37話 「北風と太陽」
ゲンガーは俺に考える時間が必要だと言った。だけどその時間も、あんまり残ってはいないのだろう。
家までの帰路を歩いている時も、夕食の時も、お風呂に入っている時も。姿の見えない答えを見つけようと考えては別の何かに気を取られて、気持ちばかりが先走る。
答えって何だろう。プレイヤーネームを聞く筈がガッツリ戦闘をしてササクラは放心状態、俺は俺で動揺して逃走・・・。ここからどうやれば答えを見い出せると言うのか。
「明日どうなるのか」、「気まずくなり疎遠になる」
頭の中のこのセットがどうしてもくっ付いて離れてくれない。
俺が謝ればいいのか?じゃあ、何を謝るんだ?その後どうする?・・・考えが続かないし、パンクしそうな頭ではこれ以上考えることも難しかった。
「コスモス」でギルドメンバーと気まずくなったときはゲームの話題を出せばいいけど、現実だとソレは互いに触れられたくない部分だ。だからこうなっているんだし。でもコレは何かが根本的に違う気もしてきた。
本格的に行き詰ってゲンガーに聞いてみるも、彼女が何かを言う事は無い。そして俺も分からない。完全にお手上げだ。他に相談に乗ってくれそうで口も硬い人間といえばミクしか思い出せないのだが、彼女に聞くにしても事情を話さないと駄目だ。
結局、何も思いつかないままに翌日の朝を迎えてしまう。
そして、答え合わせの時間は俺が思っていたよりも早くやってきた。俺が教室に入ろうとしたら、ササクラが教室から出てきたからだ。
「・・・おはよう」
何も言わないのもおかしいかな、と思って挨拶をしてみたけど、俺たちの間にある微妙な空気は全く変わりはしなかった。
「おはよう」
ササクラはボソッと呟くと俺の隣を抜けて教室から出ていってしまう。・・・挨拶が返ってきただけマシと考えるか。うん、その方が健全だな。
周囲の女子がうるさく何かを言っているが、そんなものは気にせずに席に向かった。
一先ず最初のコンタクトは成功したと言っても過言ではない。彼女に無視されなかっただけだというのに、妙に自信が湧いてきた。そのまま妙案も湧いてくればよかったのだが。
授業間の休み時間、俺は思い切ってササクラの席へと向かった。とは言ってもたった2つ後ろだから直ぐに着く。ササクラの後ろの席のミクは見守るように俺を見ていて、無様な真似は晒せないな、と決意を固くする。
「ササクラ、ちょっといい?」
声を掛けられて不審に思っているのは様子で分かるが、彼女は無言で俺に応じてくれた。
俺はネクタイを緩め、ワイシャツの第一ボタンを外す。警戒を始め、中腰になるササクラを無視した俺は、【ブルーアロイ】のネックレスを首から外した。
これで【鑑定】が通る筈だ。
「【鑑定】してみて」
・・・無事に出来たのだろうか。ササクラの顔が苦悶のソレへと変わり、俺の良心が痛む。
でもそれが確認出来ればもう十分だ。ネックレスを付け直し、身だしなみを整えていく。
何かを得るには、何かを失わなければならない。確かにシルヴァさんの言う通りで、俺には失う覚悟が無かったのかもしれない。俺だけがササクラのプレイヤーネームを見て、それで終わる訳がなかったのだ。
俺が彼女のプレイヤーネームを見たのだから、その対価として俺は自分の名前を晒す。これは当たり前の事で、悩んだわりにあっさりとした「俺の答え」ってヤツに違いない。
思えば、シオンの友達の一件が考えを狭めていた。元から互いの名前を言い合おうってだけなのに、俺と来たら名前は言いたくないけどお前のは教えろ。だなんて、都合が良すぎる。
これが俺が出した答えだ。どうかな?ゲンガーは及第点をくれるだろうか。
「キョウ君・・・」
すると今度はミクから声が掛かる。彼女からしたら何が何やら分からないはずだが、彼女はこういう事には聡い子だ。今のやりとりに何かを感じ取ったのかもしれない。
ミクの方へと足を向けた俺に、彼女は笑ってくれた。
「頑張ったね」
その言葉、表情、音色。彼女の全てが、俺にまとわりついていた緊張やら不安やらを消し飛ばす。
「・・・ありがと」
照れ隠しで短く言葉を切ると、そそくさと自分の先に戻っていく。
・・・ズルい、それは無しだ。あぁやっぱりミクが居ると暖かいな。
□
私が見た彼 ―― 鏡矢享の情報。ソレに含まれた彼の本来の姿に、思わず唇を噛んだ。表情を押さつけるこの痛みのお陰で、私は余計な一言を言わずに済んだのだろう。教室だなんて不特定多数の人間が居るこの場で言ってしまうのは彼にとっても、そして私にとって不利にはなっても利になりはしない。
Name:ランスロット
Level:112
guild:【DragonS Circle】
Epuipment
head:ヘアピン(黒)
Body:龍革のベスト&ブルーアロイ・ネックレス
Arm:薄革の腕当て
Waist:力の角の腰飾り
Lag:鋼の足巻き
Foot:安全靴
Houmunculus【Kether】
まず彼がランスロットという事も驚きはしたが、それ以上に日常で付ける防具にしては重量が重すぎるのに驚く。あれだけの重さを背負って自然体で居るなど、普通では考えられない。ゲームでも現実でも変わらずに重さは感じるのだ。多少のアシストはあるのだけど。
何が彼をそこまでさせるのだろう。着けるとしても精々が【ヘアピン】と【安全靴】ぐらいじゃないだろうか。
重い、動きにくい、それ以前に、日常で付ける必要が無い。私からすればそんなランスロットは、キョウは、普段から鎧を着こんで安堵を欲しがっているように見えるのだ。だって、何かに怯えていなければこんなに装備を着こむ必要性が無いのだから。
もしそうだとしたら私が拘束しようとした時の過剰反応と、昨日の別れ際の表情も納得がいく。でもそれなら私のホムンクルスを刺し飛ばした時の表情はどう説明すればいいのだろう。あの時、彼は確かに笑っていたのだ。
臆病な一面を知るとともに、新たな謎が立ち塞がった。
でも少なくとも、私が知るランスロットという人物に悪い印象を持つことは無い。初めて会った時の印象が、正しい判断を妨げているのだとしたら、これ以上、彼と知り合いであったことを恨む出来事も無いに違いない。
次の休み時間、私の護衛対象であり、主人でもある東雲お嬢様にキョウの正体を話した。
「例の彼は「コスモス」でも有名なランスロットというプレイヤーでした。警戒のレベルは1つ下げてもいいかもしれません。少なくとも、ゲーム内では善良な人物として名が通っています」
「ランスロット?・・・私と一緒に遊んだことのある人に確か」
「えぇ、まぁ。遺跡探索を何度か。私達が会った鎧姿の人物は基本的にランスロットさんだけです」
「ふぅん、ありがとね。じゃあ、会社の方に連絡しておきましょう」
そこからお嬢様の口を続いて出て来た命令に私は耳を疑った。出来れば断りたかった。
しかしながら、拒否権を持ち合わせていない私は神妙に頷くことしか許されていないのだ。
―― 彼を私の陣営に入ることにします ――
―― やっぱり、まずは話してみたいかな? ――
つまり、この女子で溢れた教室の中でキョウと接触し、お嬢様と話す様に仕組まなければならない。
・・・昨日切り合った人間に好意的に接しに行く勇気を誰かくれませんか?ハッキリ言って、私は嫌です。やりたくありません。




