59話 「0627-2 光あれ」
ショッピングモールについたけど開店までには時間があったから適当に駄弁って時間を潰し、他の人が譲ってくれたので一番乗りで開店と同時にシオンと乗り込んだ。店員さん方の挨拶もどこか気合いが入っているような気がする。普段を知らないので何とも言えないものの、確実に何割かは声が大きい。
「・・・なんか声デカいな」
「男の人が珍しいんじゃない?」
「そんなんで声大きくされても困るんやけど」
バス、ショッピングモール前とそれまで比較的静かな場所に居たから、入ってからのこの空気が目的地にたどり着いた事を殊更に教えてくれた。楽しそうに視線を彷徨わせては何かを見つける度に俺に報告するシオンの後を追い、エスカレーターに乗れば、ショッピングモールの全貌が見え、またシオンのテンションが上がっていく。
彼女のテンションこそ高いものの、実際は何度かここに来たことがあるんだろう。俺は何処に何があるのか分からないのに、シオンは迷うことなくエスカレーターに乗ったのがその証拠。というか、県民なら一生に一度は必ず来るとまで言われているのだから、お年頃のシオンが来ていない筈が無いのだが。静かに昇っていくその合間に俺はなんとも興ざめする事を考えていた。
「どこの店行くん?」
「うーん、行きつけのお店があるんやけど、とりあえずはそこかな」
「まぁ、今日は一日あるんやしゆっくり決めればいいよ」
三階まで上がってまず最初に入ったのは俺の知らない服屋で、スタイリッシュな感じの服を売りにしているらしかった。スタイリッシュな感じが何かって言うのは個人の感覚に任せるしかないけど、お店の照明は少し暗めで大人っぽい雰囲気を見る人に与えた。これはあれだな、スタイルがいい人じゃないと似合わない服たちだ。女性向けの服装でありながら、男性が着ていてもおかしくないものばかりで、シオンの後ろからチラチラと眺めては次の品を見るというのを繰り返す。
途中、いいものが見つかったのかシオンが店員さんに話しかけに行っている間に服を物色してみれば、これがまた面白い。色が違うだけで見え方は千差万別だし、組み合わせをそうぞうしるのもいい。女性向けでこれなのだから男性向けに作られた服があればどれだけ良かったことか。今度は1人で服を探しに来るのもいいかもしれないな。
「決まったん?」
「うん。買ってくるけんもうちょっと待っとって」
「いやいや、誕生日なんやし払うよ」
「え、いいん?」
「おう」
遠慮して商品を自分の後ろに隠す彼女に近づいて抱きしめる様に腕を回す。そうして後ろに組まれた手を取れば、すんなりとその手はカゴを手放して俺の元にやってきた。そこで自分の体勢に気が付いてシオンの顔色を覗いてみると、リンゴみたいに耳まで真っ赤に染まり、口をパクパクと開閉している。少しやり過ぎたかなと思うけど、誕生日だしこのぐらいは許容されるだろう。
思考停止している間にパパっと会計を終わらせる頃には復活していた彼女に次は何処に行くのかを尋ねれば、今度は隣の服屋に行くのだと言う。
「さっき買ったんと同じやないん?」
「なんていうんやろ、店によって求めとるもんが違うと言うか。さっきの店はかっこいい感じの奴が多いけど似たようなのが多いから、買うならワンポイトだけで他の店ので合わせた方がいいかなっては思うんよ。ほら、お兄ちゃんも女の子に求めとるものって全員同じやないやろ?その子が輝く場所、似合う場所が違うみたいな感じよ」
「ああね。なんとなく分かったわ」
買い物袋を揺らしながら短い移動距離を歩く。彼女が言う似合う場所が人それぞれに違うというのは本当に納得できるもので、ふと、身近な人間はどうなのだろうと考えさせられた。
適材適所と簡単に言われても、その人を知るのは難しい。ゲームでの人間関係が多いからこういう考えなのかもしれないけど、現実もゲームも言うほど違いはない。VRが今の環境に発展するまでだってそれは変わらない筈だ。だって、中身は同じ人間なんだから。種として目立った進化はしていないし、些細な事で簡単に争える。そんな人間が簡単に分かり合えるはずがないんだ。難しい事だけど、腹を割って話しをしないと。
