03
ヨハンは満面の笑みで、狂ったことを言いだす。
「俺と一緒にヒャッハーしようぜ! 戦争は楽しいぞ!」
「戦争は終わって、これから平和になるのに?」
ソフィアが訊くと、
「次の戦争と、その次の戦争のためだ♪」と彼はいつもの調子で答えた。
この言葉で、ヨハンが戦争と平和をどう捉えているかがわかるだろう。
彼にとっての平和とは次への〝準備期間〟でしかないと。
妖精族が帝国軍に入隊した前例はない。
そもそも彼らは争い事を好まないし、体格面でも既存の武器を運用できない。
ヨハンがなぜ自分を軍隊に入れたいのか――見当もつかなかった。
あるいは、この寺院で過ごす退屈なルーチンワークの日々に――ソフィアが飽き飽きしていると、見抜いたのか。
ついに好奇心に負けて、妖精の少女は訊く。
「本気?」
「それをいうなら〝正気か?〟だろ――最初に言った通り、俺はここにお前さんを脅迫しに来たんだぜ」
「……」
種族特有の共感能力を経て――この場の様子はすべての妖精族が見ている。
そのため、彼らは本来の自分の仕事を続けながら――成り行きを把握できるはずだ。
しかしながら、さきほどからロビーには妖精族が集まり始めている。
彼女と同じく、仲間たちもヨハンが次に何を言い出すか――自分の目で見ておきたいのだろうか。
「ソフィア」
不意に、見物している人たちの背後から声がした。
現れたのは、ソフィアと同じ色の髪を伸ばした妖精――どう見ても少女のような顔立ちの婦人だった。
「お母様」
ヨハンは瞬いた。
妖精族は人間と年齢のとり方が違うことを、彼は失念していたようだ。
「お初にお目もじしますわ、スミス大尉――あたくしはソフィアの母、エインセルと申します」
現れた妖精族の婦人が恭しくヨハンに頭を下げた。
彼はそこで初めて威儀を正して、直立した。
「帝国陸軍、第99連隊直属第1小隊指揮官――ヨハン・スミス大尉だ」
それから訊く。
「用を伺おう――ミストレス・エインセル」
「はい♪ うちの娘は大尉のご希望には添えないかと――こう見えて、ソフィアは臆病ですの。先週も嵐の晩の雷に怯えて、あたくしの閨に来てしまうくらいに。戦場に出ても、きっと大砲の音や銃声で縮こまってしまうに違いありませんわ」
エインセル婦人は娘と違い、柔和で愛想のいい口調だった。
ソフィアを見ても、特に変わった様子はない。
人間ならば、こうした場に母親が出てくれば――恥ずかしがるか、怒り出すものだ。
妖精族は気にしないらしい。
「それが普通の反応だもんな――俺だってこの歳で、いまだにピエロが怖い。おかげでバーガーやチップスが食べたくなっても〝ネッダノーズ〟に行けなくて困ってる。それに高いところも苦手だから、上級空挺徽章を取るのにもちょっと苦労した。だが、やり遂げた。軍隊ってのは、いつも〝できない理由探し〟を、力技でぶっ潰してくれるんだぜ」
「妖精族は死を恐れません――けれども、みんな変化には奥手ですの」
「だからって、年頃の娘にダサいパンツを履かせなくたっていいだろ? おまけに――退屈もさせてるみたいだし」
「……」
そのひと言にソフィアは瞬いた。
やはりそうだ――この粗野で不躾な将校は、妖精の少女が新しい刺激と冒険に憧れていると見抜いていた。
ヨハンの軽口をエインセル婦人は受け流して言う。
「もしも大尉が、妖精族の力だけを必要としているのなら――僭越ながら、あたくしがその任に就きましょう」
「……」
妖精族は嘘や詭弁を言わない。
どうやら、エインセル婦人は娘の盾になろうとしている。
しかし、
「だめだ」とヨハンは譲らなかった。
「だめですの?」
「今朝はメスガキちゃんに、エロいことをしたい気分だからな――妙齢の熟女との火遊びは、夜にするのが乙ってもんだ。だろ?」
「あらまあ♪ いけない殿方ですわね――今夜はあいにく、先約がありますの」
ソフィアを一瞥すると、ヨハンの指先がマッチを擦る。
「待って」
ヨハンが羊皮紙の端を焦がしたとき、ソフィアが割り込んだ。
「私は軍隊に行ってみたい――この人の正体を、自分の目で見極めたいから」
ソフィアが言い終わると同時に、ヨハンのつけたマッチは燃え尽きた。
彼はそれを床に落として、ブーツの底で踏み潰し――白々しく言う。
「おっとっと――俺としたことが、禁煙の場所で間違って煙草を吸うところだった」
彼は周りの視線を集めながら、
「ついてこい」と妖精の少女に言った。
「ん」
2人はそのまま受付のカウンターまで移動した。
受付係を担っている聖職者は〝神姫〟直筆の書簡におののいている。
「書記官と公証人を呼べ」
背後でエインセル婦人が手を挙げた。
「ここにいますわ――若いときに両方とも資格をとりましたの」
ヨハンはカウンターに羊皮紙を広げた。
文書が丸まらないように、重りの代わりに拳銃の予備弾倉を――書簡の隅にそれぞれ置く。
「この余白に付け足せ――〝ソフィア・エインセルがハーレークイン小隊での軍務に就く限り〟とな。陛下の筆跡は完コピしろよ?」
彼は備え付けのペンをソフィアに差し出した。
「ん」
自分の背丈ほどある――人間用のペンをソフィアは抱えて持つ。
彼女はそこで踊るように、ペン先を羊皮紙に走らせた。
「確認を」
「はい、はーい――けっこうですわ」




