16 嘘の断罪
誰かが言った。
「その女は魔女だ」と。
誰かが言った。
「その女は禍を呼ぶ」と。
誰かが言った。
「その女を深き森へ」と。
駄目だ。
彼女はもう私の友人なんだ。
私が言った。
「絶対助ける」と。
▽▽▽▽▽
煌びやかな音楽と反射する光。
これまでの人生、この様なパーティに参加するなんて思ってもいなかった。
…まあ、今日も今日とて依頼でなのだが。
今日は王立学園で開かれている創立パーティだそうで、私とリュカも食材の配達や備品の搬送などで依頼が回ってきて駆り出されていた。
いや、まあ、運び屋なので配送の仕事は仕方がないとして料理を運ぶ仕事…給仕までは自分の仕事ではないと言いたかったのだが依頼料を弾むからと急遽頼まれてしまった。
リュカに流石に遣らせる訳にもいかず、リュカは使用人の待機部屋でパーティ料理に舌鼓を打っている筈だ。
このパーティでは学園が開いていることもありハナに出会う可能性も考え最低限、眼鏡だけかけて前髪も下ろして出来る限りヒイロという存在を消せるように努める。
見た目を変えてるだけマシだろう。
服も現代では絶対着ないような給仕用のクラッシックメイドの服であるので分からない筈だ。
これだけ暗いメイドを私と見抜く者がいれば観察眼が鋭すぎ「ヒイロ?」…。
私を呼ぶ声が聞こえ顔をあげる。
そこには見知った顔が目を丸くして私を凝視していた。
「シルバ…」
「お前、こんなところで何を。その格好は…」
トイレで変装を完了していざ行かんとばかりに出た瞬間、シルバに遭遇した。更に見抜かれる。
バタバタと廊下の先から足音が聞こえてきた。
ハッとした顔をしたシルバに手を引かれて空き部屋であろう部屋に一緒に入れられると扉が閉まり、シルバが「シー」と指を立てる。
よく分からないが頷くと「ジークレイン様どちらですかー?」と複数の女性の声が扉の向こうから聞こえた。
暫くすると声も足音も去っていきシルバが声を出す。
「悪かったな。パーティということで今ダンス相手を探す女性陣に追いかけられていて…。いつも断ってるんだからいい加減学習して欲しい」
小さく舌打ちをするので「男前だから仕方ないですよ」とフォローを入れておく。
今日は以前見た学生服では無く黒いタキシードを着ており、髪も整えているのだろう。凛々しい顔がよく見える。
その切長の目は今、私を上から下までジッと見つめていた。
「?」
「いや、その格好…」
「あ、ちょっと急遽給仕の依頼を回されまして。仕方なくやってるところです」
ズーンと落ち込んだ様子で答えるとシルバは「そうか」とだけしか返事しない。
短い返事の代わりに何故か長い腕が伸びてきて私の前髪を触る。
さらりと前髪を流されて視界が開けた。
眼鏡越しにシルバと目が合い、首を傾げる。
「あの、?」
「やっぱり顔は見える方がいいな」
ふにゃりと力の抜けた笑顔を向けられて思わず固まる。
なかなか見えない彼のレアショットではないだろうか。
これだけの美男子なのだから少し顔が赤くなるのも仕方ないだろう。
しかし何時迄も戻らないのは頂けない。
髪をささっと元に戻すと廊下へと顔を出して外に誰もいないことを確認する。
「シルバ、今なら誰も居ないみたいですし先に戻りますよ」
一度扉を閉めて振り向く。
そして驚いた。
離れていた筈のシルバが目前に迫っていたからだ。背中を扉に挟まれ、顔の横に両手を置かれると完全に塞がれる形となる。
直した前髪をまたサラリと流されて眼鏡越しにまた見つめられ、固まってしまう。
「やっぱりこっちのがいいな」
「…あ、あの!シルバ!私そろそろ…」
「…もう少しだけ」
ぐっとシルバがまた距離を詰めてくる。
今日のシルバはどうなっているんだ!と私の中ではパニックである。
普段より着飾った美男子が迫りくり思わずぎゅっと目を瞑った時、私の背後にある扉がノックされた。
閉じていた瞼を開くと眉間に皺を寄せたシルバの顔が。
扉の向こうから聞こえてきたのは私の会いたくない人物の声だった。
「ジークレイン先輩、こちらにいますか?
