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暴れカボチャ狂想曲

「緊急出動だ! 市民がカボチャに襲われている!」

「か……カボチャ!?」


 事の始まりは支部長が突如放った一声だった。それまで事務仕事に従事していた彼は顔を上げ、支部長の正気を疑ってその顔を注視する。

「カボチャ……!?」

 はす向かいの席では、後輩がぽかんと口を開いたまま瞬きを繰り返していた。

 基地に控えていた騎士たちは、みな一様に唖然としたまま立ち尽くす。動かない部下たちに、支部長は再度、大音声で「緊急出動だ!」と叫んだ。



 尻を叩かれるようにして出てきた街中では、市民たちが数々のカボチャに襲われて逃げ惑っていた。騎士たちは言葉を失う。

「せ……せんぱい、わたしの頬っぺたつねって貰えますか?」

 すすすと寄ってきた後輩の頬を強めにつねってやると、彼女は「いてて」と言いながら再び離れた。後輩は頬を擦りつつ、驚くほど迫真の表情で呟く。


「この痛み、まさか、夢じゃない……!?」

「俺も正直信じ難いな……」

 横に二人並んだまま、腕を組んで街を見渡す。そこには地獄絵図と言うべきか、悪夢と言うべきか、自身の正気を疑いたくなるような光景が広がっていた。



 人の頭よりも大きなカボチャに追われて、八百屋の店主が狭い店内から飛び出してくる。カボチャに追われてって何だよ。でも実際にそうなのである。

 カボチャは足もないのに器用に地面の上を跳ね回り、逃げる人間たちを追いかけ回している。カボチャはぴょんと大きく飛び上がると、八百屋の店主が逃げた先に回り込んだ。

「う、うわー!」

 八百屋の店主が叫んで、両腕で頭を庇う。カボチャが上から襲いかかる。


「危ないっ!」

 言うが早いや、後輩が剣を抜き放った。


 彼が倒れかけた店主を抱きとめた直後、後輩に一刀両断されたカボチャが地面に転がった。

「大丈夫ですか」

「あ、ああ……」

 声をかけると、店主は胸元できゅっと両の拳を握りしめて、呆然としたように見上げてくる。剣を納めた後輩が、真っ二つになったカボチャを手に駆け寄った。

「見てください、切ったら動かなくなりました」

 後輩の言う通り、その手の上に乗ったカボチャは大人しく沈黙している。


 彼は店主を立たせながら、カボチャを指さした。

「店主さん、このカボチャは一体何があったんですか?」

「それが、俺にも分からないんだ」

 店主は首を振る。直後、視界の外から飛んできたカボチャに側頭部を小突かれて「ちくしょう!」と声を漏らす。

「何度も何度もこうやってツンツンと……!」

「ツンツン?」

 彼は後輩と顔を見合わせた。傷害事件にしては随分と可愛いオノマトペである。


 もう一度街を見渡して見れば、カボチャから必死になって逃げる者の中に、楽しげに笑っている子供たちの姿が見えた。

「あー! 捕まっちゃったぁ!」

 そんな声が聞こえて、そちらに視線を向ける。お下げ髪が特徴的な小さな少女が、カボチャと戯れてはしゃぎ声を上げている。



「一体、どういうことなんですか……?」

 呆然と呟いた後輩に、八百屋の店主は「何だって良い!」と憤懣やるかたない様子で頭を抱えた。

「頼むよ、さっさとあのカボチャたちを捕まえて処理してくれ!」

 これじゃ仕事にならない、と、その言葉はどうやら本当らしい。目抜き通りに面した店はどこもカボチャに追われて大わらわである。お洒落なカフェのテラスも、今はとてもじゃないが穏やかにコーヒーを楽しむ雰囲気ではない。初々しいカップルの間でカボチャが飛び跳ね、老婦人の集いは暴れ回るカボチャに目を回して卒倒しそうである。


