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#67 ガイラルディア—弐—

「賀茂雷明と桔梗の子供だと!?」


 以前、陰陽師たちと死闘を繰り広げた、史上最強にして最も悲しき悪霊たち。その子供が悪霊ピエロの正体であると聞き、陰陽師たちの間で動揺が広まる。


「やっぱ、そうなのか……」


 春明は左拳で口元を覆った。


「お嬢、雷明を封印する洞窟に行った時、三十七代目《太茂津さん》が貼った結界の札をピエロが解いたのを覚えているか?」


「ええ、ピエロが札を握りしめていましたわね」


 春明の問いにお嬢が答える。


「ああ、ピエロが洞窟に現れたのは、初めから奴がその中に居たということで納得ができる。だが、結界の札を剥がすことができるのは陰陽師の力を持つものだけだ。それだけがどうしても解せなかった……」


 そう言うと、春明は部屋の壁に結界の札を貼った。


「……如月、これ剥がせるか?」


「あ?」


 春明の言葉を聞いた大輝は達海の方を見ると、達海も剥がしてみろ、というふうに頷いた。 

 大輝は札に近づき、ゆっくりと手で触れてめくり取ろうとする。


「……無理だな。ピッタリ張り付いて、びくともしねー。てか、なんか手がビリビリするんだけど」


「それじゃあ、星奈。剥がしてみてくれ」


「ん? ああ、おっけー」


 星奈は春明の頼みをあっさりと了承すると、札に近づいて、それをいとも簡単にペラリと剥がしてみせた。


「いえーい、簡単簡単。残念だったね、鬼ちゃん」


「うるせーよ」


 星奈と大輝が小競り合いをしていると、保憲が咳払いをした。ジトリとした保憲の視線に星奈がビクッと肩を跳ねさせる。


「まあ、幽霊になっても陰陽師の力は普通に使えるってわけだな」


 春明が言うと、星奈は「式神も使えるよ!」とピースしてみせた。


「ショタが陰陽師の力を使えることはほぼ確定。となると、雷明の子である可能性は高くなるな」


「それで達海、彼とその……カモクとやらはどうやって止めるつもりなんだ」


 椅子に座る吉平が、テーブルに手のひらを置きながら達海に問いかけた。


「二人のことは俺が止めます。俺が彼らに真っ向勝負を仕掛けようと思います」


 達海の言葉に、その場にいる全員がどよめいた。


「おい天池。また一人で背負い込もうとするつもりか?」


 春明のムスッとした声を聞いて、達海は静かに首を横に振る。


「いえ。もしそうするつもりだったら皆さんをここには集めていませんよ。……ピエロはGHが集めた無数の霊魂を保有している。きっと、俺一人では対処しきれない反撃をしてくるはずです。皆さんには俺の手助けをしてほしい」


「当たり前だ! ってか、俺もショタに文句の一つでも言ってやらないと気が済まねーよ」


 春明はコンクリの壁を強く叩きながら言った。そんな春明の鋭い眼差しを見て、達海が微笑む。


「それで、俺たちはどうすればいいんすか?」


 圭が頭の後ろで手を組み、へらっとしながら達海に問いかけた。


「俺たちがGHに攻め込めば、おそらくピエロは不完全な形でも降霊の儀式を行うはずです。降霊させられた幽霊は悪霊同然。そんな幽霊たちが東京に蔓延ってしまえば大惨事になりかねません。そこで、陰陽師たちには結界を張ってもらい、悪霊が東京の街に流出することを防いでもらいたい」


「なんだかよくわからないけど、悪霊が街に出るのを防げばいいのね」


「それくらい任せておけ」


 達海の言葉に光樹と吉平が返事をして、それに続いて他の陰陽師たちも頷いた。


「部下たちも東京こちらに呼んである。悪霊は絶対に街には出させない」


 保憲が頼もしい表情で言った。達海はそれに「ありがとうございます」と優しい笑顔で返事をした。


「それから、陰陽師たちが街への流出を防いだ悪霊たちの討伐を、君たちにお願いします」


「……その……幽霊を狩ってしまってもいいのか?」


 剛が申し訳なさそうに達海へ確認する。


「降霊された者たちは、地獄行きが確約されてしまっています。討伐した幽霊の魂は累さんたちが責任を持ってあの世に送るので、霊魂さえしっかりと保管していただければ大丈夫です」


