第15章 婚約破棄の解決手段はショットガン 07/10
「さすが俺ちゃん♡ あれれー? ……なんで誰も褒めてくんないの? 拍手はっ!?」
ヨハンは自画自賛して、懲りずに〝説明台詞〟を続ける。
《デデン♪ その4! 閉鎖式の甲冑は、背中の換気口で空気を取り込む――だが、そこの空気は〝ある物〟が色狂いの淫売婦みたいに、猛烈な勢いで吸ってる真っ最中だ! その5! わからない馬鹿は小学校で理科の勉強しろ! その6! 酸欠で死にたくなきゃ、バイザーを開けろ!》
ヨハンは端末水晶を放りだして、拳銃を構えた。
ルートヴィヒは両手で、頭にあるバイザーを開ける――レバーを必死で探りはじめる。
「……」
一方は倒れ、それを見おろし――拳銃を構えるヨハン。
勝敗はすでに明らかだ。
ルートヴィヒは観念し、バイザーを開き――咳き込みながら喘いで、呼吸を取り戻そうと必死だった。
しばらくして、落ち着いた彼は言う。
「……この仕儀の上は、潔く敗北を認めてやるのが、正当な帝国貴族というものか――されど、この点を心に留めよ。貴公は善戦した。されど、それは実力を上回る弾丸の効果、幸運の恩恵が大きいと学ぶがいい」
ルートヴィヒが〝敗北を認める口上〟を述べた。
その〝寝言〟を聞かされていたヨハンは、欠伸で返事をした。
「待て! 貴族の私が恥を忍んでいる――その不遜な態度を改めて、我が降伏を受け容れよ! それでも卿は貴族の端くれかっ!? 我が身は偉大な10氏族の筆頭、フォン・ゼブルン侯爵家の惣領だ! 断じて、権門からはずれた子爵家の養子などの手にかけてよい存在ではない! それがたとえ竜王、太傅の猶子であろうとも! 軍での貴殿の立場を安堵したくば、穏便に済ませよ!」
ヨハンは背中を屈めて、小声で言う。
「さんざん俺を偽貴族の〝道化〟扱いしてたじゃん――まあ、それはいいや。つーか、お前を生かして帰したら、懲りずにうちの紅一点にすり寄ってきちゃうだろ? でも、この〝晴れ舞台〟で降伏を認めなきゃ、合法的に殺れるよな? てなわけで……」
彼はそのまま、身体を捻りつつ腰を突き出し――両手を拳銃の形にして指さす。
独特の、往年の漫画のキャラクターのようなポーズをとり――道化師の衣装を纏った彼は告げる。
「死刑♪」
「っ!?」
銃声。
火薬の爆ぜる音がこだまする、余韻の残る決闘の場で――ヨハンは先ほどの歌詞を口ずさむ。
お母ちゃーん♪ オイラ人を殺したった♪
引き金をカチッとチャカっただけなのに♪
そいつ、なぜか勝手に死んじゃったんだ♪
その時、上空には1人の魔族が熾天使の6枚の翼を広げて――浮かんでいた。
魔界の貴公子にして、今回の騒動の原因を作った最後の1人――サムエルだ。
「ははは――彼は契約を果たしたね。僕の眼の前で、あの若者を殺してくれという」
褐色の美少年は微笑し、そのまま翼を広げて上昇する。
みるみる高度をあげ、速度は亜光速を超越した。
「掴まえた」
暗い群青と藍と青の中間にある、世界の狭間で――サムエルは太陽のように輝く宝玉を握った。
「約束の時間だ」
周りを見ると、彼と同じく翼をもつ魔族たちが――次々に人間の魂を捕らえている。
「っ――!? ここは!」
ヨハンと決闘を演じた、門閥貴族の若者は身体を起こした。
そこは雪のように、白銀に包まれた温かい――不思議な景色だった。
絶えず音楽が、讃美歌のように壮麗で美しい声の旋律が響く――大音声だというのに、不快感はなく、ただただ居心地がいい。
《ルートヴィヒ・フォン・ゼブルン――ルドルフの子》
穏やかで優しげな声が、彼を呼んだ。
振り返ると、白く輝く――荘厳な翼を広げた天使がいた。
大きい。
身長6フィート6インチを誇る、自分よりもはるかに大きい。
間違いない――これこそが、大天使だ。
理屈を抜きにして、本能が彼にそれを教えてくれた。
《あなたの敢闘を賞し、楽園への移住を認めます――私はサリエル。魂を導く者です》
大天使サリエルは、聖典によれば――神のそばに侍ることを許された〝御前天使〟に就いている。
また〝死〟を司り、人間に禁断の知識を与えた罪で――堕天したとも伝わる。
天使の中でも最高位に近い存在であり、断じて――1個人の死に目に立ち会う存在ではない。
「待ちたもう!」
