隠していた可能性があります!」


マイズが翼を広げたり閉じたりして羽音が響く。嘴、足音、羽音の三重奏は騒々しいだけで音楽性は感じられなかった。


「嘴を被害者の胸に差し込んだなら、嘴は血で汚れるはず。他の二人に気づかれると言っていますわ! 確かにその通りですわ!」

「嘴の血は魔力水で流したのでしょう。牢の中から魔力水を水人形として回収後、水人形に嘴を差し込み洗い流す。その後、魔力を失った魔力水はそのまま蒸発を待って台座は軍服の中に仕込み後で処分したか、水人形を載せた台座ごと周辺に隠したかのどちらかでしょうね」


マイズが動きを止める。そして、屈み込むと、飛び跳ねて、飛翔する。浮遊魔術を用いない飛翔。全ての鳥人に出来るわけではない高等な技術だ。


マイズはその場で一回転した後、着地する。スワローテの翻訳はなかった。踊りとは判断されなかったのかもしれないとナウアは思った。


「嘴で身体を貫くのなら、マイズが今やった様に勢いが必要だ。しかし、うつ伏せの体勢では助走をつける事も出来ない」


マイズが自らの口で反論する。しかし、ナウアは力無く首を振った。


「いいえ。むしろ、勢いは邪魔だったはずです。身体のほとんどが魔力で出来たヒト族とは違い、アビト族には骨と血があります。牢の窓は鉄格子で塞がれていましたし、勢いをつけた嘴が鉄棒や骨に衝突してしまったら、跳ね返った衝撃が多大な苦痛となった事でしょう。電撃よりも辛いかもしれません」


ナウアは、あまり殺害の瞬間を想像したくなかった。少しずつ嘴に侵食されていく肉体。嘴を貫通させる方も、無抵抗に貫通される方も、精神的にも肉体的にも苦痛だったはずだ。


今となっては、イパレアは意識がないまま殺された事を願ってしまう程だった。


「マイズさん。まだ反論はありますか?」


マイズは反論の代わりに舞う。回転し、跳ねて、回転して、戻る。


「反論は不要らしいですわ」

「不要? 犯行を認めるという事ですか?」

「そんな訳ないのニー」


ナウアが詰めると、ピューアリアが口を開く。その表情は、また退屈そうなものに戻っていた。ナウアはその顔を見て、自分が何か重大な間違いをしてしまった気がした。


「反論は不要っていうのはその通りだニー。だって、代弁士の主張は全部ぜーんぶ机上の空論だからだニー。仮説ってのは実験して実現してようやく証明されるのニー」

「実現はしていませんが、可能ではあるはずです。途中まで、デリラさんもそれを認めていたはずです」


土爪魔術の時だって、主張を魔力水を凶器にしたというものから変更した時だって、デリラの異議は全て返したはずだ。


「まだわからないのかニー。証拠が無いって言ってるんだニー。牢に穴を開けた、魔力水を使った、台座を使って水人形を利用した、嘴で被害者の胸を貫いた。証拠はどこにあるんだニー」

「そ、それは……」

「せいぜい譲れるのは魔力水が牢の中で使われたってところくらいだニー。被告人の魔力が検出されたのと、乾き具合がおかしいってのは、状況的に確かだからニー。だけど、それ以外はどうなのかって話だニー」


実のところ、魔力水だというのは、トレアリアを使っていたピューアリア様にはわかっていたはずだと、ナウアは今更気づく。


魔力紋を採取するのだから、血中からガトレの魔力紋だけでなく、術式も見て取れた可能性がある。


気づいていて敢えて、その情報を秘匿した。その理由は、犯人をガトレ様に仕立て上げる為だ。遺書という証拠にも工作を加えたのだから、それぐらいはするはず。


だとしたら、ピューアリア様は同じ手法に辿り着いていたのでは無いだろうか。自分よりも多くの情報があるのに、気づかなかったはずがない。


それでいて尚、法務官の立場に立つのは……。


ナウアの予想は、極めて絶望的なものであった。この法廷で気付いたピューアリアの特性。彼女はその天才性が故に、早くに諦めが付く。


つまり、犯行方法の想像が出来ていながら、それを証明する手立てがないから見切りを付けたのではないか。


だからこそ、裁判に早く決着を付けるために、細々とした工作まで行って、ガトレ様を犯人に仕立て上げようとしたのでは?