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三時間ほどで買い物自体は終わり、遅れながらにフードコートにやってきた。デートと言う訳では無いがそれに近いのだから他の場所でも良かったけど、一緒に食事を頻繁に取る仲なので一回の食事量だって知ってるから丁度いいお店が無くてここに決まった。お洒落なカフェだって、家で膝を突き合わせて飲むコーヒーには負けてしまうのだとか。たしかにそっちの方が家族みたいでいいかもしれない。少なくとも俺はそっちのが好きかな。
というわけで互いに適当に好きなものを注文し、二人掛けの席についてこの後どうするかについて話し始める。
「このあとどっか行く?」
「そうやな…、ちょっと見せたいものがあるからそこだけ行かせてほしいい」
「いいよ!それってどこなん?」
「水際公園なんやけどさ」
「あれ、何か今やんよったけ」
首を傾げるシオンに「何もやってないよ」と笑って返したところで呼び鈴が鳴った。物理的に会話が切れてしまったのは俺にとって嬉しい誤算だったけど、彼女にとっては続きが気になるらしく憎らしげな視線が返って来た。俺はそれにおどけたように笑みを浮かべ、逃げるように注文を取りに向かう。
「ねぇ」と、対面に居るシオンが声を掛けて来た。それに下げていた視線を上げ、無言で様子を窺う。
「何隠してるか教えてよ」
「それは行ってからのお楽しみってことで」
俺の返事が納得いかないのだろう、シオンの食べるスピードが上がった。せっかく食事の速度を合わせてたのになにしてるんだ…。早く行き過ぎても雰囲気ってのがあるからゆっくり行きたいという思惑通りにはいかせてもらえないらしい。俺もさっさと食べ終え、ショッピングモール前にあるバス停へと歩く。ここからだと駅前で降りればいいのかな。
風の勢いはなく、しかし太陽が出ているというわけでもない。午前中は太陽が出てたのに天気が悪くなっているものの、これはこれで趣がある。重くかかった雲に雨の予感を抱きながら、やって来たバスに乗り込んだ。この時間ともなると座るのが難しく、2人そろって立ってしまうけど、上手く位置どって不要な接触を避ければシオンの機嫌を損なう事も無い。
雑多な駅前から数分。目的地である水際公園に辿り着いた。この場所は街と一体になって様々な催しが出来るように色々と工夫が施されているのだが、それも年月が経って幾らかはボロくなってしまっている。今はもう掲示されている当時の写真からしから完成当時のようすを見ることしか出来なかった。
シオンとベンチに腰かけて川を眼前に据えると、丁度目の前を小さなクルーザーが過ぎて行く。たしかこの辺から出ているモノだっけか。俺は乗った事が無いけど楽しそうではある。
「乗った事ある?」
「うん、橋の下スレスレを通って冒険みたいで楽しいよ、あんまり乗り過ぎるのもあれやけど」
「へぇ、そうなんや」
腰かけて直ぐだったけどあの船が気になって真っすぐ階段を下りて行き、水際まで歩いていく。ここから見える水の色は緑で全然澄んでいないし、目を凝らせばエイの姿さえ見える。それもクルーザーが立てた水の泡がかき消し、水面が穏やかになった頃にはエイの姿をもう一度見ることは出来なかった。
俺は追いかけて来たシオンに見えない位置で「コスモス」のアイテムを使い、認識阻害、つまりは周囲に自分たちが起こした現象を知覚出来ないようにして、ここまでやって来た目的を果たすために口を開く。
「『召喚:血族』」
俺の小さな呟きにも確かに反応したのは水色の小さな妖精。「コスモス」で水中でも活動できるようにと選んだファミリアは、剣だこが出来た掌で踊る。
水の妖精のメリットは数多く、湖の騎士の名に恥じぬ働きをもたらしてくれる友だ。こっちで呼んだことは何度かあるけど、やっぱり可愛いな。シオンにも彼女の姿を堂々と見せればいいのだが、今はシオンに背を向けるしかなかった。
川へと飛び込んだ我が友を見送り、俺はシオンへと向き直った。さあ、これが見せたかった世界だ!
「ハッピーバースデー、シオン。誕生日おめでとう!」
言い切ると同時に立ち上がるのは幾本もの細い水柱。それらはまるで意思でも持っているかのように自在に入り組み、ハートや星、文字を書きだす。陽の光で輝く水の光は、ロウソクの光にも似ていた。そこには暖かさこそないが、彼女の笑みには温かさがあった。
「え!?…凄い!どうやんよん!?」
嬉しいな。その顔を見れただけで俺は幸せだよ。この後で渡す誕生日プレゼントが劣ってしまわないかどうか心配だけど、そんな無粋な心配は脇に置いておいて今この瞬間を楽しもう。