「今晩は死者を迎える祭りがあるってのに、こんなんじゃおちおち準備もできない」

「祭り?」

「ああ。小規模なものだがな。数年前からやってるんだよ、みんなでカボチャ食べて一晩中踊り明かす、みたいな」

「へえ、楽しそうですね! じゃあこのカボチャはそのために?」

 店主は頷いたが、すぐに不可解そうな顔で首を捻る。

「いや、俺はこんな暴れ回るカボチャを仕入れたつもりはなかったんだが……」

「まあ、そうでしょうね……」

 彼は死んだ目をして頷いた。飛びかかってきたカボチャを両手でキャッチし、これ以上暴れないよう小脇に抱える。


「よし、じゃあとりあえず、カボチャを回収するか」

「分かりました!」

 大きく頷いた後輩を引き連れて、彼は暴れカボチャに騒然とする街へと繰り出した。



 ***


「はあ、はあ、連れてきましたよ……!」

 汗だくの後輩が両脇にカボチャを一つずつ抱えて歩いてくる。彼は肉屋のおかみに借りた巨大な包丁を構えながら「慎重にな」と声をかけた。

「よーし……」

 パン屋の娘が歩み寄り、後輩の脇に挟まれたカボチャに手を伸ばす。丁寧な仕草でそれを取り出すと、すぐさままな板の上に移動させた。

「お願いします!」

「よし……!」

 彼は包丁を握り締め、そして勢いよくカボチャを真っ二つに割った。それまでパン屋の娘に押さえつけられてじたばたしていたカボチャは、しゅんと大人しくなる。


 暴れカボチャの一つを処理して、息をついた。――直後、後輩が「ああっ!」と声を上げて頭を抱える。

 後輩の腕から逃れ、カボチャはその頭の上で数度跳ねる。明らかに馬鹿にした動きに歯噛みをした直後、カボチャは再び街の方へと逃げ出した。


 彼は包丁を置いて身を乗り出す。

「くそっ、追うぞ!」

「わ……僕もう限界ですっ!」

「……包丁持っとけ!」

 へろへろで地面に座り込んだ後輩に包丁の位置を指し示し、そして彼は勢いよく走り出した。



 カボチャを追って街の中を駆け抜ければ、ふかしたカボチャの甘い匂いが漂ってくる。それらの香りを掻き分けるようにしながら、彼は先をゆくカボチャを追った。

 暴れカボチャも、切ってしまえばただのカボチャである。恐らくいくつかはもう調理されているだろう。


 カボチャが袋小路に入り込む。しめた、と彼は小さく頷き、慎重にその分厚い皮を持った野菜を追い詰めた。

 袋小路の壁に数度体当たりして、そこでカボチャは観念したように小さく跳ねる。静かな路地裏に、軽い音が響いた。

 彼が身を屈め、カボチャを両手で拾い上げようとする、そのときだった。


「――あーあ、」


 くすくす、と。

 そんな声が聞こえて、彼は弾かれたように顔を上げた。誰もいない小道の奥である。人の気配はなく、近辺の窓は全て閉じられており、声の主がどこにいるのか見当もつかない。

 それは、子どもの声に聞こえた。けれど、子どもなんて、どこにも……。


 薄ら寒いような心地を覚えながら、カボチャを手に後輩のもとへ戻る。その頃には、先程真っ二つにしたカボチャは既に鍋の中だった。



 ***


 暴れカボチャを捕獲……収穫? してきた騎士たちが、続々と戻ってくる。全員が街の広場に集まり、街の住民たちも総出で、すっかり大人しくなったカボチャの調理を始めた。


「毎年ね、みんなでこうやって鍋を作るのよ」

 肉屋のおかみは巨大な鍋をかき混ぜながら、しみじみと呟く。辺りはいつしか薄暗くなっており、かがり火がいくつも焚かれて影が伸びていた。空の頂点はまだ赤い。


 後輩が、一口大に切られたカボチャが山盛りの皿を運んでくる。えっちらおっちらと危なっかしい足取りに、彼は鍋から目を離して後輩を見張った。

「持ってきました!」

「ありがとう。全部入れてしまってもらえる?」

「はいっ!」

 後輩は大きく頷き、そして足早に鍋に近づくと、皿を勢いよく傾けた。あっ、と彼が手を伸ばすより早く、後輩は「あちっ!」と悲鳴を上げて飛びずさる。


 鍋の中の熱湯を食らったらしい。手の甲を押さえながら涙目になる後輩に、彼は嘆息した。

「馬鹿、そんなに雑に入れたら跳ねるに決まってるだろ」

「うう……」

 恨みがましく鍋を睨みつける後輩の頭を小突いてから、「冷やすか?」とその手を掬い上げて顔を近づける。皮膚がそれほど赤くなった様子はなく、ほんの少し当たっただけのようだ。


