夏休みに妖精の国を救いました!⑫
太陽の光がジリジリと照りつける感覚に、四人はゆっくり目を開いた。
目に入るのは青々と生い茂る野菜の葉。
うるさいくらいの蝉の声もする。
気がつくと四人はクラスの畑の中に戻ってきていた。
「戻ってきちゃったね……」
美玲は麦わら帽子を目深にかぶってつぶやいた。
嬉しさと寂しさが混ざる、複雑な気持ちだった。
校庭から見える学校の時計の針は、妖精の国に戻る時よりほんの少ししか動いていなかった。
「ぐ、おんも……重い……」
市原が呻く。
見ると、パンパンに詰まったリュックサックがそこにあり、持ち上げようと四苦八苦していた。
「こんなに持ってくるんじゃなかった……」
「ほらがんばれ!」
志田が手伝い市原はようやくその大きなリュックを背負った。
美玲はネックレスに触れて空を見上げた。
青い空に入道雲。うるさい蝉の声。
妖精の国にはなかった景色だ。
「今度はいつ会えるかな」
「そうだね……」
かれんが美玲の肩を抱く。
「なんだ、四人ともいるじゃないか。」
そのとき、担任の声がした。
驚いて四人が振り向くと、そこには息を切らしながら駆けてきた担任の里山と、クラスメイトの翡翠の姿があった。
「お、おかしいわね、確かにパッと消えていたのに、そんなはずは…」
翡翠は首を傾げながらぶつぶつとつぶやいている。
多分彼女は四人が妖精の国に行った瞬間を見ていたのかもしれない。
そのことを察した四人は視線で示し合わせて互いに頷いた。
ここはさっさと帰るべきだ、と。
「里山先生さようなら!」
四人は担任に挨拶をして、勢いをつけ一目散に校門へと走り出した。
「ちょっと、あなたたち!まちなさいよ!」
翡翠の焦る声がするが、待たずに四人は走り続ける。
「うう、重い……けど負けるか!」
市原はうなりながら懸命に走っている。
それでも志田に次いで二番だ。
あの大荷物を背負ってよくそんなに走れるなと美玲は感心した。
「また新学期にな!宿題ちゃんとやれよー!」
うしろから里山の呑気な声が追いかけてくる。
「はーい!」
四人は声を合わせて返事をし、里山に手を振って校門を抜ける。
「そうだ、今度こそコンビニ行こうぜ」
校門を出て、しばらく歩いて角を曲がってから息を切らしながら市原が言う。
元の世界に戻った時にやろうと話し合った、四人の約束だ。
今度こそちゃんと妖精の国を元に戻したのだから、アイスも格別だろう。
「じゃあ昼食ったら学校近くのコンビニに集合な!」
「うん!」
「わかったよ!」
志田の言葉に三人はうなずいた。
幸い、四人とも今日は塾もクラブも何もない曜日だ。
またいつか、妖精の国みんなに会える日まで。
大切な夏の思い出を胸に、美玲たちは家路へと急いだのだった。
──そして数年後。
季節は夏。
美玲たちは、成人式の二次会の後、連れ立って歩いていた。
一月の成人の日に行う地域が多いものの、美玲たちの住んでいるところでは八月のお盆に成人式を行う。
そして今日は久しぶりに四人が集まったので、小学校にも行ってみようとなった。
二次会の後だから市原と志田はスーツで市原は黄緑、志田はアースカラーのネクタイをつけている。
そして美玲は水色の、かれんは濃いピンクのパーティードレスを着てそれぞれ薄手のショールを羽織っている。
8月半ばだから肌寒くもなく、ちょうどいい。
四人が身につけているアクセサリーは妖精の国でもらったものだ。
カフスとヘアアクセサリー、ブレスレット。
四人は特別な日は身につけて、それ以外の時はお守り代わりに持ち歩いている。
それぞれの現在だが、美玲は樹木医を目指し県内の大学に通っている。
同じ大学に進んだかれんはフローリストを目指し、花屋でバイトしながら修行中。
市原は県外の大学に進学して自然エネルギーの開発の研究を学び、ランドラゴンにハマった志田は恐竜発掘がしたくて史学部のある市原とは違う県の大学へ進学し、ゼミの教授の発掘調査の手伝いもしている。
四人が植物や自然に関する仕事を目指したのは、妖精の国とどこか関われるようにと無意識に考えていたからかもしれない。
