黒の総統ラインハルト
【プロローグ】――泥、血、そして十三万の英霊
歴史は常に、勝者の筆によって美しく飾られる。
光の神を信仰する『七国同盟』の聖典には、こう記されるだろう。
「邪悪なる魔王の国ダークサイトは滅び、正義の鉄槌が下された」と。
だが、聖なるエルフの放った光の矢が、飢えた魔族の子供の胸を貫いたとき、そこに正義はあったのか?
人間の聖騎士が、降伏した若き兵士の首を笑いながら刎ねたとき、そこに神の慈悲はあったのか?
――否。そこにあったのは、ただの『敗戦』という名の地獄だ。
かつて、ダークサイト王国の最前線には、十三万人もの若き同胞たちがいた。
彼らは祖国の家族を守るため、泥水をすすり、四肢を失いながらも戦い続けた。
しかし、彼らが命を懸けて守ろうとした首都の宮殿では、高級なシルクの軍服に身を包んだ「4人の魔将軍」が、敵の使節と裏で手を握り、国家の財産を私利私私欲のために売り飛ばしていた。
前線の兵士は、敵の刃ではなく、味方の総司令官の【禁忌魔法】によってゾンビへと変えられ、肉の壁として使い捨てられた。
街の国民は、敵の包囲ではなく、味方の将軍が食糧を敵に横流ししたせいで、飢えに苦しみ、餓死していった。
十三万の英霊は、敵に敗れたのではない。
身内である**『売国奴』**どもに、後ろから刺されたのだ。
「……見ていろ、お前たちの無念は、俺が全て晴らす」
泥の底から這い上がった一人の若き副官――ラインハルトは、血に染まった軍旗を握り締め、静かに誓った。
国家を裏切った者に、神の許しは届かない。
同胞を売った者に、悪魔の慈悲すら与えない。
ここから始まるのは、英雄の物語ではない。
全てを失った一人の男が、泥と血の法廷で、4人の魔将軍と世界そのものを裁く**『大粛清』**の記録である。
――新しき【総統】の影が、今、暗黒の首都を包み込む。
『魔王軍の最底辺兵士だった俺、敗戦後に軍権を握り「黒い親衛隊」を結成する 〜祖国を売った4人の魔将軍と人類を、国家社会主義の力で徹底的に粛清する〜』
第一話:泥の中の裏切りと、骨の上の講和条約
冷たい雨が、容赦なく俺の頬を叩いていた。
北部戦線の塹壕は、泥と血、そして硝煙の臭いで満ちている。俺――ラインハルト・フォン・ベーレンハルトは、破れた軍服の袖で顔の汚れを拭った。
周囲に転がっているのは、かつて共に戦った魔族の戦友達の死体だ。
だが、彼らの命を奪ったのは、敵であるエルフの放った魔法ではない。俺たちの味方であり、最高司令官であるはずの魔将軍――マラコルの【最上位死霊魔術】だった。
「戦線を維持しろ」という狂気じみた命令のため、奴はまだ生きている味方の兵士たちを強制的にゾンビへと変え、肉の壁として突撃させたのだ。
「俺たちは……売られたんだ……」
隣で倒れていた若い兵士が、血の混じった泥水を吐きながら呟く。その瞳からは、絶望の涙が流れていた。
「ラインハルト副官……首都の奴らは……俺たちを、敵に、売った……」
それが、彼の最期の言葉となった。
俺は彼の冷たくなった手から、引き裂かれたダークサイト王国の軍旗を引き抜いた。俺はただの若き最前線オフィサーに過ぎない。だが、俺の胸の中では、今や地獄の業火よりも熱い炎が燃え盛っていた。
――復讐だ。我が祖国を、兵士を汚した全ての豚どもに、死を。
敗戦が決まり、首都ダーシアへと帰還した俺を待っていたのは、前線以上の地獄絵図だった。
街路には、飢えで腹が膨れ上がった子供たちの死体が転がり、配給の黒パン一切れを求めて、女たちが何時間も列を作っている。その一方で、中央のきらびやかな宮殿では、一晩中明かりが消えることはなかった。
俺は裏で密かに動いた。前線で生き残った忠実な部下たちを使い、極秘の資料を押さえることに成功したのだ。
そこに書かれていたのは、あまりにも醜悪な真実。
4人の最高魔将軍――マラコル、ベリアル、アザゼラ、ゴルゴロス。
奴らは、国民が飢えに苦しみ、兵士が前線で命を落としている最中、国を支えるべき国家備蓄の食糧や魔導結晶を、敵である『七国同盟』の商人たちに裏で売り払い、莫大な黄金を手に入れていた。
国民の血をすすりながら、奴らは宮殿で敵の使節と高級ワインを酌み交わしていたのだ。
そして今日、その「最後の仕上げ」が行われようとしていた。
中央広場には、何万人もの飢えた、そして希望を失った魔族の群衆が集まっていた。広場の中心には、純白に輝く『七国同盟』の豪華な馬車。人間の帝国や、エルフの王国の傲慢な使節たちが、ダークサイトを永久に奴隷化するための「降伏条約」を手に、そこに立っている。
