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【受賞作・書籍化】婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第三部 新婚旅行とそれぞれの想い

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35.隠し事と報告



 ダスティお兄様への報告を終えたあと、私はそのままレイバン商会へ向かうことにした。

 リアン叔父様にも、マルリックの視察の件を報告したかったからだ。


 ちなみにオーウェンはというと、モナがもう少し旅の話を聞きたいと言って引き留めたため、屋敷に残ることになった。


 私としても、アインと二人だけで商会へ行けるのは都合がいい。

 マルリックへ出発する前、彼には騎士団内部について調べておくよう頼んでいた。

 その報告は、オーウェンの前では聞けないので。


「では行きましょうか」

「了解、ご主人様」


 屋敷を出る頃には、アインも黄土色の髪と灰色の瞳の、いつもの護衛用の姿に変わっていた。

 そうして二人でレイバン商会へ向かい、まずリアン叔父様へ一通り報告したあと、商会内にある自分の執務室へ戻る。

 

 後ろから入ってきたアインが扉を閉めたところで、私は机の向かいにある椅子を示した。

 アインは頷くと、すぐに腰を下ろす。


「さて。こっちが本題だな」

「ええ。私がいない間のことを聞かせてください」

 

 アインは椅子の背へ体を預けながら、まずここ数日の調査結果を話し始める。

 相手や場所に応じて何度か姿を変えながら、ピーター本人の交友関係や、その周辺にいる騎士たちを探っていたらしい。


「とりあえず、オーウェンを疎んでる奴自体はそれなりにいたぞ」

「やっぱりですか」

「ただ、中央じゃ露骨に嫌ってる奴はそこまで多くねぇな。あいつは真面目で仕事もできるし、部下にも慕われてる。若い連中なんかは、妬むより『あれは別格だ』って見てる奴の方が多い」


 オーウェンならそうだろうなと思う。


「その代わり、若くして昇進が決まってること自体を面白く思ってねぇ奴は、上の世代にそこそこいる。中央にも若干いるし、近衛じゃもっと露骨な奴も」


 聞いた内容を、頭の中で一つずつ整理していく。


「ピーター・ライレイについてはどうでしたか?」

「今んとこ、決定的な動きはない」


 アインが片方の肩をすくめた。


「ただ、いくつか引っかかるものはある」

「聞きます」

「ピーターの副官やってるロナウド・ハリスって騎士が、あんたらが旅行に行ったのと同じ時期に休暇取ってたんだよ」

「副官?」

「各団長が自分で指名してそばに置く補佐役だよ。ロナウドはピーターがかなり長く使ってる奴だ」

 