おかしいなー。確かに声が聞こえたと思ったのに」
いつの間にかシルバが鍵をかけたようで、ドアノブを回す音は聞こえるが扉は開く気配はない。
聞こえる声は確実にハナの声で、シルバは何故か眉間に更に皺を刻む。
暫くしてして開けることを諦めた彼女が去り、今度こそシルバが私から離れる。
溜息を吐きながら近くの椅子に腰かけた。若干疲れた様子の彼に気付く。
「シルバ大丈夫ですか?どことなくお疲れのような…」
「ん、ああ。さっきの様に女性陣に追い回されててな。恥ずかしい話ここで隠れてたんだ」
「おー、モテモテってやつですね」
「そんなにイイものじゃない」
力なく笑うシルバに少し同情してしまう。
男前には男前の悩みがあるのだろう。
大変だなと思うと自然とシルバの頭に手が伸びた。
ぽふりと触れる髪の毛はツンツンしているのかと思っていたが柔らかく指通りも良かった。
ゆっくり、指に絡まないように撫でる。
暫しその指通りの良さに自分が気持ちよくなっていると、シルバが微動だにしないことに気付く。
その顔は真っ赤に染まっており、こちらを凝視していた。
ここで自分の失態に気付いた。
この様に私などに慰められて、しかも勝手に頭をクシャクシャにされて怒っているのだろう。
「すいません!なんとか元気になって貰おうと思って…!殆ど無意識で!」
「い、いあ…いや。その、ありがとう。少し…元気がでた」
「えっ!ほんとですか!」
その言葉に嬉しくなり笑って顔を近づけるとシルバは顔を腕で隠したまま顔を背ける。
「全く敵わない…」
小さくシルバが何かを呟いた様な気がして耳を近づけるも、顔の前に手を出されて静止される。
シルバが小さく首を振ると幾分か赤みもマシになった気がした。
服装を素早く整えると今度は彼が廊下の人通りを確認する。
「ん。今なら大丈夫そうだ…。悪かったな、引き留めて」
「いえいえ。疲れてるならいつでも言ってください!いつもお世話になってるのでご飯ぐらい奢りますよ!」
「そういう意味で引き留めたんじゃないんだがな…。
俺は先に出るから、ヒイロも整えてから出てこいよ」
そう告げるとシルバは足早に部屋を出ていった。
かなり長居している事実を思い出し、彼が完全に立ち去ったことを確認した後、部屋をあとにする。
▽▽▽▽▽
煌びやかなシャンデリアに確実に美味しいであろう数々の料理、軽快なワルツの音楽に合わせて男女が踊る。
本当に私と同い年かと思われるほど大人びた生徒達はくるくる回って楽しそうに笑い合い、パーティは穏やかに続く。
私は踊るのではなく、飲み物を持ったお盆を手に乗せ、人にぶつからないようにクルクル回って給仕を続けていた。
長時間続いたこのパーティもそろそろ終わりに向かっている。
心情的には早く終わって欲しいとしか思っていない。
オーケストラの音楽が止まり、このパーティの中央、壇上の上に誰かが立ったのが見えた。
その姿を見て慌てて顔を伏せる。
壇上に登ったのはハナ=アマギ。他にはあの時の王子や町で見かけた学生らが登場していた。
その中で王子が一歩進み出る。
「ルティナ=アルバス公爵令嬢!前は出ろ!」
ざわりと空気が揺れ、ある一点の場所から壇上へ向かって一直線に道が開ける。
カツ、カツ、カツとゆっくり響くヒールの音。
音が響く毎に室温が少しずつ下がっていくような冷たさを感じた。
最後に大きくヒールの音を響かせて彼女は前へ躍り出る。
パンっと彼女の開いた扇子が空気を震わせ、その妖艶な笑みを浮かべる口許を隠した。
彼女は私が知るルティナ嬢で、高貴な御人だとは思っていたが、まさか公爵令嬢とは思ってもみなかった。
シャンと背筋を伸ばしたルティナ嬢が怯むことなく口を開く。
「アルバス公爵家が長女、ルティナ=アルバスですわ」
「…余裕そうだな。ルティナ=アルバス公爵令嬢、何故この場に呼び出されたか心当たりがあるだろう」
「心当たりですか?私には全く御座いませんわ」
余裕そうにコロコロと彼女は笑う。
その様相が崩れないことに王子は焦れたのだろうか、額に青筋を浮かべた。
「しらを切るつもりかッ!貴様がハナ=アマギ嬢を始めとした数多の下級貴族への嫌がらせ行為は全て報告であがってきているのだぞ!