「まあ、要するに悪霊は狩りまくっても問題ないってことっすよね」


 圭が意気揚々と発言し、大輝がその姿を見て頭を抱えた。


「そうだね。理性を失ってしまった悪霊は結局、討伐するのが最適解なんだよ。……ってか相棒! 私、なんか相棒の使いっ走りみたいな役割じゃない!?」


「これが最後のお願いですから。どうかよろしくお願いします」


 達海が累に向かって頭を下げる。


「結局私、終始相棒にいいように使われている気が……。まあいいや、今まで私に付き合ってくれていたんだ。最後くらい相棒に花を持たせてやるよ」


 累はやれやれという表情で首を振った。


「それでは、準備が整い次第、作戦を開始したいと思います。それまで、皆さんはここでゆっくりしていてください。…………それから、春明さん、麻里香さん。話があるので来てもらえますか」


「おう」


 達海の誘いに、春明は軽く返事をした。麻里香は何も言わずに少しだけ警戒の表情をする。達海は「では」と皆に向かって軽く礼をすると、廊下の奥へと歩いていった。春明と麻里香もそれに続いて廊下の奥へと消えていく。


「それじゃあ、まあ、少しの間だけどゆっくりしていってよ」


 累は満面の笑みで皆に言った。




「……あの、あなたですわよね。GHから私を助けてくれたのは」


 お嬢が恐る恐る大輝に話しかけた。大輝は「あ?」と低い声で返事をしながら、その鋭い視線をお嬢へと向ける。大輝に悪気はないのだが、その威圧的な態度にお嬢はビクッと肩を跳ねさせた。


「ああ、カフェ陰陽に居た、お嬢様の幽霊か」


 そう言って、大輝は視線を落とす。

 GHの明日香、ケビンのコンビによるカフェ陰陽への襲撃があった際、悪霊となった大輝はその襲撃の地を訪れていた。大輝はそこで、ケビンに襲われていた彼女のことを助けたのだ。


「別に……達海との約束を守るためにカフェ陰陽に行っただけだ」


「私のことを助けてくれたことは本当に感謝していますわ。でも…………」


 お嬢は大輝に近づいて、彼のトレンチコートの裾を掴んだ。


「でも、どうして! どうしてフォトさんを守れなかったの!? どうして奪ってしまったの!? だって、あなたの婚約者だったのでしょう?」


 お嬢からの涙の訴えに、大輝は目を大きく見開いた。


「違うの!!」


 横から女の声がして、お嬢と大輝はそちらの方を向いた。そこには、沈痛な面持ちで美玲が佇んでいた。


「違うの。大輝くんの婚約者は私が除霊したの。ゴーストハンターとして……だけじゃなくて、彼女のことが目障りだったてもいうのもある。私的な理由で私は……私は……あなたたちの大切なものを奪ってしまった」