 一瞬、息が止まる。

 つい数日前まで、私とオーウェンが滞在していた場所だ。


「……私たちが行っていた時期と重なっていますね」

「そういうこと」


 アインが目を細める。


「もちろん偶然の可能性もある。有名な温泉地だし、休暇で行く奴がいたって別に変じゃねぇもんな」

「でも、その人物がピーターの副官となれば、一応気にはなりますね。ただの偶然だと切り捨てるには少し出来すぎている気がします」

「俺もそう思ってる。だからそこはもう少し探ってみる」

「お願いします」


 まだ疑うには材料が足りないけど、覚えておく必要はありそうだ。


「それと、さっき教えた、飲み比べができる店なんだが」


 確か、少量ずついくつもの酒を試せて、気に入ればその場で瓶を買える酒場のことだ。

 あの話を聞いてから、私はかなり興味を惹かれていた。

 いきなり話が変わったようにも思えるけど、ピーターの話をしている最中にわざわざ持ち出したということは、無関係ではないんだろう。


 予想通り、アインはにやりと口の端を上げた。


「実はあそこ、単純に面白そうだから教えたわけじゃねぇんだ。ピーターと付き合いの深い騎士の一人が、よく出入りしてる」


 それなら、私にとっては二重の意味で面白い店だ。


「接触してみるつもりですか?」

「ああ。何回か通って顔繋いでみる。酒入って口が軽くなりゃ、何か拾えるかもしれねぇし」

「分かりました」


 私は頷く。

 そして少し考えてから、


「私も一度――」

「駄目だぞ」


 ……最後まで言う前に止められた。


「まだ何も言ってませんけど」

「どうせ『私も一度行ってみたいです』とか言おうとしたんだろ」

「……そうですけど」


 だって店として普通に面白そうなのだ。


「市場調査ですよ」

「それを言えば通ると思ってんだろ」

「立派な仕事ですけど?」

「知ってる。けど、今行く必要はないだろ。目当ての奴と鉢合わせする可能性があるうちは我慢しろ」

「…………」

「そんな不満そうな顔すんなって。俺が先に見てくるから」


 そこまで言われてしまえば、反論はできない。

 別に危険性が分かっていないわけではない。

 ただ、調査対象の店としてだけではなく、純粋に商人として興味を惹かれているから、できれば自分の目で見たかっただけだ。


 残念だけど、今回は諦めるしかなさそうだ。


「分かりました。ではお願いします。ただし! せっかく行くなら、市場調査も忘れないでくださいね。味と価格と客層、それから一番人気のお酒も確認してきてください。いいですか、絶対に絶対ですよ?」


 これはかなり重要である。

 何種類くらい飲み比べる客が多いのかや、どの価格帯が一番売れるのか。

 飲み比べた客のうち、実際に瓶まで買って帰るのはどの程度なのかとか、ついでに料理との組み合わせや、お客さんの滞在時間も知りたい。


 私が直接見に行けない以上、アインにはしっかり私の目の代わりになってもらわなければ困る。


「結局そっちもやらせんのかよ」

「当たり前じゃないですか。せっかく行くんですから」

「抜け目ねぇなぁ」


 呆れたように言いながらも、アインは少し楽しそうだった。


「それで、他には?」

「ああ。もう一個、大事なのがある」


 アインが珍しく姿勢をぴしっと正すと、頭を下げた。


「悪い。騎士団に潜った時、ガルフにばれた」

「…………」


 一瞬、彼の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。


「……潜った?」

「ああ」

「騎士団の中に?」

「そう」

「誰かに変装して?」

「ベイクってオーウェンの部下にな。いやー、前も一回そいつに成りすました時もばれなかったから、イケると踏んでたんだけどな」


 私は思わず額を押さえた。

 確かに、調べ方については私は指示をせずにアインに任せていた。

 以前にも騎士団へ潜り込んだことがある以上、今回もその手を使う可能性くらいは考えていた。


 ただ、ピーター本人の交友関係や周辺の人間を探るだけなら外からでも十分調べられるし、わざわざ危険を冒して内部へ入り込むことまではしないだろうと思っていたのだ。

 何より――潜入するな、と私が釘を刺していなかったのも事実である。


「私、そこまでしろとは言ってませんよね?」

「けど、一番手っ取り早かったし」

「…………」

 

 アインの変装は、私が見ても本人だと分からないほど完璧である。

 だから本人としては、見つかる可能性などほとんどないと思っていたんだろう。

 ……このあたりについては、あとで改めて話し合った方がよさそうだ。


「それで、どうしてガルフ隊長にばれたんですか?」

「勘だとよ」

「……勘」

「俺はベイクに化けてたんだけどさ。なんかおかしいと思ったからって、いきなり殴りかかってきやがった。避けたら、『本物なら避けきれねぇ』って」

「…………」


 相変わらずとんでもない人である。


「それ、大丈夫だったんですか?」

「俺はな。ガルフも最初から捕まえる気はなかったみたいだし」


 そこでアインが少しだけ声を落とした。


「事情を話したら、向こうもオーウェンの周りを探ってるらしい。オーウェンを守るためにな」


 私は少し驚いたが、同時に納得もする。


 オーウェンはガルフ隊長をとても信頼している。

 今回、長期間王都を離れることができたのだって、彼が騎士団にいることが大きかったはずだ。


「それで向こうから、目的が同じなら手を組まないかって言われた」

「あなたは?」

「勝手に決められねぇって断った。あんたの許可が必要だってな」

「そうですか」


 ガルフ隊長がオーウェンを守ろうとしていることに疑いはないし、内部事情については、当然アインよりも遥かに詳しく、アインを潜入させるよりも危険が少ない。

 

「いいと思います」

「手組んでいいってことか?」

「はい。むしろ、その方が効率的でしょう。ただ協力するのであれば、私も一度ガルフ隊長と直接お話ししたいです。今後どう動くのか、認識は合わせておいた方がいいでしょうから」