「捜査士官からも情報が入った。留置所の屋根上から魔力は検出されず、穴も見つからなかったとの事」


ナウアの窮地にアミヤが追い討ちを掛ける。


「穴は塞いだんじゃないかニー。魔力を採取するには岩の中から取るしかないけど、目印となる穴も無いんじゃ、魔力を使わずに留置所をぶっ壊すしか無いのニー」

「壊したとて、魔力が見つかる保証がありませんの。再建の費用を考えれば要求は受け入れられませんの」


ピューアリアが示した逃げ道を、費用面でコクコが塞ぐ。意図的なものだろうとナウアは悔しさに身を震わせる。


周辺は捜査士官が捜索するだろう。証拠品が見つかれば不利は逆転するが、見つからなかれば処分済みだ。そして、処分済みの場合、ナウアはその行き先に心当たりがなかった。


「証拠が無いなら動機はどうかニー」


ピューアリアは茶化す様に言う。ナウアは動揺しながらも、手当たり次第に機会を掴むしかなかった。


「でも被害者とマイズに接点なんて無いはずだからニー。それなら、法廷で魔弾を撃たれた恨みっていうので、被告人には動機があるからニー」

「な、なら、動機を調べてみましょう! 証拠品はなくても、マイズ氏にも犯行が可能であったとは考えられる状況です!」

「調べる時間なんてあるのかニー。この後は英雄殺しの裁判だけど、この事件を解決しないまま進んでしまっても良いのかニー」

「うっ!」


ただでさえ英雄殺しの疑いを持たれているのに、潔白では無い身でその裁判に臨む事が、どれだけ不利な事かをナウアは理解していた。


医療事故とされた事件を元に、ナウアが白い目で見られる様になったのは、決して治療魔術を使えなくなったからというだけではない。


「なら、今から証人を尋問して──」

「その必要はない。マイズは被害者と会った事がないからだ」


ナウアの斬り込みは皮すら傷付けられず、たったの二言で抑えられる。ナウアとしても、マイズは利用されたのだと考えている為、マイズ自身に動機があったとは思えない。


「で、ですが、動機がなくても殺人は可能です。例えば、被害者を殺す事が目的ではなく、被害者を殺す事で得られる何かが目的であったという可能性が」

「その何かっていうのは何なのかニー」

「何かというのは、その……」


恐らくは、マイズの弱味だ。それを間諜は利用した。イパレアの人質の様に。


そうは思うが、それが何かと問われれば、ナウアも答えに窮す。何故なら、マイズの事は殆ど知らないからだ。


寡黙で、踊りが好きで、鶴の鳥人で……それ以外の情報はなく、しかし、それしか情報が無いからこそ、急にナウアの中で繋がるものがあった。


証拠が無いなら動機で。犯行を証明出来ないのならば、罪を告白させれば良い。


事件の事を一番理解しているのは、犯人自身なのだから。


「わかりました。私はマイズ氏が犯行に及んだ動機を説明します」

「本気なのかニー?」

「ええ。本気ですとも」


ピューアリアが初めて正気を疑う様な表情を見せた。ナウアの思った通り、ここから先はピューアリアが見切りを付けた部分。ナウアはその先を行く事にした。


「それなら説明してみるニー。審査員をしてやるニー」

「踊りに評価は必要でも、私の話に評価は要りませんよ。真実か嘘か、二つに一つなのですから」


口答えするできる余裕が回復した。ということもなく虚勢ではあったが、ナウアは再びピューアリアと向かい合う事はできる様になった。


「マイズさんの動機。あるいは、利用された弱味。それは、深く考えるまでもなく踊りでしょう」

「マイズの踊りの何が不満だと言うんですわ!」


スワローテが腕を伸ばして両手を地に向けながら訴える。


「不満はありません。ですが、疑問はあります」


それは情報を削ぎ落としていった結果、辿り着いた単純な疑問。ナウアはそれを口にする。


「どうして、マイズさんは軍に入ったのでしょうか」

「そんなの、どんな理由だって構いませんわ!」

「そうですね。どんな理由だって構いません。ですが、普段の会話ですら踊りで表現を行う程の人なら、踊り手としての活躍を目指すのが自然ではないですか?」