 美玲は膝から崩れ落ちて、わんわんと泣いた。まるで、子供のように。そんな彼女の姿を見て、お嬢は「あなたが……」と呟きながら美玲の方へと向かおうとする。

 そんな彼女の前に、大輝は腕を出して静止させた。


「あいつだけの所為じゃない。結局、俺も大切な人を守れなかった。自分を正当化するためにたくさんのものを奪ってきた。俺もあいつと同罪だ」


 その言葉を聞いてお嬢は、涙を溜めた目を思い切り瞑った。


「やっぱり、あなたたちのこと……許せませんわ」


「許されなくていい。許す必要なんてない。……俺たちはその罪を背負っていくしかないんだ」


 大輝は視線を落としたままに静かに言った。二人は少しの間沈黙する。

 美玲が泣き入りひきつけを起こす中、お嬢は目に残った涙を自らの腕で拭き上げた。


「フォトさん霊魂は……魂はどうなりましたの?」


「フォトの霊魂は、累に預かってもらってる。全てが終わったらあの世に送ってもらうつもりだ」


 大輝の言葉にお嬢は少しだけ安堵した。あの世というものが本当にあるのかどうかはわからない。しかし、彼が嘘をついているようには見えなかった。


「絶対に私たちでショタさんを……ピエロのことを止めてみせますわよ。途中でくたばったりしたら、本当にあなたたちのこと許しませんからね!」


 お嬢の力強い言葉に、大輝は顔を上げる。


「あたりめーだ。自分なりにしっかりと責任は取ってやる。絶対にくたばったりはしねー。でないとあの世でフォトに……桃子に会った時に怒られっちまうからな」


 大輝は真っ直ぐにお嬢のことを見つめ、それに応えるようにお嬢は笑顔を返した。美玲はこくこくと頷き、大輝の腕を借りて立ち上がった。


 


 アクタとマッチョは部屋の隅で皆のことを眺めていた。


「ようやく、ショタと決着をつけることができそうだね」


「ハハハ! 皆んなで力を合わせて頑張るぞ! ここまで本当に短いようで長かったな!」


「ここに、レイもいれば完璧だったんだけどね」


「……そうだな。そういえば、レイ少女と一緒に居た、美波少女の姿も見えないな」


 そんな会話を交わして、アクタとマッチョは少しだけ表情を曇らせた。


「レイたちは今、どこで何をしているのかな」


「生前について何か掴めているといいが」


「なんだかんだ言って、レイも自分のことよりショタのことについて探っていそうだけれどね」


「確かに」


 そう言って二人は笑う。


「レイ少女、大丈夫だろうか?」


「達海が彼女らをここへ呼ばなかったのも何かしら考えがあるんじゃないか。GHの副局長……レイのお姉さんらしいし」


「そうだな、じゃあレイ少女の生前についてわかったも同然なんだな!」


 マッチョがとびきりの笑顔を見せる。本当に仲間思いのやつだなと思いながら、アクタも口角を上げた。


「それじゃ、俺たちは俺たちができることを精一杯やるとしますか」


「だな!」


 そう言って二人は拳をコツリとぶつけ合わせた。




「達海」


 部屋から出てきた達海のことを大輝が呼び止める。


「なんですか、大輝さん」


 大輝は握り拳を突き出して、「ん」と顎を突き出した。達海は頭にハテナマークを浮かばせながら首を捻る。


「だぁーー、ほら受け取れ」


 大輝は達海の右腕を掴むと、自分の握り拳の中にあった物を彼に渡した。


「……! これって」


「圭が持ってたんだ。お前の大切な物だろ」


 達海の手の中には、二十歳の誕生日にカフェ陰陽の皆からもらった指輪があった。


「ありがとうございます」


 達海が左手人差し指に指輪をはめた。


「……ったく、てかもう敬語で話す必要もねーだろ。累にもバレちまってたんだし」


 大輝の言葉に達海はハッとした後、「それも……そうだな」と照れくさそうに言った。


「ピエロと天使との勝負、気合い入れていくぞ。それにレイのことも」


「ああ、この戦いで決着をつけてみせる」




 ———警察庁 長官室


 薄暗い部屋の中、橘凛が椅子に座り、木製の机にぐったりと倒れている。机の脇、赤いカーペットの上で、イタコである妙子が腹から血を流しながら呻いていた。


「降霊術は……絶対にダメじゃ……あいつが…………あいつが来る……。ベリアルが………」


 言葉の途中で妙子の首が飛ぶ。ぼとりと落ちたその首が、赤い血飛沫を撒き散らしながらカーペットの上をコロコロと転がる。

 彼女の首を飛ばした張本人、カモクは刀の神器に付いた血を振り払い、その顕現を解いた。


「もう潮時、そろそろ始めるんだよね」


 軽快な足取りでカモクの前を横切る小さな人物を、カモクは視線で追いかけた。

 その人物、青パジャマを着た中学生くらいの男の子が、血色を失っている橘凛の伏す机の上に、どかっと勢いよく腰を下ろす。


「ああ、始めようか。始めましょう。いよいよクライマックスだ」


 彼はおぼっちゃまヘアーの髪の毛をかき上げながら、不気味な笑みを造ってみせた。


 ケタケタケタケタ。

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