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第25話 怒髪天(上)

決闘をふっかけようとした相手を嬉々として追いかけ回すバスティアンを視界から外し、バラン家の人々へ声をかけた。

「有耶無耶のうちに流させてしまって申し訳ない。綺麗ごとだというのも、名誉の問題だというのも承知ですが…流血沙汰はどうしても苦手でして」

「いいえ、気にしないでください、タツキ殿。あなたに案じて頂いて嬉しいです」

決闘前は緑色の瞳を爛々と光らせていたが、視線を和らげたアイザックにぽんと肩を叩かれ、少しは頭の中の嫌な考えが落ち着いた。

「マルハシ様、名誉を重んじて頂いてありがとうございます」

「まるで物語の賢者様のようでした」

「いえ、素人の浅知恵がたまたま上手くいっただけです」

あんまり持ち上げられても困る。周囲からの期待でハードルがどんどん高くなるのは特に。

ジリ貧だった俺が居たたまれなさに周囲へ視線を逃し、運良く患者を発見出来たのはそういう訳だ。



人々の隙間から、くらりと傾いだ身体が見えたので、「何だ」「どうした」と騒ぐ人壁の隙間へ飛び込む。

どうにか人を掻き分けて出た先、そこだけぽっかりと空いた空間にいたのは、床に倒れた若い女性とその側に膝をついている年嵩の女性、年嵩の女性から2歩程下がってこちらに背を向けている男性。

「皆様、場所を開けてください。失礼します。私は看護師です。こちらのご令嬢のお母様とお見受けします。お嬢様の脈を採らせて頂きます」

膝をついておろおろする年嵩の女性へ、短く明瞭な言葉で声をかける。

床に倒れている女性の細い左手首を持ち上げて、内側へ曲がっている親指の付け根、シワの少し下を左手の人差し指、中指、薬指の3本で探って脈を探る。

「お嬢様、お嬢様、聞こえますか?」

脈をカウントしながら右手で肩を叩いて意識の確認。脈拍は…1分で180回。

女性の瞼がヒクヒク震えると僅かに開き、「い…息が……胸も、痛い……」とか細い声で訴える。

「ローリーさん、静かな部屋をお借りできますか?アイザック、部屋の前で立ち番をお願いします。ジャクリーンさんとサラは、彼女の荷物があったら部屋まで持ってきてください」

指示をしてから令嬢を横抱きにして立ち上がる。本当は担架が欲しいけど贅沢は言っていられない。

アイザックを先頭に人垣を掻き分け、どうにか部屋に滑り込んだ。

「寝椅子に寝かせましょう。ジャクリーンさん、彼女のドレスを脱がせて、息をしやすくする為にコルセットも緩めてください」

昔の女性のドレスなんてどうやって脱がせるのかさっぱりなので、女性であるジャクリーンさんにお願いする。令嬢のお母さんはひたすらおろおろしっぱなしなので最初から除外。近くにいたお父さんはどこかって?お母さんと一緒に部屋の外です。勿論、落ち着いたら呼びますとも。

「緩めましたわ。マルハシ様、次は何を?」

てきぱきした彼女のおかげで進行が早い。気を利かせたサラが薄手の毛布を借りてきてくれたので、女性の体にかけた。

結い上げたが幾らか乱れて頬にかかっている髪をそっと指先で払いながら顎関節付近に触れると、彼女の唇が上へ上がる。



ここで状況を整理しよう。

・患者は若い女性。

・息苦しさと胸の痛みを訴えている。

・心拍数

・手の指が内側へ曲がっている。

・顎関節付近を触ると唇が上へ上がる。


確実に「これだ」と断言する為の、血中カルシウム濃度や血液ガス検査、その他にも精査が出来ないのが残念だが、恐らく『過換気症候群』だろう。

「落ち着いて。大丈夫です。さあ、ゆっくり呼吸をしましょう」

寝椅子の傍へ跪き手を握って、安心させるような声とテンポで少しずつ呼吸をコントロールしていく。

数十分ほどで令嬢の呼吸は元通りに落ち着いたが、雑談ついでに事情聴取をしていくと、少しずつ経緯が見えてきた。

倒れた令嬢の名前はベレンガリア・ムーフォウ男爵令嬢。年齢はサラと同い年の18歳。

聞き慣れない名前を何とか書きとめていると、ムーフォウとは肌が浅黒いという意味だと教えてくれた。言われてみれば肌の色が浅黒いといえば浅黒いが、濃淡でいえば淡い方だ。俺はそう気にならないが、自称保守的な人は色々言うらしい。

同い年という事で会話が弾む2人だったが、「ねえリア、何かあったの?その、気になることが」とサラがまさかの直球勝負に出た。

……いや、意外といい線行くかも?


「あ、あの、内緒にしてね?」

「うん!内緒にするわ!」

「実は、その、好きな殿方がいて。すごく素敵で気配りも細やかな方なの」

「おお~。それで?」

「たまたま、その方が他の殿方と話しているのを聞いてしまったの。も、勿論、最初は聞くつもりはなかったわ!でも、他の殿方が私の名前を口にしたら、笑って『あんな太い女なんてダメだ』って!」

わっと火がついたように泣きだしてしまった男爵令嬢、慰めるサラ。

「マルハシ様?」

「は、はい?どうかしましたかジャクリーンさん?」

やっべえ、何か怖い。笑顔だけど怖いぞ。

「女の敵はどう滅ぼすべきだと思いますか?」

笑顔で何やら物騒な事を呟かないでください!というか、俺も男ですからね!!


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