「そんなに赤くは……何だお前、真っ赤な顔して」

 後輩の顔を見ると、彼女は夕焼けもかくやとばかりに耳まで赤くしている。驚いて目を丸くすれば、後輩は半ギレで「見ないでください!」と手を引っ込めた。


「……先輩キライ!」

「理不尽だろ!」

 可愛い後輩の手を心配してやったというのに、この言い草である。不満を隠しきれずに文句を垂れると、対する後輩も同じような顔をしていた。



 ***


 積まれたカボチャの中に、一つだけ、オレンジ色をしたものがあった。それに目ざとく気づいたのは後輩で、「これだけ色が違うんですね」と指をさす。

「ああ、それは……」

 八百屋の店主は言いよどみ、肉屋のおかみと顔を見合わせた。肉屋のおかみは曖昧に微笑む。

「それは、飾り用のカボチャなのよ。顔を彫って中に明かりを灯すの」

「でも、何もされていませんよ?」

「そうなのよね」

 肉屋のおかみが、ふと視線を遠くに投げる。その視線の先にあるのは暗い森だ。


「元々、このお祭りは数年前に引っ越してきた親子が始めたものでね、カボチャを上手く飾りにすることができるのも、その母親だけなのよ」

「へえ……」

「男の子の方も、ちょっと病弱だけど、一体どうやってるのか分からないような悪戯ばっかり仕掛ける、とんでもないやんちゃ坊主でね、……もし今も生きていたら、動くカボチャはあの子のせいだって、誰もが思ったはずだわ」


 オレンジ色のカボチャを取り上げながら、おかみは小さくため息をついた。

「でも、去年の今頃に、病気で亡くなって……それから母親はずっと塞いだままで、……今日くらいは、お祭りに出てこないかしらと思っていたのだけれど」

「そう……なんですか」

 件のカボチャを受け取って、後輩は気遣わしげに視線を森へ滑らせる。



 その、直後のことだった。

「う、わっ!」

 後輩が声を裏返らせて飛び上がった。その手からすぽんとカボチャが飛び出る。

「まだ生きていたのか!?」

 そう叫んでから『生きていたとは……?』と自問しつつ、彼は橙のカボチャを見据えた。


 カボチャは立ち並ぶ鍋の間をぴょんぴょんと飛び回り、広場に集う人間たちの注目を集める。いつしか辺りはすっかり宵闇に落ち、これから本格的な夜が始まろうという頃である。空の赤みはほとんど抜け、もはや森に縁取られた端が僅かに明るいのみだ。

 しかし、かがり火に照らされた広場の中で、そのカボチャはまるで自ら輝いているかのようにはっきりと見えた。誰もがその動きを目で追う。一日中暴れカボチャに手を焼いた住民たちは、今更このカボチャに恐怖を示すことはない。


 カボチャは存分に注目を集めると、それからひょこひょこと広場の出口へと向かった。


「――逃げるよ!」

 どこからか、少年の声が響く。


 その言葉を受けて真っ先に走り出したのは子供たちだった。歓声を上げて一斉に駆け出した我が子に目を剥いて、父と母が鍋の蓋やおたまを手に子供を追いかける。残された住民たちも、何だ何だとその列に続いた。