演壇に姿を現したのは、4人の魔将軍たちだった。彼らの軍服には血の跡一つなく、金糸と宝石で派手に飾られている。
血統貴族でもある大将軍ベリアルが、魔法で拡声された声で民衆に語りかけた。
『ダークサイトの同胞たちよ! 我らはこの聖戦において全力を尽くした。しかし、運命は我らに味方しなかった。敗北を受け入れることもまた、勇気である。本日、我らは七国同盟との間に、我が国の未来のための和平条約を締結する!』
群衆は沈黙していた。誰も声を上げられない。将軍たちの私設魔導親衛隊が、反抗する者を即座に処刑すべく、周囲を完全に包囲しているからだ。
条約の内容は、ダークサイトの全ての魔導鉱山を敵に明け渡し、国民は今後99年間にわたり、奴隷のように働いて賠償金を支払い続けるというもの。その代わり、4人の将軍は地位と財産を完全に保証される。
「ふむ、では誰が国を代表してサインをするのかね?」
エルフの使節が、侮蔑を込めた笑みを浮かべて問いかけた。
将軍たちは一斉に目を逸らし、互いに後ろへと下がった。いくら私利私欲のためとはいえ、歴史に「売国奴」として名を残すのは避けたかったのだ。誰か適当な生贄を求めていた。
その時。
整列した兵士の列を割り、確固たる足取りで、泥にまみれた軍服を着た男が進み出た。
冷徹な、まるで凍りついた刃のような瞳をした男――俺だ。
「私が、サインをしよう」
将軍たちは内心で冷笑した。
(愚かな最前線の兵隊上がりが。自ら生贄になりに来たか。これで全ての悪名はあの若造の物だ)と、総参謀長ゴルゴロスはほくそ笑んだ。
俺は演壇に登り、エルフの使節の手から、屈辱の条約書と万年筆をひったくるように受け取った。
下を見渡せば、何万もの魔族の瞳が、俺を憎しみと絶望の目で見つめている。
俺は躊躇なく、紙に『ラインハルト・フォン・ベーレンハルト』の名を刻んだ。
ダークサイト王国は、正式に敗戦国となった。使節たちは満足げに笑い、馬車に乗り込んで去っていった。
将軍たちが俺の肩を叩く。
「よくやった、若者よ。これで軍の指揮権はお前に委譲される。我々は最高顧問として後ろから支えてやろう」
奴らはこれで、自分たちは手を汚さずに、俺を傀儡のトップに据えて国を裏から支配し続ける気なのだ。
だが、奴らは決定的な勘違いをしていた。
演壇に一人残った俺は、手の中に握られた【軍最高司令官の印章】を見つめた。
奴らは俺に「泥を被せたつもり」だったのだろうが、同時に、俺へ**「法的な絶対権力」**を譲り渡してしまったのだ。
俺はマイクを引き寄せた。俺の声が、魔力を帯びて首都の空に響き渡る。
「ダークサイトの同胞たちよ。本日、我々は敗北した。……だが、これは終わりではない。今日、この瞬間を以て、腐りきった旧体制は崩壊した!」
広場がざわつき、将軍たちの顔から余裕の笑みが消える。
「祖国を売り飛ばした処刑人ども、国民のパンを盗み肥え太った豚どもの時代は終わった! 本日より、この俺――ラインハルト・フォン・ベーレンハルトが、ダークサイトの【総統】として全権を掌握する! 我々を奴隷にした外敵、そして内側から国を蝕んだ裏切り者どもを、一人残らず血の海に沈めてやることを、ここに誓おう!」
「なっ……何を言っている、この泥棒風情が!」ベリアルが激昂して叫ぶ。
「親衛隊、その反逆者を捕らえろ!」
しかし、動いたのは将軍たちの部下ではなかった。
広場の周囲の闇から、黒い外套(シュタールヘルムに似た兜と黒い外套)を身に纏い、眼に復讐の炎を宿した3000人の兵士たちが現れたのだ。彼らは全員、北部戦線で地獄を生き残り、俺に絶対の忠誠を誓った突撃兵たちだった。彼らの魔導銃の銃口は、一斉に4人の将軍たちへと向けられた。
俺は冷酷に、我が【黒い親衛隊】に命じた。
「新軍、整列。……最初の標的は、この首都の内部だ。これより、大粛清を開始する」
【後書き】――読者の皆様へ
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
旧体制の腐敗した魔将軍たちを大粛清し、泥の底から這い上がるラインハルトのダークファンタジー、いかがでしたでしょうか?
WW1(第一次世界大戦)後の重苦しい空気感と、容赦のない「国家社会主義」的な鉄の規律を取り入れた、これまでにないダークレジスタンスな世界観を目指しています。
⭐️ 【作者からのお願い】
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次回、第二話:『最初の獲物、死霊魔術師マラコルの捕縛劇』。黒い親衛隊(SS)による冷酷なる大粛清が、ついに幕を開けます。お楽しみに!




