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小津の魔法陣  作者: marron
1/2

「女王様」と「猫又」というお題をいただきまして書いた作品となります。

 北の大地に彼はいた。

 黒い帽子に黒マント。それとわかる化粧はしていないが、ビジュアル系と言い張れば、まあそうかもしれない容姿。さらに無駄に長いゴツゴツした杖を持っている。

 誰もいない草原で、誰にも見られることなく、彼は黙々と地面に円を描いていた。

「よしっ、と」

 彼は描き上げた大きな円を見てウンと頷く。

 立派な魔法陣とまではいかないが、それは一応魔法陣であった。

 陣の端に立ち杖を振り上げ両手を上げて、彼は叫んだ。

「いでよ!」

 魔法陣につむじ風が起こり、砂埃が舞った。

「けほ、けほっ」

 煙が去って彼が魔法陣の中に見たものは、両手を上げる前となんら変わりはない、少し歪んだ魔法陣だけだった。

「また失敗か」

 そう呟いてガックリと肩を落とし、自嘲気味に笑った時だった。


「見つけた! ちょっとあなた!」

 女の声がした。彼はハッとして辺りを見渡した。こんなところに誰か人がいたのだろうか。ここに来るのだって10キロもの砂利道を自転車こいでやってきたのだ。観光地でもなければ塗装された道路もない。

 キョロキョロと見回したが、やはり人はいない。

「ここだってば!」

 ところが、足元にそれはいたのだ。

 彼のかかとの辺りから、上を見上げているその姿は

「猫?」

 やっと気づいて彼は言った。そして、その猫を良く見ようとしゃがみ込み、観察し、大きく目を開け口も開き、爆発的に立ち上がった。

「いやったああ!」

「は?」

 キョトンとする猫そっちのけで、彼は子どものようにはしゃいで飛びまわった。

「やったぞ、ついに、ついに」

「ついに、何よ」

 猫が言うと、男は猫に駆け寄った。そして顔を近づけ小さく手を出した。

「よろしく!俺、小津ジン。君の名前は?なければ俺が付けてやろう、えーっと」

「にゃ!」

 猫は差し出された手に思いっきり猫パンチを食らわせた。

「名前ならとっくにあるわ。失礼なことしないでちょうだい。それよりアナタ、魔法使いでしょ? 頼みたいことがあるのよ」

 猫は早口で言った。

 猫パンチを食らって右手から血を流している小津は涙目で呆然と猫を見た。

「私の姉を探してほしいの。双子の姉だから見た目は同じ。名前は知久よね子。良いわね!」

「は?」

「なに、間抜けな顔をしているのよ。良い? やっと魔法使いを見つけたんだから、きっちり仕事してもらうわ。姉のよね子を探してちょうだい」

 なんだか猫が大きく見える。小津は猫の迫力に押されながら、なんとか言葉を探した。

「いや、あの、人探し? え? どういうこと?」

「どうもこうもないわ。ちゃんと聞きなさいよね、小津? 私は、世が世なら由緒正しい知久家の姫よ? その私があなたのことを見込んでこうして頼んでいるの。良いわね?私の姉を探すのよ。知久よね子よ!? 分かったら、さ、行きましょ!」

 猫はまるで案内するかのように先に立って歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って! 俺が探すって、どうしてさ。無理無理!」

「無理ってどういうこと、だいたい、」

「だって、君」小津は猫に負けずに話し続けた。「俺が召喚したからここに来たんだろ?俺の魔法陣が成功したってことだ。だから、君は俺の使い魔になるはずな、」

「にゃ!」

「痛え!」

「私が使い魔ですって? 失礼なことを言わないでちょうだい! 私は最初っからここにいたわ。あなたが下手くそな魔法陣を描いている時からね! 魔法使いを探していたのは私の方よ。あなたが呼び出したから来たんじゃなくて、私があなたを探していたの。勘違いしないでちょうだい」

「え」

 猫の長いセリフでわかったことは、どうやら小津はまたもや召喚魔法に失敗したらしい、ということだった。

 小津はガックリと肩を落とした。


「さ、行くわよ」

 猫はさっさと歩きだし、そばにあった小津の自転車を見つけると、ちゃっかり乗り込んだ。

「これで来たの? 魔法で来たんじゃないの?」

 後からトボトボ歩いてきた小津は、フウとため息をつきながら、自転車に鍵を差し込んだ。

「使い魔じゃ、ないのか」

「辛気臭いわねっ。ため息なんてつかないでちょうだい」

「だってさあ・・・俺の魔法、これっぽっちも上達しないで、何が魔法使いだよな」

 と、言ってから、小津は気付いた。

 何か猫に頼まれた気がする。彼女の姉を探せというのだ。

「ところで、猫さん」

「なあに? あら、私のことはかね子様とお呼びなさい」

「かね子、さ、ん?」

 猫は“様”じゃなくて“さん”と呼ばれて、眉間をピクリと動かしたが、そこに関しては猫パンチは我慢していた。

「あの、俺のこと見てお気づきだと思うけど、俺は確かに魔法使いだけど、魔法へたっぴだよ? 人探しなんて、とても無理だ」

「なんですって?」

 かね子の低い声に小津は猫パンチが来るのではないかと身を竦ませたが、かね子はじっとりと小津を睨んだだけだった。

「わかったわ。できないことを四の五の言っても仕方がないわね。魔法が下手くそなのはわかったから、普通に人探しを手伝ってちょうだい。それくらいならできるでしょう?」

「だからなんで俺が」

 とは言ったが、別段不都合と言うことはない。魔法修行ができるならばどこに居ても良い。むしろ、誰かと一緒など久しぶりのことだったので、悪い気はしなかった。

「わかったよ。俺にできることがあれば手伝うよ」

「当然ね。さ、行きましょ」

 何が当然なのかわからないが、使い魔を召還したはずの小津が、いつの間にやら猫の下僕のようになっていることに気づかないままに、小津はかね子の姉探しに出発したのだった。