 残された騎士たちは、しばらく呆気に取られたまま立ち尽くす。ややあって、手持ち無沙汰に鍋に近寄り、鍋の番を始める。


 彼も半笑いを浮かべたまま、同僚へと歩み寄った。

「エド、イヴァリスはどこに行った?」

「え?」

 矢先、投げかけられた問いに、彼は息を飲む。振り返れば、そこにいると思っていた後輩の姿がない。

「イヴァリスなら、さっき一緒に走っていったわよ」

「ええ!?」

 通りがかった同僚の言葉に、彼は顔を引き攣らせた。



 住民たちが走っていった方へ足を向ければ、その最後列はすぐに見つけることができた。彼は壁際をすり抜けるようにしながら列の前に出ると、子供たちに紛れて先陣を切る後輩をとっ捕まえる。

「何やってんだ、イヴァリス」

 肩を掴んで声をかけると、後輩は肩越しに振り返って「先輩!」と目を丸くする。


 後輩は頬を紅潮させ、興奮気味に告げた。

「あのね、先輩! あのカボチャ、もしかして何か魔術がかかっているかもしれないんです」

「魔術? こんなド田舎に?」

 彼は懐疑的に眉をひそめる。後輩も頷き、歩調を緩めぬまま、目を輝かせて応じた。

「それが不思議なんですけど……。でも、だとしたら、あのカボチャは誰かが動かしてるってことになるはずなんです。それが気になって」

「分かった分かった」

 後輩の言葉を手で制して、彼はわざとらしく怖い顔をする。


「だからと言って一人で行くのはやめろよ、せめて俺に声をかけてくれ」

「……すみません」

「肝が冷えたよ、ただでさえ不気味な事態だってのに……」

「先輩、わたしのこと心配したんですか?」

「心配するよ、悪いか」

 当然のようにさらりと告げると、後輩はぴしりと固まった。「いえ」とぎこちなく呟く。


「ごめんなさい」

「分かったならいい」



 そうやり取りを交わしたところで、目の前に迫っていたのは森だった。住民たちの列を先導するカボチャは、その場で数度跳ねる。

 そうして、カボチャは森の暗闇の中に溶けるようにして消えた。伸ばした手の先すら見えない闇に、住民たちは躊躇を見せる。

「……行くぞ」

「はい!」

 彼は後輩に声をかけ、そして二人連れ立って森の中へと足を踏み入れた。


 息すら躊躇う森の中、風のない夜に、葉擦れの囁きもなりを潜めている。それに倣うようにして、二人は一言も発さぬままに森の中を進んだ。

 カボチャの姿はろくに見えないが、地面を跳ねる音は二人を先導するように、つかず離れず続いていた。道は踏み固められており、誰かが毎日通っているかのような気配である。


「……誰か、いますよ」

 ふと、後輩が呟いて手を伸ばす。その指先が照らされて浮かび上がった。見れば、確かに前方に見えるのは角灯と思しき明かりである。


 カボチャは静かに光に向かって進んでゆく。彼らも足音を忍ばせて、その影を追った。

「墓地……?」

「そうみたいですね」

 よく見てみれば、心もとない角灯の光の中に、石碑の影がいくつも落ちている。刻まれた文字は読めないが、どうもその輪郭は人の墓のように思えた。


 ぶるり、と隣で後輩が震えた気配を感じた。片腕をその背に回して抱き寄せる。どうにも不気味で堪らない。



 角灯は、ひとつの墓の側へ置かれていた。その傍らには、地面に膝をついてかがみ込む女の後ろ姿がある。

「……誰ですか?」

 足音を聞き咎めて、女は恐る恐るというように振り返った。まだ若い女の、その表情はまるで途方に暮れた子供のようで、彼は返す言葉に困って言い淀む。


 ざわ、と森が梢を揺らし始めた。背後からいくつも足音が近づく。墓前の女は凍りついたように動けないままで、相対していた二人はそっと脇に避けた。


「――ニティ、やっぱりここにいたのね」

 苦笑混じりの声は肉屋のおかみのものである。

「これから祭りをやるんだ、一緒に来ないか?」

 続いたのは八百屋の店主の声。


「あなたが教えてくれた祭りをやるの。死者を迎えるお祭りよ」

「だが困ったことに、俺らの誰も、カボチャに顔を掘ることができないんだ」

 堰を切ったように、住民たちは口々に言い始める。


「ねえニティ、そのカボチャに顔を掘ってよ!」

 パン屋の娘が明るい声を出す。女は「カボチャ……?」と怪訝そうな顔で瞬きをした。



 直後、暗がりから、オレンジ色のカボチャが飛び上がって姿を現した。カボチャは数度地面を跳ねて女に近づくと、ころりとその場で回る。女は目の当たりにした光景に、目を疑うように絶句していた。カボチャは声もないのに笑う。


