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04.逃げ出した異世界人



 「どこよぉ〜……ここぉ〜……」


 鬱蒼と生い茂る樹々たちは、森に迷い込んだ私を嘲笑うようかのように葉を揺らした。酷い鳴き声の鳥や、茂みの揺れに一々身体を強ばらせる。


「いやだぁ……こわいぃ……かえりたいぃ……」


 どうしてガルシア領へ護送されているはずの私がべそをかきながら森を中を彷徨い歩いてるのかって?


 無論、逃げ出したからだ。


 女神を決める時も、牢屋に入った時も。抵抗せずに大人しく従っていたおかげか、護送車である馬車の警備は超ゆるゆる。


 馬車の中には、牢屋にあった魔封じの紋章はあれど見張りはおらず、護衛を伴った付き人は御者を含め三人だけ。ガルシア領土まで三日かかると聞いて殊更大人しく努め、その最終日。


 いきなり現れた魔獣に悪戦苦闘して追い払おうとする護衛達。これはチャンス!とばかりに馬車から飛び降りた。


「せっかく異世界に来たのに一生牢屋暮らしなんてごめんだわ!」


 今まで文句を言わなかったのは、そんなもの(・・・・・)になりたくなかったからだ。

 王妃になんかなりたくない。女神だと祭り上げられるのも荷が重い。


 なんてったって私は、ごくフツーの平凡な人間だから。


 異世界に来て「はい!私すごい人間になりました!」と、思えるほどの変化は自分の中に感じられない。


「いでよ……魔法!ファイヤー!サンダーっ!あと、えーっと……ウォーター!」


 それもそのはず。神官長がいうには特異として魔法が使えるらしいけど……なにひとつ、でやしない。水一滴すらでなかった。


(もしかして……特異持ってなかったり……しないよね?)


 私を馬鹿にするように樹々がクスクスといっそう葉を揺らした。


「空が陰ってきた……夜になっちゃう……」


 大人しくジオン様って人のところに護送されておけば良かったのかもしれない。

 今となってはもう遅い後悔が私の小さな心を襲う。耐えきれなくて思わずその場に蹲った。


「もう、やだ……わけわかんないよ……かえりたい……でも、死んでるし……つらい」


 泣き言ばっか出てくる。喉も乾いたし、お腹空いた。葉っぱがストッキングに擦れてチクチク痒いし。でも……就活頑張ろうって奮発して履き心地のいいパンプス買ってよかった。おかげで靴擦れ知らず。鞄は全部神官に取られちゃったけど……。そういえば、リクルートスーツのままだ。


「リクルートスーツで異世界か……このままどっか面接に行ってみようかな……長所と短所なら答える用意はしてあるし」


 未だこれぞ(・・・)には答えられないけど。情けない声で、思わず笑った。


「やっぱり、まず森から…」


 出よう、そう呟いて顔を上げると視界にチラついた小さな灯り。蛍みたいな虫だ。ゆっくりと私の周り舞うと、ふわりふわりと私の前を飛んでゆく。まるで「ついてきて」と言ってるみたいだ。


「道案内してくれるの……?」


 どこに行くんだろう。もしかしたらこのまま魔獣の棲家に連れていかれるかもしれない。それでも、このまま一人森で蹲っているよりはマシに思えた。


「あ、待って……!」


 慌てて虫を追いかける。簾のような大きな茂みを手で払うと、視界が開ける。


「え……なにこれ……?」


 そこに存在したのは、大きな尖り(とんがり)屋根の廃墟。

 紫色の屋根の塗装は所々禿げており、苔が生えている。


 白っぽいレンガの壁面は薄汚れていて、一番高いところにある丸窓は不思議な色合わせのステンドガラス。他の細長い窓には真っ黒の鉄格子が嵌められていた。至る所に、苔が生え枯れツタが伸びている。まさに廃墟だ。


 でも、この建物の名前をもうひとつ例えるとするならーーー。


「なんか……、魔女の家みたい」







 年季の入った木製の扉を恐る恐る開くとギィィー……と、軋む音が埃っぽい部屋に不気味に響いた。


「お、お邪魔しまーす……」


 夕陽の色が鉄格子の窓からちらちらと溢れてはいるが、それでも部屋の中は薄暗い。


 至る所に蜘蛛の巣が張っていて、もう何年も人が住んでいた様な形跡は見当たらない。床は黒っぽいグレーの石畳で砂埃のせいか歩くたびに砂利の音がした。


「うわぁ、すごい……中も魔女の部屋みたい……」


 大釜をぶら下げて煮る暖炉。埃を被っているお洒落な文字の……たぶん魔導書。何かをろ過する様な器具に乳鉢に、よく見る形のお洒落な薬研。調合に使っていたんだろう薬草が枯れきってそこら中に散らかっている。壁に掛けてある薬棚には大中小、変な形の瓶がいくつも並んでいた。


そして、何より。


「魔女のとんがり帽……!」


 壁にかかっていた、真っ黒で大きなとんがり帽子。

 先の方が草臥れてちょっと折れちゃってるけど。まさに魔女(・・)と言わんばかりの帽子だ。

 思わぬアイテムにテンションが上がる。せっせと埃を払ってソレを被り、近くに立て掛けてあった箒に跨ってみる。


「フフッ……魔女になった気分!」


 小さい頃夢だったのよね、魔女になるの。

 ローブではなくリクルートスーツってとこが、ちょっとアレだけど。


「夜空にぃ〜舞い上がれ〜わたしぃ〜空たか〜く〜」


 もしかしたら異世界人パワーで飛べるかもしれないという淡い期待を抱いてみたけど、歌い終わってシン……と静まり返った部屋の中でちょっとだけ冷静になる。


(こんなとこ誰かに見られたら恥ずかしくてもう一度死ぬ……)


 そっと降りて、何事もなかったように箒を静かに戻した。


「あ、水晶玉だ……」


 部屋のど真ん中に置かれた一本足のテーブルの上に、透明でボーリング玉ぐらいの大きさの水晶玉を見つけた。


指 みたいな土台に乗っかっていて、ちょっと気味が悪い。よくよく見ると、それがヘンテコな形の樹の根だって分かるけど……。


 はっきり言って水晶玉にはいい思い出がない。異世界へ私を召喚したのも水晶玉だ。



「元の世界で生き返らせてよ……」



 ツン、と指でつついた瞬間ーー、水晶玉がぼんやりと光った。恐る恐る水晶玉を覗き込んでみると。


(あ、日本語だ……)


 いや……おかしい。さっき見た魔導書はお洒落な異国語だった。それなのに、水晶玉に現れたのはよく見慣れた言葉で書かれている。



『魔女の書庫オープンしますか? YES or DIE』



 えっ……これ一択だよね……?

 はいか、死ぬか。極端なNOにもう死ぬのはごめんだと首を振る。


 水晶玉に浮かんだ『YES』を震える指先で押した。



「えっ!?なに……っ!?」



 辺りが光に包まれる。薄めを開けて見ると金色の光が宙一点に集まって、一冊の本を創り出した。


 本の題名は「魔女の棲む家」。


 古めかしい茶色の皮表紙に見慣れた文字。ゆっくりとページが開かれた。


 

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