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 だが……。


 ──おかしいな。どうしたんだ?

 いつまで経っても、映像は何の変化も示さない。画面の顔の右側の時計が、逆回りでデタラメに動いているだけだ。

 ──やっぱり、この記憶は間違いなのか……?

 と、再び自分の記憶に疑いをかけた時。逆回りしていた時計がぴたりとその動きを止め、時計自体がぐにゃりとゆがむと、徐々に顔が消えはじめ、画面には新たな映像が取って代わった。

 ──これは……!?


 その映像は、白黒に近いセピア色をしていて、少し霞がかったようにぼやけていた。

 三十代ぐらいの女性と小さな男の子が、どこか道を歩きながら仲良くじゃれ合っている。たぶん母子おやこだろう。

 まわりの景色は古臭く、軒を連ねる家屋のほとんどが瓦葺きの三角屋根で、玄関前の塀に取り付けられた郵便受けは、昔の赤い長方形のものだ。時折、親子の横を通り過ぎる車も、現代の車と違って角張っているものばかりだった。

 ──なんでこんなものが……。でも、懐かしいな……。

 私は自然に、子供の頃のおぼろげな記憶に思いを馳せていた。


 そのうち映像が乱れ、別の場面に切り替わった。

 またさっきの母子だろうか。男の子はだいぶ成長しており、学生服を着ている姿が初々しい。綺麗に着飾った女性は、それを見て優しく微笑んでいる。

 ──中学校の入学式かな……。

 二人は、玄関先で後ろに向かって手を振っている。父親でもいるのかもしれない。画面がゆっくりと回転し、二人の後ろを映した。


 ……!!!

 その家の玄関にいた、母子の父親だと思われる人物は……私の父だった。髪は黒々と生え揃っているが、確かに父だ。

 ──じゃあ、さっきの子供は……私、か……?

 しかし、母親の顔も見たはずなのにわからなかったのは、なぜだ──? そう思って、必死に母のことを思い出そうとしたのだが……。

 ──ない……母の記憶が……! これっぽっちも、ない!

 顔が思い出せないどころか、母自体の記憶がすっぽりと抜けている。記憶を辿ろうとすればするほど、〝そもそも、私に母親はいたのか?〟と余計な疑問すら頭をよぎる。

 だが、それはすぐに考える必要がないことだと思い直す。なぜなら、父の映るこの映像がすべてを物語っているからだ。


 再び映像が変わる。

 ──ここは……そうだ。当時の私の部屋だ……。

 少年は学生服を着ていたが、体や顔つきが成長していた。高校生になったのだとわかるその少年が、大きく両腕を動かしながら、怒りをあらわにしている。

 ──何があったんだ……?

 映像がゆっくりと横に動き、少年の見ている先を映す。そこには、あの女性がいた。部屋の入り口で膝を曲げて座り込み、肩のあたりを押さえている。

 状況から察するに、少年が突き飛ばすか何かした拍子に女性は、肩をどこかにぶつけたのだろう。痛みをこらえつつも優しい微笑みを浮かべ、女性は少年を見ている。

 ──やはり憶えてない……。こんなこと、あったのか……?


 そこへ、父親が入ってきた。少年の怒りなど比べものにならないほどの剣幕で、座っている女性の体をまたいで少年に詰め寄ってくる。それに負けじと、少年も先ほどよりさらに怒りを表現しているが、そこに多分な怯えが含まれていることを見て取るのは容易だった。

 父親に襟首を掴まれた少年は、抵抗した。そのうち激しい取っ組み合いになり、ついに父親が少年の顔面を殴りつけた。

「うっ!!」

 同時に、私の顔もガツンと重い衝撃を受ける。次の瞬間、頬に痛みを感じる間もなく、頭の中に鋭い閃光が走った。

 ──ああ……思い出した……思い出したぞ、全部……!

 強烈な頭痛と目眩とともに、過去の記憶がどんどん溢れ返ってくる。目の焦点が定まらないのと酷い吐き気とで、私は頭を抱えて床に膝を落とした。


 見るつもりもなく視界に入っていた映像が、また乱れる。

 ──もういい……やめろ……。もう、見たくない……!

 すべての記憶が蘇った今、わかる。……その先を〝見てはいけない〟──。

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