◇◇◇


 かね子を自転車の前かごに乗せ、小津は広い草原に伸びる砂利道をガタガタと漕いでいた。

「急いで頂戴。あと3日しかないわ」

「は?」

「だから魔法使いに頼みたかったのに、アナタ魔法が下手くそなんだもの。使えないったらないわ。でも、大丈夫よ、南からずずいと探し回って、あとはここから北だけ。大したことないでしょ?」

 確かに、この南北に長い列島全体から見れば、ここから北は大した量ではない。しかし、この北は“大地”と言われるくらいの広さはあるのだ。そんなところから猫一匹を見つけるなんてできるのだろうか。

 小津の心配を余所に、かね子はしっかりしていた。

「あっちの方へ行きなさい。そうよ、もっと猫のいるところを探すのよ」

 などと言っては、小津を自分の足のように使い、行きたい所へ導いた。そして猫がいると、すぐに近づき、猫の言葉で何やらうにゃうにゃコミュニケーションをとっていた。

「ふう、ここらへんにはいないみたいだわ。でも、家猫にも聞いてくれるって言うから、頼んでおいたわ。ていうか、アナタも人間に聞いてちょうだい。私に似ている猫がいたかどうか」

「え、俺が?」

「当たり前でしょう? 私が人間に話しかけるわけにいかないでしょ」

 そういえば、小津はこの猫と話ができるのは、てっきり魔法陣で召喚された使い魔だからと思っていたが、どうやら違うらしい。かね子は人間の言葉を話しているのだ。

「わかったよ」

 小津は出会った人に、かね子のような猫がいなかったかを聞くことにした。


 かね子を自転車の前かごに乗せて、向こうから来る人に尋ねてみる。

「すみません。猫を探しているのですが、この猫に似ている猫を見かけませんでしたか」

 尋ねられた人は、かね子を見ると笑顔を作った。

「まあ、可愛い猫さんねえ。そうねえ、キジトラの猫はここらへんじゃ見かけないわねえ」

「ありがとうございます」

「いいえ。じゃあね、可愛い猫さん」

「にゃあ」

 そんな会話を何度もした。

 どの人も、かね子を見ると可愛い猫だと褒めた。

「まあ、確かに顔は良いよな」

「なに、その含みのある言い方」

 小津がポツリとこぼした言葉を、かね子は聞いていた。今にも猫パンチを繰り出しそうである。

 小津はビビりながらも、なんとか答えた。

「いや、かね子さんを見ると、みんな可愛い猫ねって言うじゃん。ホント可愛いよなって」

「当たり前でしょ。私ほどの可愛い猫なんてなかなかいないのよ・・・だから、姉さまもすぐに見つかると思ったのに」

 いつも強気に見えるかね子が少し寂しそうに頭を垂れた。ただでさえ哀愁漂う猫背だというのに、そんなポーズをとられて(ほだ)されないはずがない。

 小津は自転車を留めて、商店に入って行った。そして何やら買い物をして戻ってくると、かね子に

「ほら」

 と言って、白い塊を差し出した。

「なによコレ」

 かね子は少し訝しんだ声を出して、クンと匂いを嗅いだ。

「チーズだよ。北の大地と言ったらチーズが有名なんだ。美味しいよ」

「そ、そうなの」

 かね子はその匂いを嗅いだ時に、胃袋が刺激されたのがわかった。食べたこともない白い物体から何とも言えない芳香な香りがするのだ。これはきっと美味しいに違いない。

 かね子は小津の手から、小さくちぎられたその白いものを食べた。

「・・・!」

 大好きなササミ、ごめんなさい。

 彼女は思わず心の中でそう呟いた。それほどまでに、この未知の白い塊チーズは美味しかった。しっかりとした歯ごたえの中にコクと旨味が凝縮されている。そして独特の香りが鼻を突きぬけ、次を求めたくなる絶妙な塩加減。

「美味しい?」

 むさぼるように食べていたかね子を覗き込むようにして、小津が聞いた。

「お、美味しいわ」

「そう。良かった」

 かね子が答えると、小津は満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり北の大地はチーズだよね。これ食べて元気を出して」

「え、ええ」

 チーズをゴクンと飲み下しながら、かね子は胸が温かくなるのを感じた。美味しいだけじゃない。小津の心遣いも一緒に味わっているのだ。

 ありがとう、と言いたかった。

「さ、じゃあ次へ行こう」

 かね子がお礼を言おうとしているのに、小津は気付かずに自転車に跨り、またかね子の姉探しを続けた。



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