妖精たちは植物からうまれている。
ランドラゴンは地中の記憶。
だから植物の世話や恐竜に関わることで、妖精の国を守れる、そんな風に考えながら、四人はそれぞれの将来に向けて毎日を過ごしていた。
「懐かしいな……」
詩葉小学校につき、校門をくぐると市原が呟く。
前庭の奥には児童玄関と、詩葉小学校のシンボルの像。
「最初はここから、妖精の国に行ったんだよね」
美玲が靴音を響かせ先頭に立ち、前庭を歩く。
「そうそう、強い風がブワーッと吹いて、それからみんなバラバラになっちゃってたよね。私と志田くんはジャニファさんたちのところで……」
「俺は一人で妖精の城に着いて。永倉はフレイズが見つけたんだよな。あの頃は大変だったけど、やっぱ楽しかったよな」
玄関前の階段に腰掛け、四人は思い出話に花を咲かせる。
「みんな元気かな……」
「俺たちが呼ばれないってことは、多分あっちも平和なんだろうな」
ポツリと美玲が呟くと市原が頬杖をついて言う。
「天気もおかしくなっていないもんね」
「地天たちも頑張ってくれているんだな」
「うん」
昔は何度かあったゲリラ豪雨や猛暑も回数は減っている。
あたらしい四天の力が馴染んできたのだろう。
「どこかでうちらのこと見てたりするかもよ」
「そうかもなあ」
空を見上げて笑うと、夏の風が吹いた。
まるで風天が返事をしたかのように。
「あのね、じつは私たち、二人に報告があるの」
突然、少し勿体ぶるような言い方をして、かれんと志田が立ち上がった。
「報告?」
美玲と市原が首を傾げると、かれんと志田はじゃーん、と左手をみせた。
二人の薬指には指輪が光っている。
「実は俺たち……」
「結婚することにしました!」
「えっ?!」
「結婚?!?!」
突然の二人からの報告に美玲と市原は驚いて顔を見合わせた。
「おめでとう!式はいつなの?」
「まだ具体的には考えていないんだけどね、学校を卒業して、それぞれお仕事してお金が溜まってからかなって」
かれんに志田が頷く。
「式には二人にも来て欲しいんだ!」
「行く!行くよ、絶対行く!ね、市原」
「当たり前だろ。スピーチは任せとけ、感動するやつを用意してやる!」
「言うねぇ」
「じゃあ私の方は美玲にお願いしてもいい?」
「うん、任せて!市原に負けないくらい感動の超大作をスピーチするからね」
「二人とも、ハンカチ20枚くらい用意しておけよ」
「20枚って楽しみだな。しかし、ハードル上げて大丈夫か?」
志田が心配するが、市原も美玲も大丈夫だ任せろ、と親指を立てる。
「すごいね、あの二人。結婚だって」
校門を出たところにある自動販売機に飲み物を買いに行った二人の後ろ姿を見送りながら美玲が市原に言う。
「永倉は……まだ、あいつのことを忘れられないのか?」
「……忘れられない」
美玲は首に下げた風晶石をいじりながら空を見上げた。
紺碧の空に大きな満月。
思い出すのは、妖精の国のこと。
冒険の中で行った常夜の国の空は、これより暗く、星もたくさん瞬いていた。
ふとした瞬間に、あの夏の冒険が恋しくなる。
「まだ俺は……永倉の運命の相手にはなれない?」
「ごめん」
市原は中学、高校と美玲に告白したがふられていた。
それでも諦められずに高校を卒業してからも何度か美玲に告白している。
「でも、本当に迎えにくるかもわからないのに……ずっと待つなんて変でしょ、あたし」
濃い緑の奥に金の光。
このネックレスをもらった時のことはずっと忘れられないでいる。
「大丈夫だ。俺も似たようなものだから。ずっと永倉を諦めきれない」
「市原、だからそれは……」
「困ったな、ナイトには諦めてもらわないとね」
突然聞こえてきた懐かしい声に振り返ると、そこにいたのは懐かしい妖精だった。
緑の騎士団服を纏い、その背にはトンボの羽。
金の髪と人間のより長く、とがった耳。
街灯に照らされた、その瞳は緑色。
「フレイズ……?」
美玲と市原は驚き、やっとのことでその名前を呟いた。
「久しぶり。覚えていてくれて嬉しいな」
