第12話 泥沼戦線
結局その後は誰も喋らずに黙々と食事して、解散となった。
医療知識で盛大にぶん殴りすぎたかもしれない。
「先ほどは差し出がましい事を失礼しました」
「いえ、とんでもない。あなたの彗眼に感動して言葉が出なかったのです。
あんなに素早く娘の症状に診断をつけて対処法まで教えて頂けるとは」
本当はドクターが診断、処置の指定もするんだけど焦りすぎたな。先代辺境伯の診断をしてもらった医者しか知らないけど、急いで彼を雇おう。
感謝を述べるアレクサンダーさんとジャクリーンさんには心苦しいが、色々大変な事が起こりそうだ。口外しないように念を押しておくが、うっかり口が滑らない事を祈る。
うっかり屋で口が軽い友人には何度も痛い目に遭わされたからな。お返しに鉄拳制裁しといたが、あいつあれで懲りただろうか。
客用寝室に案内され、長く深い溜め息が出た。体が重い。
とにかく疲れた。もう寝よう。
小さなベルの音が聞こえたので反射で飛び起きた。
寝室の外に出たら、すぐ近くにアイザックさんがシャツとズボンを身に着けて背を向けて立っていた。
「何事ですか」
声をかけたら彼は「しまった」という顔で振り向いた。俺の仕事を何だと思っているんだろう。夜勤中にコールやら飛び込みなんてザラだぞ。
「ええと、その」
アイザックさんが言い淀むなんて珍しい。
「どうしました?」小首を傾げて近寄ると、近寄った分後ずさっていく。
「仕事が仕事ですから、夜に物音に起きるのもいつもの事ですよ。気にしないで、何があったんです?」
「……祖母が、随分前から何やらおかしくなって」
俯いた顔、地を這うような低い声がぼそりと言葉を紡ぐ。
夜中に寝間着で出歩こうとする、昔の事ばかり何度も何度も話す、突然若い頃の服を引っ張り出してくる、人の名前が出てこないなど。色々と溜め込んでいるんだろう。
「よく頑張りましたね」
肩にそっと触れると強張りが徐々に緩んでいく。
誰だったか忘れたが、「介護は孤独で先が見えない戦いだ」と言っていた人がいた。もしくは教科書、伝聞。忘れた。
家庭内で介護するとしたら、よほど環境が整っていないとゆっくりじりじりと精神が疲弊していく。
極端な例だが、長年の介護を苦にして相手を殺すなんて事件もある。
現代だったらまずケアマネージャーさんが介入し、泥沼戦線を収拾させる為に強制入院やショートステイなど手腕を揮う。要介護度の目安、作りたい。
「ちなみに、今はどなたがおばあ様の所へ行かれましたか?」
「執事のトリスです。長年勤めてくれている、いい執事です。ああトリス、ちょうどお前の話をしていたよ」
「ええ、とても素晴らしい執事だとお話を伺ったところです」
「おやまあ、ありがとうございます、お客様。若様、お話があるので少しよろしいですか」
来た。目を見交わす。
「大丈夫だトリス。こちらの方はおばあ様のような方の世話に慣れていらっしゃる。遠慮する事はない」
「しかし、いきなり言われても納得は難しいでしょう。私はこれで」
後ずさろうとしたが、がっしりと肩に回った手で逃げられない。
「あんなに熱心に私を口説いておいて?それはひどいですな」
ちょっと待て、いつ口説いた!?執事さんが生暖かい目でこっち見てる!!