ルートヴィヒは、大天使に翻意を呈した。
彼には確信があった。
〝自分は特別な存在〟だということに。
ならば、願いを聞いてくれるはずだと。
「大天使殿――わたしは、さる者の卑劣な戦法によって、不慮の仕儀と相成った。その応報をせねばならない!」
《それはかないません――あなたは既に現世より離れましたから》
「否――大天使の力ならば、可能なはず。貴殿の力をわたしに与え、報復の機会をいま1度。 正当な応報に力を貸したまえ。我が大天使よ、そのために貴殿は顕現したのであろう? 凡俗で下賤な輩のために、天使がかように迎えるはずがない! それも大天使が! 違うかっ!?」
《いいえ――違います》
「……?」
《もしかして、あなたは私に選ばれた――とお考えですか?》
ルートヴィヒ、彼はこれまでの人生で――自他ともに〝特別扱い〟しか受けたことがない。
したがって、彼の中では死後〝大天使に選ばれる〟のが――ごく自然な流れだと信じて疑わないようだ。
《あなたの魂は、これよりオークションにかけられます――私はコレクターで、オークショニアです。参加者はいずれも名うての天使と悪魔たちで、とても楽しみです》
「オークションとな……?」
《はい――死後、魂を売り渡すという契約が既に結ばれていました。あなたを殺した青年と、この魂を掴まえた、ある堕天使によって》
「なっ!?」
ルートヴィヒは愕然とした。
無理もない。
自分の知らないところで、死後の魂が――先物扱いで取引されたと知ったのだから。
そこへ、羽毛を破裂させたような――猛烈な勢いで、周囲に天使の羽が降り注いだ。
大量の羽を降らせ、別の天使が降臨したらしい。
「バァっ! 天使かと思ったっ!? 残念! 僕だよ!」
魔界や帝国では〝熾天使の翼を戴く悪魔〟という、公式の身分をもつサムエルだが――正確には異なる。
特に、この〝あの世とこの世の狭間〟では。
ここは〝天使の管轄〟なのだ。
背中から広がる翼は、合計して12枚を数える――もはや階級を超越した、強大な存在だとわかるだろう。
彼の真の姿だ。
熾天使をも凌駕する、原初の天使にして――真の〝使徒〟
女神の代理人であり、地獄の管理と――地上の統轄が本来の役職だ。
稀にこうして、魂の〝剪定〟も行う。
大天使サリエルは、恭しくお辞儀で迎える。
《ああ〝サマエル〟――こたびは活きのよい濃厚な〝味〟が楽しめそうな魂を釣り上げてくれましたね。御礼、重ねて申し上げます。〝明けの明星〟の王子よ》
大天使は、サムエルの本当の名――天使名を口にした。
「予定通り、オークションを開催してくれるかな? 手数料は〝いつもの〟小切手でよろしく」
《御意》
「待て! 待て! 待ちたもう! わたしは、やはり楽園への移住を所望する――天国へ、天国へ連れて行くがいい。大天使殿は、御身を〝導く者〟と仰ったではないかっ!?」
ルートヴィヒは声を上げた。
《駄目です――既にあなたは楽園への移住を、自らの意思で拒絶なさいました。また、わたしは天使であり堕天使こと〝宵の明星〟が地上で行った〝剪定〟を妨げる権限を有してはおりません。管轄外とご理解ください。そもそも、請うべき相手をお間違えです。よって、2つの手続き上の不備があります。これをもってあなたの申請は棄却します》
サリエルは極めて事務的に言った。
最後に、魔族の貴公子にして熾天使のサムエルが――ルートヴィヒの頬を、両手で挟んで言う。
「君がまいた種だよ――全て」
濡れたような、艷やかな黒髪に撫でつけた香油の――薔薇の匂いが目立った。
息がかかるほど、唇が顔に触れそうなほど近くに――褐色の美少年が顔を寄せる。
鳶色の濃い瞳が、そこから放たれる鷹のように鋭い視線が――自分の目を射抜く。
間近で見る原初の天使は、熱と光に包まれており――目の奥が痛い。
「せいぜい、その汚れた魂が高く売れることを、期待させてもらおう――心配はいらない、友だちも大勢、こちらに送られてくる。君のよく知る〝彼ら〟のおかげでね♪」
褐色の肌を輝かせ〝サマエル〟は妖艶に微笑した。
「銀河が重力の軛から解き放たれ、星々が自由にあまねく宇宙の海に漕ぎ出す――10の19乗の年月をかけて熟成させられる、永劫に近い刻を苦しみに悶えるがいい。それが君への〝ささやかな罰〟だ」




