結末に向かって
「証言ですわね! 良いですわ! ワタシが話しますわ!」
ナウアの思いなど露程も知らぬであろうスワローテは、求められずとも与えてきそうな勢いで発言する。
一体、彼女の何がそうさせるのだろうかとナウアは疑問に思うが、好都合ではあった。
「ここ最近、ワタシ達はいつも留置所の近くで休んでいましたわ! クロウが、あまり人のいる所は嫌だと言うものですから、付き合っているのですわ。それに、マイズも踊りの練習をしたいそうですから、丁度良い場所でしたわ」
「留置所の近くを見つけた、あるいは提案したのはどなたでしたか?」
「クロウですわ」
マイズかスワローテであれば、元々留置所の囚人を狙う計画があって、と考える事も出来るが、新人が見つけたのなら考えにくいかとナウアは判断した。
それでも、一応掘り下げてはみる事にする。
「クロウさんは、どの様にして留置所付近に目をつけたのですか?」
「〜〜〜〜」
クロウは直接答えずに、スワローテに耳打ちした。
「人のいない方を探し求めた結果だそうですわ!」
「そうですか……」
鳥人型の拡声器と化したスワローテに、ナウアはそれで良いのかと思いつつも、回答には納得する。
また、いつもいた場所というのなら、三人とも勝手知ったる場所であり、事前の仕込みや視界の範囲についても把握できているだろうとも考えられた。
「それでは、事件当日、三名はどの様に過ごされていましたか?」
「デリラ様の話した通りですわ。ワタシとクロウは話に花を咲かせまして、マイズは踊っていましたわ」
「一人だけ踊っていたのなら、二人の視界から外れる機会もあったのではないですか?」
「そんな事ありませんわ! マイズはちゃんと踊ってましたわ!」
ちゃんと踊って、という言葉が出てきた事にナウアは頭がクラクラしそうになったが堪える。ここは舞台ではなく法廷だ。
現状、三人の中で切り崩す事が出来るのは一人でいたマイズの方だ。ここをどうにかしなければ先に進めない。
「それなら、その時のマイズさんが踊りを通してどの様な言葉を発していたのか、証言はできますか? 踊りを見ていたのなら、言えるはずですよね」
「そ、それは、も、もちろんですわ!」
正直なところ、それを証明する手立てはないが、ナウアはマイズに掛ける事にした。
「それでは話してください。本当に、一度たりとも、視界から離れる隙はありませんでしたか?」
「マイズは、そう、踊りながら、秋の賛美をしていたわ。心地よい涼しさ、熟れた果実、このまま冬なんて来なければ良いのにと訴える踊りを延々と繰り返していましたわ!」
あり得そうな回答にナウアは若干尻込みしつつも、マイズに問いかける。
「マイズさん。スワローテさんの言っている事は本当ですか? 貴方の踊りを唯一理解してくれるはずの彼女は、その目と口で真実を語っていますか?」
マイズに踊り手としての矜持が、誇りがあるのなら、誤った解釈を認めるはずがない。
ナウアは商会で、芸術家気質の売り手に悩まされる商人を幾度も目にしてきた。マイズはどうか。同じであれと願う。
そして、マイズは踊る。自身の身体を覆い隠す様にして翼を身に纏い、証言台から一歩引いて右へ、左へ。相変わらず、法廷に満ちるのは感動ではなく困惑。マイズは右膝を踏み出して腕を大きく伸ばした姿で停止する。
「あ、合っていると言っていますわ!」
「違う!」
スワローテの通訳がバッサリと両断される。鋭さと冷たさを帯びた声は、マイズから発されていた。
「スワローテには、常にマイズの理解者であって欲しかった」
直立の姿勢に戻るマイズの翼が萎びて見えた。ナウアは初めて、踊りを介さずにマイズの感情を見た気がした。
「スワローテは優しい。だからマイズを庇おうとしたのだとわかる。それでも、マイズはスワローテに理解者である事を求めている。それを理解して欲しい」
流暢に話すマイズに、どれだけの人間が呆気に取られているか定かではないが、静寂に声がよく響いた。
「それでは、マイズさんには、自由な時間があったという事で良いですね?」
ナウアが確認し、マイズは頷こうとした様に見えた。しかし、遮る様にして、クロウがいそいそとスワローテに耳打ちする。
「ちょっと待つのですわ!」
待機を呼び掛けて、スワローテは再び耳を傾ける。マイズも自ら声を発したのだし、クロウにも頑張って欲しいとナウアは思った。
「クロウが、スワローテはマイズを見てなくて当然と言っていますわ!」
「どういう事ですか?」
「位置関係が大事らしいですわ!」
「位置関係?」
一言発する度に耳をクロウに差し出す様子は滑稽ではあるものの、緊張感が一気に失せる光景でもあった。ナウアの中で何かが募り出してくる。
「ああ! そうですわ! 言われてみればそうです! ワタシは留置所側に座っていたのですわ!」
「留置所側というと……」