それが、ナウアの中でマイズに対して湧いた疑問であった。


「なりたくてもなれない事だってあるはずですわ!」


相変わらず、スワローテが歯を見せずに噛み付いてくる。クロウの拡声器の次は、マイズの翻訳機、ナウアはそれ以上の役割をこなしている様にも思えた。


「それもそうです。では、その理由とは。踊る様子を見ていれば怪我でないのは分かります。人前で踊っている事から、恥じている訳でもないでしょう。踊りが素人程度という事でもありません。ですが、踊り手として致命的な点があります」

「致命的って何の事か言ってみるのですわ!」


これまで、何度もマイズが踊る瞬間を見てきた。その時々で違和感はなかった。しかし、その中でもただ一つの明確な矛盾がある。


「踊り手として致命的な点。それは、表現力です!」

「……ひょう、げん、りょく?」


予想していなかった答えだったからか、スワローテは呆気に取られた顔をする。


「はい。私は何度かマイズさんの踊りを見てきました。しかし、一度も感動した事はありません。いつも抱いた感想は、何故踊るのかというもので、ほとんどが困惑でした」


そして、それはナウアだけの感想ではない。


「今日の法廷でも、マイズさんの踊りに対して傍聴席から向けられたのは困惑の雰囲気でした。マイズさんの踊りには、感情や意味を読み取らせる表現力がないのです!」


それは、踊り手として、表現者としての能力不足である。感動を与えられない踊りに、誰が価値を見出すのか。


利用価値なら見出されるかもしれないが、それはきっとナウアの嫌いな商人的な観点からだろう。


「しかし、代弁士よ。スワローテ氏はマイズ氏の踊りを理解して通訳をしていた。つまり、我々の読解力が足りていないだけで、伝わる者には伝わる踊りだと言うことではないのか」

「その認識が誤りだったのです」


常にマイズの踊りを通訳できる理解者がいた。そのせいで、踊りの表現力について気にする必要はなかった。マイズが踊る事についての違和感が中和され、見過ごされてきたのだ。


「スワローテさんは、マイズさんの踊りの理解者だと思われてきました。ですが、本当はそうではなかったのだと思われます」

「馬鹿なことを言わないで欲しい」


マイズが静かに、しかし怒りを滲ませた声を出す。皮肉にも、ナウアがマイズの感情を認めた時は、いつも踊りではなく声からであった。


「スワローテはマイズの踊りを理解している。いつも正確にだ。彼女はマイズの踊りの唯一の理解者だ。愚弄するな」

「唯一の、ですね」


マイズがナウアの確認に顔を背ける。


自身の表現力という弱点を気付いていたから、マイズは踊り手になる事を諦めた。だとしたら、唯一の理解者が現れた事で、その弱点が克服されたと考えてもおかしくない。


そんな最中、もしも、マイズに殺人を持ち掛けた者が、見返りに軍からの除隊支援や、踊り手としての活躍の場を約束したとしたら、乗らない手はないだろう。


名前も知らぬ人物を殺害するだけで手に入るのだから。いつ抜け出せるかわからない未来よりは余程いい。


「しかし、実際問題です」


デリラが苦笑しながら挙手をして視線を集める。


「踊りを理解していないのに、どうやって通訳したと言うんです?」

「そ、そうですわ! 変な事を言わないで欲しいですわ!」


スワローテは明らかに動揺して見えた。その背景までは誰も読み取る事は出来ない。それはもちろん、ナウアにだって。


ただ、可能性を示すだけ。証拠はない。犯人に罪を認めさせるのが終着点。同時に執着点として罪に縋り付く姿勢はまるで、代弁士から法務官への転身でもある。


立場を変えたナウアは、新たに装填した可能性を放つ。


「私の推測だと、スワローテさんは口の動きから言葉を読み取る技能を持っていると考えられます」


証拠を諦めたが故に放たれた流れ弾は、しかし真実を貫く為に狙いを逸れていく。それは、一人の踊り手を撃ち殺す為だけに放たれていた。

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