妖精の国にいた時より、少し大人っぽくなったフレイズに、美玲の心臓は爆発しそうになった。
だがフレイズと共に現れた、見慣れない妖精に二人は首を傾げて顔を見合わせた。
腰のあたりまで伸びた、ウエーブがかった栗色の髪。
透き通った、海のような青い瞳。
その色合いに思い出すのは、一人の妖精だ。
「……まさか、ポワン?」
市原が驚いて聞くと、その妖精は嬉しそうに頬を染めた。
「ナイト様、ミレイ様、お久しぶりでございます」
優雅に礼をするのはあの幼い姿からは見違えるように凛々しく美しくなったポワンだった。
「二人ともお待たせー!って、あれ、もしかして……」
「フレイズさんと、ポワン?!」
二人は驚いて缶を落としそうになる。
「カレン様、サトル様、お久しぶりです」
「う、うん、どうしたの?!え、どうやってここに?!」
「約束通り、俺たちは人の世界と妖精の国を繋げる方法を作ったんだ」
「本当に……?」
美玲がつぶやくと、フレイズは頷いた。
「それで本日は皆様をご招待にあがりました。私、ポワンの戴冠式にぜひご出席していただきたく……!」
「戴冠式?!」
四人が驚いて声を合わせて言う。
「おめでとう、ついに女王になるんだね、ポワン!」
「ありがとうございます。トルト先生の元で修行頑張りました」
かれんがポワンの手を握って言うと、ポワンは照れくさそうに笑う。
「戴冠式なんてすごいな。見たことないよ」
「それで、どうやってあっちに行くんだ?」
市原と志田がいう。
「それはね……」
フレイズが懐から小瓶を取り出し、中に入った何かをあたりに振り撒いた。
キラキラと金色に光る粉が渦を巻いていく。
「これは日照原に生えていたキノコの胞子なんだ。これにはマナがたっぷり含まれていてね。そこに精霊石のかけらを混ぜて、転移粉を作ったんだよ。これを使って道を開くんだ」
やがてそれはティンクルとピンクルが作ったゲートのような形になった。
「まだ実験段階なんだけど、俺たちはこうしてここに来られたから」
渦の中心の向こうには妖精の城がみえる。
今、妖精の国は昼間らしい。
明るい太陽に照らされ、蓮の形をした城はキラキラと輝いている。
「これがあれば、行き来ができるようになるのです。まだ世界が一つだった以前のように、ゲートをつなげたままにはできないのですが、それでも大きな一歩だとポワンは思います」
「そうだね……すごい、すごいよポワン」
四人は感心してため息をついた。
本当にまた妖精の国に行けるなんて、夢を見ているみたいだ。
「それじゃあ、行こうか」
「うん!」
フレイズに四人は頷き、懐かしい妖精や精霊たちに会えるという期待に胸を膨らませながら、ゲートへと進んでいく。
「四天のみなさまもいらしてますよ」
「ホント?火天たちも来てるの?」
ポワンの口から出た懐かしい名前に、四人の気持ちがはやる。
「ミレイ」
最後にゲートへ入ろうとした美玲の手を掴み、フレイズが静止する。
「ん?」
見上げると、懐かしい面影のある少し大人っぽくなったフレイズの顔。
美玲も背が伸びたし、今はヒールのある靴を履いているから随分近くに見える。
「ずっと会いたかった。長い間待たせてごめん君に話したいことがたくさんあるんだ」
フレイズは美玲を抱きしめて言った。
「……あたしも。ずっとフレイズに会いたかった」
フレイズの腕の中で美玲は目を閉じる。
懐かしい青葉の匂い。
ずっと忘れられなかった大好きなひとの匂いだ。
「美玲ー??早くおいでー!」
急かすかれんの声で名残惜しそうに二人は離れた。
見上げたフレイズの顔は泣きそうだった。
「今行くよ!」
つられて泣きそうになりながらも、かれんに返事をしてから美玲はフレイズに微笑んだ。
「フレイズの話、たくさん聞きたいな」
「たくさん話そう。さ、手を……」
美玲はフレイズに手を引かれ、ゲートの向こうへと進んでいった。
おしまい
2016年から書き続けたお話がついに完結しました。
読んでくださった皆様、評価してくださった皆様、誤字などの指摘をしてくださった皆様、感想をくださった皆様、ありがとうございました!!