「了解。じゃあガルフには俺からそう伝えとく」


 話はこれであらかた終わったはずだった。

 けれど、アインはまだ何か言いたそうに私を見ている。


「なんですか?」

「いや」


 こんなふうに歯切れの悪いアインは珍しいなとじっと見ていると、少し迷ったあと、アインが頭を掻く。


「これ、命令に口出すことになるかもしれねぇけどさ」

「構いませんよ」


 仕事に関して、意見があるなら言ってほしい。

 そう伝えると、アインは遠慮なく続けた。


「だったら言うけど。オーウェンにはちゃんと話した方がいいんじゃねぇの?」


 思っていなかった言葉に、私は瞬きをする。


「この調査のことをですか?」

「ああ」

「でも――」

「オーウェンが、レイバン家の力使って外から口出しされるのを嫌がってんのは知ってる」


 先回りするように言われて、口を閉じた。


「だから黙ってたんだろ?」

「……それもあります」


 これはあくまで私の自衛だと、そういう理由でアインへ頼んだ。

 オーウェンが知れば止められる可能性が高いと思っていたから、調査自体を彼には伏せたまま、アインに動いてもらっていたのだ。

 だけど本当にそれだけかと問われると……それだけではないと思う。


「けどさ、もうガルフが知ってんだぞ。しかもこれから手組むんだろ。だったら、オーウェンの耳に入るのも時間の問題じゃないか? 勝手に動いてたことは怒られるかもしれねぇけど、さっさと話して潔く怒られた方がいいぞ。他の奴に聞かされる前にさ」

「…………」

「つーかあんたら、お互い信用してんだろ? なら変に隠し事はしない方がいいと思うけどな」


 ……悔しいけど、ここアインの言う通りだ。

 彼に黙って裏で動いていて、それをガルフ隊長から知られるなんて、想像してみると、確かにあまり良い形ではない。


「そうですね」


 私は小さく息を吐いた。


「今夜、オーウェンに話します」


 きっと怒られるか、少なくとも、いい顔はされないだろう。

 だけど、それでも自分の口から話すべきだ。


「そうしとけ。あいつなら怒っても、話は最後まで聞くだろ」


 アインがそう言って、少しだけ笑ってみせた。


「ありがとうございます」

「別に。俺だって後で巻き込まれて、『なんで黙ってた』ってオーウェンに怒られんの嫌だしな」

「……それが本音ですか?」

「半分くらい」


 とにかく今回分かったことは、まず、ピーター周辺については今のところ確実な証拠なし。

 ただし、いくつか不審な動きあり。

 ガルフ隊長とは協力する。

 そしてオーウェンには、今夜すべて話す。

 これで一通りだろうか。


「他には何かありますか?」


 最後にと私が何気なく尋ねると、ほんの一瞬だけ妙な間が空いた。


「?」


 アインはじっとこちらを見ていた。

 その瞳がほんの少しだけ、いつもと違うような気がする。

 けれど、それが何なのか分かるより先に、彼はいつものように口元を吊り上げた。


「――なんもねぇよ」

「そうですか?」

「ああ。報告は以上」

「…………」


 どう考えても、今の間は怪しい。

 私は居住まいを正して、改めてアインに向き直る。


「……もしかして、待遇に何か不満があります?」

「は?」

「給金でも休暇でも仕事内容でも。何かあるなら遠慮なく言ってください。うちで働いている人の話を聞くのも、雇い主である私の仕事ですから」


 そう言うと、アインは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。


「違ぇよ、仕事の話じゃない」

「じゃあ、個人的なことですか?」

「まあ、そんなとこだ」

「そうですか」


 それなら、無理に聞き出すわけにはいかない。


「分かりました。なら聞きません。でも、本当に何か困ったことがあったら言ってくださいね。私にできることなら対応しますし、できなくても話くらいは聞けますから」


 家族でも昔からの友人でもないけれど、今では、アインがそばにいるのが自然になっていた。

 腕は確かだし、一緒にいて退屈もしない。

 この先も長い付き合いになりそうな相手なので、仕事以外でも困っているなら放っておきたくはなかった。


 アインはしばらく私を見たあと、少しだけ目を細めた。


「……分かった。覚えとく」

「はい」

「じゃ、俺はもう行っていいか?」

「どうぞ。私は少し仕事を片づけます」

「了解。終わったら呼べよ」

「はい」


 アインが出て行った扉を一度だけ見てから、私は机の上の書類へ手を伸ばす。

 

 ――オーウェンに、どこからどう話したらいいのか。

 旅の間に溜まっていた仕事に取りかかったものの、今夜のことが気になって、珍しく集中できなかった。 



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