嫌がらせと言うにも生温い!窃盗、傷害、更には強姦未遂など…これ以上貴様を放置しておくことは出来ぬ!今、この瞬間より貴様との婚約を解消し、貴様の家族としての権利を剥奪の上国外追放を言い渡す!」
つらつらと罪状を述べるかの如く王子が述べる彼女の悪事。
辺りは騒然とし始め、事の成り行きを見守っており、かくいう私もその一人と化していた。
ふと、私の近くで声を潜めて嘲笑が聞こえる。
「ざまあみろ」
「消えてくれて清々する」
「罪を被ってくれてありがとう」
流れる嘲りの中には彼女の罪をでっち上げた話まで流れてきて理解する。
ルティナ嬢は嵌められたのだと。どこの誰とも分からない者の罪を被るのかと。
王子は続ける。
「本当は死刑にしてやりたいところだがな。貴様を殺し、国を呪われても敵わん。
さあ、災禍は国の外へと!」
どうなっているのか。
周囲が同調するように声をあげる。
王は何も告げず、寧ろ楽しんでいるかのように事の成り行きを見守っており、彼女の家族だろうか。
それらも止めることはせず同調する。
ぐるぐると巡る見えない負の空気にくらりと捲らまいがする。
吐き気がする。
断罪されるかの如く負の感情の中心にいるルティナ嬢。
彼女は王子なんか見てなかった。
ただただ真っ直ぐ私を見つめ、―――笑っていた。
パンとまた扇子の音が響くと会場が静まり返る。
音の発生源はルティナ嬢で、彼女は美しいカーテシーを見せると背筋を伸ばした。
「ふふ、面白い余興でしたわ。
結構ですわ、殿下。私ルティナ=アルバス改め、ただのルティナ、これにて退場致しますわ」
「待て。貴様が行った犯罪行為に対する謝罪はないのか」
「ああ、そうでしたわね?ハナ=アマギ様、今までの無礼なる行いに謝罪を」
笑う彼女の謝罪は形式的なものであるのだろう。
王子は満足していない様子であったがルティナ嬢を兵士が囲むと彼女を会場の外へと連れ出し始める。
投げかけられる罵倒嘲笑。
ちゃんと調べてもいないのに、それで決めてしまうのかこの国は。
声をあげたい、助けたい。だけど、私には…できないんだ。
ああ、その背中を見送ることしか出来ないのか。
国境には数多の魔物が出ると聞く。幾ら彼女が強かろうともたないかもしれない。
だめだ、ダメだ、駄目だ。彼女は、私の、この世界での数少ない友人なのだ。
ぐるぐると考えが巡る。
どすれば、彼女を助けられるのか。
どうすれば、どうすれば、どうすれば。
―そうか。
――人を殺せば罵倒が、嘲笑が止まる。
――兵を殺せばルティナが止まる。
――王子を殺せば命令が止まる。
ああ、簡単だ。私の思い通りにするには――ここを壊せば…。
「ヒイロ!」
腕を引かれてハッとする。
私は何を…。
隣にはいつの間に並んだのか、シルバが立っていた。
彼の様子はいつも通りで、この状況に飲まれてはいないようだ。
覗き込んで「大丈夫か」と聞かれ、それに頷くことで答える。
「お前を探していた。頼みがある。
早馬を飛ばしてルティナ嬢を助けてやってくれないか…」
悲痛そうに顔を歪めたシルバが続ける。
「胸糞悪い女だが、長い腐れ縁なんだ。なにより、この状況は明らかに可笑しい。
俺は…このままあの女が死ぬことを認められないし受け入れられないんだ。
頼む」
「…彼女は、私の数少ない友人なんです。
私に、彼女が助けられますか?」
「!…今、あいつに追いつくことが出来るのはお前だけなんだ。
お前だけが、あいつを助けられる」
私を隠すように背に隠すと、シルバは私を会場の扉の方へ押した。
人込みに流される前にシルバに告げる。
「絶対に助けます!」