「樹上の話です。ワタシとクロウは太い枝に隣同士で腰掛けていましたわ。もちろん、ワタシはクロウの方を向いて、クロウはワタシの方を見て会話しますわよね。ですが、ワタシは留置所側に座っていましたから、クロウの方を見たらマイズはあまり見えないのですわ!」
「……なるほど」
鳥、それから草食動物の視野は広いのだと、ナウアはフギルノから聞いた事があった。しかし、鳥人では話が違う。
アビト族は誰しもヒト族と同様に、両目を正面に持つ。フギルノ博士はアビト族が捕食関係から外れている為だと考えていた。こうした動物とアビト族の違いが、根源に至る根拠になるのではないかと言っていたっけ。
その記憶を頼りに、クロウとスワローテの証言におかしいところはないと判断する。
「それなら、クロウさんはマイズさんを見失う事はなかったのですか? スワローテさんと話していたのなら、やはりマイズさんを見続けていたという事はないと思いますが」
クロウがスワローテに言葉を届ける。ナウアは最早、クロウが隣に来て欲しいくらいだった。
「クロウは恥ずかしがり屋ですから、ワタシの目を見て話す事が出来なかったと言っていますわ。その間、ずっと下の方を見下ろしていたと。思い返すと、ワタシはクロウの横顔ばかり見ていた気がしますわ!」
本当に自分の存在を示す事にしか興味がないのだとナウアは理解する。同時に、スワローテが今回の犯人像からは離れている様な気がした。こんな人物に殺人をさせるのは普通じゃないと考えてのものだ。
「クロウが言うには、マイズは縦横無尽に切り株の間を踊っていましたわ。時々、視界から外れる事もあったけど、長くても5分くらいだと思うらしいですわ! それと10分くらいはうつ伏せに寝転がって休憩していたらしいですわ!」
「よく覚えていますね。まるで、今決めた様ではないですか?」
「新人が休憩時間を破ってはいけないと気を配ってくれていたみたいですわ! 休憩は50分だからそれくらいだろうとの事ですわ!」
休憩時間は50分。その内、視界から外れる事は度々あった。長くても5分くらい。その間に殺人は可能だろうか。
方法にもよる。ここからは、どの様な方法で殺害したのかも考えていかないといけない。そう判断してナウアは情報を整理する。
現時点で分かっているのは、イパレアの死因が何かに魔力中枢を貫かれたという事。恐らく、ガトレ様の魔力水が使用されたという事。水が撒かれる音や、何かが倒れる様な音がした事。魔力的な干渉は天井か地上からでなければ不可能という事。その気になれば、魔術陣は消す事が出来るという事。事件の発生したと思われる瞬間から、犯人は鳥人の三人の中にいると考えられる事。
あとは何か、ナウアは発想次第な気がした。上手く状況と道具を組み合わせれば、犯行は可能なのではないか。
そこで、一つ気になった事があった。
「代弁士よ。証言について確認したい事はあるか」
「申し訳ありませんが、一旦、証言は置かせてください。一つ、デリラ様に確認したい事があります」
「なんなりとどうぞ」
「究謀門で失われたのは、ガトレ様の魔力水だけでしょうか。私は一度、魔力水を使った実験に立ち会いました。その時の実験によれば、魔力水は水人形として扱われていました。台座があれば、限界はあるものの、何度でも復元されるとも聞きました」
その術式を活かして、というよりは耐久性を図る為に魔道銃の的になっていた。
「……実は、台座も失われていませんか?」
「……たはは。困りましたね」
究謀門の内部へ侵入し、所蔵されている物を盗むというのは、相当な能力を求められる事だ。なんと言っても、機密情報の宝庫なのだ。だからこそ、立ち入りも厳重に、財圏管の兵まで配備されている。
その包囲を破ったと考えるよりは、外での実験中に盗まれたという方が考えやすい。
「コンココン。正直に言った方が良いですの。究謀門には多額の投資が行われていますの。誤魔化せば懐に収めているとあらぬ疑いを掛けられますのよ」
「まあ、それは困りますね。俺も被告人にはなりたくありませんし。代弁士の言う通り、盗まれたのは魔力水だけでなく、人型を模す術式を込めた土台もですよ」
コクコから会計面で詰められ、デリラは正直に白状する。ただ、責任逃れに余念はない。
「盗まれたのは戦闘門への実験依頼中ですけど、責任の所在はどちらにあるんですかね」
「ぐぬぅっ! こ、これ以上の予算削減は厳しいぞ!」
「後の検討材料としますの。裁判を続けて欲しいですの」
コクコはコゲツの呻き声を涼やかに受け流す。同時に促されもしたので、ナウアは話を続ける。
「デリラ様の回答を受けて、一つ、犯行方法についての考えがあります」
「ほう。それでは代弁士よ。話を聞かせる事」
ナウアはピューアリアの方を見る。猫人の目はまだ自分から離れていない。退屈を紛らわせる事はできた様だ。
思いついた方法を実行できるのは一人のみ。ナウアの中では、実行犯も決まったに等しい。
ナウアは一つずつ、説明を始める。