 そして、まるで子供が母親に抱きとめられるがごとく、はしゃぐような軽やかさを伴って、女の胸へと飛び込んだ。


 くすくす、と、どこからともなく子供の笑い声が聞こえた。しかし、どうやら森の中に入ってきたのは大人だけである。街の住民たちは少しの間驚いたようにざわついたが、やがて、じわじわと笑い出す。


「あはは、あの坊主、やりやがったな!」

 八百屋の店主が声を上げて額を打った。パン屋の娘は腹を抱えて笑い出す。



 笑いさざめく声が森に広がる中で、女はカボチャを胸に抱いたまま、呆然と立ち尽くしていた。その腕に力がこもる。

 頬を伝い、顎から滴った雫が落ちた頃には、カボチャはもう、ぴくりともしなかった。


『お母さん、』

 姿もないのに、そこにいるのが、はっきりと分かる。身体を強ばらせた母に向けて、声は甘えるように囁いた。

『――ただいま!』



 ***


「結局、何だったんだろうなぁ」

 湯気を立てるスープを啜りながら、彼はぼやいた。丸太のベンチの隣に腰掛けた後輩は、念入りにスープを吹いている。あち、と言いながら一口啜って、後輩はへらりと笑った。

「まあ、こうしてご相伴に預かれたんだから良いじゃないですか」

「お前は食い意地だけで生きているのか」

「し、失礼な……!」

 憤慨したように足をばたつかせる後輩に、小さく笑みを零す。揺らめく光に照らされて、後輩は横目で睨みつけるようにして、こちらを窺った。「何ですか」と拗ねたように呟く。


「……いや、別に」

「変なの……」

 ぶつくさと文句を垂れる後輩から目を逸らし、彼は頭を搔いた。



 やがて音楽が始まり、誰からともなく手を取って踊り出した。彼はちらと後輩を見る。

「どうする?」

「……一応、僕たち、男同士ってことになってるじゃないですか」

 言い訳がましく俯いた後輩に、彼は頬杖をついて目を眇めた。


「生者も死者も入り交じる祭りで、そんな些末なことを気にするのか?」

「……へ、へーえ。言うじゃないですか! んで? 何が言いたいので?」

 あからさまに挙動不審になりながら、後輩は上ずった声を出した。彼はざっと周囲を見渡し、自分たちに視線が向いていないことを確認すると、素早く立ち上がる。


 が、そこで照れが出た。耳が熱くなるのを感じながら、彼は明後日の方向に体ごと顔を背け、小さく呟いた。

「…………お、お手を、どうぞ」

「んんー? きっこえないなぁ」

 得意げな後輩の声が耳に届く。直後、小さな手が手のひらの中に滑り込まされた。



「よし! 行きますよ!」

「ちょ、待てって」

 後輩に引きずり出されるようにして、彼は広場の中央へと近づいてゆく。かがり火の明かりを受けて、後輩は心底愉快そうに笑っていた。


 がし、と片手を掴まれ、腰に手を添えられる。その時点で何だか嫌な予感はした。

「わたし、男役で踊ってみるの夢だったんです!」

「待て待て待て待て! ここは社交ダンスのための舞踏会じゃないんだぞ!」

「はい、右、左、次は後ろに下がって、んん、姿勢良くしてー?」

「やめ、ちょっと、俺が悪かったって!」

 彼の悲鳴は、最高潮へ達しようとする祭りの喧騒に紛れて、誰にも受け止められることはなかった。




 後輩に振り回されながら、ふと、彼はかがり火の傍に設置された台の上を見た。

 そこには急ごしらえで些か不出来ながらも、破顔した表情のカボチャが、ひとつ、置いてある。




(遅刻ハロウィン小話です)

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